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PLOT OF WIZARD  作者: O2
8/25

2日目…パーティ(2)

本降りに近い調子で降り続けていた雨は、いつの間にか勢いを弱め、よどんでいた空模様も、夕方近くには

紅い夕日を拝めるくらいに晴れ渡っていた。


今朝の騒ぎを受けて、事態を聞きつけた近所の野次馬連中が、宿を覗きに来たり宿主に伺いをたててきたりと

落ち着かない状態が続いていた。しかしそれも時間が経つにつれて、いつもと変わらない様子を取り戻していた。

それでもやはり多少の影響を被ってか、夕飯時の宿の食堂内はいつもより3割増しくらいの客入りで、嬉しい悲鳴を

あげながら稼動していた。


結果的にはそれなりのメリットももたらした騒動の当事者・シドは、そんな外界を知ってか知らずか、その日は

一日中ネオンらの泊まる部屋にくつろいでいた。体力は既に問題無く回復していたが、旅で疲れて来たであろう

彼を気遣ってのことだった。

“実際、金が無かった”と話すシドは、この町に着く前まで野宿生活を余儀なくされていたらしく、久々の

クッションの効いたベッドに喜んでいるようだった。


「服、乾いたからここに置いておくわね」


「ありがとう」


昨日と同じく忙しい宿の手伝いに出ているテルルに代わって、今日はリンがシドの面倒を見ていた。『面倒』とは

言っても、ベッドで長いこと横になって退屈であろう彼の、もっぱら話相手程度のものだったが。リンにとっても、

金を使わなくて済む良い暇つぶしになっていた。


話の大半は、リンがこのパーティに加わった時の前後に終始していた。


「そうか、三ヶ月前から…」


「そー。その時、“これからもずっと、こんなことしていけるのかなー”なんて思ってたから、ネオンが誘って

くれて助かっちゃった。マジで」


リンは、粗暴な両親からは幼くして早々に縁を切り、身軽な身体と冴える運動神経を生かしてジャグリングの

ようなものをしながら、たった一人で[ATOMIA]国内を転々とし、何年もその日暮らしを送っていた。


『芸人』は、この世界では一般人から見ればずっと低い位置にある者として見られており、人を笑わせて金を

集めるという行為が労働者からは差別的に見られ、一部の人間からは『物乞い』と変わらない扱いを受けていた。

しかしリンは、持ち前の明るさとプラス思考で乗り切っていた。立場的には辛いけど、ただ働いたり、戦って

金を稼ぐよりずっと自分の気性に合っているし、面白いと思っていた。


しかしそんな生活にも、三ヶ月前にピリオドを打つ。


声を掛けたのは、リンの方からだった。立ち寄った町の川辺に一人座っていたネオンに、後ろからちょっかいを

出して、思ったより動揺した彼のしぐさが可愛く思えたのが、リンの記憶に今も鮮明に残っている。





三ヶ月前。

いつものように街道でささやかながらの見世物をして、その日食べれるくらいのチップを稼ぎ、数週間程度

過ごしてまた別の町へと出発する。

そんな時分に、町外れに流れる川の近くで荷物をまとめていたリンの目に入ってきた、緑色の髪をした後ろ姿。

川原に広がる砂利の中、方々に生える雑草に隠れるようにうずまっていた、そんな少年にふと声を掛けたく

なったのは、単なる偶然だったのだろうか。



