第55話 姜子牙 馬氏、そこに愛があるのかい?
初めまして!原 海象と申します。
今回は有名な『封神演義』の編集・アレンジバージョン『封神伝』を投稿致しました。
「封神演義」は明代以前に発行された神魔小説で、今の形になったのは明代の編者 許仲琳によって現在の形になりました。また漫画やアニメとなったのは安能務先生の封神演義版によって一代ブームとなり、皆様のよく知っている形となりました。原作と安能務先生の翻訳ではかなり違いがありますが、ライト小説らしくできるだけ読みやすいようにしております。
<封神伝>
第55話 姜子牙 馬氏、そこに愛があるのかい?
姜子牙は、妻を娶ったあとも、終日崑崙での生活を偲んでいた。
仙人になれなかったことが無念で、馬氏と楽しく過ごす気持ちにはなれなかった。
馬氏はそんな姜子牙の心中など知らず、姜子牙は役立たずだと思い込んでいる節があった。
二ヵ月が過ぎたころ、業を煮やした馬氏は姜子牙にたずねた。
「宋員外は、貴方の従兄なの?」
「宋兄は交わりを結んだ義兄弟だ」
「そうだったの……。でも、血親の兄弟でも終わらぬ宴席はないと言われます。
いまは宋員外がいらっしゃるから、私たち夫婦は気楽で自由に暮らすことができますが、もし彼がいなくなったら、一体どうするつもりなの?
生きていくためには、仕事をしなくてはならないわ。今後のことを考えて、何か商いをしたらどうかしら」
「なるほど、お前の考えにも一理あるな」
「あなたはどんなことができますか?」
「私は三十二歳から崑崙山で仙人の修行をし、世の中の商いのことは知らん。ざるや籠を編むことぐらいしかできない」
「それでもいいわ。幸いなことに宋家荘の裏庭には大きな竹林がります。竹を切り、細かく裂いてざるや籠を作って、朝歌城内に行って売れば商売になるでしょう」
姜子牙は早起きして宋異人に承諾を得ると、妻の意見に従って、竹を切り、細かく裂いてざるを編み、二日がかりで大小いくつかのざると籠を編んだ。三日目にそれを担いで朝早く朝歌城内に売りに行った。
朝歌まで往復七十里。土遁の術を使えばわけがない距離であった。だが、ざるや籠を担いで土遁の術を使うことは、道術を冒とくするようで気がひけた。やむなく、とぼとぼと歩いた。
しかし、昼が過ぎてもざる一つも売れない。夕刻になって空腹を覚え、また三十五里も担いでいくことになるので、姜子牙は急いで帰途についた。
馬氏は姜子牙が担いでいったざるをまた担いで帰ってきたので、どうしたのかと聞こうとした。これに対して姜子牙は、馬氏に自分の腫れあがった肩を見せて非難した。
「お前はあまり賢くないようだな。私が家で何もしないので、ざるを売りに行かせたのだろうが、朝歌城内ではざるを必要としないようだ。そうでなければ、一日中売り歩いて一つも売れないはずがない。おかげで肩もすっかり腫れてしまった」
「ざるはどの家でも必要に決まっているじゃないですか。自分が売れなかったのを、私のせいにすることはないでしょう」
夫婦は言い争って、怒鳴り合いの口喧嘩になった。夫婦の口喧嘩を聞いて、宋異人が急いでやってきて、姜子牙になんで夫婦喧嘩をしているのか尋ねた。姜子牙は、ざるを売りに行ったいきさつを話した。すると宋異人は言った。
「私は、君たち夫婦二人はもちろんのこと、二,三十人だって養うことができる。ざるなど売りに行かなくてもいいじゃないか」
馬氏は興奮しながら答えた。
「宋員外のご厚意には感謝します。でも、私たち夫婦は今後のことも考えなければなりません。じっと死を待つわけにはいきません」
「それはそうかもしれない。しかし、それなら他の商いをすればいいだろう。倉庫に小麦が沢山ある。それを使用人に挽かせるから、賢弟が小麦粉売りに行けばいい。ざるを担ぐよりは楽だろう」
姜子牙は籠を二つ用意し、使用人は臼で一担ぎの粉を挽いた。翌日、姜子牙はそれを担いで朝歌に行き、城内をくまなく売り歩いたが、一斤も売ることができなかった。腹が減り、肩が痛く荷が重く感じられて、姜子牙は南門を出ると荷を降ろして城壁に寄りかかり、座って休憩した。
姜子牙がしばらく休んでから立ちあがって、荷を担ぐと、「小麦粉売り、ちょっと待て」と誰かが叫んだ。やっと買い手が現れたかと呟いて姜子牙は荷を降ろすと、男が近づいてきたので姜子牙は、どれぐらいご入り用ですかと聞いた。
姜子牙は荷担ぎなれておらず、天秤棒を地面に放りだした。そこへ戦場に向かう伝令を乗せた軍馬が一頭、風のように南門を駆け抜けた。姜子牙が下を向いていたので気がつかなかったが、後方でだれかが「粉売り、危ない!馬が来たぞ!!」と叫んだ。
姜子牙は急いで避けたが、馬はすぐそばまで来ていた。天秤棒が地に放りだしてあったので、疾走してきた馬が天秤棒についた紐を足に引っかけ、二つの籠を七、八丈も引きずって走った。籠の粉はすべてこぼれ落ち、強風に吹かれて飛び散ってしまった。
姜子牙は急いで粉をかき集めようとして、全身粉だらけになってしまった。粉を買いに来た男は、その様子を見てそのまま立ち去ってしまった。客のいなくなった姜子牙はため息をつき、昼過ぎに宋家荘に帰途に着いた。
