第60話 姜子牙 妻の馬氏とは離婚だ!
初めまして!原 海象と申します。
今回は有名な『封神演義』の編集・アレンジバージョン『封神伝』を投稿致しました。
「封神演義」は明代以前に発行された神魔小説で、今の形になったのは明代の編者 許仲琳によって現在の形になりました。また漫画やアニメとなったのは安能務先生の封神演義版によって一代ブームとなり、皆様のよく知っている形となりました。原作と安能務先生の翻訳ではかなり違いがありますが、ライト小説らしくできるだけ読みやすいようにしております。
<封神伝>
第60話 姜子牙 妻の馬氏とは離婚だ!
姜子牙に図面を見せたあと、紂王は尋ねた。
「鹿台の建設にはどれくらいの期限が必要だ?」
姜子牙は顎に手を当て答えた。
「鹿台は高さ四丈九尺あり、瓊楼玉字、碧檻彫欄を造らなければならず、工事は膨大です。すべて建設するには三十五年はかかりましょう」
紂王はこれを聞いて、妲己に言った。
「姜尚は鹿台建設には三十五年もかかると申しておる。光陰は瞬時で、歳月は水の如く流れるもの。若いうち楽しもうと思っていたが、三十五年もかかるのなら短い人生、とてもそれまで生きていられるかどうだかわからないものではない。そんなものを造ってもしょうがない」
妲己はあせって言った。
「姜尚は浮世離れした術士ですから、でたらめを言っているのです。三十五年もかかるはずがありません。これは君主を欺いた罪で、炮烙の刑に値します」
紂王は妲己の言葉に頷いて、姜尚を炮烙の刑にかけるように奉御官に命じた。
姜子牙は慌てて紂王に諫言した。
「陛下に申し上げます。鹿台建造には多くの労力と財力の無駄使いです。おやめいただきたい。今各地では兵乱が起き、水害、旱魃が頻繁に発生し、国庫は空虚で人々の暮らしもひっ迫しています。ところが陛下は国の大事も庶民の生活も顧みず、酒色におぼれ、賢者を遠のけ佞臣を重用し、国政を乱し忠臣を殺害しておられる。陛下はご存じないのでしょうが、これでは殷の天下も長くはないと民は怨み天を憂いております。今日また狐媚の甘言を信じて盲目的に土木工事を起こし、万民を苦しめようとするのは陛下の将来はいったいどうなることやら。臣は陛下の恩に報いるため、死ぬ覚悟で諫言しているのです。お聞きいれいただけねば、殷の民はとおからず他人のものとなってしまうでしょう。わたくしはそれを看破するわけにはいきません」
紂王は、姜子牙の諫言を聞くと怒り「匹夫め!余を誹謗する気か!」と罵った。
そして姜子牙を捕らえて死体を斬り刻むように奉御官に命じた。
しかし、姜子牙はすでに階下に向かって走り出していた。
それを見て紂王は苦笑して妲己に言った。
「見てみろ、あの老いぼれを。捕らえろという言葉も終わらないうちに逃げ出しおった。礼も法もわきまえぬやつよ。逃げられると思っているのか」
紂王は奉御官に姜子牙を捕らえるように命じた。
奉御官は姜子牙を追って竜徳殿から九間殿を走った。
姜子牙は九竜橋で追ってに追いつめられた。姜子牙は反転して追手に言った。
「奉御官、追わずともよい。わたしはいまここで死ぬのだ」
言うなり、姜子牙は九竜橋の欄干をまたいで水中に飛び込んだ。奉御官は急いで橋に上がって水面を見たが不思議なことに水しぶきすらない。これは姜子牙が道術の水遁の術を用いて逃げ去ったのであった。奉御官は摘星楼に戻って、そのことを紂王に報告した。
一方で、姜子牙が水中に飛び込んだあと、四人の執殿官は橋の上に残り、欄干に手をかけ水面を見ながらため息をついていた。ちょうどそのとき、上大夫の楊任が午門から入ってきて、橋の上で水面を眺めている執殿官を見かけた。楊任は執殿官に何を見ているのだと尋ねた。
執殿官は下大夫の姜尚が水に飛び込んで死んだのですと答えた。
「それは何故だ?」
執殿官も首を傾げてわかりませんと答えた。
楊任も首を傾げて、その場を去り文書房に行き、おかれている上奏書を見た。
一方で紂王と妲己は、鹿台の建設を誰に監造官させるか相談していた。
妲己が奏上した。
「この鹿台を造るのは、祟黒虎でなければ成功しないと思います」
紂王も同意して、祟黒虎を呼ぶように奉御官に命じた。
奉御官は王命を受けると、九間殿を出て文書房に行ったところで楊任に行き当たった。
楊任は奉御官に尋ねた。
「下大夫の姜尚は、なぜ陛下に逆らい投水して死んだのだ?」
「陛下が鹿台の建設を命じたところ、下大夫殿はそれを背いて諫言したのです。下大夫殿はここまで逃げてきて投水して死んだのです。それで今度は祟黒虎様をお呼びになって鹿台の建設工事の監造官させることを下命になりました」
