第69話 文王 とら、虎、トラ、ではなく飛熊でした。
初めまして!原 海象と申します。
今回は有名な『封神演義』の編集・アレンジバージョン『封神伝』を投稿致しました。
「封神演義」は明代以前に発行された神魔小説で、今の形になったのは明代の編者 許仲琳によって現在の形になりました。また漫画やアニメとなったのは安能務先生の封神演義版によって一代ブームとなり、皆様のよく知っている形となりました。原作と安能務先生の翻訳ではかなり違いがありますが、ライト小説らしくできるだけ読みやすいようにしております。
<封神伝>
第69話 文王 とら、虎、トラ、ではなく飛熊でした。
高さ二丈、三段からなる霊台は非常に壮観で、梁には彫刻され、柱には絵が描かれおり、すべてが文王の徳を表しているこのようであった。文王は文武百官を伴って霊台に登り、周囲を眺めていたが、ふと黙りこんでしまった。
上大夫の散宣生が近づいて文王にたずねた。
「霊台が完成したのに、なぜ喜ばないのですか?」
「不愉快なわけではない。霊台はなかなかよいが、台の外側に池がないので『水火既済、合配陰陽』の意に応じていない。そのため池を造りたいが、民に負担をかけることになるので困っているのだ」
「これほど膨大だった霊台の工事でさえ、それほどの期間を必要としませんでした。台の外側の池などたいしたことはありません」
散宣生はそう言ったあと、文王の命令を伝えた。
「台の外側に池を掘り、水火既済の意に応じなさい」
軍民は、すぐに池を掘りはじめた。すると一体の骸骨が出てきたので、人々はその骨をあちこちに放り投げた。霊台の上でそれを見ていた文王は、あれは何を放り投げているのだと尋ねた。
左右の者が奉じた。
「あそこに一体の人骨を掘り当てたので、それを放り投げているのです」
文王はこれを聞いて急いで命じた。
「骸骨を1カ所に集め、箱に納めて高地に埋葬しなさい。わしが池を掘らせるために人骨が野にさらされたら、わしの罪となる」
人々はこれを聞くと聖君の徳は骸骨までおよぶと喜んで歓声を上げた。
霊台の上で、池を掘るのを見ているうちに日が暮れてきたので文王は城郭に帰ることができなくなった。そこで、霊台で宴を設け、文武百官とともに楽しんだ。宴が終わると文武百官は霊台を下りて休み、文王は霊台に床を設けて休んだ、すると二更のころに夢を見た。
東南の方角から両翼のある白額猛虎がやってきて、いきなり蚊帳の中の文王に襲いかかった。文王は叫び声を上げた。すると霊台の裏で轟音がして、火が高く空中に燃えあがった。文王は驚いて目を覚まし、全身に冷や汗をかいていた。そのときはすでに三更を過ぎていた。
文王はこの夢の吉凶はどうなのであろう悩み。夜が明けたら相談するとしようと考え、翌朝になって上大夫の散宣生を呼んで相談をした。
文王は散宣生に夢の話をしてこの夢は吉か凶か、わしには解らん散宣生はどう思うと尋ねた。
散宣生は拝礼して祝いの言葉を述べた。
「その夢は大吉の兆しです。我が君は大任を負うべき人物をえることになりましょう」
「そなたには何故それがわかるのだ?」
「その昔、殷の第22代王 高宗武丁が飛熊の夢を見ました。昨夜、我が君が夢に見た双翼の生えた虎ではなく、飛熊なのです。また、霊台の裏に見えた火は、火が金属を鍛えているところなのです。いま西方は金に属し、金は火によって鍛えられます。寒金に鍛えれば、かならず大器になります。この夢は周が興る兆しです。ですから、わたしは祝いの言葉を述べたのです」
それを聞くと文武百官は祝いの言葉を述べた。文王は西岐城に帰ることを伝えたが、心中では賢者を訪ね、吉兆に応えることばかり考えていた。
*****
そのころ、姜子牙は朝歌を離れ馬氏とも別れ、土遁の術で難民を救ったあと、磻渓に隠れて渭水で釣りをする日々を送っていた。姜子牙は一心に機会を待ち、道教の教本である『黄庭』を読み、修行を積んでいた。気が晴れないときには、竿を手に緑柳に寄りかかり釣りをしていた。しかし、心はつねに崑崙を思い、師父を偲んで、山で修行をしていたころのことを朝晩思い起こしていた。
ある日、姜子牙は釣り竿を手にため息をついて河のほとりの柳の根元に座り込んでいた。絶え間なく滔々(とうとう)と東に流れる河の水を見つめていると自分の人生が何もかも空しく感じられてきた。姜子牙は再びため息をついたとき、一人の木こりが歌を歌いながら近づいて来た。木こりは一担ぎの薪を地に降ろし、姜子牙に近づいて話した。
「ご老人、いつもここで竿を手にして釣りをしているようだが。俺とあんたはまるで一つの物語のようだな」
「どんな物語だと言うんだ」
「『釣師と木こりの物語』だ」
姜子牙は喜んで言った。
