第62話 伯邑考 おれの琴を聞けー!!!
初めまして!原 海象と申します。
今回は有名な『封神演義』の編集・アレンジバージョン『封神伝』を投稿致しました。
「封神演義」は明代以前に発行された神魔小説で、今の形になったのは明代の編者 許仲琳によって現在の形になりました。また漫画やアニメとなったのは日本人の安能務先生の封神演義によって一代ブームとなり、皆様のよく知っている形となりました。原作と安能務先生の翻訳ではかなり違いがありますが、ライト小説らしくできるだけ読みやすいようにしております。
<封神伝>
第62話 伯邑考 おれの琴を聞けー!!!
伯邑考は後宮に行き、伯邑考の母に別れを告げ、朝歌に出立しようとした。
母は伯邑考に尋ねた。
「そなたの父は羑里に閉じ込められています。
そなたまで朝歌に行ったなら、西岐の内外政務を誰に託すのですか?」
「内政は弟の姫発に託し、外政は散宣生に託し、軍事は南宮适(なんきゅうかつに託します。
わたしは自ら朝歌に行って主君に会い、朝貢の名を借りて父君の為に贖罪するつもりです」
母は伯邑考の決意が固いので仕方がなく許し、くれぐれも気をつけるように注意した。伯邑考は母のもとを辞退し、前殿に行って弟の姫発に告げた。
「姫発、兄弟とは仲良くするのだぞ。西岐の規則を変更するようなことはするな。私は朝歌に行くが、遅くても三ヶ月、早ければ二ヶ月で帰ってこられるだろう」
伯邑考はそれだけを言うと、朝貢する宝物を用意して出発した。
姫発は文武に秀でた九十八人の弟たちとともに十里長亭まで見送り、伯邑考は一同と酒を酌み交わし、別れを告げ、一路 柳陰古道を進んだ
ある日は伯邑考と従者は汜水関まで来た。
汜水関の見張りの兵は朝貢の旗に西伯候の旗号があるのを見て、総兵に報告した。
総兵の韓栄は関門を開けるように命じた。こうして伯邑考の一同は汜水関を初め、五関をつぎつぎに通過し朝歌にはいり、皇華館駅に宿泊した。
翌日、伯邑考は午門まで行ったが、役人の姿が見当たらない。
そのため、勝手に午門の中に入ることもできないので、館駅に帰った。
伯邑考は毎日午門に通い質素な身なりで朝貢書を抱えて、門前にたたずんだ。
五日目にして一人の大臣、亜相の比干がやって来た。
伯邑考は比干にちかづき、ひざまずいた。それを見て比干は尋ねた。
「そこでひざまずいたのは何者だ?」
「わたくしは罪臣姫昌の息子で、伯邑考と申す者です」
比干は伯邑考と聞いて、その手をとって支え起こした。
二人は午門の外に立って話をした。
「西伯候の公子殿がなぜ朝歌に来たのです?」
「我が父が陛下のご機嫌を損ねたとき、丞相が陛下にとりなしてくれたおかげで父の命が救われました。しかし、あれから七年になりますが父はずっと羑里に監禁されたままで、私は心配でなりません。
それで、家臣の散宣生と相談して、家伝の鎮国異宝を朝廷に朝貢し、父に代わって贖罪することにしたのです。比干様、どうか罪臣の姫昌を哀れに思い、どうかその骨を郷里に持って帰れるようにしてください」
「公子が朝貢するのは、どんな宝物なのです?」
「西岐の始祖が残した七香車、醒酒艶、白面猿猿、それに美女十名です」
比干はこれらの宝物が気になり伯邑考に尋ねた。
「七香車とは、どのような宝物かな?」
「七香車とは古の黄帝が北海で蚩尤を破ったときに用いた車です。この車は押したり引いたりする必要がなく、乗れば東でも西でも行きたいと思うところに行きます。醒酒艶は酔ったときにその上に横になれば、どんな悪酔いでもすぐに酔いが醒めます。白面猿猿は畜生ですが、小曲三千、大曲八百を知り、宴席で歌をうたい、手のひらの上で踊りを踊ります」
比干はそれらを聞いて感心した反面、憂いるように言った。
「いずれもこれらは貴重な宝物に違いない。だがいま陛下は徳を失い、快楽にふけっている。その上、さらにこのようなものを朝貢したのであれば、朝廷がいっそう乱れてしまうというものだ。しかし、公子の朝貢は、捕らわれた父を思う孝心から出たもの。臣が陛下にお伝えして、西伯候殿に良きようにはかれるように尽力しよう」
比干は、適星楼に行って紂王に謁見を求めた。それを聞いた奉御官が紂王に奉上した。
謁見を許されたので比干は摘星楼に上がり紂王に奉上した。
「陛下に申し上げます。西伯候姫昌の子息 伯邑考が、父に代わって贖罪するため朝貢にまいりました」
「伯邑考は何を朝貢するというのだ?」
比干は伯邑考から預かった朝貢書を紂王に献上した。
紂王は朝貢書を見て伯邑考を呼ぶように命じた。
伯邑考は摘星楼に上がると紂王に平伏して奉上した。
「罪臣の息子、伯邑考が朝見にまいりました」
紂王は朝貢書を眺めながら上機嫌で言った。
「余に逆らった姫昌の罪は大きい。しかし、子息が朝貢し父の贖罪をするとは、実に孝道なことだ」
伯邑考は恐縮して奉上した。