そのまま普通に近寄っていってもつまらないと思ったリンは、得物である長棒を手に忍び足で近付き、ピタリと

棒を目標の背中に当て、出せる限りの低音調で話し掛けた。


「…お前、ここで何をしている?」


「!! っひえ…っ…あ、あう」


リンの思惑では、彼がそれなりにびっくりして、すぐに振り返ってくるだろうという算段だったのだが、

少年は恐怖にも似た叫び声をあげて、振り返ることもできずにそのまま固まってしまった。

幾分見当違いだったリアクションにリンは首を傾げたが、その反応がかえってリンの悪戯心をくすぐった。

顔ではニヤニヤしながらも、口調は変えずに演じ続ける。


「お前、この土地の者か?」


「…ぇえっ!? い、あ、ちが…」


「そうか。ではこの町の掟で、余所者は処刑する!!!」


「なっ!!? なん…いやっ、待って、やめっ……」


何とも陳腐な脅し文句だったが、リンの悪ふざけに疑うことなく騙される少年は、声を裏返させて頭を抱え…

そのまま体を小さく丸め、ガタガタ震えだしてしまった。


「……」


リンはそのあまりの様子に、しばらく口をあけたままポカンとしてしまったが…すぐにプーッと吹き出した。

少年の方も、後方の変化にさすがに気付いたらしい。


「……??」


「…うっそっぴーん♪」


「……えっ!!?」


さっきまでの堅い言い回しから急にフザけ口調に変わったことで、少年が驚いて振り返ると…視界に、可笑しそうに

ニヤつく小柄なリンの姿が入って、彼は更に驚いたように目を点にする。


「……」


「へへ、ビックリした?」


「えっ…あ? …今の、お前…!?」


「他に誰が? …ってあんた、もしかして泣いてんの!?」


そう言われ、少年ははたと目に手をやる。しかしその次の瞬間、リンは糸が切れたようにゲラゲラ笑い出した。


「ウ―――ソ! 単っ純~~!!」


立て続けに騙され、呆然とする彼をよそに、リンはヒーヒー言いながら川原を笑い転げる。


「なっ…じゃあ、さっきのも全部ウソなのか!?」


「当ったり前じゃない、あんな三文芝居、普通気付くってー!! ほらよく見てよ、こんな棒で人殺せると思うぅ?」


「……」


目をパチクリさせる少年に言われ、リンは手に持っていた長棒を、クルクル振り回して見せた。

ようやく状況が飲み込めてきた少年は、恥ずかしさと悔しさをにじませた表情をリンに向ける。


「あーでも、打ち所悪きゃあ死んじゃうかな? やってみる??」


「…あのさぁ」


ひたすら軽い口調で続けるリンの態度に、少年は憮然とした顔で立ち上がる。しかしてそんな判り易い

怒りオーラを見せても、リンのテンションは全く変わらない。

何かを言いたげな彼を黙らせるがごとく、更にマシンガントークを繰り広げる。


「で、あんたどこから来たの?」


「っ…、…ローレン村」


「ローレン? …知らな~い!」


「……」


リンは再び笑い出した。しかし少年にはいまいち今の、自分の言葉の笑いのツボがわからなかったらしく、ころころと笑う

リンを無表情で見やっていた。


「この国にそんな村、あったっけ? ま、いいわ。私はねぇ、テルビ町! つっても、もう5年も前の話――!!」


「……」


「まぁATOMIAから出たことは無いんだけどさ! でもあんたの村は、自称旅通の私の情報を持ってしても

知らないわぁ~。それにしてもあんたさぁ、いくら田舎者だからって、ちょっと騙され過ぎじゃない?

