2話 覚醒の最強魔王
「……わかった、パーティを抜けるよ」
消え入りそうな声で、言葉を紡ぐイオリ。
「あっそ……」
「なーんだ、私たちの奴隷にならないんだ?」
イオリの言葉を聞き、少々不服そうな反応を示すレイネとルナ。
どうやらイオリが奴隷になることを受け入れると思っていたようだ。
「決まりだな、とっとと荷物をまとめて出て行きな」
愉快そうに唇を歪めながら、さっさと出て行けと促すアレク。
「三人とも、頑張ってね」
イオリはそう言い残すと、部屋を出ていくのだった。
◆
「さて、どうしようかな……」
宿屋を出て、王都の道を歩きながらイオリは考える。
パーティを追放されては収入が得られない。
このままでまともに生活もできなくなってしまう。
そんなイオリの目に、大きな二階建ての建物が映る。
「冒険者ギルドか。とりあえず食い繋ぐために、一時的に冒険者にでもなるかな?」
冒険者――
迷宮や秘境の探索や、モンスターの討伐をすることで金銭を得る職業のことだ。
イオリは勇者パーティの一員として、冒険者ギルドから依頼を受けて何度もモンスターは倒したことがある。
冒険者としてギルドに登録すれば、しばらくの間は依頼を受けることで生活できるであろう。
もっとも、勇者パーティの一員だったイオリが冒険者登録などすれば、パーティをクビになったことはたちまち広がってしまうだろうが……。
「いや、背に腹は代えられないな」
そう決意し、イオリは冒険者ギルドの扉を開く。
「いらっしゃいませ、どうされましたか?」
受付に行くと、受付嬢が用件を聞いてくる。
少々気まずそうにしながらも、イオリは「冒険者登録をしたいのですが……」と切り出す。
「ぼ、冒険者登録ですか?」
受付嬢が少し戸惑った様子で聞き返してくる。
勇者パーティの一員であるイオリから、そのような言葉を聞くとは思ってもみなかっただろう、そんな反応も当然である。
「はい、実はパーティをクビになりまして……」
「それは……心中お察しします」
イオリの言葉に、受付嬢は小声でそう言うと、すぐに手続き用の羊皮紙を取り出してくれる。
受付嬢の気遣いに感謝しながらも、イオリは羊皮紙に必要事項を記入していく。
そして手続きを済ませると、冒険者の証である〝冒険者タグ〟を受付嬢から受け取る。
冒険者には大きく分けて六つのランクがあり、下からEランク、Dランク、Cランク、Bランク、Aランク、Sランクと分かれている。
ギルドの発行するクエストをこなすなどして、実力が認められるとランクが上がっていくシステムとなっている。
勇者パーティの一員だったとはいえ、冒険者としての登録は初めてなので、イオリのランクはEランクだ。
「おいおい、あれって勇者パーティのところの魔術師様だよな? なんでEランクのタグなんてしてるんだ?」
「さっき聞こえてきたけど、勇者パーティをクビになったらしいぜ?」
イオリがEランクの冒険者タグを首から下げているのを見て、ギルドにいた冒険者たちがざわめいている。
そんな声に少々ダメージを受けながらも、イオリは受付嬢からさっそくクエストを受注する。
内容は、迷宮内のゴブリン五体の討伐だ。
ゴブリンとは小鬼型の下級モンスターの名前である。
モンスターも冒険者ランクと同様にE〜Sの六つのランクに分かれており、ゴブリンはEランクだ。
クエストの依頼書を受け取り、そそくさとギルドを後にしようと歩き出すイオリ。
そんなタイミングで、ギルドの扉が開かれた。
扉を開いたのは、アレクたちであった。
どうやら、何かギルドに用があって訪れたようだ。
「なんだお前、冒険者なんかになったのか」
「元勇者パーティの一員が、まさかEランク冒険者になるなんてねぇ……」
「あっはは! なっさけな〜い!」
イオリの姿を見るなり、アレク、レイネ、ルナがそんな風にイオリを煽ってくる。
周りの冒険者たちも、イオリを哀れんだ目で見ている。
受付嬢だけはどうしたものかと、あたふたした様子をみせるが、イオリは無言でその場を立ち去った。
(居心地悪いし、お金が貯まったら別の都市に拠点を移そう……)
そんな風に考えながら。
◆
ギルドを出て少し、イオリはこの王都に存在する迷宮へとやってきた。
迷宮とはモンスターを無限に生み出し、まれに財宝なども見つかることがある特殊な空間である。
危険な場所だが、冒険者たちは一攫千金を夢見て迷宮に挑むのである。
(一人で迷宮に挑むのは初めてだけど……まぁ、低層ならなんとかなるだろう)
そんな風に考えながら、岩肌の壁と地面がどこまでも続く迷宮の中を歩くイオリ。
奥まで行かなければ、そこまで強力なモンスターと出会すことはほとんどないのである。
迷宮の中を進むこと少し、さっそくゴブリンが一体現れた。
先手必勝とばかりに、イオリは杖を頭上に掲げ――
「いけ! 《アイシクルランス》!」
――と叫ぶ。
するとイオリの頭上に氷の魔槍が現れ、ゴブリンに向かって飛び出したではないか。
ドパンッッ!!