「罪臣姫昌は陛下に逆らう罪を犯しましたが、命を許され羑里に住まわせて頂いております。今日は、愚かなことと知りながら父に代わって贖罪し、陛下の慈悲を賜り、父の帰国を許して頂きにまいりました。なにとぞ親子の再会させてくださいますようお願いいたします」
紂王は伯邑考の悲愴な様子と父を思う切実な態度を見て、忠臣孝子であることに強く心を打たれ、伯邑考に立ち上がることを許した。伯邑考は感謝し、欄干の外にたたずんだ。
このとき、玉で造られた簾内にいた妲己は。容姿典雅な伯邑考を見て、急いで珠簾を巻き上げるように命じた。
妲己が姿を現すと紂王は話しかけた。
「西伯候の子息、伯邑考が父の贖罪のために朝貢にやってきた。なかなか慎み深い子息だ」
妲己は紂王に言った。
「陛下、西岐の伯邑考は鼓と琴が上手で、世に並ぶ者はいないと聞いております」
紂王は妲己がなぜそのようなことをしっているのか尋ねた。
妲己は嘆息して言った。
「幼いころ、両親から伯邑考は音律に詳しく鼓琴に精通し大雅遺音に興味を持っていると聞いたことがあります。それで伯邑考のことを知っているのです。陛下、伯邑考に一曲演奏させてみれば、すぐにわかるものではありませんか」
紂王は酒色の徒であり、妲己に惑わされていたので、この話を聞いて妲己に拝礼するように命じた。伯邑考が拝礼すると、妲己は言った。
「伯邑考、わたくしはそなたが鼓と琴が上手だと聞いています。ここでわたくしのために一曲奏してくれぬか」
しかし、伯邑考は言う。
「正宮さま、父母が苦しみの中にあるとき、子息がくつろぎ楽しんではならないと言われています。罪臣の父は七年も監禁され、非常に苦しんでいます。そんな父を無視して、鼓や琴に興じることはできません。その為、私の心は張り裂けそうで、とても落ちついて演奏することができません。このような状態でそれをお聞かせしては、陛下に大変な失礼になります」
これを聞いて紂王が傍らで述べた。
「伯邑考。ここで一曲演奏してみよ。まことに優れた名手でいたなら、そなたら親子の帰国を許そうではないか」
伯邑考はその言葉を聞いて、やっと喜びを浮かべて紂王に感謝した。
紂王は琴を持ってくるように命じ、伯邑考はあぐらをかき、膝の上に琴を置いて『風入松』という曲を弾いた。
伯邑考の演奏は音韻が幽揚として玉の球をこするようであり、谷を吹き抜ける松風のような響きだった。演奏を聞いた者は清爽感を覚え、天空を翔ける心地となった。俗気が耳につく笙などの音とは、まさに天地の差であった。
紂王は演奏を聞くと、たいへん喜んで妲己に言った。
「正宮の聞いたとおりだ。伯邑考の演奏はまことすばらしい」
妲己もうなずいた。
「伯邑考の琴は天下に知られていましたが、今日初めて本人の演奏を聞いて、その素晴らしさが本当によくわかりましたわ」
紂王は大喜びで、伯邑考を慰労するため摘星楼で宴を設けるように命じた。妲己は伯邑考を盗み見た。満月のような容貌、俊雅な容姿、美しい風情で非凡な才がありありとわかる。それに比べと紂王は容貌容姿にまったくの精彩がなかった。いくら帝王の相であるといっても、女色におぼれ、老衰していたら、紂王が冴えないのは当然だった。
昔から佳人は少年を愛するという。妖魅の妲己にいたってはなおさらだった。
妲己はひそかに考えた。
琴を教わると言う口実で、伯邑考をここに引き留めて彼と戯れて楽しもう。彼はまだ若いから、より多くの陽気を補え、陰陽の交わりをもたらすに違いない
妲己は伯邑考を朝歌にとどめるように計り、紂王に奉じた。
「西伯候親子の帰国をお許しになったことは、陛下の寛容さの表れです。しかし、伯邑考の琴は天下絶品ですのに、彼を帰国させると、朝歌でその調を聞くことはできなくなってしまいます。これは誠に残念なことです」
「ではどうしたらいいのだ?」
「陛下、わたくしに両方ともうまくゆく方法を思いつきました」
「両方ともうまくいくとは、どのような方法なのだ?」
「伯邑考をしばらく朝歌にとどめ、わたくしに琴を教えさせるのです。わたくしが琴に精通すれば、夜晩お聞かせして陛下を楽しませることができます。そうすれば西伯候親子は陛下の恩赦に感謝しますし、朝歌でも絶妙な琴の調べを聞くことができます。これで両方ともうまくゆくというものです」
紂王は妲己の背に手を触れて言った。「正宮はまこと聡明だ。まさに一挙両得の方法だな」
こうして紂王は伯邑考を朝歌にとどめ、適星楼で妲己に琴を教えるように命じた。妲己は、待御宮女に急いで酒宴の準備をするように命じた。
紂王はそれを妲己の好意と信じ,裏に隠された風俗を乱す淫乱な企みにまったく気がつかなかった。
妲己は金杯を捧げ紂王に言った。「陛下、この祝いの酒をお飲みください」
紂王は、妲己の勧められるままに気持ちよく酒を飲み、しばらくすると酩酊してしまった。妲己は、紂王に寝室に送って寝かせるように待御宮女に命じると、さっそく伯邑考から琴を学ぶことにした。




