第57話 姜子牙 サクラ咲く、安定の国家公務員に!しかし……
初めまして!原 海象と申します。
今回は有名な『封神演義』の編集・アレンジバージョン『封神伝』を投稿致しました。
「封神演義」は明代以前に発行された神魔小説で、今の形になったのは明代の編者 許仲琳によって現在の形になりました。また漫画やアニメとなったのは安能務先生の封神演義版によって一代ブームとなり、皆様のよく知っている形となりました。原作と安能務先生の翻訳ではかなり違いがありますが、ライト小説らしくできるだけ読みやすいようにしております。
<封神伝>
第57話 姜子牙 サクラ咲く、安定の国家公務員に!しかし……
月日は矢のように過ぎ、半年も経つと朝歌中に噂が広まって、算命館の前には、庶民から商人、身分を隠した貴人などが通い連日行列ができるようになった。
さて、南門外 軒轅墓の玉色琵琶精は、朝歌城内の妲己に会いに来て、宮中で夜ごとに宮女を食い殺していた。やがて、御花園 太湖石の下から白骨が見つかった。それを見た琵琶精は宮廷を離れ、巣穴に帰るために妖光に乗って南門を通りかかった。大勢の人声がするのでふと見ると、姜子牙が算命をしている。
この妖精は、私が算命してもらったら、あいつはなんと言うだろうか?と考えた。そして若い女に姿を変えると誘惑の術を使って腰をひねり周囲の人々に近づき語った。
「みなさん、道を開けてわたくしを先に算命させてはくだされませんか」
朝歌の旦那衆は人が良く誘惑の術も効き、すぐに両側に寄って道を開いた。
姜子牙は占いの最中だったが、その女を見かけていぶかしく思った。よく見ると妖精であることがわかった。姜子牙は密かにこの妖精が、私の眼力を試しに来おったな。よしすぐに退治してやるぞ。と姜子牙は心に決めると、周囲の人々に言った。
「算命にこられた皆様、このお嬢さんを先に視てもよろしいかな。そのあと、また順番に占います」皆が、女を先に算命をすることに同意した。妖精は屋内に入って座ると、姜子牙が命じた。
「お嬢さん、右手を出してください」
「先生は、人相や手相を視られるのですか?」
「まずは手相を視て、そのあと算命をします」
妖精はおそるおそる右手を差し出した。と。姜子牙はいきなり左手で妖精の手首をつかみその関節、脈門をしっかり立てた。そして、崑崙における四十年の修行で集められていた「先天元気」を「運動」して両眼に移した。美女はたちまち眼が真っ赤になり、瞳は金色に光った。
火眼金睛
これは妖精の身体的特徴の一つであった。そしてこの美人は妖精がばけたものであった。
姜子牙は丹田の先天元気を火眼金睛に運んで妖光を釘づけにした。一言も発さず。ただらんらんと睨む、恐れをなした妖精は声を上げだした。
「先生は、相も視ず口もきかず、何故私の手を握っていらっしゃるのですか?