「『釣師と木こりの物語』か、なかなか面白いな」
木こりは釣り糸の先を見ながら姜子牙にどこの生まれで、どうしてここに来るようになったのかを尋ねた。
姜子牙も釣り糸の先を見ながら「わしは東海 許州の者で、姓を姜、名を尚、字を子牙、道号を飛熊という。お前さんは名を何というのだ?」
木こりはこれを聞いて笑い出し、自らの名を名乗った。
「俺は姓を武、名を吉という。西岐の者だ」
「わしの名を聞いたあと、笑いだしたのはどういうわけだ」
「道号を飛熊となどというから笑ったんだよ」
「人それぞれ号があるだろう。何がおかしい」
「昔から高人。聖人、賢人など、胸に大志を抱き、腹に学識を隠した者が。その号を名乗ったんだ。たとえば、鳳后、老彭、常桑、伊尹といった人たちだ。あんたはその号を名乗ると、どうもそぐわないので笑ったんだ。見れば、よく柳の下で釣りをしているようだが、別に何をするでもなしに、流れを見ているだけ。それほど学識があるとは思えないのに、なんでそんな号を名乗るのかい?」
武吉は、話しながら河辺の釣り竿を持ち上げ、よく見ると糸の先の釣り針が曲がっていない。武吉は大声を上げて笑い続け姜子牙に言った。
「智恵のある人は年をとっているとはかぎらず、百歳になっても智恵のない人もいるとはよく言ったものだ!」
武吉は姜子牙に尋ねた。
「あんたのような釣り方じゃあ三年と言わず、百年経っても一匹も釣れやしないだろうよ。まったく、こんなじいさんが飛熊なんて名乗るだから、笑っちまうよな」
姜子牙は答えた。
「おまえは、わしのことをよく知らないから、そのようなことを言うのだ。釣りをしているように見えるだろうが、実際には魚を釣っているのではなく、世直しをするための機会を待っているのだ。陰影を払い、世を明るくしようとしているのに、針を曲げて魚を釣ついていられるか。大志を抱く男のすることではない。まっすぐにして曲げないのは、魚を釣るためではなく、王や候を釣るためだからだ」
それを聞くと武吉は大声で笑った。
「あんたみたいな人が、王侯になろうと考えているとはねぇ。自分の顔を見てごらんよ。王侯というより、猿にそっくりだ」
「おまえは、わしの人相が王侯にふさわしくないと言うが、わしの見るところ、お前の人相もあまりよくないぞ」
「俺の人相は、あんたよりは多少ましですよ。俺は木こりだけど、あんたよりずっと楽しく暮らしている。春は桃や杏を見て、夏は蓮花を見て、秋は黄菊を見て、冬は梅や松を見て、薪を担いで街に売り、酒を買って家に帰り、母子で楽しく暮らしているよ」
「人相とはそのことではない。おまえの気色が悪いというのだ」
「俺の気色がどう悪いというのです?」
「左目が青く、右目が赤い。今日城内で人を殺すことになるだろう」
武吉は怒って言った。
「おい、じいさん、冗談を言って、ふざけているだけなのに、なんでそんな縁起の悪いことを言うのだ」
武吉はぷりぷりと怒りながら薪を担いで西岐城内に売りに行った。
武吉が南門まで来たとき、霊台に災祥の兆しを占験に行く文王の車に出会った。従者は城門を出て、両側の従者、甲馬御林軍の兵士が「千歳のお通りだ!道を開けろ!」と叫んだ。
薪を担いで南門まで来ていた武吉は、道が狭かったので肩を入れかえようとして、担いでいた天秤棒をぐるりと廻した。すると天秤棒の先端が城門の守備兵のこめかみに当たり、即死した。近くにいた者が、「木こりが守備兵を殺したぞ!」と叫んだ。
武吉はその場で捕まり、文王の前に引きだされた。
「文王様、この木こりはなぜか知りませんが、城門の守備兵を殺したのです」
文王は武吉に詰問した。
「そこの木こり、名を名乗れ。何故城門の守備兵を殺したのだ」
「俺は西岐の良民で武吉といいます。文王様がお通りだというので、担いでいた薪の肩を入れ替えようとしたとき、道が狭かったので、天秤棒の先が守備兵に当たったのです。それで死んでしまったのです」
「武吉、守備兵を殺したからには当然処刑だぞ」
すぐに、南門の近くの地に円を描いて牢とし、武吉をその円に閉じ込めた。そのあと文王は再び霊台に向かった。
紂王の時代、この西岐だけが「地に描いて牢とする」というしきたりがあった。東、南、北、それに朝歌には監獄がった。しかし、西岐だけは文王が先天の術で禍福を占うことができ、人々はそれを恐れて逃亡しなかった。そのため、地に描いて獄としても罪民は逃げなかった。逃亡した場合、文王が先天の術で占って罪民を捕らえ、より厳しい処罰されることになるからである。そのため悪人でさえその法を守ったので「地に描いて獄とする」ことにしたのであった。
武吉は三日間も閉じ込められ、帰ることができなかった。母は頼る人もなく、路地の入り口で俺の帰りを待ちわびているだろう。ましてや、処刑されることになっているなんて、知りもしないだろう。
