第72話 文王 姜子牙、西岐城に行くからさっさと乗れ!
初めまして!原 海象と申します。
今回は有名な『封神演義』の編集・アレンジバージョン『封神伝』を投稿致しました。
「封神演義」は明代以前に発行された神魔小説で、今の形になったのは明代の編者 許仲琳によって現在の形になりました。また漫画やアニメとなったのは安能務先生の封神演義版によって一代ブームとなり、皆様のよく知っている形となりました。原作と安能務先生の翻訳ではかなり違いがありますが、ライト小説らしくできるだけ読みやすいようにしております。
<封神伝>
第72話 文王 姜子牙、西岐城に行くからさっさと乗れ!
夕方、西岐城内に戻り、文王と諸官は殿内に集まった。文王は文武諸官に命じた。
「そなたたちは、各自の府邸に戻ってはならない。いずれも殿内で三日間宿斎し、わしと一緒に賢人を迎えに行くことを命じる」
すると、大将軍の南宮适が奉じた。
「磻渓の釣師は虚名だけかもしれません。くわしいことを知らずに礼を尽くして迎え、たいした人物でなかったら、主君の誠意はなんにもなりません。
思うに、主君がそこまで気を遣う必要はないと思います。某将が呼びに行くだけで十分でしょう。もし真の賢人であったら、そのあとで礼をもってもてなしても遅くはないでしょう。賢士というのが虚名だけでしたら、招聘しなければいいのです。何も主君が宿齊してから賢士にお会いになることはないと思います」
散宣生は文王の傍らで厳しく言った。
「南大将軍、なぜそのようなことを言うのだ、いま天下は乱れ各地で反乱が起っている。賢人君子と呼ばれる人は朝歌の災難を逃れるために、ほとんどが山谷に隠れ住んでいる。
我が君が夢で飛熊を見たことは吉兆であって、天がわれらに賢人を賜り、西岐に幸運をもたらすことなのだぞ。いまは古人が賢人を求めた作法を破ったりして、賢人を得るこの機会を無にしてはならん。南大将軍がそのようなことを言うと文武諸官の心が乱れるではないか」
それを聞いて、南大将軍は赤面して謝罪し、文王は散上大夫の考えはわしとまったく同じだ、と言った。これのより、文武諸官はすべて殿内にて三日間宿齊し、姜子牙を招聘しに行くこととなった。
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文王は、散宣生の言葉に基づき三日間宿齊し、四日目に沐浴して王衣を着替えた。そして輿に乗り、宝剣や玉壁等の贈り物を用意して出発した。文王はまた、賢人を推挙したという手柄を立てたという理由で、武吉を『武徳将軍』に封じた。
輿に乗り、贈り物を携え、楽器を鳴らし賢人を迎えに行く文王を、多くの人々が街に出てその盛大な様子を眺めた。
さて、文王は文武諸官を率いて城郭を出ると、磻渓に向かった。三十五里ほど行くと、先日武吉に出会った林に来た。
「兵卒は林の外で待機するように。騒いで賢士を驚かせてはならぬ」と命じると、文王は騎馬を降り、散宣生とともに徒歩で林の中に入った。
そうすると磻渓のほとりで、姜子牙が背を向けて岸辺で釣りをしていた。文王は静かにその背後に近づいていく。姜子牙は文王が訪れたのを知って、わざと歌をうたった。
西風が吹き白雲が飛ぶ
歳すでに暮れて何をなさん
五鳳鳴きて真君現われ
釣糸を垂れる我を知る者はまれなり
姜子牙が歌い終わると、文王が尋ねた。
「賢士どの、隠棲は楽しいですかね?」
姜子牙は振り返って文王を見ると、慌てて竿を傍らに置き、平伏した。
「主公がお見えになったとは知らず、出迎えず失礼致しました」
文王は急いで姜子牙を支え、拝礼した。
「先生のことをお慕いしておりました。先日訪れたときには、礼を尽くさず申し訳ありませんでした。今日は、とくに斎戒沐浴してからまいりました。先生のご尊顔を拝見できたこと、まことに僥倖だと申しましょう」
文王は散宣生に、賢士を支え起こして差し上げなさい、と命じた。
姜子牙は自分で立ち上がり、文王に拝礼した。文王は満面の笑みを浮かべて、姜子牙を伴って茅葺き小屋の中に入った、姜子牙は文王に上座を勧めると再び拝礼した。文王も慌てて返礼をした。
文王は賢人を求める作法に則り姜子牙に語った。
「ご高名は以前からお聞きしておりましたが、なかなかお目にかかれませんでした。今日、先生にお会いすることができ、まことに幸運です」
姜子牙は返礼をして言った。
「わたくしは老齢でなんの才もなく、わざわざお会いに来ていただきほどの者ではございません。文は国を安定するような能力はなく、武は国を定める能力はなく、主君のご訪問を受けても、そのご要望に応えることはできません」
散宣生は傍らで述べた。
「ご謙遜されることはありません。我が君は身体を清め、誠意をこめて先生をお招きにあがったのです。現在、天下は混乱し、各地で反乱が起っております。我が君は昼夜思い悩み、安らかに寝ることもできません。先生の徳を慕い、林間に隠れ住んでいることを聞いて、お招きに来たのです。どうか、断らずに、我が君を補佐してください。胸に鬼謀を秘めながら、民が苦しんでいるのを知って何もなさろうとしないのですか?先生が我が君のお招きに応じることを人々は望んでいます」
散宣生が進物を見せ、姜子牙はそれを受け取るように童子に命じた。
こうして姜子牙は西岐城に行くこととなるが、散宣生が姜子牙に輿に乗るように勧めると、姜子牙はひざまずいて述べた。
「わたくしは、礼をもって迎えられたことに非常に感謝しております。しかし、主君の輿に乗ることなどできるはずがありません」
文王は困ったように言った。
「これは先生をお招きするために用意したものです。わたくしの気持ちをくんで、どうかお乗りください」
しかし、姜子牙は何度も断わって、どうしても乗ろうとしなかった。散宣生は姜子牙が絶対に乗ろうとしないので、文王と相談した。
「賢士が乗らないとおっしゃるのですから、そのお考えを尊重してあげてはいかがでしょう。賢士を我が君の騎馬に乗せ、我が君は輿に乗ったらどうでしょうか?」
「それでは、この数日のわたしの敬虔が無駄になってしまう」
お互いに譲り合ったあと、結局、文王が輿に乗り、姜子牙が騎馬に乗ることとなった。
文王が姜子牙を迎えて西岐城内に戻ると、道の両側で待機していた大衆が歓声を上げて喜んだ。宮廷の門前にいたり、姜子牙は騎馬から降りた。文王は大殿で改めて姜子牙と謁見し、姜子牙を『右霊台丞相』に封じた。そのあと文王は配殿で酒宴を設け、文武諸官が姜子牙の仕官を祝い、姜子牙は品一位の身分になったので夜を徹して痛飲した。
こうして君臣は頼りになる補佐を得たのであった。姜子牙は治国と安民の方策を知っていたので、西岐の秩序は安定し、社会は繁栄した。この後、西岐では丞相府を建造したが、このことはたちまち五関にも伝わった。汜水関の総兵 韓栄将軍は朝歌に西岐の動向について書簡を送り、朝廷では下大夫であった姜尚が周の丞相に封じられたことを伝えた。




