第73話 紂王 狐狸の妖仙を鹿台に招き、比干から白狐袍を献じる。
初めまして!原 海象と申します。
今回は有名な『封神演義』の編集・アレンジバージョン『封神伝』を投稿致しました。
「封神演義」は明代以前に発行された神魔小説で、今の形になったのは明代の編者 許仲琳によって現在の形になりました。また漫画やアニメとなったのは安能務先生の封神演義版によって一代ブームとなり、皆様のよく知っている形となりました。原作と安能務先生の翻訳ではかなり違いがありますが、ライト小説らしくできるだけ読みやすいようにしております。
<封神伝>
第73話 紂王 狐狸の妖仙を鹿台に招き、比干から白狐袍を献じる。
韓栄は、文王が姜子牙を周の宰相に招聘したことを知ると、急いで書簡をしたため、それを差官に持たせ朝歌に送った。数日後、差官は朝歌に着き、書簡を文書房に提出した。その日書簡を見たのは比干亜相だった。比干は、書簡の姜尚が周の宰相に迎えられたという一節を読むと、しばらく考え込み、ふかいため息をついた。
姜尚は大志を抱く人物だ。西周を補佐するからには、何かを企でているに違いない。このことを奉じないわけにはいかぬ……。
比干は書簡を携えて摘星楼に行き、紂王に謁見を求めた。
紂王は比干の謁見を許し、何事かと尋ねた。
比干は紂王に平伏して奉じた。
「汜水関の総兵 韓栄が書簡を提出してきました。文王が姜尚を宰相に招聘したということです。何事か企みがあるに違いありません。現在、東伯候が東魯で反乱を起こし、南伯候が三山の地で軍を駐屯しているいま、さらに文王が反旗をひるがえすとなると、まさに各地で乱が発生し、万民が離反することになります。聞太師は北方に遠征し、勝敗すらわからぬこと、国は困難に陥っています。姜尚の件をどう処理するか、ご裁断ください」
「余が朝廷に出て、みなと協議してから決めよう」
こうして、朝廷で君臣が協議をしているとき、奉御官が来て奉じた。
「北伯候の崇侯虎様が謁見を求めに参りました」
紂王は謁見に来るように崇侯虎に伝えよと奉御官に命じた。
崇侯虎が来ると紂王は「何か奉じることがあるのか?」と尋ねた。
崇侯虎は言った。
「陛下の命により鹿台建設を監督し、二年四ヶ月になりますが、竣工しました。
そのご報告に参りました」
紂王はこれを聞いて大変喜んだ。
「北伯候の尽力がなかったら、鹿台はこんなに早く完成しなかったであろう」
「わたくしは昼夜、監督を怠りませんでした。それで早く建造することができたのです」
「そうか。北伯候にも聞きたい。現在、姜尚が周の宰相となり、企みごとをしていると汜水関総兵の韓栄が報告してきた。その件につき、どうすべきか考えているところだ。文王を除くために何かよい方法はあるか」
「文王にどんな能力があるというのです?姜尚に何ができるというのです?井の中の蛙で、見識がなく、蛍の光で遠くまで照らすことはできません。周の宰相といっても冬のセミが枯れ柳にとまっているようなもの、しばらくすれば自滅するでしょう。陛下みずから親征したりしたら、天下の諸侯の笑い者にされてしまいます。わたくしの考えでは、気にかけず放っておいたら良いかと思います」
紂王は満足げにうなずいた。
「そなたの申すとおりだ。ところで、鹿台が完成したなら余が遊びに行ってかまわないのだな?」
「陛下のお越しをお待ちしております」
紂王は上機嫌で比干と崇侯虎に言った。
「卿らは先に鹿台に行って舞っておれ、しばらくして、余と正宮とともに鹿台に行く」
紂王と妲己は文王の息子 伯邑考の献上した七香車に乗り、宮女や侍女を伴って鹿台に向かった。鹿台はすべて白玉で築かれ、柱や欄干はすべて瑪瑙で装飾されていた。
