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封 神 伝  作者: 原 海象
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第67話 文王 ゲロを吐く。ゲロは兎になって兎波を走る

初めまして!原 海象と申します。


今回は有名な『封神演義』の編集・アレンジバージョン『封神伝』を投稿致しました。


「封神演義」は明代以前に発行された神魔小説で、今の形になったのは明代の編者 許仲琳によって現在の形になりました。また漫画やアニメとなったのは安能務先生の封神演義版によって一代ブームとなり、皆様のよく知っている形となりました。原作と安能務先生の翻訳ではかなり違いがありますが、ライト小説らしくできるだけ読みやすいようにしております。


<封神伝>


第67話 文王 ゲロを吐く。ゲロは兎になって兎波を走る


殷破敗いんばはい雷開らいかいは、雷震子らいしんしを見るとあまりにも鷲のバケモノのような恐ろしい姿をしていたため、勇気をふるって厳しく問いただした。

「貴様は何者だ。なぜ禁軍の前進を阻む? 邪魔立ては赦さん!」

「僕は文王の百番目の子、雷震子らいしんしだ。父の文王は仁義の君子、賢徳の人物で、主君には忠を尽くし。天下の道を処し、公の奉仕し法を守り臣の節を保っている。それが釈放され帰郷するというのに、何故追手を出して追撃するのだ。僕は師父の命により、下山して父を帰国させ父子再会することになったのだ。二将軍はともに勇ましいこと言うのはそれぐらいにして、すぐに引き返したほうがいい。師父の言いつけがあるから傷を負わせるようなことはしないけど、おとなしく引き返すことだ」


殷破敗いんばはいは、大声で笑った。

「醜怪な化け物め!偉そうなことを言って俺を侮った上、三軍(上軍、中軍、下軍の軍隊の総称)を煽動せんどうする気か!」

殷破敗いんばはいは騎馬の背で大刀を振り忌まわし、雷震子らいしんしを討ちとろうとした。その背後に回った雷開らいかいが、いきなり大刀を振り下ろした。気配を感じて雷震子らいしんしは、振り向きざま。振り下ろした大刀の峰を金棍で軽く叩いた。すると鈍い音がして大刀は真二つに折れた。


雷震子らいしんしは手中の金棍で相手の攻撃を避けながら言った。

「僕と勝負をつけたがるのは勝手だが、こっちは父上の御言葉や師父の命令に背くわけにはいかないんだ。……しょうがない。僕の力を見せてやるからよく目を開けてみろ」


雷震子らいしんしは両翼を羽ばたき、風雷の音を発して空中に舞いあがると両側の山峰めがけて飛んでいき。二将軍に聞こえるように大声で言った。

「この山峰を金棍で打ち壊してやるからよく見ろ!」

雷震子らいしんしが金棍を一振りすると、山の半分が崩れを落ち。轟音とともに瓦礫は谷へ崩れ落ちていった。

雷震子らいしんしは地に降りて、二将軍に向かって言った。

「さて、おまえたちの頭はあの山より固いか?」


それを見た二将軍は青い顔をして黙りこんでしまった。陛下から禁軍を率いた手前、撤退も許されず、どう指示を出すべきか迷っていた。

雷震子らいしんしは決断を促すために、路肩の巨木の幹を金棍で横にはらった。

地響きを立てて巨木が倒れた。

殷雷二人の将軍は雷震子らいしんしの恐ろしさを知って、魂が抜けたようになって答えた。

「わかった。貴殿の言うとおり、朝歌に戻り陛下にご報告する」

殷破敗いんばはい雷開らいかいは、雷震子らいしんしの恐ろしさを目のあたりにして、到底勝つことができないと判断し、引き返すほかなかった。


恐れをなした紂王の禁軍が引き返したあと、雷震子らいしんしは丘の上の文王のもとに戻ったが、文王は驚きのあまり呆然としていた。雷震子らいしんしは文王に話しかけた。

「父上の御言葉に従い、追手を退けに行ってまいりました。父上を追って来た殷破敗いんばはい雷開らいかいの二将軍は、僕の忠告を聞いて引き返しました。いまなら父上は五関から送りだすことができます」


