第58話 紂王 ここで有名な酒池肉林を造る。
初めまして!原 海象と申します。
今回は有名な『封神演義』の編集・アレンジバージョン『封神伝』を投稿致しました。
「封神演義」は明代以前に発行された神魔小説で、今の形になったのは明代の編者 許仲琳によって現在の形になりました。また漫画やアニメとなったのは安能務先生の封神演義版によって一代ブームとなり、皆様のよく知っている形となりました。原作と安能務先生の翻訳ではかなり違いがありますが、ライト小説らしくできるだけ読みやすいようにしております。
<封神伝>
第58話 紂王 ここで有名な酒池肉林を造る。
紂王が妲己に妖精が原形(正体)を現したぞと言われ、これを聞いた妲己は胸が締めつけられる思いで内心呟いた。
私に会いに来たあと、まっすぐ帰ればよかったのに、何故 算命になどに行ったのだ。そのため三昧真火に焼かれ、原形を現すようなことになってしまったのだ。かならず姜尚を殺し、この恨みを晴らしてやる。
妲己は、どうにか笑顔を見せて紂王に言った。
「陛下、配下の者に命じ、玉石琵琶を楼内に運ばせてください。わたくしが弦を取り付け、朝晩奏でて陛下にお聞かせ致します。それから私の見えるところによると、姜尚は才も術も優れているので、朝廷で役職を封じて陛下の吉凶を占わせたらいかがと存じますが」
「正宮の言うことはもっともだ」
紂王は命令を下し、玉石琵琶を楼内に運ばせた。また姜子牙を下大夫に封じ司天監に任じることとして、宮廷で待機するように命じた。
姜子牙は陛下の大恩に平伏し、夕方、午門を出て下大夫の衣冠装束を着て馬に乗って宋異人の屋敷に帰って行った。帰途した姜子牙を見て宋家荘は天を覆すような大騒ぎとなった。姜子牙が役人になったことを宋異人は大変喜び祝賀の酒席を設けて姜子牙を歓待し、近隣のものも競って祝いの挨拶に来た。そして数日間、酒を飲んだあと、姜子牙は再び朝廷に戻った。
さて、妲己は玉石琵琶を摘星楼に置き、天地の霊気を吸わせ、日月の精気を浴びせて妖気の回復をまった。
ある日、紂王は妲己とともに摘星楼で宴を催した。紂王がほろ酔い加減になると、妲己は歌舞を披露し、紂王を楽しませた。三宮の 嬪姫、六院の宮女がいっせいに喝采する。ところが喝采しない七十余名の宮女たちがおり、その眼下には涙のあとさえあった。妲己はそれを見るとふいに歌舞を中止し七十余名の宮女がどの宮から来たのか問いただした。奉御官の一人が、もと中宮の姜娘々の待御宮女だと告げると妲己は激怒した。
「おまえたちの主人は、謀反の罪で陛下から死を賜ったのだ。おまえたちはそれを逆恨みしているのか。もし私に平伏しないなら今後必ず宮中の災いとなるであろう」
妲己がこのことを報告すると紂王は激怒し、そいつらを摘星楼から引きずり出し、金爪で打ち殺せと命令を下した。
すると妲己は言った。「陛下、この反逆者たちの頭を打ち割る必要はありません。しばらく冷宮に放り込んでください。私に宮中の災いを除く一計があります」
奉御官が宮女たちを冷宮に送りこみに行った。妲己は紂王に提案した。
「摘星楼の外に周囲二十四丈、深さ五丈の 抗を掘り、都城の住民に一戸四匹の蛇を納めさせるように命じてください。災いをもたらす宮女を丸裸にして抗内に落とし、蛇の餌食にするのです。この刑の名は『蠆盆』といいます」
「なるほど。正宮の奇法は宮中の災いを除くこと間違いなしだな」
紂王は、蛇を納める旨の布告を貼りだすように命じた。法は厳しく、期限内に竜徳殿に蛇を納めろという規定に人々は背くことができなかった。人々が連日宮中に出入利するため、宮廷の内外を区別する法規を取り消したので、朝廷の執政に影響をきたした。また都城にはそれほど多くの蛇がいるわけもないので、住民の中には地方から蛇を購入して納める者もでた。
ある日、上大夫の膠鬲は、文書房で天下本章を読んでいたところ、臣民が籠を下げ、列をなして九間大殿に入って行くのを見かけた。上大夫は執殿官に尋ねた。「臣民がいずれも籠を下げているが、中には何が入っているのだ?」