荘門に着いた姜子牙を見て馬氏は、姜子牙が空籠を担いで帰って来たので、喜んで話しかけた。
「朝歌城内では、小麦粉はすぐに売れたようですね」
姜子牙は馬氏が近くに来ると、籠を投げて罵った。
「それもこれもみんな、つべこべ言ったお前のせいだ!」
「小麦粉が売れたのだから、よかったじゃないですか。なんでわたしをののしるのです?」
「粉を担いでいっても、そうそう売れはせん。昼過ぎにやっと売れたくらいだ」
「じゃ、空籠を担いで帰ってきたっていうことは、掛け売りしたのですか?」
「走ってきた馬の足に紐が引っかかったのだ。粉は全部地面にこぼれて、突然の強風に吹き飛ばされてしまった。すべてお前のせいだ!」
馬氏はそれを聞くと、いきなり姜子牙の顔に唾をかけて言った。
「自分が無能なのを棚に上げて、私を恨むわけ?あんたは食べて寝ることしか能がないの?」
姜子牙は激怒して怒鳴った。「夫に唾をかけ、侮辱するのか!」
二人は、取っ組みあって喧嘩をした。これを見て宋異人とその妻の孫氏が止めに来た。
孫氏は姜子牙に、どうして奥様と争っていらっしゃるのですかと言葉をかけた。
姜子牙は、粉を売りに行ったときのことを一部始終話した。
これを聞いた宋異人は笑いながら言った。
「一担ぎの粉などいくらにもならないのに、夫婦喧嘩とはね。賢弟、ちょっと一緒に来てくれ」
姜子牙と異人は、書斎に行って座った。姜子牙はまず口を開いた。
「仁兄は私を厚くもてなしてくれる。だのに、私は運が悪く何もできん。赤面のいたりだ」
「人には気運あり、花も時期がくれば開花する。『濁流の黄河も澄んだ流れの日があり、人にもかならず運が向くときがある』と言うだろう。賢弟も焦ることはない。私の屋敷には多くの使用人がいるし、朝歌城内にも四、五十軒の酒飯店を持っている。それらの店を、それぞれ日を違えて月に一日ずつ休むことにしよう。それぞれの店が休んだ日に、賢弟が店を開けて商売をすればよい。店を転々と変えるから大変だが、費用はタダだから、確実に儲かること請け合いだ」と、宋異人は言ったが要するに数十軒の店の、それぞれの一日の売り上げを差し上げようということであった。
それを聞いて姜子牙は感嘆の声を上げた。
「ああ本当に、仁兄の引き立てには感謝の言葉もない」
宋異人は、まずは南門の張家酒飯店を姜子牙に任せることにした。この店は練兵場が近く、各地へ向かう要路で人口が密集し、大変にぎやかだった。
姜子牙は主人として奥座敷に座り、調理人に豚や羊を多めに屠殺し、饅頭などを蒸し、酒を用意するように命じた。
ところが、姜子牙は要領を得ず、日どりも悪かったため、朝から昼まで一人の客も来なかった。昼ごろには大雨が降り、商軍の練兵も中止された。更に運悪く気候が暑かったため、豚や羊の料理は、暑気に蒸されて臭くなり、饅頭もすえ、酒も酸っぱくなった。
姜子牙は、座っていてもどうにもならないので、店の使用人に言った。
「仕方がない。おまえたちで酒を飲み、肴を食べてしまえ。しばらくすると食べたれなくなるからな……」
その晩、姜子牙が帰ると宋異人がたずねた。
「賢弟、今日の商いはどうだった?」
「恥ずかしくて仁兄に合わせる顔もない。元手を全部つぎこんで、一銭も収入がなかった」
宋異人はため息をついて言った。
「賢弟、悩むことはない。じっくり時機を待たなければ、君子にはなれん。幸い、それほど損害をこうむったわけじゃない。考えなおして他の商いをしよう」
宋異人は姜子牙を気遣って、銀五十両を渡し、若い使用人に姜子牙とともに牛、豚、羊市場に行くように命じた。
姜子牙は準備して連日、豚と羊を買いに行った。そしてある日、購入した多くの豚や羊を朝歌に売りに出かけた。
近頃では、朝歌では天候にも恵まれず干ばつが続き、半年以上も雨が降っていなかった。その為、天子は祈祷しており屠殺が禁止され、その掲示があちこちに貼りだしてあった。姜子牙はそのことを知らず、豚や羊を城内に追っていった。
城門校尉がそれを見とがめて法令違反だ。捕らえろ!と叫ぶ。
姜子牙はその声を聞いて慌てて逃げだしたが、結局、家畜は役人に没収され、手ぶらで帰らなければならなかった。
宋異人は、姜子牙が顔を土色にして慌てふためいて帰ってきたので、どうしたのかと尋ねた。
姜子牙は大きくため息をついて、水を一杯貰ってひとごこちをついて言った。
「何度も仁兄の恩義をこうむりながら、いずれの商いに失敗し、損害を与えてしまった。今日も豚や羊を売りに行ったのだが、天子が雨を祈祷するため屠殺を禁止したことを調べず、城内に入ろうとして全部没収されてしまったのだ。恥ずかしくて顔を見せることもできん。どう謝罪すればいいのやら」
宋異人は笑って慰めた。
「銀数両を官府に納めたと思えばいい、何も気にすることはない。賢弟、酒を一壺持ってくるから、気晴らしに裏庭へ行って一杯飲もう」
こうして姜子牙は自分には商才はないとため息をついて悲観したのであった。