文王は我に返って言った。

「いや、わしは大丈夫だ、銅符と令箭れいせんを持っている。関門での検査を受けても、出ることができる」

「その必要はありません。銅符を用いたのでは、帰郷が遅れます。また、追手が来るかもしれないし、どうなるかはわからないので、急いだほうがいいでしょう。僕が父上を背負せおいますから、いざこざが起こると面倒です。すぐに五関を出ましょう」

「お前の言うとおりかもしれない。だが、この馬はどうするのだ」

「父上の出関が第一です。馬のことまでは考えていられませんよ」

「だが、この愛馬は苦難をともにして七年になるのだ。置き去りにするにはとても忍びない」

「そんなことを考えるときではありません。君子は小事を捨て、大事を求めるべきでしょう」

文王は、愛馬を撫でどこかに行っていい主人をさがすのだぞと言って別れを惜しんだ。


一方で雷震子らいしんしは父上に別れを惜しんでいるときではないと早く背に乗るように促した。


文王は雷震子らいしんしの背で目をかたく閉じる。風のうなり声が耳に入り、一刻足らずに五関を出て金鶏嶺きんけいれいにいたり、そこで地に降りた。



文王は雷震子らいしんしが「父上はもう五関を出ました」と言う声を聞いた。

文王が目を開けて見ると、そこは見覚えのある金鶏嶺きんけいれいで、すでに郷土に来ていたのでたいへん喜んだ。

「再び郷土に帰ることができるとは、これもお前のおかげだ」

「父上、ではお元気で。僕はここでお別れして帰ります」

文王は驚いて尋ねた。

「なぜ途中でわしを放り出すのだ。どんな理由があるというのだ」

「父上を救って五関の外に送り出したら、すぐに山洞に戻るようにと師父に厳命されているのです。父上はどうか先に西岐城へ帰ってください。僕は師父のもとでタオをすべて学んでから、下山して父上にお会いに来ます」


雷震子らいしんしは叩頭して文王と別れ、終南山に戻って師父に報告した。

一方、文王は騎馬も無く、ただ一人で一日中トボトボと歩き続けた。しかし文王は年老いて、それほど長くは歩くことができなかった。


夕方になってやっと里につき旅籠はたごが見つかり、そこに泊まった。

翌日になって、文王は出立のとき、旅籠に支払う金がないことに気づき、旅籠の使用人が文王に宿泊と食事代を一文も支払わないので不審に尋ねた。


文王は「しばらく付けにしてくれ、あとで利子をつけて人に届けさせる」と言った。


これを聞いた旅籠はたごの使用人は激怒して言った。

「ここはほかの地方とは違う。西岐では嘘をついたり、人を騙すことは許されんのだ。きちんと金を支払って精算すれば、すぐに行かせてやろう。だが金を支払わないならば。西岐の散宣生さんぎせいさまのところへ引ったてていってやるぞ。そのときになって後悔しても間にあわないからな」

「嘘をついているわけではないのだ。信じてくれ」

そのとき、何を口論しているのだと店の主人が出てきて尋ねた。


使用人は、文王が宿泊と食事代を支払わないのだと説明した。


店主は、文王が年老いているが、品格、風貌がただ者でないのを見て質問をした。

文王は仕方がなく説明をした。

「ご主人、わしはほかでもない、西伯候本人だ。七年ほど羑里ゆうりに監禁され、陛下のご厚恩により特赦され、帰国を許されたのだ。道中、息子の雷震子らいしんしに救われ、五関を出ることができたが、懐中に旅費がない。申し訳ないが、代金をしばらく待ってくだされんか。西岐城に帰ったあと、かならず人をやって届けさせる。決して嘘は言わぬ」

