第20話 蘇護 徹夜で警護するが、妲己、お前はもう死んでいる……
初めまして!原 海象と申します。
今回は有名な『封神演義』の編集・アレンジバージョン『封神伝』を投稿致しました。
「封神演義」は明代以前に発行された神魔小説で、今の形になったのは明代の編者 許仲琳によって現在の形になりました。また漫画やアニメとなったのは安能務先生の封神演義版によって一代ブームとなり、皆様のよく知っている形となりました。原作と安能務先生の翻訳ではかなり違いがありますが、ライト小説らしくできるだけ読みやすいようにしております。
<封神伝>
第20話 蘇護徹夜で警護するが、妲己、お前はもう死んでいる……
翌日、蘇護は三千の兵と五百の家臣を連れ、毛氈をはりめぐらした車を用意して、妲己を美しく化粧をさせて出発することにした。
妲己は自分が朝歌へ送られることを知って、はらはら涙を流して母や兄に別れを告げた。
母と娘は別れを悲しみ左右の侍女らが一心になだめて、ようやく夫人は屋敷へと戻った。
兄の全忠は五里余り見送った。蘇護はしんがりを務めて妲己を守った。
一行は両側に貴人を示す旗を揚げ、途中で食事をすませて、朝は早くから夕暮れまで休まず進んだ。数日かかって山を越え、河を渡り、いくつかの州や県を過ぎた。そして、その日の黄昏どきに恩州に到着した。
恩州の駅丞が一行を出迎えた。
「駅丞、室内を整理するのだ。貴人がお泊りになるのだ」と、蘇護が命じました。すると駅丞が言いました。
「蘇候様に申し上げます。ここの駅站では五年前に妖怪が出まして、そのときからここに立ち寄られるお役人様は駅站には泊まれません。ですから、貴人様は幕舎にお泊めしたほうが安全だと思います。大人いかがでしょうか?」
蘇護は声を張り上げた。「天子の貴人が妖怪を恐れてなんとする。それに、ここは駅站があるのに、幕舎に泊まらせるとは何事だ!早く部屋を片づけろ。ぐずぐずしていると、問題になるぞ」
これを聞いた駅丞はあわただしく奥の部屋を片づけ飾りをつけさせ、香を焚きすべてを綺麗にして貴人を迎えた。
蘇護は妲己を裏庭のある部屋に泊まらせ五十人の侍女をつけた。
その上で、連れて来た三千の兵を駅站のまわりに配置し、五百人の家臣を正面門に置いた。
そして、自分は応接間に座り、灯を点けた。
先ほど駅丞は、ここには妖怪がいると申していたが、ここは朝廷の官吏が泊るところだ。その上、周りの住民も多いし、そんなことが起こるとは思えない。しかし、用心に越したことはないか……
こう思った蘇護は一本の鉄鞭を卓上の上に置き、灯の元で兵法書を読んでいた。
やがて、恩州城内から戌の刻を告げる太鼓の音がした。
落ち着かない蘇護は鞭を手に静かに奥の間へ来て、左右の部屋の中を見回った。
娘の妲己も侍女も静かに眠っている。
安心して蘇護は応接間に戻り再び兵法書を手に取った。
こうして亥の刻が過ぎ、子の刻近くになったころのこと。不思議にも寒気をもよおす冷えびえとした風が吹いたかと思うと、灯が点いたり消えたりした。この怪しい風に蘇護は背筋をゾッとし、不審に思っていた。
不意に奥の客間から侍女の叫び声が聞こえた。
「妖怪だわ!」
聞きつけた蘇護は、すぐさま鉄鞭を手に奥の客間へ向かった。
左手に灯を持ち、客間のうしろに回ったとき、灯が妖風により吹き消された。蘇護は慌てて引き返し客間をとおり、もう一度灯火を持ってこさせた。
これを手に裏庭に来ると、侍女らが慌てふためいていた。蘇護は急いで妲己の床の前へ来て寝台のとばりを開けた。
「娘や。いま妖怪が来たと言うが、お前は見たか?」
妲己は首を振った。
「私は寝ているときに、侍女が妖怪だという声で目覚めました。
そこへ、父上が灯を手に入ってこられたのです。ですから妖怪などみておりません」
「それはよかった。これも天の助け。お前が驚かされなくて本当に良かった」
こうして蘇護は娘をなだめてよく休むように言ってから、もう一度あたりを見回った。
だが、蘇護が自分の娘と思っていたのは、すでに彼の娘の妲己ではなく千年の狐の精であった。
灯が吹き消され、前の客間に灯火を取りに戻るまでのわずかなあいだに妲己の魂は狐の精に吸い取られ、すでに死んでおり、この狐の精は屍となった妲己の肉体に受肉したのであった。
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蘇護はすっかり目が覚めてしまい、朝まで横になることもできなかった。
「貴人を驚かさずにすんだのはせめてもの幸い。これもご先祖の守りがあったからだ。万が一のことがあれば、天子を欺いた罪を受けても言い訳がつかないところだった」
夜が明けると、一行は恩州の駅站を離れた。そして数日後には黄河を渡って、朝歌に到着することができ陣営を構えた。
蘇護はまずは部下に書状を持たせ城内の武成王黄飛虎のもとに送った。
黄飛虎は、蘇護が娘を献上し、罪をあがないために来たという内容を見て、急ぎ配下の武将竜環を差し向けて伝えた。
将兵や馬を城外にとどめ、蘇護と娘のみを城内に入るように、と指示を出した。
そして。二人が城内にやってくると、武成王は金亭駅站に泊まらせた。
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一方で権力を握る奸臣費仲と尤渾は、このたびも蘇護が彼らに礼物を送らないのでため息をついた。
「この逆臣め!いくら罪滅ぼしに娘を天子に献上しても、すべては俺達の細工一つでやつの生死も決まるというのに、この期に及んで俺達を相手にしないとは、まったく腹立たつやつだ!」
と尤渾は腹立ただしげに言った。しかし、費仲は慎重であった。
「この度はかってが違うぞ。問題は陛下が蘇護の娘をどうおもわれるかだ。万事は陛下の顔色を見定めた上でのこと。それまでは減多な口はきかない方がいいだろう」
と費仲は尤渾に釘を刺した。