ちょっとは疑ってかかることを覚えないとさぁ、世の中私みたいに、善い人ばっかりじゃないんだからね?」


そんな彼を置いて、ひたすらしゃべり続けるリンであった。

怒るタイミングをつかめず、少年はただ黙りこくっていたが…ふとリンは下からのアングルで、彼の顔を上目遣いに覗き込む。


「…ふ~ん」


「な、なんだよ…」


「んー? 可愛い顔してるなーって思って♪」


「…はぁ!?」


「んふ、冗談よ♪ いや、ちょっとね、何か悩みでもあるんじゃないかって」


単なる偶然であろうリンの勘ぐりに、彼は少し顔を強張らせた。彼女の視線から逃れるように、目をそらす。


「……別に」


「なぁにそれ? …あ、もしかして、恋の悩み? 得意よ、私♪」


「ちっげーよ!!!」


とうとう少年は怒りをあらわにした。


「何なんだよ、お前!? いきなりおれ騙すし、笑うし!! おれに何の用!? てかお前、誰!!?」


怒りに任せて、自分に主導権を持ってくるべく、一気にリンをまくし立てた。思いのたけをわめき散らし、

言い切ってハァハァと息を切らす。

いきなりの彼のキレモードに、さすがのリンも目を丸くして口をつぐむ。が、すぐにフフ、と笑った。


「…私の名前? そーねー、教えてあげてもいいけど」


そう言うと、リンはひらっと少年から距離を置いた。


「私の体に触れることができたら、言ってもいいわよ」


「…は?」


「指一本でもいいわ。もちろん、殺さない程度にね♪」


「……??」


訳がわからない、という顔をしている少年に、リンはニヤッと笑って見せる。そして彼の背に下がっている

ミドルソードを、顎で示した。


「あんた、剣士なんでしょ? その剣抜いてさ」


「……」


リンは、あからさまに挑発していた。

この目の前にいる彼が、一体どの程度の実力を持っているのか、好奇心を掻き立てられていた。どことなく

田舎臭く、ひょろっとしていかにも頼りない風体を晒す少年剣士が剣を振るう姿を、見てみたいと思っていた。


しかし少年は、何かを思いつめるように沈黙し…自分の足元へとうつむく。


「…今、剣を使う気になれない」


「…ふぅん?」


彼の言動に若干期待が外れたリンだったが、


「じゃ、これ使って!」


「えっ、うっわ」


そう言ってリンはいきなり、自分の持っていた長棒を少年に投げて渡した。彼は思わず条件反射的にそれを受け止める。

リンが彼に渡した長棒――普段は見世物に使う小道具の一つであったが、その実は護身用に造った戦闘用スティックだ。

リンの背丈くらいの長さがあるそれは、小柄な彼女に扱いやすいように細く軽量で、両端には鉄製の鋲が仕込まれており、

柄をひねると鋲が出し入れする仕掛けが施されている。

鋲はさほど鋭くないが、使い方次第ではそれなりの殺傷力が期待できそうな代物だ。


そんな一物を受け取った少年は、それとリンの顔とを見比べる。


「…ほら、かかって来なさいよ」


その時既に、リンは表情を一変させていた。

声色はお調子付いたままだったが…口元で不敵な笑みを浮かべつつ、目は笑っていなかった。

そんな彼女に、少年は少しばかり躊躇したが…意を決したのか、リンと同じように表情を変え、ゆっくりと身構えた――





「おれ、素早さには一応自信があったんだぜ? でもさ、全然かすりもしねぇの」


「ホホホ、残念だったわね。それは私の方が専売特許なの!!」


いつの間にか、リンとシドの(否、リンの一方的な)会話にネオンが加わっていた。

リンの自慢気発言に言い返しのできないネオンは、ふくれっ面を見せる。


「それで結局、ネオンはリンに負けたんだ?」


シドの追い討ちのような問いに、リンは誇らしげに笑い、ネオンは悔しそうに口を尖らせた。


「反則だよ、あんなの。 最初っからお前が勝つように出来てたんじゃんか」


「剣士のクセに、ウジウジ文句たれない!!」


ブツクサ言い始めたネオンを、リンは手ひどく小突いた。

あぐらをかいていたネオンの体が、後ろへふっ飛んだ。

そんな二人のやり取りを見、シドは可笑しそうに笑った。





「…あっれ、もう終わりぃ?」


荒い息遣いをさせて砂利に倒れこんだ少年を、リンは真上から覗き込む。


「~~…無理、お前…すげぇ…素早っ……スギ」


しばらくやり合った二人だったが、終始リンの優勢ペースは崩れなかった。

使い慣れない得物ではあったものの、いつものミドルソードよりは数倍も軽いスティックが少年の動きを鈍らせる

要因になることは無かった。しかし、リンの敏捷性は異常なほど高かった。

リンは常時、ジャンプや空中回転を織り交ぜながらヒラヒラと飛び回り、それでいて全く息を切らさない。

時たま少年の頭上を飛んで、彼のおでこをピシャッと叩くなど、完全に遊んでいる様子だ。

逆に、そんな彼女のトリッキーな動きに翻弄されることとなった少年は、あっという間に体力を消耗させていく。


正味20分程度。元々持久力に欠けていたらしい少年は、結局リンの髪の毛一本にすらかすることができないまま、

早々に音をあげてしまった。


仰向けに転がって、肩で息を切らす少年の傍らにしゃがみ、リンは頬杖をつく。


「あんた、名前は?」


「…ネオン…ネオン・エドラー…」


「そー。 私はリン・ライムよ」


「…なんで、名前…、言わねぇ…んだろ…?」


少年――ネオンがリンを見上げると、リンはニッコリと笑った。


「いーの! 面白かったから♪ あんたも面白かったでしょ?」


「…?」


リンの言動の意図が掴めないでいるネオンの手を取り、リンはてんてんと指差す。


「豆」


「……」


「あんた、剣が好きなんでしょ? 好きなこと思いっきりやれば、何だって面白いわ」


「あ…」


リンに悪戯っぽく笑いかけられ、ネオンは何となく気付いたようだ。


「スッキリした?」


「…うん」


少し息が落ち着いてきたネオンが、ぴょこっと起き上がる。そのまま丁度目線に合う高さにあったリンの顔に、

ニカッと笑い掛けた。


「リン、ありがとう。お前いい奴だな!」


「――」


リンは突然のネオンの笑顔に、はたと注視してしまったが…思いついたようにその顔面を平手ではね退けた。


「あいって! 何すんだよ~!?」


「…ネオンあんた…そういう顔、無防備にしない方がいいわ」


2011/1/9 一部改変

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