「鹿台とはなんだ?」
「正宮が献じた図面で、高さ四丈九尺の楼台で珠玉をちりばめた梁や柱、それに瑪瑙の欄干を造ります。陛下はその鹿台建造の監造官に祟黒虎様にお命じになるようです」
それを聞いて楊任は言った。
「わかった。祟黒虎様をお呼びになる王命を伝えるのはしばし待て、わたしは陛下お会いしてくる」
楊任は摘星楼に行って紂王との謁見を待った。紂王は楊任を楼上に呼んで問いただした。楊任は平伏して言った。
「天下を治めるには、天子が優れ、諸国と和解し、民心に順応しなければならないと言われています。また、聖王は仁政を施すと言われ、そうすれば国は栄え、万民は仕事に精を出します。ところが、陛下は正宮の言を信じ、忠言を聞かずに鹿台を建造しようとしていらっしゃるとか。いまの陛下は享楽にふけり、ご自分だけ楽しんで万民の憂いをお考えにおられていない。鹿台の建造は陛下に楽しみより災いをもたらします。
陛下には外に三害、内に一害あります。外の三害とは、第一に東伯候の姜文煥が父の復讐をするため、百万の兵を起こしたこと。第二に南伯候が父を討たれた仇を討つため、三山関を攻撃していること。第三に北海遠征中の聞仲太師が十余年も帰らず、吉凶が判明しないことです。それなのに、陛下は諫言に耳を貸さず、狐媚の言うままになっています。その上、やたらに土木工事を行おうとなさる。私は朝歌の民が苦しむのを黙って見ているわけにはいきません。
陛下、なにとぞ鹿台の建造をおやめください」
楊任の奏上を聞いて、紂王は激怒して怒鳴りつけた。
「匹夫、貴様に何がわかるというのだ!余をバカにしおって。そんなに世を憂いるのを見るなら、そのような眼はいらんな!奉御官、この匹夫の両眼をえぐり出してしまえ」
楊任はひるまず、重ねて言った。
「私は目をえぐられようとかまいはしません。ただ、天下の諸侯がこのことを聞けば耐えがたく思うでしょう」
奉御官は両側から楊任を捕まえて階下に連れて行く。やがてすさまじい叫び声が上がった。まもなく殿上に上がってきた奉御官は二つの眼球を乗せた盆を紂王に献上した。
楊任は正義感ゆえに紂王に両眼をえぐられたが、その忠誠心は不滅だった。その怒気が、青鋒山紫陽洞の清虚道徳真君のもとに届いた。真君は何が起こったかを知り黄巾力士に命じた。
「楊任を救って我が山洞に連れてきなさい」
黄巾力士は命を受けて摘星楼にやってくると、三陣の神風を用いて香気を漂わせた。すると、適星楼の外に砂塵が舞い上がり、轟音が轟き、楊任の姿を消してしまった。
紂王は砂塵を避けるため楼内に逃げこんだ。風砂がおさまると、奉御官は紂王に楊任の身体が風に吹かれて消えてしまったことを奏上した。
紂王はこれを聞いてため息をついた。
「以前、余が太子を斬ろうとしたときも、風に吹かれて消えた。
よくあることなのだろう。気にすることはない」
そして、紂王は妲己に向かって言った。
「鹿台の件は祟黒虎に命じることに決まった。楊任め、余に諫言などするから、こんなことになるのだ。早く祟黒虎を呼んでこさせよう」
*****
さて、楊任の身体を紫陽洞まで運んだ黄巾力士は真君に報告した。道徳真君は洞外に出てくると、白雲童子に瓢箪の中から二粒の仙丹を持ってくるように命じ、楊任の眼窩に仙丹をいれた。そして、楊任の顔に仙天真気を吹きかけ、「楊任、早く目を覚ませ」と言って真言を唱えた。
すると、楊任の二つの眼窩からそれぞれ手が生えてでた。手のひらには二つの目があり、上は天庭、下は地穴、中は俗世間のすべてを見ることができた。
楊任が目を覚ましてしばらくすると、自分の奇妙な目と洞窟の前に立っている道士に気がついた。そして楊任は道士に尋ねた。
「道士さま。ここは冥土でしょうか?」
「いや、そうではないぞ。ここは青鋒山紫陽洞で、儂は煉氣士、清虚道徳真君という者だ。そなたが忠義者で万民を救おうとして紂王に諫言し、両眼をえぐられたので、哀れに思ってこの山洞に運んできたのだ」
楊任はそれを聞いて深く感謝した。
「真君のおかげで命は助かりました。ご恩は決して忘れません。真君がお許してくださるなら、師父と仰がせて頂きます」
******
しばらくして、紂王は祟黒虎に鹿台の建造を命じ、鹿台は規模が大きいため、膨大な資金と多数の人夫が必要で、朝歌の四方の人々は土砂を運び、煉瓦,瓦造りの苦役を強制された。州、府、県の軍民は三人に二人が鹿台の建造に赴き、一人が兵役に服した。金のある者は金を出してそれを逃れたが、金のない者は苦役に服するよりほかなかった。