「お待ちください。ご容貌からして常人ではない、とお見うけしたのですが。もしかして本当に西伯候様では?」

「そうだ。わしが西伯候姫昌だ」

「そうとは存じませず……」

と店主は西伯候と聞いて慌てて平伏して許しを請うた。

店に居合わせたものがみな、平伏して一斉に「千歳!!」と叫んだ。

文王は一同に平身を許した。そして店の主人の名をたずねた。

「私は姓を申、名を傑と申します。西伯候さまとは存じませんでした。初めてお目にかかるものですから、おもてなしもしませんで。どうかご無礼のほどお赦し下さい。一献差し上げますから、どうぞ店内にお入りください。そのあとで、わたくしが西岐城までお送りいたしましょう」

文王はいたく喜んで、店の主人に尋ねた。

「そなたの家には馬がいるか?貸してくれれば、乗って行けるので大変助かるのだが……。西岐城に着いたら厚く礼をいたそう」

「裕福ではありませんので、馬などいるはずがありません。しかし、うすを挽く驢馬ロバがいます。これに鞍をとりつけますから、それにお乗りください。わたくしが西岐城まで付き添って行きましょう」

文王はたいへん喜び、金鶏嶺きんけいれいを離れて首陽山を超え一路迂回し、野宿した。季節は既に晩秋で、そよ吹く秋風、舞い落ちる木の葉、赤味を帯びた楓林など素晴らしい景観であった。しかし、久しく故郷を離れていた文王の心中は穏やかではなく、少しでも早く母や妻、子息との再会することを望んでいた。



*****



さて、文王の母、太姜だいきょうは宮中で息子の姫昌のことを思っていた。すると、突然三陣の風が吹き、咆哮が聞こえた。太姜だいきょうは侍女に香を焚くように命じ、金銭を取り出して先天の術で占った。そして、姫昌が某日某刻すでに西岐に帰ってきたことを知る。太姜だいきょうはたいへん喜び、急いで姫昌を迎えに行くよう文武百官や公子たちに命じた。


文武百官や公子らも歓喜し、西岐の万民も羊を引き、酒を担ぎ、香を焚いて姫昌を迎える準備をした。

文王が店の主人とともに西岐山にいたり、山道を越えると目の前は郷土であった。文王は凄惨せいさんとして思っていた。

「その昔、朝歌に赴き大難にあい、今日やっと帰ってこれたが、そのあいだ七年の時がすぎたのだ。青山は昔のままだが、人の容貌は変わってしまっただろうな」


文王がつぶやいているとき、西岐城から出迎えの軍馬が駆けつけた。二面の赤旗がひるがえり、火砲の音がし、一群の人が押しよせてきた。文王は驚きがおさまらないうちに、左側には大将軍 南宮適なんきゅうてき、右側には上大夫の散宣生さんぎせいが四賢八俊、三十六傑を従えて道端に平伏した。


次男の姫発が文王に近づいてきて、驢馬の前で平伏した。

「父上が異国の地で監禁され、七年も苦しまれた。それなのに、息子のわたくしは何もできませんでした。どうかその罪をお許しください。今日、再び父上のお顔を拝見できて、こんなにうれしいことはありません」


文王は、家臣や公子たちと会って、思わず涙を流した。

「今日という日を、わしは非常に凄惨せいさんに思う。家も国も家臣も息子も失っていたわしは、再びそれを得ることができた。七年間も羑里ゆうりに監禁され、そこで老いて死ぬ覚悟をしていたのに、今日帰国し、そなたたちと再会することができた。そのため、逆に凄惨せいさんに思えるのだ」


散宣生さんぎせいが文王を慰める。

「その昔、殷建国の成湯せいとう王も夏台かだいに監禁されておりましたが、帰国してからは天下を治めるようになりました。主君が帰国されたからには、徳政を施し民生を保護すれば、事を起こしたとき、今日の羑里ゆうりは昔日の夏台など比べものになりません」


しかし、文王は散宣生さんぎせいの言葉に難色を示した。

「散大夫の言葉は、わしの考えとは違うし、臣下が言うべき言葉ではない。わしは監禁されただけで殺されなかったのに、その恩に報いず罪を犯した。七年監禁されたとはいえ、陛下はわしを文王に封じ、白旄黄鉞はくばうくゎうえつを授けて反乱の征伐を命じ、わしの帰国をお許しくださったのだ。この恩を仇で返してはならない。臣が国のために尽くすのは当然であり、報復などは決して考えてはならぬ。散大夫はなぜそのようなことを言って、文武百官に不遜ふそんな念を抱かせるのだ?」





