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封 神 伝  作者: 原 海象
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第71話 文王 姜子牙、まぎらわし歌を広めるな!

初めまして!原 海象と申します。


今回は有名な『封神演義』の編集・アレンジバージョン『封神伝』を投稿致しました。


「封神演義」は明代以前に発行された神魔小説で、今の形になったのは明代の編者 許仲琳によって現在の形になりました。また漫画やアニメとなったのは安能務先生の封神演義版によって一代ブームとなり、皆様のよく知っている形となりました。原作と安能務先生の翻訳ではかなり違いがありますが、ライト小説らしくできるだけ読みやすいようにしております。


<封神伝>



第71話 文王 姜子牙、まぎらわし歌を広めるな!


光陰矢のごとし、歳月は流れるように過ぎ去った。桃杏の花が吹きはほころぶ春のある日、文王が文武諸官に言った。「春の季節、万物が生き生きし、気候もなかなかよい。わしは諸子・諸侯を伴って南郊へ踏青とうせい(春に郊外に出歩き青草を踏む)に行き、山水の観、芳香の歓をともに味わおうと思う」


散宣生さんぎせいが前に出て奉じた。

「我が君のお考えには二つの利益があります。今は春で気候も良く、花も樹も美しいので、一つには南郊に遊興の場を設けて民を慰撫するために遊び、もう一つは我が君は霊台で飛熊の夢を見ました。これは我が君が大任を負うべき人物を得ることから、山中に入って隠れた賢人を探すことにしてはいかがでしょうか?この行幸にわたしたちを伴い、大将軍 南宮適なんきゅうてき辛甲しんこうが護衛にあたれば、堯舜ぎょうしゅんが民とともに楽しんだ赴きを味わえましょう」


文王はたいへん喜び、明朝 南郊に遊興の場を設けて楽しむことにすると王命を下した。翌朝、南宮适なんきゅう かつは五百名の将兵を率いて南郊へ向かい、狩猟の場を設けた。


一方で禁軍の兵たちは弓矢を持って、文王とともに南郊に向かった。文王と文武諸官は郊外に遊び、ともに三春の景観を楽しんだ。一行がある山まで行くと、狩り場があり、そこでは将兵たちがそれぞれ弓矢を手にし、鷹や猟犬を連れていた。将兵らが狩猟の装いで弓矢を手に獲物を追い、また鷹や猟犬を使って獲物を捕らえる情景は実に壮観であった。


しかし、文王はその情景を見て、慌ててたずねた。

「散上大夫、これは狩猟場ではないか。何故この山に設けたのだ?」

散宣生さんぎせいは馬上で頭を下げて答えた。

「我が君が春光を楽しむため、踏青とうせいを行うことになったので、南大将軍がここに狩猟場を設けたのです。我が君が狩猟に興じてくだされば、郊外に来たかいがあり、君臣ともに楽しむことができます」


これを聞いて文王が厳しい態度で言った。

「散上大夫の考えは間違っている。いにしえの時代、上皇 伏羲ふっきの太古未開の世には、五穀の美のなかった時代に住んでいたのに獣や鳥を食べなかった。ところが、今は五穀で養生でき、その美味と味覚を満足させることができる。わしはそなたらと踏青とうせいを楽しみ、春の風光を鑑賞に来たのだ。わしを楽しませるために鴨や鹿等を追いまわし、むやみに禽獣きんじゅうを殺害するような無惨なことはしないでくれ。ましてやいまは陽春、万物の生育する時期であり、殺生なことは仁がある者がなすべきではない。わしもそなたらも仁に背くようなことはやめよう。南大将軍に狩り場の撤収をさせなさい」


文武諸官に文王の王命が伝えられる。更に文王は馬上で酒を楽しむことにしようと語った。踏青とうせいに来た人々を見ると、草樹の芳香を楽しみ、川のほとりで酒を酌み交わしたり、緑地で歌を歌ったりしていた。文武諸官は、喜ぶと同時に、君が正しく、臣が賢いので、民も楽しむことができるのだ、とため息をついた。