紂王に伴って鹿台に登った比干は、それを見てため息をついた。
鹿台建造には、どれぐらいの金が無駄に使われたことだろう。陛下の享楽のため、人々は財産を失い、苦しい労務を強いられているに違いない。
紂王は、妲己を従えて内庭に入っていった。しばらくして、紂王は酒宴を設け、比干と崇侯虎を招いた。二人は美酒を数杯賜ったあと、礼を述べて鹿台から下りた。紂王と妲己は美酒を飲み続けた。
このとき紂王はあることを思い出し妲己に尋ねた。
「正宮は、鹿台ができると、天上の仙人や仙女が遊びに来ると言ったな。鹿台ができたからには、仙人や仙女を呼んでみてくれぬか?」
妲己は姜子牙を陥れて玉石琵琶の仇を討つため、仙人や仙女の訪れを口実に鹿台の建造を紂王に勧めたのである。鹿台が建造されると、妲己の口実を信じた紂王は、仙人や仙女に会いたいと言い出したのだ。
妲己は仕方がなく、あいまいに答えた。
「仙人や仙女は清虚で徳行の士ですから、雲のない月の明るい夜でなければ、ここにやってきません」
「今日は十日だ。十四日か十五日の夜、月が丸くなって明るく輝けば、余は仙人や仙女に会えるのだな」
妲己は弁明することができず、あいまいにうなずいた。これを聞いて紂王は喜び鹿台で享楽にふけり、酒色におぼれた。
さて、妲己は紂王が仙人や仙女に会いたいと言い出したから不安でならなかった。九月十三日の三更時分、紂王が熟睡したあと、妲己は原形(正体)を現し、一陣の風とともに朝歌南門外三十五里の軒轅墳に向かった。
妲己の姿を見て、狐狸精たちが迎えた。妹分の九頭雉鶏が出てたずねた。
「姉上、何故ここに来たのですか?姉上は王居の深宮で無限の享楽にふけっており、寂しく暮らしている私たちのことを思い出す必要もないでしょうに」
「おまえたちと別れ、毎日陛下の世話をし、毎夜慰めているけど、一時もおまえたちのことを忘れたことはないよ。それより、鹿台ができて、陛下が仙人や仙女に会いたがっている。それで一計を考えたのだ。姉妹や仲間で変化できる者は、仙人や仙女に変化し、鹿台に行って天子の九竜宴席を享楽するがいい。変化できない者は、仕方がないから今回は留守番をしておいて。十五日になったら来るのだよ」
妲己は鹿台建造の経緯を事細かく語り聞かせた。そして、一族郎党を鹿台の宴に招くことをうち上げた。傍らで聞いていた狐たちは大喜びではしゃぎ出した。
しかし、九頭雉鶏が首を傾げて答えた。
「私は用事があって行けないけど、変化できる者は三十九名だけです」
妲己は打ち合わせを終えると、九頭雉鶏は妲己を銅府の外まで送り出した。妲己は妖風と共に王居に帰り、紂王は酔いつぶれていたので、妲己の出入にまったく気づかず朝を迎えた。
翌日、紂王は妲己に尋ねた。
「明日は十五夜で満月になるが、仙人や仙女は来るのだろうか?」
「陛下、明日の夜は、三十九席の宴を三段に分けて鹿台に用意し、天上の仙人のお越しをお待ちいたしましょう。仙人たちに会えば、陛下の長寿が約束されることは間違いなしです」
紂王はたいへん喜び、妲己にさらに尋ねた。
「仙人が来たら、上大夫を一人つけて酒の相手をさせようか?」
「お酒の飲める上大夫でなければ、もてなすことができません」
「朝廷の文武諸官の中で、亜相の比干がもっとも飲めるだろう」
紂王は、亜相の比干を呼んでくるように命じた。
しばらくすると比干が謁見にやってきた。紂王は命じた。
「明日の夜、酒宴に来る群仙をもてなすため、そなたは月上台の下で待機しているのだ」
