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PLOT OF WIZARD  作者: O2
6/25

1日目…宿屋(3)

夕方から夜に差しかかる時間帯は、バークに数か所ある宿屋がひと際賑わう頃であった。


街中にある小規模な宿屋は、単に『食事処』としても機能している場合が多い。ネオンら若年四人組パーティの泊まる

この宿も例にもれず、食事にありついている大半が、夕飯目当ての外来客のようであった。

宿食では定番のバイキング形式で、盛った取り皿の枚数によって値段が決められる。小さなカウンターには、

匂いも色合いも鮮やかなディッシュの数々が一品ずつ大皿に盛られ、ひしめくように並べられている。

時間的に、山になっていたはずのものが、食欲旺盛な客共によってその大半が、既に皿の底を覗ける様相を

呈していたが。


ネオン達も、食事時からやや遅くなったものの、テーブル席についていた。

しかし、いつもならたわいもない会話で盛り上がっているその席が、今日はいつになく陰鬱な雰囲気であった。

四人の誰もが押し黙り、食事をのろのろと口に運ぶ食器音だけが、不味そうに響いていた。


…カタン


やがてカウンターに一番近い席――それだけは通例譲れないところとしておさまっていたが――のネオンが、

小さく音を立てて席を立った。ばっさりと伸びた前髪に隠れ、ややうつむき加減の彼からは、その表情が

覗い知れない。


斜め向かいに座っていたテルルが、彼のそんな“信じがたい”行動に複雑な顔をして、彼を見上げた。


「ネオン…もう、いいの?」


ネオンはただ、無言で頷く。


「いくらも食べてないじゃない…お腹空いてるんでしょ?」


引き留めるように声を掛けるテルルだったが、その甲斐なく、ネオンは彼女に反応を返すこと無くあっさり席を

離れ、宿部屋へ続く階段へと歩き去っていってしまった。


テルルは彼を追うように立ち上がろうと腰を浮かしたが、ふんぎりが付かなかったのか、また席に座り直した。

同じように、心配そうにネオンを見上げていた向かいの席のリンと目が合う。彼女もネオンの異常な行動に、

かなり動揺しているようであった。


ネオンは、何をおいても三度の飯を愛しており、通常なら人の4,5倍は軽くたいらげる、典型的な『痩せの大食い』

少年であった。風邪をひこうが大怪我を負ってようが、飯を食うことだけは怠らない。

そんな奴が、自分の取り皿にはなっからカス程度のご馳走しか盛らず、あろうことかそれすらにも、ろくに手を

付けないまま食事の席を立つとは。

彼をよく知る誰が考えても『重症』である。


いつもはそんな彼の食いっぷりに泣かされている『パーティの財布』担当のテルルも、食費が浮いたからといって、

とても手放しで喜べるような状況ではないことはわかっていた。


だからって…何て声を掛けたらいいの?


