第22話 雲中子 道を語り後宮の妖気を木剣で妖邪を払う
初めまして!原 海象と申します。
今回は有名な『封神演義』の編集・アレンジバージョン『封神伝』を投稿致しました。
「封神演義」は明代以前に発行された神魔小説で、今の形になったのは明代の編者 許仲琳によって現在の形になりました。また漫画やアニメとなったのは安能務先生の封神演義版によって一代ブームとなり、皆様のよく知っている形となりました。原作と安能務先生の翻訳ではかなり違いがありますが、ライト小説らしくできるだけ読みやすいようにしております。
<封神伝>
第22話 雲中子 道を語り後宮の妖気を木剣で妖邪を払う
紂王が妲己におぼれ、日夜酒色にひたり、朝政をほったらかしていたころ、終南山に一人の錬気の道士がいた。名を雲中子といい、千年の修行を積んだ仙人であった。その日暇なこともあるし、花かごを手に虎児崖へ薬草を取りに行こうと思いたち、雲に乗ったところ、東南から一筋の妖気が天へ昇ったのが見えた。雲中子は目を凝らしてうなずいた。
「ははあ、千年の狐が畜生の分際で人の身体を借りて朝歌の後宮に潜り込んでおるな。さっさと始末せねば、かならず大きな害となろう。我ら道を極めた者は慈悲をもとに人助けをすべきだ」
雲中子は金霞童子を呼んだ。
「枯れた桃の枝を一本取ってきてくれ。それを木剣に削って妖邪を懲らしめてやるからな」
金霞童子は言う。
「お師匠様、どうして照妖宝剣でその妖邪を殺し、災いの根を永遠に絶ってやらないのですか?」
雲中子は笑った。「「千年の狐ごときがわしの宝剣を使うことはない。木剣で充分だよ」
金霞童子が桃の枝を取ってきて雲中子に渡すと、雲中子はそれを木剣に削って言いつけた。
「わしはちと出掛けて来るから、洞門をしっかり守っておれ。すぐに戻ってくるからな」
こうして雲中子は妖怪退治に終南山を離れ瑞雲に乗って朝歌に向かった。
一方で、紂王は毎日酒色におぼれ、数か月も朝廷に出てこない。
民は不安な日々を過ごし、文武諸官の中でも不満を持つもの者まで現れた。
上大夫の梅伯という者が丞相の商用と亜相の比干に言った。
「天子は荒淫度が過ぎ、日夜酒色におぼれ、朝政に出ず上奏文が山積みになっていると言うのにご英断されない。これは、国が大乱にいたる兆しだ。貴公らは国の大臣として大義名分から責任があり、すべて国の利益を重んじるべきではないか。君主を諫める臣下がいなくてはならず、小官はお二人とともに陛下に諫言するつもりだ。そこで今日は鐘を鳴らし、文武諸官を集め天子に上朝して頂き、それぞれ事を述べて天子をお諫めしようではないか?そうしてこそ、君臣の大義を失わずにすむというものである」
商容は上大夫の言うとおりだと言って、黄門官(宦官)に開朝の鐘を鳴らせ、太鼓を叩いて天子に上朝していただくように命じた。
紂王が滴星楼で楽しんでいたが、大殿で鐘と太鼓が鳴り、側近が朝廷へ出るように促すので、仕方がなく妲己に言った。
「美人よ。しばらく休んでおれ。余はすぐに戻ってくるからな」
妲己は拝礼して紂王を見送った。
紂王は玉圭を手の持ち天子の乗り物である玉輦に乗り、大殿に来て宝座に着いた。文武諸官は早速拝礼する。紂王が見ると、二人の丞相が両手に上奏文を掲げており、さらに八人の大夫、そのあとに武成王が同じように上奏文を山のように抱えていた。連日、酒色におぼれて疲れきり、頭がふらついている紂王は、上奏文が多すぎて、とても裁ききれそうもない、見ただけでうんざりしてしまった。
すると二人の丞相が進み出てひざまずいて奏上した。
「天下の諸侯が多くの上奏文を出し、天子のご指示を待っておりますのに、陛下は何故長いあいだ朝政を処理しようとなさらないのですか?日夜、深宮に閉じこもり、国の大事に関心をなくしておられるのは、きっと左右の者に惑わされているのだと思います。陛下どうか国事を重んじてください。このように深宮に閉じこもり戯れにふけって朝政をなおざりにし、民の願いに背くようなことはおやめください。陛下、なにとぞ国の大事に心を配られ、これまでの非を改めて讒言に耳を貸さず、酒色を遠ざけ、国事の処理に励んで民の苦しみに耳を傾けてください。そうなれば国は富み民も強く天下太平、商の国は限りない福運に恵まれましょう。陛下なにとぞご留意のほどを」
紂王はうんざりとして言った。
「今は天下は太平、民も案じて暮らしていると余は聞いている。ただ、北海が朝廷に背いているので太師聞仲に命じて討伐に行かせておるが、これも小さなことだ。案ずることはない。丞相らのいうことはよくわかる。だが、朝廷のことは丞相が余に代わって処理しているのだからよいのではないか。なんで政事がとどこおるわけがあろう。余が上朝するのも形式だけのこと。つまらぬことで言い争う必要もないだろう」