比干は王命を受けたが、仙人などどのようにもてなしたらいいのか。まったくわからない。比干は天を仰いで嘆いた。比干は府邸に帰って考えたが、どうにもならなかった。
翌日、紂王は命令を下した。
「鹿台に三十九席の酒宴を設けよ、十三席ずつ三段に配列するのだ」
紂王の命令どおり、三十九席の酒宴が準備された。紂王は、太陽が西に沈み、月が東から昇るのを待ちわびた。九月十五日の夕暮れ、比干は礼服を着て、鹿台の下で待機した。太陽が西に沈み、月光が夜空を照らすころになると、紂王は万斛の珠を得たかのように喜び、妲己を伴って鹿台に登った。
九竜宴席には、山海の珍味と美酒が用意されている。紂王と妲己は席に着き、美酒を酌み交わしながら仙人たちの訪れをまった。妲己は奉じた。
「仙人たちが来られたら、陛下は姿をみせてはなりません。陛下がおられることを知ったら、四方を支配する陛下を恐れ仙人たちは二度とおとずれることはないでしょう」
「正宮の言うことはもっともだ」
妲己と紂王が話しているとき、およそ一更の時分、あちこちで風の音が起こった。
軒轅墳内に住む狐狸は、天地の霊気を汲み、日月の精華を受け数百年の歳月を得た者である。それがいま、それぞれが仙人や仙女に姿を変えて現れた。
その妖気のため月は霞にさえぎられたようになり、虎の咆哮のような風の音が起きた。鹿台の観楼にひらりひらりと舞い降り立ち、再び月光があたりを照らす、妲己は紂王にひそかに奉じた。
「陛下、天上の仙人たちがまいりました」
紂王は急いで、垂れ絹の中から外を見た。
仙人たちは、それぞれ青、黄、赤、白の服をまとい、魚尾冠や一字巾をかぶった者や宮女のように髪を結った者がいた。紂王は垂れ絹の中からそれを見て、たいへん喜んだ。
そのとき、長老然とした仙人の一人が言った。
「道友の方々、ゆっくりくつろごう」
諸仙がこれに答える。
「今宵、紂王は宴席を設けて、我らを鹿台でもてなしてくれるのだ。厚恩に感謝し、国が栄え、王朝が末永く安定うるように願おうではなか」
妲己が側近の者に、陪宴官に鹿台に登るように伝えなさいと命じた。
比干は鹿台に登り、月光のもとで見ると、すべてが仙人の気質、仙風、仙骨を備え、まことに神人ではないかというような人物であった。比干は内心考えた。
まったく理解しがたい。これは本物の神仙ではないか?
拝礼にいかなければならん
いかにも長老然とした仙人の一人が比干に声をかけた。
「貴殿はどなたですか?」
「亜相の比干と申します。皆さまをおもてなしに参りました。不案内ゆえ、不届きの点はご容赦ください」
「縁あってお会いしたからには、千年の寿命を贈りましょう」
と長老然とした仙人が挨拶をして盃を挙げた。
酒を注ぎ巡りながら比干は、ふとあること気づいた。卓の上に並べられたものは、すべてなまぐさ料理である。それを仙人たちは平気で頬ばっている。しかも、酒の飲み方がまったく作法にあっていない。めいめいが思い思いに盃を干しては、空になった盃に自分で酒を注いでいる。神仙の世界にも礼はあるであろうが彼らにはない。
これらを見ていると、比干のなかに何か疑問が生じた。
垂れ絹の中から、酌をするようにとの王命が下った。比干は金壺を持って三十九席すべてに酒をついだ。比干は亜相の位にありながら、妖気を悟らず、金壺を抱え、傍ら立って狐狸たちの接待をし続けた。
変化している狐狸どもは酒に酔い大胆に振る舞った。しかし、服を変えているとはいえ、その鼻につく獣臭さは隠すことができなかった。
比干は、獣臭さを嗅いでいぶかしく思い嘆いた。
天上の仙人は清浄な身体だと言われるが
なぜ鼻につく変な臭いがするのだろうか?