そんな音を立て、《アイシクルランス》はゴブリンの土手っ腹を貫いた。
魔法スキル、《アイシクルランス》――
イオリが得意とする氷属性の中級魔法スキルだ。
役立たずだと勇者パーティを追放されたとはいえ、ゴブリンくらいなら余裕で倒すことはできる。
ゴブリン討伐成功の証である右耳をナイフで切り、革袋に収納すると、イオリは他にゴブリンがいないか歩き始める。
◆
「よし、あと一体だな」
追加でゴブリンを三体倒し終わったところで、イオリは満足そうに頷く。
そんなタイミングであった――
『ガオォォォォォ――ンッッ!!』
――迷宮の奥の方から、腹に響くような咆哮が聞こえてきた。
それに続いて、人の血の匂いが漂ってくる。
「まさか、冒険者がピンチになっているんじゃ……」
そんな考えが浮かび、イオリはその場を駆け出した。
駆けること少し、拓けた場所に出た。
その中央には二足歩行のドラゴン型Aランクモンスター、ドレイクと、それに追い詰められながらも剣を振るい抵抗するエルフの少女の姿が――
(このままではまずい!)
イオリはそう判断し、《アイシクルランス》をドレイクに向かって放つ。
エルフの少女が肩から出血していたからだ。
『ガォォォォォォォン――!!』
顔に《アイシクルランス》がヒットし、思わず叫び声を上げるドレイク。
さすがAランクモンスターというべきか傷は浅い。
しかし気を逸らすことには成功したようだ。
鋭く目を細め、イオリへと迫ってくる。
(ああ、こりゃ死んだな……)
凄まじい勢いでかけてくるドレイクを前に、イオリはそれを悟る。
とてもではないが中級魔法スキルまでしか使えない後衛職のイオリが勝てる相手ではない。
しかし、イオリはどこか安心したような表情を浮かべている。
勇者パーティを追放された自分でも、最後にエルフの少女を救うことができたから――といったところだろうか。
最後の抵抗とばかりに、イオリは魔法スキルを連続で発動する。
しかし、そんなものお構いなしとばかりにドレイクは一気に迫り鋭い鉤爪を振り下ろしてくる。
「危ない!」
そんな声とともに、エルフの少女が駆けつけようとするが間に合いはしない。
「ここまでか……」
イオリが諦めた、その刹那だった……
『――目覚めの時だ』
……イオリの頭の中に、そんな声が響いた。
次の瞬間、膨大な記憶のようなものが頭の中に流れ込んでくる。
そして……
『我が名は〝魔王ベヒーモス〟――。弱き者よ、消え去るがいい』
……イオリが、この世のものとは思えないほどに、底冷えするような声で言葉を紡ぐ。
見れば彼の瞳が黒から金色に変わっているではないか。
『《黒炎ノ咆哮》――ッ!!』
右手を前に突き出し、叫ぶイオリ。
すると漆黒の魔法陣のようなものが目の前に展開し、その中から――
轟ッッッッ!!
――凄まじい勢いで漆黒色に輝く炎が噴き出した。
炎がドレイクの体を包み込んだ……かと思いきや、刹那のうちに首から下を消し飛ばしてしまったではないか。
『ふむ、完全に消し去るつもりであったが、まだ本調子ではないようだ。まだ少し眠るとしよう――』
そんな風に呟くイオリ。
すると瞳の色が金から黒に戻っていく――。
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