こうして、君主と臣下が国事について言いあっているとこと午門官が奏上した。
「終南山の錬気の道士が陛下に大事があるとのことでお会いしたいと来ております。いかがいたしましょうか?」
これを聞いた紂王は、上奏文にはうんざりだ。ここは道士を呼んで話を聞いておれば、他の臣下は話をすることができず、余が諫言に耳を貸さないと言うことにはならない、とひそかに思い、道士をここに通すように命じた。
雲中子は同袍を身にまとい、払子を手に午門を入り、九竜橋を渡って大道を歩き、落ち着いた足どりで飄々(ひょうひょう)とやって来た。雲中子は花かごを左手にもち、払子を右手に持って軒端の前に立ち、払子を振って一礼をした。
「陛下、小生お邪魔にまいった」
紂王はこの道士の礼を見て不快に思った。「そこの道士、いずこからまいったのかな?」
「小生、雲水の中からまいりました」
紂王は首を傾げ言った。「雲水とはなんだ?」
「心は雲のごとく常に自在で、意は流水のごとく東西に行きます」
紂王は道士の語ることを即座に理解し、重ねて尋ねた。
「雲が散り、水が枯れれば、いったいどこに戻るつもりか?」
「雲が散れば明月天に昇り、水枯れれば明珠があらわれましょう」
これを聞いた紂王は怒りも収まり、すっかり機嫌を直した。
「さきほど、貴公が余に手を上げて礼をし、跪拝せずにいたので君主を無視しておるいと不快に思っていたのだが、いや、いまの答えは道理にかなっている。貴公はたしかに大いなる智恵をもつ賢人にちがいない。貴公はどこの洞府にお住まいで、どうして余の元に来られたのだろか?くわしく語って頂けないだろうか」
「小生は終南山の玉柱洞に住む雲中子という者、暇を見て高い山峰へ薬草を取りに行こうとしたとこる、不意に一筋の妖気が朝歌から出ていましてな。それも宮中から上がったもの。私たち道家ではいつも善念を心にしておりますゆえ。こうしてわざわざ陛下に朝見にまいり、かの妖怪を退治しにきたのです」
紂王は笑った。
「余の宮廷の壁は高く、四方の門は閉ざしており、守りも厳しい。俗世の山林ではあるまい、魑魅魍魎などどこから来ると言うのか」
雲中子は笑う。
「もし陛下が、妖怪がいるとご存じであれば、無論妖怪はあえて来ようとはしないでしょう。妖怪を見分けられないからこそ、やつは陛下を惑わしているのですからな。もしこのままにしておけば、大いなる災いを呼びましょう」
「宮中に妖気ありと言うが、何を持ってそれを退治する気か?」
と、紂王が聞くので、雲中子は花かごから桃の枝を削って作った木剣を取り出し「陛下はこの神剣の神奇差をご存じないでしょう」と言って紂王に捧げた。「この剣をどこに置けばよいのか」と紂王は木剣を手に取り尋ねた。
「分宮楼にお掛けください。さすれば、三日以内に証が立つでしょう」
紂王は伝奉官に命じて分宮楼に木剣を掛けるように命じた。伝奉官はそれを受け取り去って行った。紂王は雲中子に向かって言った。
「貴公は高い道術を身につけ、陰陽に通暁し、妖怪を見分けることができると言うのに、どうして終南山を離れて余を守ってくださらんのか?そうすれば高い位につくこことができ、名声を後世に残せるというもの。それを何故淡泊な暮らしに甘んじ、山野に埋もれようとなさる」雲中子は紂王に謝して言う。
「小生のような隠者を陛下は重く見られ、官職をも与えてようと言うそのお言葉には感謝いたします。しかし、小生は山中の無精者。国を治め、国を案ずる法など知らず。毎日陽が高く昇っても寝ており、楚足で山中を遊ぶことが一番の喜びという案配でして」
「そんな暮らしに何が良いと言うのだ?高官となり、官服を身にまとい金の帯を締めれば、妻や子を守ってやることができ、身を立て、名を広め、限りない富貴を楽しめると言うもの」
「小生の暮らしにも良いところはありますぞ」雲中子の言う清静自在の生活に紂王はため息をついた。
そして、従僕に金銀各一盆を持ち、路銀として雲中子に渡すように命じた。
まもなく赤い盆に金銀が積まれたが、雲中子は笑って
「陛下の贈り物は、小生には無用のものです」と言うと一礼して九間の大殿を離れて午門を出て飄々と去って行った。
先ほどから両側に立っていた八人の大夫は、上奏文を出そうとしてところに、道士が現れたて妖怪の話などをし始めたので、仕方がなく待っていた。しかし、紂王は雲中子の話が長くなったので、紂王もすっかりそんな気はなくなってしまい、竜袍の袖を一振りして宮中に戻ると言い出し、文武諸官に退潮を命じた。百官も仕方がなく退出した。