テルルが内で考えていると、斜め隣の席が、ゆっくりと立ち上がった。

やはり黙って、ネオンを視線で追いかけていたクロムだった。


「クロム……」


テルルの、何かを言わんとするような表情に、彼は目だけを向けて軽くうなずき、するりと人の合間を抜けて、

ネオンの後を追うように消えていった。


クロムの後ろ姿が見えなくなるのを確認してから、向き直ったテルルは小さく溜め息をつく。

リンの方を見ると、彼女はとうに食事を口に運ぶ手を止めてしまっていたようで、こめかみに手をつき、食べかけの

トマトソースのかかった鶏肉のかけらをフォークで突っついていた。疲れている訳ではないだろうに、憔悴しきった

ような表情をさらけ出している。


「ネオン、こんなに食べないで…大丈夫かしら」


「適当に盛って残しておくよ。きっと、後でお腹空くから」


リンはまるで自分が大丈夫そうでないくせ、立ち去ったネオン(の腹)のことを心配していた。

テルルの言葉に首を揺らすように一振りし、かがんでいる姿勢から息を吐きながら、どっと背もたれに身を落とす。

いつもならぱっちり見開いているつり上がった猫目も、横に細くしぼんでしまっていた。

テルルは首を少し傾げ、彼女の顔を覗き込む。


「…リン…さっきのこと、気にしてるの?」


「だって…ネオンがあんなになってるの、私のせいでもあるじゃない」


そう小さくつぶやくリンに、『そんなことないよ』、とは言えなかった。


ネオンやリンが、これほど元気の無い理由は全て、先程の『アルビノ男・シド』の一件にあった。

ネオンはきっと、彼を仲間にしたいと考えていたはずだ。でもそれが叶わず、加えてあの別れ際で彼に何も

言うことがことが出来ないまま、追い出すような形になってしまったことに、気を落としているのだろう。


そしてリンは…


「もっと、冷静になるべきだった。頭ではわかってたんだけどさ…このパーティに、軽はずみに誰かを加えちゃ

いけないってこと」


「……」


「でもさ。前…ネオンが私を誘ってくれた時、すっごく救われた気がしたの…やっと仲間が出来たって。

すっごく嬉しかったの」


「うん…」


「だから、シドが否定されてるのが、自分もそうされてるように思えて…我慢できなくなっちゃってさ…」


「うん…うん」


うつむき加減に、自分の内をぽつぽつとこぼしていくリンに、テルルは頷き返すことしかできなかった。


このパーティに加わる前は、その身軽な身体を使って旅芸人みたいなことをしていたと…彼女はたった一度だけ、

テルルに話明かしたことがある。何年もの間、ずっと独りで。柄の良くもない見物人や、通りすがっただけの

冷やかしを相手に。

リンが味わってきた孤独も、それでもいつもパーティを明るく盛り上げている彼女の底力も、同じような経験の

無いテルルの想像では計り知れない。


でも…


「…でも、あの時リンの気持ちを一番理解できたのは、クロムだったと思うよ」


「……」


表情を覆うリンの髪が、少し揺れた。

クロムだって、何の考えも無しにリンを拒んだ訳ではない。パーティや、何よりリン自身の身を案じてのことだった。

ただの旅パーティじゃない。仲間に囲まれる楽しさの代償に、常に気の置けない状況と隣合わせの生活になる。

もちろん、命の危険にさらされることも…


「クロムは、ああいう人だから…多分、感情とかより現実を優先しちゃうんだろうけど…それって結局は、

相手のことを考えてるってことじゃないかな」


「…まぁね」


「リンだって、考えたから…だから怒ったんでしょう?」


「……」


同じように、シドの境遇を身近なところで理解できたはずのクロムが、なぜ彼を拒んだのか。それは結論を