「蛇を納めに来たのです」
「陛下は蛇をどうするつもりだ」
「わたしにはわかりません」
上大夫は文書房を出て大殿に行くと、これをみた人々が上大夫に叩頭した。
膠鬲が人々にたずねた。
「お前たちは何を持ってきたのだ?」
「天子様が布告を出され、一戸につき蛇を四匹納めるように命じました。都城にはそんなに沢山の蛇がいないので、わざわざ百里外に行き、蛇を買って納めに来たのです。天子様が蛇を何に使うかは知りません」
「そうか。ならもういい、行くがよい」
そして人々は蛇を納めに行った。上大夫は文書房に戻ったが、蛇が気になりもんもんとして引き続き本章を読むことはできなかった。
ちょうどそのころ、武成王黄飛虎、亜相比干、王族の微子、上大夫の楊任、楊修がやって来て、膠鬲は慌てて挨拶をした。そして先ほど見た臣民が蛇を納めることを話した。
黄飛虎が答えた。
「昨日、錬兵を見て帰ってくる途中で、陛下が一戸につき蛇を四匹納めよとの布告を出したという臣民の不満を耳にした。それで私も今日ここに来て、方々に詳しい経緯を聞こうと思っていたのだ」
しかし、微子も比干も、何も知らないと答える。
黄飛虎は執殿官を呼んで命じた。
「よく聞け。陛下が蛇を何に使うつもりかがわかったら。すぐに報告に来るのだ。充分な褒美を与えるから、よく調べてまいれ」
執殿官は命を受けて調べに行くと諸大人もそれぞれ立ち去った。
さらに数日が過ぎた。臣民が蛇を納めたので、収蛇官が摘星楼にいる紂王に報告した。
紂王は報告を受けると妲己に言った
「蛇はすべて抗内に入れさせた。このあとどうするつもりだ?」
「先日、冷宮に閉じ込めた宮女を丸裸にして、うしろ手を縛って抗内に突き落とし、蛇の餌食にするようのお命じください。このような極刑を用いないかぎり、宮中の災いを除くことはできません」
「うむ。正宮の設けたこの刑は、奸を除くためのまことにいい方法だ。よし、蛇を納めおわったのだから、奉御官に命じて、先日冷宮に送り込んだ宮女どもを縛って、蠆盆に突き落とすことにしよう」
紂王の王命により、奉御官は宮女を縛って抗のそばに引きずり出した。抗の中には多数の蛇がかま首を上げ、舌をちろちろとさせた獰猛な蛇を見ると七十余名の宮女は一斉に恐ろしい悲鳴を上げた。
その日、膠鬲は文書房でこの件について調べていたが、突然、一陣の悲しそうな叫び声を耳にした。文書房を出ると、執殿官が慌てて報告に来た。
「上大夫様、陛下は先日、蛇を抗内に放りこんでおいて、今日は七十余名の宮女を裸にして、抗に突き落とそうとしています。それを確かめたので、ご報告にまいりました」
報告を受けた膠鬲は内心穏やかではなく、急いで内庭に向かった。
摘星楼に着くと、そこでは裸にされた宮女がうしろ手に縛られ、涙を流して助けを求める悲惨な姿が目に入った。
膠鬲は大声で叫んだ。
「陛下にご報告することがございます」
まさに紂王は、毒蛇が宮女を噛み殺すところを見て楽しもうとしたところだった。膠鬲は楼上に呼びつけると、紂王は膠鬲に平伏させてから尋ねた。
「いったいなんの上奏だ」
膠鬲は涙を流して奏上した。
「ほかでもありません。陛下があまりにも残酷な刑を用いて宮女を惨殺しようとなさるので、臣下として黙っていられなくなりました。宮女たちはどのような罪を犯したため、このような惨い刑に処されるのでしょうか?これでは臣民は安らかに暮らせません。民が貧すると賊になり、賊が集まると乱が起こると言われます。その上、東伯候と南伯候が処刑されたことで諸侯が離反し、各地で反乱が起きています。この上暴虐を尽くせば、聖徳は地にまみれ、破滅を招きかねません」
「宮女が悪事を企て、よく災いをもたらすゆえ、見せしめのために蠆盆というこの刑を用いるのだ」