しかし、散宣生さんぎせいは、あえて退かない。

「主公の徳はすでに天下を貫き、その仁は四方に聞こえ、今や天下を四分して、その三が西岐になびいていることは紛れもございません。かたや、紂王は一意荒淫、棒逆非道を働いて、いまや朝歌は暮雲落日、誰の目にも易姓革命の機が迫っているのは明らかです。もはや、念をなすときではございません」


と逆に諫言を呈する。我が意を得たりとばかりに、南宮適なんきゅうてきが同調した。

「わが西岐には、いま雄兵四十万と戦将六十名が満を持しております。五関一城を我が軍の蹄鉄にかけて、朝歌の城を囲み、妲己や奸臣を斬って暗君を廃し、新たに明王を立てることこそ、綱常こうじょう(人倫の道)を正す途でございましょう」

散宣生さんぎせいよりさらに一歩踏み込んで文王の決断を促し、文王は困った顔をした。


「二卿は忠義の士で、西岐の安寧と繁栄は二卿の見識と力量に負っている。だが、なぜ急にそのような不忠不義を口にするのだ。陛下は万国の元首であり、元首を非難し叛を謀ることは赦されない。口を慎むがよい」


「いいえ、われらは主公の臣であり紂王の臣ではございません。紂王に忠義を尽くす義理はなく、奴を非難することはもとより、乱を起こすのも勝手でございます」

と、南宮適なんきゅうてきは決然と言いのけた。


「ならばわしの立場はどうなるのだ?」

「主公はすべて、我らのせいにしておけばよろしゅうございます。それならず、と仰せられるならば、そもそも四十万の兵を養い、六十名の戦将を育てたのは、なにゆえでございますか。それに非道にも醢尸の刑(身体を切り刻む刑)に処せられた大公子の怨みを晴らさなければ、臣は死んでも死にきれません」

と、南宮適なんきゅうてきは真情を吐きながら涙を落とした。


文武百官は文王と散大夫や南大将軍の話を聞いて納得した。

そこへ姫発が近づいて言った。

「父上、とりあえず衣を着替え車にお乗りください」

文王は姫発の言葉に従って五本爪の竜の刺繍がされた王衣に着替え、車に乗った。


そして一緒に西岐城に行くように店の主人申傑に言った。

西岐の城内に入ったのは夜明けも近い深更であったが街には煌々と灯がともっていた。一路、出迎えの人々の歓声がわき上り、文王は車に乗り、両側には従者が付き添い、錦の旗がひるがえった。出迎えの人々は口々に叫んだ。


七年間も、お顔を拝むことができませんでした。今日やっと帰国され、千歳の尊顔を拝見できるようになったことは、喜ばしいかぎりです!


文王は人々の様子を見て、車を降り騎馬に乗り換えた。人々の歓声はさらにわきかえる。


小竜山口を出たとき、両側には文武百官と九十八人の子が伴い、長男の伯邑考はくゆうこうの姿だけがなかった。文王は羑里ゆうりで息子の肉を食べたことを思いだして胸が痛くなり、袖で顔を隠して涙を流した。すると、突然「苦しい、たまらぬ!」と叫んで騎馬から転げ落ちた。文王の顔面は蒼白となり、公子と諸官は慌てふためき、急いで文王を抱え起こし湯茶を飲ました。


しばらくすると、文王はしだいに意識が回復し、いきなり一つの肉餅を吐き出した。それが地面に転がったと思うと肉餅は四本の足と二つの耳が生え、兎となり西に向かって走り去った。文王は立て続けに二つの肉餅を吐き出しだが、それはいずれも兎となって走り去ってしまった。


文武諸官は文王を支え越し、車に乗せて西岐城に戻り、大殿に運び込んだ。公子の姫発は、文王をささえながら後宮に行き、薬湯を調合して飲ませ、数日後には文王の病気は回復した。


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