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封 神 伝  作者: 原 海象
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第63話 伯邑考 肉餅はミディアム・レアで頼む

初めまして!原 海象と申します。


今回は有名な『封神演義』の編集・アレンジバージョン『封神伝』を投稿致しました。


「封神演義」は明代以前に発行された神魔小説で、今の形になったのは明代の編者 許仲琳によって現在の形になりました。また漫画やアニメとなったのは安能務先生の封神演義版によって一代ブームとなり、皆様のよく知っている形となりました。原作と安能務先生の翻訳ではかなり違いがありますが、ライト小説らしくできるだけ読みやすいようにしております。


<封神伝>


第63話 伯邑考 肉餅はミディアム・レアで頼む


宮女が用意した二つの琴のうち、上座の琴を妲己が、下座の琴を伯邑考はくゆうこうが使うこととなった。まずは伯邑考はくゆうこうが琴を奏でた。その琴の音声は明るく、澄んで絶妙であった。


妲己はもともと琴を学ぶ気などさらさらない。そもそも伯邑考はくゆうこうの容姿を見染めたのであって、彼と淫乱に戯れることが目的であった。そのため琴にはまったく興味がわかない。


妲己は伯邑考はくゆうこうの歓心を買うため薄化粧をほどこし、流し目を送り、甘い言葉をかけ、伯邑考はくゆうこうの心を乱して注意を引くように振る舞った。


しかし、伯邑考はくゆうこうは聖人の子息で、監禁されている父を救うために朝歌にやってきたのであるから淫らな考えなど毛頭にない。琴を伝授する際も、伯邑考はくゆうこうの心は鉄と同じく意志は固い。その為、妲己の色仕掛けなどには目もくれず一心不乱に琴を教えた。


妲己は何度も誘惑したが、伯邑考はくゆうこうはまったく心を動かさない。その様子を見て、妲己は『琴をすぐに覚えることはできないわ』と言い宮女に酒宴の用意を命じた。


妲己は自分の席の傍らに座席を用意し、伯邑考はくゆうこうに隣に座るように命じた。伯邑考はくゆうこうは落ちつかず、ひざまずいて奉じた。

「正宮さま、わたくしは罪臣の子息です。正宮さまのお情けで命が助かり、生きていられることに感謝している者です。正宮さまは命の恩人であり、尊敬すべき国母こくもであられます。それなのに、どうして罪臣の子が正宮さまのおそばにすわることができましょう」


「伯邑考、それは違います。家臣としてならもちろん座ることはできないでしょう。しかし、私たちは琴の師弟、師弟なら座ることができましょう」





平伏して妲己の話を聞いた伯邑考はくゆうこうは唇を噛みしめた。


卑しい女め、この俺を不忠不仁の輩と思っているのか。俺の始祖はぎょうの臣で、司農の官職にあった。また、祖先は数十代にわたる忠臣でもある。今日、俺は父のために朝歌を訪れ陥穽かんせいに陥ってしまった。邪淫な妲己は、朝綱を犯し風俗を乱し、陛下を辱め悪事をはたらいている。この伯邑考はくゆうこう、刃物で斬り刻まれようとも、姫一族の名誉を傷つけるようなことはできない。そのようなことをしたら、父どころか始祖に顔向けできなくなる。


伯邑考はくゆうこうは無言で平伏し、妲己の誘惑にも動じなかった。しかし妲己は邪念をあきらめたわけではなく、考えを巡らせた。


わたしに恋慕の気持ちがあるのに、気にかけようともしないなんて。心を動かさないはずがないわ。もう一度誘惑の術を試してみよう。



妲己は宮女に酒を片づけさせて、伯邑考はくゆうこうに言った。

「どうしてもお酒をお飲みにならないというなら、もう一度琴を教えてください」


伯邑考はくゆうこうは命に従い、しばらく琴を弾きつづけた。すると、妲己はいきなり口を開いた。

「わたくしは上座、公子殿は下座、これでは離れすぎていて弦を弾く動きがよく見えないわ。これではすぐに琴をおぼえられない。そこで近くで教えられる良い方法を思いつきましたので試してみましょう」


伯邑考はくゆうこうは生真面目に言う。

「琴はゆっくり学べば自然に覚えられます。慌てることはありません」

「そういうわけにはいかないわ。今夜しっかり学んでおかないと、明日になって陛下が首尾はどうだったかとお尋ねなったら、なんと答えればいいのです。さあ、伯邑考はくゆうこうが上座に移り、わたくしを胸に抱いて、手をとって教えてください。そうすれば何日もかからずじきに覚えられます」


伯邑考はくゆうこうはそれを聞いて驚き、魂が抜けるような気がした。

そして内心焦りながら考えた。



妲己の罠から逃れられないか……。

だが、たとえ死んでも父の教えに従い、清廉でなくては……。

殺されてもかまわない。ここははっきりお諫めしよう


伯邑考はくゆうこうは態度を正し、妲己に奉上した。

「正宮さまのおぼしめしは、私に畜生のような者になれということです。史官が典章に記載したら、正宮さまはどうなさるおつもりですか?正宮さまは万民の国母であり、天下の諸侯から敬され、六宮 金閥きんけつの権力を握るお方です。琴の伝授の為とは言って、そのようなことをなされば、冗談ではすまず面目をも失ってしまいます。このことが伝われば、たとえ正宮さまが清廉潔白であっても人々は信じますまい。無用の疑いを招かないためにも、正宮さまは決して焦ってはなりません」


