第36話 方兄弟 殷郊・殷洪兄弟の育児放棄する!
初めまして!原 海象と申します。
今回は有名な『封神演義』の編集・アレンジバージョン『封神伝』を投稿致しました。
「封神演義」は明代以前に発行された神魔小説で、今の形になったのは明代の編者 許仲琳によって現在の形になりました。また漫画やアニメとなったのは安能務先生の封神演義版によって一代ブームとなり、皆様のよく知っている形となりました。原作と安能務先生の翻訳ではかなり違いがありますが、ライト小説らしくできるだけ読みやすいようにしております。
<封神伝>
第36話 方兄弟 殷郊・殷洪兄弟の育児放棄する!
方弼・方相は殿下をお守りして三日ばかり旅を続けたところで方弼は弟に言った。
「我ら二人して殿下を守って朝歌を離れたが、懐には路銀もない。黄大将軍から玉の玦を下賜されたが、このような高価なもの人の目を引くに決まっている。ここは、東と南へ行く分かれ道だ。殿下には行く先をお教えして、我ら兄弟はそれとは別に身を寄せるところを考えよう。それが一番安全な道だ」
それもそうだなと方相も同意して方弼は二人の殿下に事情を話した。
「二人の殿下に申し上げます。我ら兄弟は勇猛だけが取り柄の粗忽者で、先日殿下が無実の罪で苦しまれているのを見て、かっとなり、朝歌に謀反を犯しました。
が、思いのほか道のりは遠く、路銀もないありさま。黄飛虎様からお預かりした玉の玦を売って路銀にしようとも思いましたが、見とがめられて、我らの正体がばれたら一大寺です。とにかく、難を逃れるにはひたすら身をひそめることです。そこで考えたのがですが、我ら四人それぞれ行き先を異にしてこそ、身の安全をはかれるというものでしょうか。殿下どうか事の大事を悟ってお聞きわけください。決してわれらこれ以上お守りできぬと思ったわけではありません」
殷郊は言った。「将軍の言うとおりだろう。だが、私たちはまだ子供で、道もよくわからない。どうしたらいいのだろう」
方弼は指差して教える。
「こちらの道に沿って行けば東魯に着き、こっちの道に沿って行けば南都に着きます。いずれも広い道で、途中には人家が沢山あります」
「わかった。でも、将軍達はどこへ行く?いつまた会えるのだろう?」
方相は答えた。
「我らはそれぞれいずれかの諸侯の元に身を置きます。
殿下が援軍を得て朝歌を攻めるときには必ず配下にはせ参じ、先鋒となって働きましょう」
こうして四人は涙を流して互いに別れを告げた。
方弼・方相が殿下と別れて小道に行ったとき殷郊は殷洪に言った。
「賢弟よ、お前はどちらへ行くつもりだ?」
「兄上の言われたとおりにします」
「では、わたしは東魯へ行くことにしよう。お前は南都へ向かうんだ。
おじい様にこれまでの苦しみを訴えれば、きっと叔父上が兵を出してくださるだろう。
そうしたらかならず人をやってこのことをおまえに伝えよう。
お前も数万の兵を借りて、ともに朝歌を討伐に行き、妲己を捕らえて母上の仇を討つんだ。
いいな。忘れるんじゃないぞ」
殷洪はこれを聞き、涙をこぼして答える。
「兄上。ここでお別れしたら、いつまた会えるの?」
兄弟は声を放って、泣き別れを惜しんだ。
さて、殷洪は年もまだ幼く、これまで宮殿暮らしをしていたこともあって、このような長い旅路には慣れていない。その為、休み休み進みながらあれこれ考えあたり、空腹を感じたりしていた。これまで宮殿にいたので、当然着る物から食べる物まですべて上質なものばかり、有り余るほどあった。その為、人に物乞いなど出来るわけがなかった。
やがて人家が見えてきた。見ると家の中では一家がそろって食事をしている。
殷洪は空腹を感じ、その家に入って行った。
「食事を持ってきていただけませんか」と言う殷洪。家の者はその身なりと容貌が普通でないのを見て、慌てて席を立った。「お掛け下さい。いま差し上げます」と急いで飯や肴を運んでくる。殷洪が食べ終わると立って一礼した。
「お世話になりました。お礼の言いようもない。でも、このお返しはいつできることか……」
そこで家の者はたずねた。「若殿はどこへ行かれるのです?お名前はなんとおっしゃるのですが」
「わたしはほかでもない、紂王の子殷洪です。これから南都の 鄂崇禹に会いにまいります」一家は、この子供が天子の息子だと聞いて、慌てて跪礼した。
「これは千歳爺様、そうとは知らず、お迎えもいたしませんで、どうぞお許しください」殷洪は尋ねた。
