第37話 殷雷将軍 殷郊、殷洪殿下をゲットだぜ!
初めまして!原 海象と申します。
今回は有名な『封神演義』の編集・アレンジバージョン『封神伝』を投稿致しました。
「封神演義」は明代以前に発行された神魔小説で、今の形になったのは明代の編者 許仲琳によって現在の形になりました。また漫画やアニメとなったのは安能務先生の封神演義版によって一代ブームとなり、皆様のよく知っている形となりました。原作と安能務先生の翻訳ではかなり違いがありますが、ライト小説らしくできるだけ読みやすいようにしております。
<封神伝>
第37話 殷雷将軍 殷郊、殷洪殿下をゲットだぜ!
雷開は五十の兵を率いて南都へと追った。さすがに老兵や病弱な兵を捨て精兵にしたことからその勢いは飛ぶように速かった。夕暮れになって雷開は兵に命じた。「しっかり腹ごしらえをしておけ。このまま夜を徹して後を追う。そう遠くへ逃げてはいないはずだ」
そこで、兵たちは腹ごしらえをしてから、また後を追った。しかし、三更にさしかかったあたりから兵士たちにも疲れが出たのか馬上で居眠りをして危うく落馬しかかった者が出はじめた。
夜に追えば、下手をすれば途中で気づかず殿下たちを追い越してしまうかもしれん。ならば、一晩休んで鋭気を養っておいて、明日あらためて追ったほうがよいだろうと考えた雷開は近習の者に命じた。
「前方に村はないかどうか見てこい。どこかで一晩休んで、明日追うことにしよう」
兵士らは連日の疲れがでているので、休みと聞いて大喜びして先方の兵士らは松明を高々と揚げた。見ると前方に松林がありその向こうには一つの廟があった。
早速兵は雷開に報告した。
「少し先に古い廟があります。そこで一晩お休みになり明日出発してはいかがでしょうか?」
それを聞いた雷開は兵を率いて古廟の前まで来た。雷開が馬を降りて見上げると額には『軒轅廟』という三文字があった。兵士たちは勝手に門を開けて中に入って行った。松明をかざしてあたりを見ると聖座の下に、ぐっすりと眠っている殷洪殿下がいた。
「ここで休もうとせず、追っていたら見つけられぬところだった。これも天の助け」
と首を振り、雷開は殷洪に声をかけた。
「殿下、殿下」
熟睡していた殷洪は、この声にはっと目を覚ました。まわりは松明を掲げた多くの兵に囲まれていた。その中で見慣れた雷開の顔があった。
「……雷将軍!」
「殿下、天子の王命により、殿下をお迎えにまいりました。朝廷の文武諸官は皆心配しております。みなは殿下をお守りせんと上奏しております。安心して我らと共に朝歌にお帰り下さいませ」
殷洪は泣きそうな顔で雷開に言った。
「将軍、私はすべてわかっている。それ以上言わなくてもいい。この大難からとても逃れられないと覚悟を決めていたのだ。死を恐れはしていない。でも、これまで歩き続けた疲れでこれ以上歩けない。将軍の馬に乗せてはくれないか」
「御意!私の馬にお乗りください。私は歩いてあとからついて行きますので」
こうして、殷洪は廟を後に雷開の馬に乗った。雷開は馬の手綱を持って歩いて付き添い、一行はともにあの三又路へと戻って行った。
一方、殷破敗の方は東魯に向かう大道に沿って行った。そして風雲鎮に着いた。なおも十里ほど進むと、白壁に金の字で『太師府』と書かれた額のかかった屋敷があった。殷破敗はこれが元丞相の商容の屋敷であることを知った。というのも、その昔商容は殷破敗をとり立てた『座主』であり殷破敗はその『門生』であった。そのため挨拶もせずにはいられないと考えちょっと立ち寄ろうと思い、馬を降りて屋敷に入って行った。
このとき、殷郊が応接間で商容と食事をしていようとは夢にも思わず殷破敗は進みよって殷郊の前で膝を折った。武装していたため礼によって平伏するどころか会釈する必要はない。しかし殷郊がゴネるのを恐れ跪いたのであった。
「殿下、丞相さま。天子の王命により殿下をお迎えにまいりました」
商容は雷開を見て立ち上がり激怒した。
「殷将軍か。ちょうどよい、聞くがいい。朝歌には四百人もの文武諸官がおるというのに、誰もが口をつぐんでいるという。文官には誰一人として陛下に諫言する者はおらず、武官はもとより諫言はできぬ。功名と利を貪るだけで、己の責務を果たそうとしないとはなんということだ!」
商容の語調は激しくなるばかりで、怒りはおさまる様子はなかった。その横で、殷郊は震えだし、顔を真っ青にして言った。
「丞相、もうよいのです。殷将軍が天子の王命を受けて来たからには、私の命はないも同然です」
と、殷郊は涙をこぼす。商容は慌てて励まして言った。
「殿下、ご安心なされ、上奏文はまだ書いておりませんが、わしが陛下にお会いすればなんとかなりましょう」
そして商容は馬丁に命じて、馬を用意させて朝歌の陛下に会いに行くことをつげた。
これを聞いた殷破敗は、商容が自ら陛下に会いに行くと聞き、自分が陛下に咎められてはたいへんと思い慌てて商容に言った。
「丞相さまに申し上げます。王命により殿下をお迎えに来たわけですから、ひとまず私と殿下は先に戻って、朝歌で丞相さまをお待ちすることが筋かと存じます」
商容は笑った。
「殷将軍、わかっておる。このわしが殿下と共に行けば、おまえが陛下からとがめを受ける。それを恐れているのであろう。まあいい、殿下、殷将軍と共に先にお発ちなされ。わしもすぐにまいりますから」
殷郊は商容の屋敷を離れたが、何度も足を止めては涙をこぼすばかり、その為商容は殷破敗に言った。
「殷将軍、殿下を頼んだぞ。よいか、手柄をむさぼって君臣の大意を傷つけることだけはするなよ。さもなければその罪は死んでも償いきれぬことになるからな」
殷破敗は叩頭して「御意」と答えた。
こうして、殷郊は商容と別れを告げ、殷破敗とともに馬に乗って朝歌へ向かった。
馬上で殷郊は懸命に考えた。
(私が死んでも弟の殷洪がいる。仇を討つ日は必ずくるだろう)
まもなく一日も進まぬうちに三又路に到着した。先行していた兵士が雷開に伝えたので雷開が軍門に来て見ると殷郊と殷破敗が馬に乗ってともにやってきた。
殷郊は馬を降り雷開の案内で大天幕の中に入って行った。中では座っていた殷洪が「殿下が来られました」と聞いてぎょっとして頭を上げた。
入ってきたのは間違いなく兄の殷郊であった。一方で殷郊も弟の殷洪がいるのを見て走り出して弟を抱き、大声で泣き出した。
われら兄弟は、前世で天地の怒りを買うどんな罪を犯したというんだろう!別れて逃げても逃げきれず。結局捕らえられてしまうなんて。二人とも捕らえられてしまえば仇討ちも水の泡だ!母子して、何の罪もなく非業の死を遂げるとは!
二人は足を踏み、胸をかきむしって悲しんだ。しかし、殷、雷の二将はどうすることもできず、殿下たちを連れ、兵を率いて朝歌に戻って行った。