他の人が見たら、何と思うかしら。早くはなしてください」
周囲の者は、女が妖精だなどと知らないので、口々に叫んだ。
「姜子牙、いい年をして何をするのだ。美人に目がくらんだかどうか知らんが、大衆の面前で何という振る舞いをするのだ。ここは天子の住まう都だぞ」
「皆の衆、この女は人間ではなく妖精なのだ」
「でたらめを言うな!どこからどう見てもご婦人だ!何故妖精などと言うのだ?」
周囲の者は口々に叫ぶ。姜子牙は考え込んでしまった。
ここで手を放してしまったら妖精は逃げ込んでしまって弁解できなくなる。ここまできたからには、妖精を退治して、私の名声を上げるとするか……
姜子牙はおもむろに卓上にあった硯を取り上げると、婦人の頭部に打ちつけた。妖精の頭から脳漿が吹きだし、血が衣服を赤く染めた。姜子牙は妖精の脈門をしっかり握りつづけ、妖精が変化できないように気をつけていた。
しかし、状態はさらに悪化して、両側の者が「こいつを逃がすな!」と叫ぶと、周囲の者が「占い師が人を殺したぞ!」とわめきたてる。ほどなくして人々は姜子牙の算命館を何十にもとり囲んでいた。
まもなくすると、亜相の比干が驢馬に乗って通りかかり、前方の方が騒がしいことから、配下の者に「大勢の者が何を騒いでいるのだ?」と尋ねた。
亜相が来たことを知った民衆は「亜相さまが来たぞ。姜子牙を亜相さまに引き渡せ」と、人々はいっせい言った。比干は何事だと言って驢馬を止め尋ねた。
一人の男が比干の前に出てきて、ひざまずいて言った。
「ご報告申し上げます。ここの算命館には、姜子牙という占い師がいます。先ほど一人のご婦人が算命に来られたところ、彼はその容姿を目にして邪念を起こしました。女が貞節を守り従わないと、姜子牙は無惨にも硯(硯)で頭を殴り、殺してしまったのです」
比干はこの話を聞くと、大変に激怒し、配下のものに姜子牙を捕らえるように命じた。
姜子牙は片手で妖精の腕をつかみ、比干の前まで引きずられて跪いた。
比干が姜子牙に詰問をした。
「お前は白髪白髭の老人でありながら、なぜ法を犯し、婦人に無礼をはたらいたのだ?また、婦人が従わないからといって、どうして硯で殴り殺すというような惨いことをしたのだ。事は人命に関わる。見逃すわけにはいかない。厳しく取り調べ、法に基づき処刑する」
「亜相様、わたしの言うことを聞かれよ。わたしは礼節をわきまえた人間です。法をおかすようなことはしておりません。この女は人ではなく妖精なのです。近頃妖気が宮中に漂い、災いが世間のあちこちで起きている。わたしは王恩に感謝し、庶民のために妖精を退治したのです。この女はまぎれもなく妖精です。詳しく調べて、わたしの疑いを晴らしてください」
周囲の者はいっせいにひざまずいて言った。
「亜相さま。この男は術士で、いい加減なことを言って人を騙そうとしているのです。多くの人の前でご婦人を殴り殺したのだ。そいつの話を信じたら、ご婦人は可哀そうだし、われわれもとても怒りがおさまりはしません」
比干は一同の憤りに押され、姜子牙が女の手をつかんだまま放さないので、姜子牙に詰問した。
「姜子牙、女が死んでしまったのに、何故手を放さないのはどういうことか?」
「手を放せば妖精が逃げてしまい、証拠がなくなってしまいます」
比干はそれを聞くと、人々に言った。
「ここで言い争ってもしょうがない。天子に報告して判断して頂こう」
姜子牙が妖精を引きり歩き出すと、さらに人々が姜子牙を取り囲んで、一同は午門に向かった。
比干は落成したばかりの摘星楼で天子の会見を待ち、紂王が会見を許すと、奥に入って平伏した。紂王は口を開いた。
「余には別に命じることはない。何の上奏だ」
「臣が南門を通ったときに、術士が算命をしておりました。一人の婦人が算命を依頼したところ、術士は女が人間ではなく妖精だと言って、硯で打ち殺してしまいました。ところが、庶民は、術士が女の容姿を見て邪念を起こし、女が従わないので殴り殺したと言っております。臣は術士の言葉には道理があると思いますが、庶民の話も見たままの事ですから信じてよいと考えられます。陛下に判断して頂きたいと思います」
紂王は面白がって、美女の死体と一緒に巷間で有名な占い師を連れてまいれ、と下命した。
「陛下、占い師を後宮に連行するのは、いかがなものか、と思いますが……」と比干は念を押した。「構わん。老人であろう。それに正宮(妲己)にも見せたい」と紂王は妲己をかえり見る。そしれに対して妲己はにっこりと笑ってうなずいた。
しかし、実際には、妲己の心中は比干の報告を耳にして苦い思いをしていた。
妹々(メイメイ)、大人しく巣穴帰ればいいものを……。算命などするから殺されてしまって。こうなったら仇を討たずにおくものか!