散宣生さんぎせいは馬上で文王に言った。

「西岐の地まさにぎょうの国に勝ると言えます」


君臣は並んで楽しく散策しているとき、向かい側から漁夫たちが歌をうたいながらやってきた。



成湯がけつ掃蕩そうとうした昔を思う

十一回の遠征 葛洪かつこうに始まる

正々堂々と天人に応え

義旗が挙がれば民人やすまる

すでに六百余年過ぎ

昔の栄華いまはなし

肉掛けた林と酒の池

鹿台ろくだいに千尺の血が溜まる

内に色に荒び外に禽に荒び

四海に響くうめき声

吾等われらもとは滄海そうかいの客

耳を洗いて亡国の音を聴かず

日にこうとうに追い歌声高く

夜に星眺め釣糸垂らす

釣るは天地の広さにしかず

白頭伏して天地を見つめる



文王は漁夫たちの歌を聞いたあと、散宣生さんぎせいに向かって言った。

「この歌は風格が清く珍しい。この地には賢人が住んでいるに違いない」

そして、辛甲しんこうに命じた。

「この歌の作者は賢人だ。この賢人をこちらにお招きしなさい」


辛甲しんこうは命を受けて馬を走らせ、漁夫達に向かって言った。

「お前たちの中に賢人がいるであろう。わが主君に謁見に来るのだ」


漁夫たちは武装した辛甲しんこうに怯え、ひざまずいて答えた。

「我らすべて閑人です(「賢」と「閑」の発音が同じのための誤解)」

「おまえたちがなぜすべて賢人なのだ?」

「我等は早朝に漁に出かけ、いま時分に帰ってくると用事がないので、すべて閑人なのです」

しばらくすると、文王が騎馬で近づいて来た。辛甲しんこうは文王に奉じた。

「この者たちはすべてただの漁夫で、賢人ではありません」

「歌の風格が清く珍しいので、かならずや中に賢人がいると確信したのだが……」

「この歌を作ったのはわたしどもではありません。ここから三十五里離れたところに磻渓はんけいがあり、そこにいる老人が作ったのです。いつも聞いているうちに、自然と歌えるようになったのです」

文王は漁夫たちに帰ってよいと言って、漁夫達は叩頭して去って行った。


文王は歌詞の意味を思い出してつぶやいた。

「『耳を洗いて亡国の音を聴かず』、だというのか……」


上大夫の散宣生さんぎせいがたずねる。

「『耳を洗いて亡国の音を聴かず』、とは、いったいなんのことでしょうか?」

「この一句は、堯王が舜天子を訪ねたときの物語だ。昔、堯に徳があったが民望がなく、民望を失うことを恐れた堯王は、王位を譲渡するにふさわしい人物を探すため、ひそかに各地を訪問していた。ある日、静かな山村である男に会った。堯王は、この男は世をむなしく思い、富貴、栄誉を忘れ、悶着を避けた傑出した人物のようだと考え、王位を彼に譲ることに決めた。堯王は『賢者、余は天子の堯だ。貴公に徳があるので、天子の位を譲ろうと思うのだが』と語った。すると男は耳をふさぎ、渓流で耳を洗いはじめた。そのときもう一人の男が牛を引いて水を飲ませに来た。あとから来た男はいつまで耳を洗い続けるのかと言ったが、先の男は返事もせずに耳を洗い続けた。やっと洗い終えた後『先ほど、天子の堯がわたしに王位を譲ると言って、わたしの耳を汚したので、ここで洗っていたのだ』。それを聞いた後から来た男は牛を引き上流に行って水を飲ませた。すると後の男は『おまえが水を汚したので、牛の口が汚されてしまうからだ』と答えた。当時の高潔の士はみなそうだったのだ。この話が、『耳を洗いて亡国の音を聴かず』の一句なのだ」


文武諸官は、馬上で文王の話に耳を傾けていた。

こうして君と臣は馬上で杯を交わし、民は歌を歌いともに楽しんだ。


そのとき、また木こりたちが歌をうたいながらやってきた。その歌を耳にした文王と文武諸官は、その中に賢人がいるものと思いこんだ。文王は辛甲しんこうに、賢者をお招きするよう命じた。

辛甲しんこうは命を受け、騎馬を走らせて木こりに近づいた。

「お前たちの中に賢者はいるかは?主君に謁見に来るのだ」

木こりたちは、肩の荷を降ろして答えた。

「この中に賢者などはいません」


しばらくすると、文王が来た。

辛甲しんこうはこの中に賢者などはいませんと答えた。

文王はいぶしかけに言った。

「歌の風格は清く珍しい。なのに、なぜ賢者はいないというのか?」

木こりの一人が答えた。

「この歌は私たちが創作したものではありません。十里ほどさきに磻渓はんけいというところがあり、そこで朝夕釣りをしている老人が作ったのです。私たちは薪をりに行った帰りに磻渓はんけいで休みますので毎日聞いているうちに自然と歌えるようになったのです。文王様が来られたのに、ここでこのような歌などうたったりした罪をお許しください」