「この道は南都へ通じる道ですか?」
「はい。南都の大通りになります」
殷洪は村を離れると、先を急いだ。
しかし、一日かかっても二、三里しか歩けない。
それもそのはず、殿下として宮内で何不自由なく暮らしていたので、もともと長旅などできないのであった。村も無く店もないあたりでは、休むところがないので不安を感じて焦った。だが、そのまま二、三里歩くと、松林に行きあたり、そこを通ってなおも行くと1つの古廟が見えた。殷洪は喜んで古廟の前までやって来た。額には『軒轅廟』という三文字がある。殷洪は中に入り、地に伏した。
「軒轅さまは、衣服と礼法を作られ、日中に物々交換の市を定られた上古の賢明な君主さま。この殷洪は成湯の三十一代目の子孫で、紂王の子でございます。いま父上は愚昧無道にも妻を殺し、その子を殺そうとしていますので、その手を逃れて逃げてまいりました。
どうか、ここで一夜を過ごさせてくださいませ。明日になればすぐにも出立しますから、どうかわたしをお守りください。もし、この先身を寄せ、安全に暮らせるところが見つかりましたら、この殷洪かならず廟を建て直し、金の像を造ってお礼を致します」
言い終えると、殷洪は旅の疲れがどっと出て、聖座の下でそのまま寝入ってしまった。
*****
一方、兄の殷郊は東魯へ通じる大きな道を進んだ。夕方までにようやく四、五十里進むことができた。見ると屋敷があり、額には『太師府』とある。殷郊はここが官吏の屋敷と知って、明日の朝まで一晩泊めてもらおうと考え「誰かいらっしゃいませんか」と大声で叫んだ。
しかし、中から返事がない。殷郊は正門をくぐってもう一度叫んだ。すると、中から一人の老人が詩を吟ずる声が聞こえた。殷郊は詩を吟ずる声が聞こえたのでもう一度声を掛けた。するとだれかな?とこの声を聞いて答えが返ってきた。日も暮れてすでに暗い。ただ影が見えるばかりで、たずねる声の主の姿はよくわからない。
殷郊は言った。
「わたしは親戚を訪ねる途中、通りかかった者です。もう遅いので、一晩泊めていただけないかと思いまして。明日の朝早く発ちますから」すると年老いた声が言う。
「どうやら朝歌のお人らしいが」
「はい、そうです」
「郊外からか?それとも城内から来たのか?」
「「城内です」
「城内とあれば、お入りなさい。聞きたいことがある」そこで殷郊はその老人に近づいた。
「あっ、お前は丞相ではないか!」
それは郷里に帰った商容だった。
商容は相手が殷郊であることを気づき、さっそく拝礼した。
「殿下、またいったいどうしてこのようなところへ?お迎えにも出ずお許しください。それにしてもお国の跡取りともあろう殿下が、どうしてお一人でここに来られたのですか。おそらく不吉なことがおこったのでしょう。さ、おかけくだされ。詳しくお聞かせください」
そこで殷郊は涙をこぼしながら紂王の妻殺し、子殺しのことを一通り詳しく語った。商容は憤りのあまり床を踏みしめて叫んだ。
「昏君め、そこまで横暴に振る舞い、人倫を失い、三綱を滅ぼそうとは!わしは年老い、身は山林にあれど、心は朝廷にある。平地に風波が起き、王后さまがみじめに亡くなられ、二人の殿下が逃げまわられるなどと言う怪事が起きていようとは。文武諸官はどうして昏君に諫言せず、朝政が乱れるのを黙って見ているのか!よろしい。この老いぼれが朝歌に行き、誤りを改め攪乱を防ぐように天子に直諫しましょう」
こう言って、商容は家の者に命じた。
「すぐに宴を張り、殿下をもてなせ。わしは明日にも上奏文を書こう」
*****
その頃、殷・雷の二将は兵を率いて二人の殿下を追っていたが三千人の騎兵はいずれも老兵や病弱者ばかりで三日かかって、やっと百里ほど進むというありさまであった。そしてある日になってようやく三又路まで来た。
「長兄、まずは兵馬をここに置き、長兄も俺もそれぞれ五十の精鋭を率いて、二手に分かれて追うとしよう。長兄は東魯へ行かれよ。俺は南都に向かおう」
雷聞が言うので、殷破敗は答えた。
「そうしよう。でなくば、毎日これらの使いものにならない将兵とともに追ったところで、一日に二,三十里しか進めぬ。これでは事を誤るわ」
「もし長兄が先に追いつくことができたら、ここに戻ってお待ちくだされ。
俺が先に追いついけば、ここで長兄をまつことにするから」
「よし、相分かった」
こうして、二人は老兵や病弱者をそこに残し、それぞれ五十人の精鋭を選んで、
二手に分かれて殷郊らを追ったのであった。