妲己は紂王の前に出て言った。
「陛下に申し上げます。亜相の報告だけでは真偽がわかりません。術士と女を摘星楼の外に引き出すようにご命じください。そうすればすべてがはっきり致します」
紂王は妲己に同意して、術士と女を摘星楼の外に引き出すように命じた。紂王の命により姜子牙と女が摘星楼の外に引き出された。姜子牙は石段の下に平伏したが、右手は妖精の腕を強くつかんだままだった。
紂王は九曲彫欄干の中から姜子牙に詰問した。
「石段の下で平伏しているものは誰だ?」
「小民は東海 許州の出身の姜尚と申します。幼少から名師を訪ね。陰陽の秘訣を授かり、妖仙・妖怪・妖精等を識別できます。今は都城に住み、生計の為南門で算命館を営んでいたところ、妖精が悪さをしにやってきました。そのため、私は妖精を退治し、天子の御高名を高め、師の徳に応えたのです」
「余の見るところ、このご婦人は人間であって、妖精ではないようだ。どうして妖精だというのだ?」
「妖物の原形(正体)を見るのでしたら、薪で火やぶりにすればよろしいのです。すぐに原形(正体)を現します」
そこで、紂王は摘星楼の外に薪を運んでくるように命じた。
姜子牙は符印を用いて妖精の頭をおさえこんでから、やっと手を放した。さらに女の服を脱がせ、胸に符を背に印を用いて妖精の四肢を抑え込み、薪の上に引きずり上げて火を点けた。
姜子牙が薪に火を点け、烈火で二刻ほど焼いたが、女は少しも焼けない。
薪が炭となった。しかし死体は焦げもせず、形さえ変わらない。
それでも妲己は見るに忍びず、途中で席を外した。
これを驚いた紂王は傍に控えていた比干に尋ねた。「烈火で二刻も焼いているのに、全身が少しも焼けないということは、やはり妖精なのか?」
「こうしてみますと、姜尚は奇才の持ち主のようです。しかし、妖精の正体はなんでしょうか?」
比干は石段を下りて姜子牙に近づいて、妖精の正体は何かと尋ねた。
姜子牙は答える。「妖精の原形(正体)を現させるのは簡単です」
「それは面白い」と紂王は身を乗り出して言った。そして傍に正宮(妲己)がかたわらにいないことに気づく。「正宮よ。いよいよ妖精が正体を現すぞ」
と奥に退がって休んでいた妲己に声をかけた。そんなはずがない、と妲己はタカをくくっていたが、やはり気になり顔をだした。
時すでに遅く、姜子牙は三昧真火で妖精を焼いていた。この火は普通の火ではなく、目、鼻、口から吹きだした火を精、氣、神で三昧に精練したものである。三昧真火が普通の火に混じると妖精は耐えきれなくなり、火中に這い上がって叫んだ。
「姜子牙、おまえはわたしに恨みはないはず。それなのに、なぜ三昧真火で私を焼いたりするのだ」
紂王は火中の妖精が口をきいたので、驚いて冷や汗を流し、目を見張った。姜子牙は紂王に陛下、ひとまず楼内に入ってください。雷がきます、と言った。
姜子牙は両手を合わせると、稲妻が走り、雷鳴が轟き、火が消えて玉色琵琶が現れた。紂王は妲己に言った。「妖精が原形(正体)を現したぞ」
姜子牙は拝礼しながら言った。
「これが妖精の原形(正体)です。しかし、雷に打たれて妖力を失っただけで、死滅したわけではありません。このまま放置して天地の霊気を吸わせ、日月の精気を当てますと数年で復活致します」と姜子牙は説明する。
紂王は「往生させる手はないか?」と聞く。
これに対して姜子牙は「鏨で打ち割れば往生します」と答えた。
これを聞いて妲己の顔は、赤くなったり青くなったりして、あまりのことで口を動かしたが声は出せなかった。




