2日目…パーティ(3)
「――そんな流れで、パーティに入ることになったんだけどさ」
嬉々としてネオンとの出会いを語るリンだったが、ここで一変して険しい表情に変わる。
一瞬キョトンとしたネオンが、ああと気付く。
「そういや、クロムは反対したんだったよな」
「そーよ。あのカタブツを黙らせるのに工夫が要った訳」
「…そうだったんだ」
「あんたの時もひどかったけど、私の時も結構なものだったわよ。結局、あいつを押し切って仲間に
入っちゃった感じだしねぇ」
「賛成はしないまま、パーティに入ったのか?」
「すーる訳ないじゃない、あいつが! いまだに嫌がってるんじゃない?」
気遣うような表情を向けるシドに、リンはそらを見て、鼻で笑いながら続けた。
「えっ…、あんたパーティ組んでるの?」
「うん。半年くらい前から旅してるんだ」
「いいなー…私ずっと一人で旅してるの。気楽だけどさぁ、もう飽き飽きしちゃって。何か刺激が欲しいな―って
思う毎日よ」
「そりゃそうだろうなぁ。…じゃさ、おれらとパーティ組んでみる?」
「うーん、私もそれ考えたんだけどさぁ…いきなりじゃさすがに迷惑だと思うし、ちょっと保留ね。とりあえず、
あんたの仲間も見てみたいな」
「そだなー。おれもあいつらに聞いてみないと…」
思いっきりやりあった経緯からか、すっかり意気投合したネオンとリンは、揃ってネオンの泊まる宿屋に向かっていた。
そして、宿部屋にいたテルルとクロムに対面し…簡単に自己紹介し、事の経過を話してみる。
いい感じで話が盛り上がり、テルルも久し振りの同年代の同性との会話に、嬉しそうな表情を見せていた。
しかし、その和やかな雰囲気を破るのはやはり、クロムだった。
「…ネオン、お前まさかその女をパーティに加える気ではないだろうな」
「えっ!? うん、実はそうしようかなって思ってるんだけど…だめ?」
クロムの問いにしれっと言ってのけるネオンだったが、彼は無言で首を振る。
「えー、何で…」
「このパーティに、これ以上数は要らない」
少しごねて見せたネオンだったが、いつも通りの無表情で、当然のことのように返答してくるクロムに、虚を
突かれたのか口を開けたまま固まってしまった。彼らのやり取りに、テルルはただおろおろと、二人を交互に
見守っている。
当事者であるものの外野だったリンは、ひとまずは黙って応酬を眺めていたが…ふと口を開く。
「…クロムだっけ? あんたの言い分は、“足手まといは要らない”ってことになるのよね?」
「…そう取るなら、それでいい」
「そう。じゃあ、“あんた”の足手まといにならないんだったら、入っていいってことよね」
「……」
リンの問いかけにも、何事も無くやり過ごそうと思っていたのだろうか、思いがけない彼女からの応戦に、クロムは
閉口し…視線をそらして息をつく。
彼のその顔を確認すると、リンはしてやったりという表情を浮かべた。
「商談成立ね! 安心なさいな、少なくとも、腕吊ってるあんたの世話にはならないわよ。あんたこそ、私の手を
焼かせる羽目にならないように気をつけることね」
「あっ…あのね、これは…」
クロムの、包帯の巻かれた左腕を見て言うリンに、テルルが何かを言いかけたが、既に彼女は勝ち誇ってしまったようだ。
事の成り行きについていけてなかったネオンを見やると、ニカッと笑う。
「決めた。私、あんたらのパーティに入るわ。…楽しくやりましょ♪」
「なんとなくね、“負けたくない”って思ったの。だって、最初から全否定じゃない? 何とか見返してやりたく
なっちゃったのよ。まぁ…とんだ思い違いだった訳だけどさ」
当時を思い出しながら話すリンは、ペロッと舌を出しながら、恥ずかしそうに肩をすくめた。
ネオンとの偶然の出会いを経て…リンは半ば強引にこのパーティの一員となった。
パーティに入ったことで、リンが望んだ『戦いのない生活』は立ち消えてしまったが、リンはそれに勝る『仲間』
という存在を得ることができた。
結局あの後早々に、クロムが反対した理由が見えてくる訳だが…それでもリンは、このパーティに加わったことに
後悔は全くしていない。
「あの時、ネオンに声を掛けてなかったら…私今頃何やってるんだろうって。そう考えると少し怖くなるの。
それぐらい、このパーティに救われたと思ってる」
そらを見上げながらぽつぽつと話すリンが、ふとネオンに振り返る。
「ネオンにはね、ホントに感謝してる。出会ったことにもだし、もちろんあんた自体にもね。今も、これからもずーっと、よ」
「…リン…」
リンはベッドの端にもたれ掛かりながら、ネオンに流し目をした。
「……」
言葉が見つからず、少し顔を赤らめているネオンを置いて、リンはひらっと立ち上がる。