過労のため倒れて死ぬ者が続出する。万民は恐れおののき、不安な暮らしを送り、世を怨んで多くの人が家を閉ざして逃げ去った。
祟黒虎は紂王の勢力を笠にきて人々を虐待した。あまりにも過労のため計り知れない人々が死に、その遺体はすべて鹿台に埋められた。
一方、水遁で逃げた姜子牙は宋異人の屋敷に戻った。姜子牙を見た馬氏が呼び止めた。
姜子牙は馬氏に官職を辞してきたことを言った。馬氏は驚いて尋ねた。
「えっ、一体何があったのです?」
「陛下が正宮の妲己の甘言を聞いて鹿台を建造することになり、その監造官をわたしに命じられたのだ。万民が災いをこうむるのを見るに忍べず、諫言したのだが、陛下は聞こうともしない。それどころか激怒して、わたしを免職して追いはらったのだ。もう紂王には仕えん。わたしと一緒に西岐に行って、時機を待とう。幸運に巡りあい、高官の地位を得て朝政を司る宰相にでもならないかぎり、わたしの才能を発揮することなどできはしない」
しかし、馬氏は姜子牙の突拍子もないこの話を聞いて激怒した。
「あなたは読書人の家柄でもなんでもない、ただの一介の術士でしょう?下大夫になれたのだから、陛下に感謝しなければなりません。鹿台を造るように命じられたなら、監造官を引き受ければよいのです。しかも沢山の金や食糧を管理する仕事なんだから、かまわず持って帰ってくればいいんのです。たいした役職でもないのに、なんで諫言なんかしたのです? あんたはやっぱり、運のない、しみったれたただの術士なんだわ」
「安心しなさい。下大夫なんて役職ではわたしの才能を発揮することができないし、なにより志にもそぐわない。いいから早く荷物をまとめて、わたしと一緒に西岐に行くのだ。そのうちわたしが一品の官職につき、公卿にでもなれば、おまえは一品の夫人となり西岐で栄誉を得ることができるぞ」
「何を言っているの。せっかく仕官したのに棒に振るっておいて、どこに行くっていうのですか。何を考えているかは知りませんが、どのみちどうしようもなくなって遠くに行かなければならないでしょう?それなのにまあ、一品の官職を望むなんて。鹿台建造の監造官を下命じられるなんて、重用されていたというのにあんたという人は……。清廉な役人になりたいなんて言いますけどね。世の中には自分のことしか考えない役人のほうが、ずっとずっと多いのです」
「女のおまえには、遠大なことがわからないのだ。近い将来、よい主君に巡りあう機会が必ずある。わたしと一緒に西岐に行けば、富貴の身分になれるぞ」
「いいえ、姜子牙、わたしたち夫婦の縁もこれまでです。わたしは朝歌に生まれ育ったのです。決して他郷へなんか行きません。今後は、あんたもわたしも自分の好きにしましょう。もう相談する必要もありません」
「それは間違っているぞ。嫁いだからには夫に従うべきだ。夫婦が別れることはない」
「わたしは朝歌の人間です。故郷を捨てて他郷に行くことはできないわ。あんたが行くというなら、離縁書を書いてください。わたしは絶対行きません」
「おまえも一緒に行ったほうがいい。絶対に富貴の身分になれるのだから」
「わたしの運命はこういうものです。そんな夢のような幸運など、どこにありません。あんたは一品の官職でもなんにでもなって、福のある夫人でも娶ったらよろしいでしょう。わたしはここで貧しくてけっこうです」
「後悔するぞ」
「不運には慣れっこです。後悔なんてしません」
「おまえの考えは甘い。妻として嫁いだのに、なぜ一緒に行かないのだ。わたしは絶対に連れていってみせるぞ」
「姜子牙、それならはっきりさせましょう。それがいやというなら父と兄と一緒に朝歌に行き、陛下に会って決着をつけてやるわ」
姜子牙と馬氏が口論していると、宋異人とその妻の孫氏がやってきて姜子牙を説得した。
「賢弟、当初この婚姻は私がまとめたものだ。馬氏が一緒に行かないと言うなら、離縁書を書いてあげればいい。賢弟は才能があるから、またいい相手も見つかるだろう。彼女との別れを惜しむ必要はない。無理に連れて行っても、きっといいことはないだろう」
姜子牙は意地になって言った。
「仁兄、わたしは妻である彼女に夫として何もしてやれなかった。それで、このままわかれるには忍びないのだ。でも、彼女がどうしても別れたいと言うなら、すぐ離縁書を書こう」
そう言って姜子牙は近くの机で書類を書き、離縁書を手にして言った。
「これが離縁書だが、夫婦がまた団円する日がくるかもしれない。これを受け取っても再婚はしないでほしい」
しかし、馬氏は手を伸ばして離縁書を引ったくった。
馬氏には別れを惜しむ気持ちがないのを知って姜子牙は心から嘆いた。