出した先が、単純に違っただけに過ぎない。どちらが正しいとは言えないけど、それはそれぞれ、尊重されるべき

意見なのだ。


ネオンやテルルは経験が少ない分、『気持ちがわかる』なんて片手間では言えない立場にある。

だからこそ…


「リンとクロムって、あたしやネオンなんかよりずっと、わかり合えるから…ね?」


そう首を傾ぐと、テルルは照れているような、でもなんとなく寂しそうな笑顔を見せた。


いつの間にか顔を上げていたリンは、ぼーっと思いにふけるような顔つきで彼女を見ていたが…やがてつられる

ように薄く笑った。


「…そんなことない。あんたやネオンには、すごく助けられてる」


「そうかな」


「だって、今話してたら、結構スッキリしてきたからさ!」


「ほんと? 元気出た?」


「でたでた!!」


急にリンは立ち上がった。

まだ少し無理しているようであったが、それでも素直に、テルルに向かって笑顔を見せた。


「よっしゃ、いっちょケジメつけるわ!!」






テルルが、リンをなだめている時を同じくして、クロムは宿部屋の前に立っていた。

入り口で少しばかり躊躇して、それからとりあえず、足を中へ踏み入れた。


「…ネオン」


部屋の中は、さっき夕食をとる際後にした状態のままだった。見渡せる視界の中に人の気配は無く、中へと

足を進めると共に視線を流していくと、部屋の一番奥に置かれた二段ベッドの下段から、若葉色の毛に覆われた

つむじがこちらを向いているのが目に入った。


「明かりくらい点けろ。眼を悪くする」


クロムは、その後頭部に向けて言葉を投げかけながら、薄暗い部屋の明かりを灯し、ベッドの縁に窮屈そうに腰掛けた。


…傍に寄ってみた手前、何かしら言葉を掛けてやるべきなのであろうが…普段から多くを語らない性分ゆえ、

どこから何から切り出したらいいのか見当がつかない。クロムはしばらく黙ったまま、ネオンの様子を後ろ目から

見守ることにした。


「……」


しかし、いくら待ってもネオンが何かを言い出す気配は伝わってこない。


少しだけ業を煮やしたクロムは、ネオンの真後ろから、そっと顔を覗きこんだ。

すると、沈黙を守っていた彼と、ばっちり目が合ってしまった。ネオンもまた、クロムの様子を窺っていたのだ。

クロムにしては珍しい、駆け引きの敗北であった。


ネオンはその仰向け姿勢のまま、上目遣いにクロムを見つめる。

仕方がないので、クロムから口を割った。


「…怒っているのか?」


「ううん」


ネオンはむくりと起き上がり、やっとクロムの側に、きちんと顔を向けた。少し伏し目がちに、ぽつりと言葉を漏らす。


「ただ…あの時、シドを追い出しちゃったみたいで…」


「結果的にはそうなるな」


「でも、多分…仲間にはしない方がいいんだよな」


「そうだな。俺はそう思っているが」


「おれも、…そうだと思う」


そういうネオンの物言いに、クロムは少し首を傾げる。


「…本当にそう思っているのか?」


そう言われて、ネオンはクロムへと見上げ…また眼を伏せる。


「…うん。だって、クロムの言うことだし…おれはいつもクロムの言うことが一番正しいと思ってるから」


そのコメントに今度はクロムが、わずかに眉を寄せる。


「…それはお前の意見ではないだろう」


「う…」


「確かに俺は、俺自身が正しいと思ったことを言っている。だがそれが、世間的に正しいことだとは限らんぞ」


「そんな…」


「例えそうだとしても、お前の中にきちんと考えがあって俺に同調しているのなら構わないが、“俺が言うから”