『賢者がいないなら、立ち去ってよろしい』木こりたちは去って行った。


文王は馬上で考えこんだ。一同はまたしばらく散策しながら酒を酌み交わした。

このとき、向いから側から薪を担いだ男が歌をうたいながらやってきた。

文王は、その歌声を聞くと、ため息をついた。

「不思議だ。たしかにここには賢人がいる。それなのに会えないとは……」


馬上の散宣生さんぎせいには、この薪を担いでいる男が狡猾な武吉のように思えた。

散宣生さんぎせいは急いで文王に奉じた。

「我が君、先ほど歌をうたっていた男、守備兵を殺した武吉に似ていました」

「散上大夫、それは違う。武吉は万丈の深潭に身を投げて死んだのだ。先天の術で占ったのだ。生きているはずがないだろう」

散宣生さんぎせいははっきり見ているので、辛甲しんこうに命じた。辛甲しんこうは馬を走らせ男を追う。武吉は文王の姿を見て逃げられないと知り、薪を降ろして、塵埃じんあいの中でひざまずいた。辛甲しんこうがよく見ると、たしかに武吉である。辛甲しんこうは武吉にありませんと報告した。


文王は報告を聞くと、顔を真っ赤にして激怒し、武吉を一喝した。

「この匹夫め!どうしてわしを騙した」

文王は散宣生さんぎせいに向かって言った。

「散上大夫、このような狡猾な罪民は厳しく処罪すべきだ。人を殺し、しかもその罪を逃れようとした。その罪自体も殺人に等しい。今日もし武吉に逃げられでもしたら、先天の術に問題があることになって、後世に伝えることができなくなる」


もはや逃げられぬと悟った武吉はひざまずき、涙を流しながら文王に奉じた。

「わたくしは、公のために尽くし法を守る民で、道理にはずれた無茶なことはいたしません。誤って人を死なせたあと、ある老人を訪ねたのです。老人は姓を姜、名を尚、字を子牙、道号を飛熊といいます。老人はわたくしを弟子にしたあと、ある方法を伝授してくれました。文王様、オケラやアリでさえ命を惜しみます。命を惜しまぬ人間がいるでしょうか?」


傍らで聞いていた散宣生さんぎせいが、祝賀の言葉を述べた。

「我が君、おめでとうございます。武吉が申した道号を飛熊という人物こそ、霊台での夢に現れた吉祥の人物です。その昔、商の高宗が飛熊の夢を見て宰相 傅説ふせつを得たという伝説がります。我が君も飛熊の夢を見て、姜子牙を得るべきです。今日、行楽に来たのは、賢人を求めるためでもあります。どうか武吉の罪を赦し、林の中に行って賢人を案内してくるように命じてください」


散宣生さんぎせいの言葉に武吉は叩頭して林の中に走って行った。

文王と文武諸官は、賢人を驚かせることを恐れ、林の近くまで来ると騎馬から降りた。文王と散宣生さんぎせいは林の中を歩いて行った。武吉は林の中に駆け込んで師父の姿を探したが、師父の姿がない。また、文王があとか林の中に入ってきたので、ひどく慌てた。散宣生さんぎせいが武吉に尋ねた。

「賢人殿はどこにいる」

「先ほど師父はここにいたのですが、いまはどこに行ったのやら見つかりません」

今度は、文王がたずねた。

「賢人殿はほかに住むところがあるのか?」

「向こうに茅葺かやぶき小屋があります」


武吉は、文王を伴って小屋の前まで行った。文王が軽く扉を叩くと、扉が開いて童子が顔を見せた。文王は笑顔で尋ねた。

「先生はおられるかな?」

「いません。道友と出かけました」

「先生はいつ帰られるのか?」

「わかりません。すぐに帰ることもありますし、一日か二日、あるいは三日か五日帰らないことがあります。山の中を悠々と歩きまわったり、師や友と語り合ったりするため、いつ帰るかわからないのです」

散宣生さんぎせいが傍らで言った。

「我が君に申し上げます。賢を求め傑を招くには、礼を尽くし誠意をもたなければなりません。今日は誠意が足りなかったので、わたしたちを避けて遠くに行ったのでしょう。黄帝が鳳后ほうこうを、成湯が伊尹いいんに拝するとき、斎戒沐浴さいかいもくよくしたと言われます。吉日を選んで迎えるようにするのが、賢者を敬う礼です。我が君はひとまずお帰りになったらいかがでしょうか」

「そうだな、散上大夫の言葉はもっともだ」

文王は、武吉にも入朝するよう命じた。


磻渓はんけいは景観が奇異で山林が閑静であり、また緑柳の根元、座石の傍ら、釣竿が水面に浮かんでいるのを見て、文王は心中わびしくなった。なかなか立ち去る気になれなかったが、散宣生さんぎせいが慰めたため、文王はやっと文武諸官とともに帰途についた。





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