「テルルの様子、見てくるわ」
そして軽やかに手を振りながら、リンは部屋を後にした。
シドはリンを見送り、そして、うつむき加減のネオンをうかがう。それに気付いたネオンは、パッと顔を上げた。
「っち、違うんだ、別に、おれそういうんじゃ…」
「…俺、何も言ってないけど?」
慌てふためくネオンに、シドは可笑しそうに笑う。
「シド!! おれ、本当にっ……」
「わかったよ、悪かった。 …ネオン?」
むきになってがなるネオンを、笑っていなしたシドだったが、ネオンは再びうつむいた。シドはやや焦った風に、
彼の顔を覗き込もうとする。
「ネオン? 気に障ったなら――」
「…違うんだ、感謝してるのは……」
「…え?」
ネオンが、うっすらと顔を上げた。その顔を見て…シドはわずかに眉根を寄せる。
赤くなっている訳でもなく、怒っている訳でもなく……ネオンの顔に浮かぶ表情は、『苦悩』だった。
「……おれなんだ。あの時、助けられたのは…おれの方なんだ…」
「……」
誰に言うでもなく、ネオンは独り言のようにつぶやいた。
そしてそのままネオンは、ただうつろげに床に視線を落とし…シドはその様子を黙って見守っていた。
そんな姿勢がしばらく続き…ふいにネオンは顔を上げる。その時には既に、表情が元の明るい調子に戻っていた。
「…もうすぐ夕飯だな!」
「え? あ、ああ…」
「もう起きれる?」
「ああ、大丈夫だ。みんなのお陰だ」
急にネオンが元に戻ったので、シドはやや面食らったが…彼に合わせるように相槌を打つ。
ネオンが、ニカッと笑った。
「そっか! じゃあ今日は、5人で食べよっ!」
「ああ」
「一足先にメニュー見てくる!! あ、あとクロム呼んで来なきゃな! ったく、どこ行ったんだかな!!」
あははと笑いながら、ネオンはぎこちない動作で足早に部屋を出ていった。明らかに、カラ元気だった。
「……」
そんな彼を見送ったシドは、何事かを考えふけるようにその場に沈黙する。
「…あんたが気に病むことじゃないわ。ネオンが勝手に悩んでるだけよ」
すると、どこに潜んでいたのか、ネオンと入れ替わりにリンが部屋へ入ってきた。気付いたシドが顔を上げると、
彼女は緩やかに笑った。
「でも、君が…」
シドが言いかけると、リンは彼の前を過ぎり、ベッドに腰掛けた。
「…軽率だったな…あんなこと、言うんじゃなかった…」
聞こえるか聞こえないかの声でそうつぶやき、リンはシドに振り向いた。
「ネオンにはね、いつも笑ってて欲しいのよ。パーティに入ろうと思ったのも、単純にあのコの笑顔を見て
いたかったからっていうのがきっかけだったし。だからこうして、剣から離れてる間くらいは…何も考えないで
いて欲しいの」
リンは、自分の変化に気付いていないようだった。が、シドから見た彼女の表情は、言葉を重ねるごとに険しさを
増していっていた。
「忘れさせてあげたい。過去も、今も、ネオンの……、あっ」
そこまで口から流れると、リンは自分の言動にハッと気付き、我に返ったようにシドへ焦点を合わせた。
シドが、心配そうに彼女を窺っていた。
「…リン?」
「ご、ごめんっ…何でもない。今の話、忘れちゃって」
「…ああ」
「…っあー、えと…」
「……」
リンがシドから視線をそらしたのを最後に、二人の間にしばらく沈黙が起こった。すっかり動揺したリンは、
努めて何か別の話を考え出そうとする。
「…コートも洗ってくれたんだな、ありがとう」
「えっ? あ、うん…どういたしまして」
しかし気を遣ったのか、ここはシドのほうから話題を移した。リンは、あからさまにホッとした表情を見せる。
シドは、リンがたたんでおいたコートを探った。
「…あれ?」
「何? どうしたの?」
探っていた手を止め、シドはリンに振り返る。
「リン、このコートに入れてあったガラス瓶、覚えないか?」
「ガラス? ……あ~~」
リンは一瞬動きが止まり、すぐに理解したようだ。ベッドの脇にあった小さめのドレッサーの引き出しを開け、
数本の小さな透明瓶を手に取る。
「コレ? 洗濯する時に抜いて、そのままだったわね」
「ありがとう」
シドはリンから小瓶を受け取り、コートの胸ポケットにしまった。
リンは何となく、彼の仕草を眺めていた。
「…大事なものだった?」
「うん…まぁね」
そう言うと、シドはリンにニコリと微笑んだ。その柔らかな笑顔に、彼女もつられて笑う。
「夕飯、だろ?」
「あ! そうだったわ、忘れてた〜」
その時にはもう、リンも普段と変わらない様子に戻っていた。
あまり力の出し具合に手加減を知らないリンが、シドの腕をグイグイ引っ張っていった。
「行こ行こ~♪」
「っリンっ…痛い」
…その夜、シドは再び、宿から姿を消した。
2011/1/10 一部改変