いま天子が無道で妖怪が出没し、災いをもたらしているのだろう。
考えにふけっているとき、妲己は比干に大盃で酒を献じるように命じた。比干は三十九席を回って酒を献じ、自分も一杯ずつ相伴した。比干が一巡すると妲己がさらにもう一巡するように命じた。比干はまた一杯ずつ献じ、自分もつき合った。
妖仙は、それぞれ二杯ずつ勧め酒を飲んだ。妖仙らは王室の美酒を飲んだことがなかったので、酒量の少ない者はたちまち酔ってしまった。酔った狐狸はふらふらして尾を露出した。妲己は仲間に酒を振る舞うことだけを考えていたので、まさか酒に酔って原形(正体)を現す者が出るなどとは考えていなかった。
比干が二段目の仙人に酒を献じるとき、一段目の仙人が狐の尾を出しているのを発見した。ちょうど月光が明るかったので、注意するとはっきり見ることができた。
亜相の地位にいながら、妖仙に拝礼したのか。口惜しいことこの上ないわ。と後悔したがすでに遅く、比干は歯ぎしりして悔しがった。
比干が酒を三杯ずつ献じたあと、小狐が酔ってきたのを知って、妲己は原形(正体)を現すのではないかと心配になった。そこで妲己は比干に急いで命じた。
「賠宴官はもう酒を献じなくもよろしい。仙人たちはまもなく洞府にお帰りになるから、賠宴官も鹿台から下りなさい」
比干は、命じられたとおり鹿台から下り、内庭を離れ九間殿をとおり、午門から出て、騎馬に乗った比干を、紅紗灯を手にした二人の兵士が相府へと導いた。
二里ほど行くと、提灯の明かりと武装した将兵の姿が見えた。武成王黄飛虎が宮城を巡回していたのであった。比干が近づくと黄飛虎は騎馬から降り、驚いて比干に尋ねた。
「亜相殿は、何か緊急の用でもあったのですか。何故こんなに遅く午門から出られるのです?」
比干は地団駄を踏んで答えた。
「武成王閣下、国が乱れて傾きかけ、妖怪が朝廷を攪乱している。このときにのぞんで、いったいどうしたらいいのだ。今晩、陛下から仙人たちをもてなすように命じられた。鹿台に登ってみるとその気風は仙人や仙女に見えた。ところが、その原形(正体)はなんと狐狸精だったのだ。狐狸のやつ、酒を三杯飲むと尾を出しおって、それが月明かりではっきりと見えたわ」
「亜相殿は、ひとまずお帰りください。明日、某将がどうにかしましょう」
比干が怒りながら府邸に帰っていくと、黄飛虎は黄明、周紀、竜環、呉謙といった四将軍たちに命じた。
「卿ら四人は、各自二十名の兵を率いて、東西南北の四方の門に待機しろ。妖仙らがどこに住んでいるのか、巣穴を突きとめて報告するのだ」
四将軍は命令を受けるとすぐさまもちばに着いた。
そのころ、狐狸たちは、飲みなれない酒のために腹の調子が悪くなり、妖風に乗り霧を立ちこめることもできず、空を飛んで午門を出ると、すべて地に落ちよろよろと石洞に帰って行った。
ちょうど、南門で監視していた周紀将軍は遠くからその人影を見てあとをつけた。城外三十五里、軒轅墳の傍らの石洞に仙人や仙女たちは入って行った。
翌日、四将軍は黄飛虎に報告した。周紀将軍が述べた。
「昨夜、南門で三、四十人の妖仙たちを見かけましたが、すべて軒轅墳の石洞に入っていきました。間違いなく亜相様が言われていた妖仙にちがいありません。ご命令をしてくだされば小官が一掃してきます」
これを聞いた黄飛虎は周紀将軍に命じた。
「三百人の将兵を率いて行け。薪で石洞の出入り口をふさぎ、薪で焼き殺すのだ。午後になったら、戻って来て報告しろ」
周紀将軍は命令を受けるとすぐに出発した。
そのとき、門番が「亜相様がお見えです」と報告に来た。
黄飛虎は比干を中に通すように伝えた。二人は拝礼した後それぞれの席に着き、黄飛虎が周紀の報告を説明した。比干は喜んで黄飛虎に感謝した。このあと、二人は国の大事を討議し、午後になるまで酒席を設けて比干と共に酒を酌み交わした。午後になり周紀将軍が帰って来て報告した。
「ご命令どおり、火をつけて正午まで燃やしました」
黄飛虎は比干に「一緒に行ってみますか」と尋ね、比干は「是非」と言った。
二人が将兵を率いて、南門を出て軒轅墳まで行くと、火はまだ消えていなかった。黄飛虎は騎馬から降り、将兵に火を消すように命じ、鉤のついた棒で狐狸たちを引きずり出させた。酒を飲んで酔いつぶれた狐狸はもちろんのこと、変化できない狐狸もすべて洞穴の中で死んでいた。
将兵は焼け死んだ狐狸を引きずり出したが、中には肉の腐ったものもあって周囲はひどく臭かった。比干はこれを見て溜飲を下げた。
そして比干は狐狸の死骸をみて一計を案じ、武成王に言った。
「これらの狐の中には、焦げていないものもあります。皮をはいで袍を作り、陛下に献上することにしましょう。妲己の心を惑わし、妖魅が落ちて、陛下のそばにいられないようにするのです。これで陛下が目覚めれば、妲己を遠ざけ、我らの忠誠をしることになります」
二人は話をまとめると、別れを告げてそれぞれの府邸に帰り
比干は昨夜の屈辱をはらし満足げに酒を痛飲した。