妲己は恥をかき、顔を赤くし、伯邑考はくゆうこうに何も言うことができなかった。やっとのことで、妲己は伯邑考はくゆうこうに下がるように命じた。伯邑考はくゆうこうは楼から出て、館駅に帰って行った。


伯邑考はくゆうこうは館駅につくと青い顔をしていた。

「死地」と言う言葉がある。自分の今の立場がまさにそれだろう。妲己の誘惑に乗っても乗らなくても同様に道は一本、ただ死があるのみである。しかも下手をすれば同時に父をも同じく死地に追いやるかもしれない。散宣生さんぎせいの諫言を聞けばよかった。伯邑考はくゆうこうは一夜を泣き悔やみながら夜を明かした。


そのころ、妲己は恥をさらされ、伯邑考はくゆうこうをひどく恨んだ。


あの匹夫!よくも私を馬鹿にしたな。お前を斬り刻まないことには、とてもこの恨みを晴らすことができない。


翌日夜が明けて紂王は妲己に尋ねた。

「昨夜、伯邑考はくゆうこうに琴を学んで、琴には精通したか?」

妲己は紂王にここぞとばかりに伯邑考はくゆうこうを非難した。

「陛下に申し上げます。実は昨夜、伯邑考はくゆうこうには琴を伝授する気などまったくなく、それどころか邪な考えを抱いて、わたくしを誘惑しようとしたのです。あまりにも無礼なので、陛下に申し上げないわけにはまいりません」

紂王はそれを聞くと激怒し、近くにいた奉御官にすぐに伯邑考はくゆうこうを出頭させるように命じた。


館駅にいた伯邑考はくゆうこうは奉御官から王命を受けるとすぐに摘星楼に向かい紂王に平伏した。紂王は詰問した。

「昨夜は何故まともに琴を伝授しなかった?遅くまでいったいなにをしていた?」

「琴を学ぶには、意志が強く誠実でなければ上達しません」


妲己は傍らで口をはさんだ。

「琴の演奏はそれほど複雑ではありません。わかりやすくはっきり話せば、上達しないわけがないではありませんか。そなたの教え方は論理があいまいで、音律の妙がちっとも伝わらないのです」


紂王はさっそく伯邑考はくゆうこうにもう一度琴を弾いてみろ、余が聞いてみると命じた、

伯邑考はくゆうこうは膝をついて座り、琴を弾きながら琴に風刺・諫言の意味をこめるように弾こうとひそかに考えた。

紂王は琴の調べを聞いていたが、こめられているのは忠心、愛国の意ばかりで、誹謗、中傷の内容は含まれていないので、伯邑考はくゆうこうの罪を問うことができなかった。


妲己は一向に紂王が伯邑考を処罰しようとしないのを見て紂王をそそのかした。

伯邑考はくゆうこうが献上した白面猿猿はくめんえんこうは、歌がうたえるそうです。陛下はお聞きになったことがありますか?」

伯邑考はくゆうこうの琴を聞くことだけに気をとられていたので、まだ試していない。よし、伯邑考はくゆうこうに命じて連れてこさせ、一曲試してみることにしよう」


伯邑考はくゆうこうはすぐに館駅に戻り、白面猿猿はくめんえんこうを摘星楼に連れてきて紂王に献上した。赤いかごを開け、白面猿猿はくめんえんこうを放した。伯邑考が檀板だんばんを渡すと白猿はそれを叩き、優雅な声で歌い始めた。


その歌声は笙や笛のごとくよく響き、その声を聞くと、悲しんでいる人は憂いが消え、喜んでいる人は手を叩き、涙を流している人は泣き止み、聡明な人は痴呆のようになった


歌声に、紂王は心持ちが乱され、妲己も心を引きつけられた。

白猿の歌声は、まさに天上の仙人が聞き惚れ、月の仙女が耳を傾けるほどであった。

妲己は白猿の歌声に魂を奪われ、自分の偽りの姿を隠すことも忘れた結果、その原形(正体)を現してしまった。


白猿は千年の修行を積んだ猿で歌をうたえるようになったのである。

また、火眼金晴かがんきんせいを修得し人間と妖魅を見分けることができた。妲己が原形(正体)を現すと、白猿は上座の狐の姿を見かけたが、その狐が妲己の原形(正体)であることまでは理解できなかった。修練しているとはいえ、やはり畜生である。檀板だんばんを放り出すと九竜待席を飛び越え妲己に飛びかかり、顔を引っかこうとした。妲己は慌てて白猿をかわし、紂王が一撃のもとに白猿を殴り殺した。