武吉は母を思い、大声で泣き出した。通行人は驚きそれを眺めていた。そのとき、散宣生が南門を通りかかり、武吉の悲しそうな泣き声を耳にした。散宣生は武吉に近づいてたずねた。
「そなたは先日、守備兵を殺した者であろう。人を殺して処刑されるのは当然だ。なぜ泣くのだ?」
武吉は必死に訴えた。
「俺は不運にも、誤って守備兵を殺してしまいました。当然処刑されるべきで、それにはなんの不服もありません。しかし、俺には七十余歳になる母がいるのです。他には兄弟もなく、妻もいません。孤独な老いた母は、飢え死してのざらしになるにちがいありません。息子を育てたもののそのかいもなく、俺が死ねば母も生きてはいけないでしょう。それが悲しくて泣いていたのです。大声で泣き、上大夫様の耳障りになったことはお許しください」
散宣生は話を聞いたあと、しばらく考えこんでいた。
武吉が守備兵を殺したのは、殴り殺したのではなく、薪を担いでいた天秤棒が当たって過失死させたという。なら処刑する必要はないだろう。
散宣生は武吉に向かって言った。
「武吉、泣くことはない。わたしから文王様に奉じて、そなたが家に帰れるようにしてやろう。母親のため、衣類、薪、食糧などをすべて用意したあと、秋になったら戻ってきて法の裁きを受けるがよい」
武吉は上大夫様のご厚恩に感謝致しますと言って叩頭した。
*****
数刻して、散宣生は霊台にいる文王に謁見したあと奉じた。
「先日、守備兵を殺害した木こりの武吉が南門に閉じ込められております。臣が南門を通りかかったとき、武吉の泣き声を耳にしました。その理由を聞いてみますと武吉は守備兵を殴りあって守備兵を殺したのではなく、思いもよらず過ちによって死なせたのです。また、武吉が捕らわれたことを知らない高齢の母親が家で待ちわびています。ですから、わたしの考えでは武吉を一度家に帰して、母親のために衣類等を用意させ、そのあと法に基づいて裁いたらどうかと思います。我が君にこのことの裁決していただきたいと存じます」
文王は散宣生の話を聞くと、すぐに武吉を家に帰すように命じた。
武吉は母のことが心配で、釈放されると飛ぶようにして家に帰った。家の入り口で武吉の帰りを待っていた母親は、武吉の姿を見ると泣きながら尋ねた。
「おまえはどこに行っていたのです?おまえが山奥で虎や狼に食い殺されたのでないか心配でたまらず、食事も喉に通らず、夜も眠れなかったよ。おまえの姿を見てやって安心した。いったいどこに行っていたのだい?」
武吉はひざまずいて、泣きながら答えた。
「母さん、俺はとんでもない災難に見舞われたよ。先日、薪を売りに行ったとき文王様の行列にであったんだ。道を譲るため、天秤棒を担ぎなおしたときにその先端が守備兵に当たり死なせてしまったんだ。文王様は俺を獄に閉じ込めたんだが、母さんが一人で世話をする者もなく、死んでしまうじゃないかと思って悲しくて泣いていた。そしたら上大夫の散宣生様のおかげで、家に帰って母さんの衣類等の用意をすることだけはこうして許されたんだ。だけど、それがすんだら守備兵をしなせた報いを受けなければならない。母さん、せっかく育ててもらったのに……」
武吉は話おわると大声で泣きだした。
母親は息子が人を死なせる災難にあったと聞いて呆然としていた。
そして武吉の服をつかみ、涙を流して悲しみ、天を仰いで嘆いた。
武吉はふとあることを思い出した。
「そういえば先日、俺が薪を担いで磻渓を通りかかったとき、一人の老人が釣りをしていて糸の先に普通の針をつけて釣りをしていたんだ。『なぜ針を鉤型にして、餌をつけて釣らないのだ』と尋ねると、その老人は『魚を釣るのではなく、王侯を釣るのだ』と答えた。からかってやると老人は俺の顔を見て『そなたの気色が良くない』と言う。尋ねると『左目が青く、右目が赤い、人を殺すに違いない』と言ったんだ。
結局そのとおりになり、その日に守備兵を殺してしまったんだが、考えてみればあいつが余計なことを言わなければこんなことにはならなかったんだ!あいつは悪辣なやつだ」
母親は武吉に尋ねた。
「そのご老人の名前はなんていうんだい?」
「姓が姜、名が尚、字を子牙、道号を飛熊と言っていた。あいつが号を飛熊と言ったので、俺はからかったんだ。それでやつが縁起でもないことを言ったんだよ」
母親は武吉をたしなめるように言った。
「そのご老人はなかなかよい人相をしているから、先見の明があるかもしれない。そのご老人に助けを求めに行きなさい。きっと賢人に違いないよ」
武吉は母親の言いつけに従って、磻渓へ姜子牙を探しに行った。