「人間には貴賤があっても、その肉体には変わりがありません。それを抗内に突き落とし、毒蛇の餌食にするとはまことに悲しいことです。陛下はそれを見て憐れに思わず、楽しむというのですか?ましてや、宮女たちは朝夕、陛下の近くに侍ってきた女たちです。どうか恩を施し、徳をもって彼女たちをお赦しください」
「卿の言にも一理ある。だが側女の患いは、はかりがたく発覚しにくい。そのため、尋常の刑では見せしめにはならないのだ」
「『君は臣の元首、臣は君の股肱』とも言われています。ところが陛下は徳を失い、臣の諫言を聞かず、みだりに暴虐を加えています。東伯候が斬られ、南伯候が朝歌で憤死し、諫言の忠臣を炮烙にかけられたことで、天下の諸侯は怨みを抱いています。この上、宮女を蠆盆に突き落とすというのですか。陛下は深宮で淫乱な享楽にふけっていることに、忠臣は心を傷めています。陛下が悪政を施し続ければ。先王が築いた天下を失いかねません。なにとぞ諫言を聞き入れ、前非を改め、万民に尽くすようにしてください」
紂王はそれを聞くと、激怒して叫んだ。
「匹夫め!聖君を誹謗する気か!思いしらせてやる。その方ども、この匹夫を裸にして蠆盆に放りこめ!」
左右の者が捕らえようとすると、膠鬲が一喝した。
「無道な昏君め!諫言した忠臣を殺すつもりか!これこそ国の災難だ。われら殷の数百年の天下は潰されるのだ。俺は死んでも瞑目できぬ。諫言した忠臣が蠆盆などに放り込まれてたまるか!」
膠鬲は言い終えると、身をひるがえして摘星楼から飛び降りた。血が飛び肉が散り、膠鬲は非業の最期を遂げた。膠鬲が楼から飛び降りて絶命すると、紂王は怒り狂って命じた。
「膠鬲の死体を宮女とともに蠆盆に放りこみ、毒蛇の餌食にしろ!」
七十余名の宮女はいっせいに叫んだ。
「罪を犯していないわたしたちを、このような惨い刑に処せられるとは!妲己、生きてお前の肉を喰らうことはできずとも、死んだあとかならずその魂を貪ってやる!」
宮女が次々と抗内に突き落とされると、毒蛇がその身体に巻き付き、皮膚を噛みちぎり、腹内に潜り込んだ。紂王は宮女たちの凄惨な姿をじっと眺めていた。
「このような刑を用いないかぎり、宮中の災いを除くことはできません」
と、妲己が言うと紂王はその背に手を当てて言った。
「正宮の考えた奇法は素晴らしいものだ」
両側の宮女たちはそれを聞いて心を傷めた。
紂王は宮女を抗内に放り込むだけで素晴らしい刑だと思っていた。
ところが妲己は更に奏上した。
「陛下、蠆盆の左側に池を掘り、右側に沼を掘るように命じてください。池の中央には酒糟で糟丘の山を造り、右側に酒の池を造りましょう。糟丘の山には枝をたくさん挿して、薄く切った肉をかけるのです。それを肉林と名づけます。右側の池には酒をたくさんたくわえ、それを酒池と名づけます。天子は四海を有しており、無限の富貴を享受すべきです。この酒池肉林は、天子でなければとても享受することができない楽しみといえるでしょう」
「それはすごい。なんとも楽しそうなことだ。奇想天外の者でなければ、そのような考えはなかなか浮かばぬものだな」
紂王は、さっそくこれを造るように命じた。酒池肉林が出来上がると、紂王は宴を設け、妲己とともにそこで遊んだ。
酒を飲みはじめると、妲己は言った。
「音楽は煩わしく、歌も面白くありません。陛下、宮女と宦官を取っ組みあわせたらいかがでしょう。勝った者には褒美として池の中で酒を飲ませてやります。負けた者は役立たずですので陛下に仕える資格はないから、金爪で頭を割って糟内に放り込めばいいのです」
紂王はすぐに承諾して、宮女と宦官を取っ組みあわせるように命じた。妲己という妖怪が宮中でどんな悪事でもはたらくため、ここに宮女と宦官が哀れにも命を落とすことになった。妲己はこのように宮女を殺し、二,三更になると原形を現し、糟内に放り込んだ宮女を喰らい,その血で自分の妖気を養うためであった。
紂王は、妲己の意に従って酒池肉林を造り、何はばかることなく朝綱を乱し、酒色におぼれたのであった。