妲己は宮女に支えられて、紂王に言った。

伯邑考はくゆうこうは朝貢を口実にわたくしを暗殺しようとしたのです。陛下が助けてくださらなかったら、わたくしの命もなかったでしょう」

紂王は激怒し、伯邑考はくゆうこうを捕らえ、蠆盆たいぼんに放り込むように命じた。伯邑考はくゆうこうは何度も冤罪です、冤罪です、と叫んだ。


伯邑考はくゆうこうは涙を浮かべて奉上した。

「白猿は山中の獣です。人間の言葉を修得したとはいえ、野性が残っています。

まして猿は果実を好み、煙火を嫌います。陛下の九竜待席には果実がたくさんあるので、それを欲しさに、檀板だんばんを放り出し取りに行っただけでございます。ましてや凶器を持っておらず、正宮さまを刺し殺すことができるはずがありません。伯邑考はくゆうこうは陛下のご恩に感謝しており、暗殺を起こす考えはありません。どうかお察しください」


紂王はしばらく考えたあと、怒りをおさめ笑いながら妲己に言った。

伯邑考はくゆうこうの話はもっともだ。白猿は山中の動物で、野性が残っている。刃物を持っておらず、刺殺を計ったわけではないだろう」

紂王が許すと、伯邑考は平伏して感謝した。しかし妲己はあきらめずに言った。

「陛下が罪を許してくれたからには、もう一度珍しい意味を含んだ曲を琴で弾きなさい。忠心の意だけならよいが、非難する言葉が含まれていたら、決して許しませんよ」

紂王も妲己の考えに同意し、伯邑考はくゆうこうはひそかに考えた。


今度こそ、妲己の謀から逃れることはできまい。命を失ってもいい、諫言することにしよう。身を斬り刻まれても、史冊しさつには真実が記され、我が姫家の恥にはならないだろう


伯邑考はくゆうこうは決意を固め琴曲を奏じ、琴を弾き終わっても、紂王はその調の意味を理解できなかった。しかし、妲己は琴の調べに君主を誹謗する意味が含まれていることを悟り、伯邑考を指差してののしった。


「匹夫、大胆にもほどがあります。琴の演奏で君主を愚弄、誹謗する気ですか。君主を侮辱するとはなんとも憎いやつ。その罪は免れません」


紂王は首を傾げて妲己に尋ねた。

「琴の調べで誹謗したと言うが、余にはよくわからなかったが……」

妲己は、琴に含まれていた意味をくわしく話して聞かせた。

これを聞いて紂王は激怒し左右の者に伯邑考はくゆうこうを捕らえるように命じた。

伯邑考はくゆうこうは琴を放り投げ、待席の上の椀や皿に叩きつけた。妲己が、それを避けようとして横転する。紂王は激怒して叫んだ。


「匹夫め!白猿が刺殺を計ったときは、言葉巧みに弁解したが、いま投げつけた琴には、明らかに正宮への殺意があったぞ。その罪は免れきれんぞ」

紂王は左右に控えている奉御官に命じた。

伯邑考はくゆうこうをひっ捕らえ、適星楼から引きずり出し、蠆盆たいぼんに放り込め」

宮女に支え起こされた妲己は紂王に奉じた。

「陛下、伯邑考はくゆうこうを楼買外に引きずり出しておいてください。わたくし自ら処刑いたしましょう」

紂王は妲己の要求に応じ、伯邑考はくゆうこうを楼外に引きずり出させた。妲己は左右の者に四本の釘を用意させ、それで伯邑考はくゆうこうの手足を釘づけにし、刀で斬り刻ませた。

手足を釘づけにされた伯邑考はくゆうこうは、大声で妲己を罵った。

「淫婦、お前は成湯せいとうの美しい山河を人手に渡す気か!俺が死んでも無ではない。忠実と孝行の栄誉は末永く残るだろう。淫婦、俺は生きてお前の肉を喰らうことができなかったが、死んだあとはかならずお前の魂を喰らいつくしてやるぞ!」


こうして、父のために殷の朝廷に訪れた孝行者は、哀れにも刀で微塵斬りされ非業の死を遂げたのであった。紂王は伯邑考の屍を蠆盆たいぼんに投げ込み蛇の餌にするように命じた。


ところが妲己が反対した。

「陛下、お待ちください。姫昌は号を聖人といい、禍福を判明でき、陰陽を識別すると聞いています。また、聖人は子の肉を食さないとも言われています。そこで調理人に命じて伯邑考はくゆうこうの肉で肉餅にくへいを作らせ、姫昌に賜るのです。姫昌がそれを食べれば、聖人などとは虚名にすぎず、禍福、陰陽の判断もでたらめということになりますから、彼を釈放して陛下の慈悲深さを表せばいいのです。食さなければ、あとに災いを残さぬよう、即刻姫昌を殺害すればよいでしょう」


紂王は妲己の言葉に賛同して言った。

「正宮の言うことは、余の考えとまったく同じだ。早速調理人に命じて、伯邑考はくゆうこうの肉で肉餅にくへいを作らせ、それを羑里ゆうりに届けて姫昌に贈ろう」






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