同調する…それは違うな」


淡々と述べる彼の言葉に、ネオンは少したじろいだ。


「でも…クロムはおれらのリーダーだから――」


「ネオン」


クロムはやや強い調子で、ネオンの言葉を切った。


「俺は、『年齢が最年長』という名目上のリーダーなだけであって、あくまでパーティの一員にすぎない」


「……」


黙ったまま、何かを言いかねているような表情を浮かべるネオンに、クロムは鋭く射抜くような視線を与えた。


「更に言えば、このパーティの目的は『お前』であって、お前が中心だ。忘れるな」


「! それはっ…そんなこと…言われても」


ネオンの大きな緑の瞳が、わずかに揺らぎ、じっとクロムを見ていた視線を、下方にそらす。

そんな彼の様子を見、クロムは視線から鋭さを消す。


「ネオン、自分に“正しく”いろ。自分の譲れない考えは、相手に『押し付ける』のではなく、『納得』させれば

いい。そうすれば、人は必ずお前の行く方向に動く」


「…正しく…」


「どうすれば納得させられるのかは、お前自身で考えろ」


「……」


「その上でなら、余程の非道で無い限り、俺はお前の意見を否定はしない」


「……」


やや光ある論を述べるクロムだったが、難題を突きつけられて萎縮してしまったのか、ネオンは言を返すことなく、

無言のままうつむいていた。


クロムは、ネオンの表情をやや覗き込むように首を傾げる。


「自信を無くしたか」


「…わかんない」


「……」


ネオンの曖昧な回答は、さほど期待外れでもなかったらしく、クロムは軽く息をついた。そのまま視線を

ネオンから外し、おもむろに立ち上がる。


「いくらも食べていないだろう、まだ残っているぞ」


ネオンの腹の心配をするクロムだったが、ネオンはゆっくり首を横に振る。


「ここにいる。本当に腹減ってないんだ」


「そうか」


そう返すと、クロムはあっさりと戸口へと向かっていった。


「…なぁ、クロム…」


そのまま部屋から出ていこうとするクロムに、ネオンは引き留めるように声をかける。


「何だ」


「…っ…リンの言ったこと…気にしてる…?」


「……」


ネオンは言いためらう様子を見せてから…上目使いにクロムを見上げ、ポツリとつぶやく。

そんなネオンの質問に、クロムはふと止まった。振り返って戸の横の壁に寄り掛かり、やや下方を向いたまま、

腕を組む。


「…どう言われようと、『人斬り』だったことは事実だ。無かったことには出来ない。

今の俺があるのは『過去』があるからだ。だから俺は『やっていたこと』を後悔はしていないし、隠すつもりも無い」


クロムは淡々と語る。まるで、聞かれもしないことはいちいち明かさない、とでも言いたげな口振りだ。


「じゃあ、そうリンに言い返せばよかったのに」


ネオンの言葉に、クロムは思わず目を剥いて…わずかに口角を上げた。


「あいつにとって俺は、鼻にかかる奴らしいからな」


「!! ちっ…違うだろぉっ!? …もういいよ」


期待外れな返答にネオンは思わずがなったが、すぐに後悔したらしく、ただ不満げにぼやきを付け足して終わった。


「…寝るのなら、着替えてからにしろよ」


ネオンの言いたいことがわかっているのか否か…クロムはそれ以上何も語らず、部屋を後にした。


「――……」


クロムがいなくなると、ネオンはベッドに仰向けに転がった。

目を閉じ、大の字に落ち着いた状態で、頭に浮かんでくる言葉を、何度も繰り返してみる。


「自分に正しく、かぁ…」


…おれは、どうしたいんだろう。どうすればいいのかな…


そう思いながら、ネオンは無意識に呟いていた。


「シド…ちゃんと食ってるかな…」






「…リン」


部屋を後にしたクロムが階段の踊り場に差し掛かると、目の前に小柄な少女が仁王立ちで待ち構えていた。

存在に気付いた時には少し眉を動かしたものの、依然無表情で自分を見やる彼を、リンは険しい顔つきで睨んでいた。


「…正直、す~~っごく気が乗らないけど…さっきは悪かったわ」


クロムはやはり無言のまま、リンの言葉を受け止める。


「言っとくけど、私個人的な気持ちとしては、不本意なんだからっ…それでもあんたに謝る気になったのは、

全部テルルのお蔭なんだからねっ! 感謝するならテルルにすることね!!」


「…リン」


「なによ!?」


「無理に謝らなくてもいいぞ。俺は気にしていない」


「…―――!!!」


一方的にまくしたてるリンに、クロムは一定して涼やかな対応を見せた。

さらっと自分の努力を無に帰され…リンは恥ずかしさから一気に顔を赤らめ、そこからまたしても怒りの形相に

変わった。


「…あんたって人は…っ… もーっ、やっぱり気ぃ遣って損した!! 今言ったこと全部無し、帳消しよ、無神経男!!」


ガーっと怒鳴り散らし、クロムからプイッと背を向け、リンは肩を怒らせて階段を下がっていく。


「……」


罵声を浴びせられ、一人取り残されたクロムは、リンの消えていった方をしばらく眺めていたが…やがて

長い息をつきながら、踊り場の出窓に身を預けた。


「…理解らん」


2011/1/4 一部改変

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