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PLOT OF WIZARD  作者: O2
5/25

1日目…宿屋(2)

――『恐らくあいつは、俺達と行動を共にすることはできない』――


ネオンにはさっぱり、クロムが何を言わんとしているのかわからなかった。

言い返す言葉も浮かばず、ネオンは黙り込んでしまった。


クロムもすぐそれに気付き、視線は変えないままに片眉だけ少し上げる。


「お前…あの男の容姿を見て、何も思うところはないのか?」


「……」


すっかり眉をしかめて、ネオンは首を横に振った。


クロムは更に、自分の視線から見てネオンの斜め後ろに控えていたテルルに視線を向ける。黙ったまま、彼女にも

同じ質問を投げかけた。

なんとなく張りつめていた空気の部屋の中で、緊張した面持ちであったテルルは、急に自分に振られて必要以上に

ビクつき、激しく細かく首を横に振った。


彼女のそんな様子も見て、クロムはそれなりに意表を突かれたようだ。


「…お前達は、あの手の輩に遭ったことが無かったのか。…そういえば、旅に出る前はずっと村にいたんだったな」


「う、うん…」


そしてテルルの回答を聞き、彼は一人で納得し始める。


対するネオンは、いまだ頭をねじりながら苦悩していた。


「急にそんなこと言われても、わっかんねぇよ…ただ、シドを最初見た時に、髪の毛が白いなって思った…くらいかなぁ」


「理解った。もういい」


「えぇ!?」


自信無さ気な口調でコメントするネオンだったが、クロムはあっさり話を切った。


折角無い頭で必死に考えを出したのに…、呆気無くクロムに蹴飛ばされ、ネオンは拍子抜けしたような声を返す。

が、そのまま“まぁ座れ”と言いたげに首を振るクロムに促され、ネオンは手近にあった椅子を後ろ向きにまたぐ

ように腰掛け、その背もたれに腕をもたせ掛けた。

テルルも立ったままじゃ落ち着かないので、その場のフローリングにぺトンと腰を落とす。


クロムはゆるく腕を組み、やや背を丸めるような姿勢で落ち着いていた。

そしてそのまま、感情を殺したように抑揚の無い口調で話し始めた。


「…あのシドという男の特徴からして、あいつは『アルビノ』だ」


「…あ?」


「あ…あるある――」


「アルビノ」


初めて耳にする言葉に、目をパチクリさせるテルルとネオンだった。そんな二人に、クロムは無表情で繰り返す。

言い繰り返されても意味を測り知れない状況の彼らを前に、引き続きクロムは、経でも唱えるように淡々と続けた。


「大体の特徴は身体の色が薄く、髪の毛が生来白髪。身体能力や回復力も低く、病に弱い。個々に差はあるだろうが、

どこかしらの色素が薄いことは確かだろう。…俺が知っているのはこれくらいだ」


「…へぇ〜…!! クロムは、シドみたいな髪した奴を今まで見たことあったのか?」


ネオンが興奮を隠せない表情で、目を輝かせながらクロムに尋ねる。恐らく、彼の言う『アルビノ』の人間を、

新たに認識した『新種人間』のように思った…いや、勘違いしたのかもしれない。


そんな彼とのテンションに差は見られるものの、クロムは軽く頷く。


「…俺も一度しか目にしたことが無い。元々そう多く産まれる輩でも無いし、彼ら自身も人目を避ける傾向にあるからな」


「?」


「産まれ出ることを望まれない存在、ということだ」


説明が理解できず再び首をひねるネオンに、うんざりした表情も見せずに、クロムの『対ネオン用わかり易い説明』

が続く。


「…ネオン、つい最近まで『術狩り』が行われていたことは知っているな?」


「―――」


不意に言い出したクロムの言葉に、ネオンの大きく澄んだ目が少し見開かれ、その視線はそのまま後方へと向けられる。


後ろで同じく聞いていたテルルは、瞬時身体をこわばらせ、見開かれた蒼い双眼を固まらせたままに、クロムを凝視した。



――『術狩り』―― 


ネオンが生まれ、現在旅して巡っている国・[ATOMIAアトミア]で、数十年にも渡って行われてきた国の政策だ。

行われた当時の国王が魔術師の持つ力を恐れ、国に内在する術という術を、片っ端から排除しようとしたのだ。

国を挙げての一斉捜索に、最初の10年足らずで国中の魔術師や魔法士が捕えられ、その力を奪われた…

…否、ほとんどが殺された。

各地に眠っていた魔法杖、宝玉等、魔術に関わる物品も捜索し尽され、炎の中に消えた。その後もしつこく政策は

続き、今の[ATOMIA]には、『術』に関連するものはほとんど残っていない。


魔法士一家であったテルルやテルルの両親も、長いことその恐怖におびえて生活し続けた。しかし何のことはない、

国の最も外れにあったテルルとネオンの故郷・ローレン村は、その存在さえも知れ渡っていなかったため、捜索の

手が伸びることは無かったのだ。

かくして政策の最後まで、彼らについては手つかずのままであった。


そして『術狩り』は、国王の代替わりに伴って政策中止となる。それが、今からたった数年前のことだ。

元々多くの機関やもちろん旅パーティーにおいても必要不可欠な存在であった魔術師,魔法士は、復帰するに何の

障害も無く…むしろ希少な存在となってしまって、必要なところからはしつこく勧誘されるなど、有難迷惑気味に

温かく迎えられている。


『アルビノ』排除は、『術狩り』が軌道に乗ってから行われ始めた。

『アルビノ』は、世界全体的に古くよりその存在が忌まわれており、彼らの産まれた家庭には不幸が起こる、という

言われがあったのだ。それが理由で、術と同じく危惧すべき存在に当たるとして、何の関連性も無いのに弾圧対象と

なってしまった。


そういう訳で、半ば『術狩り』に便乗して行われたこちらの政策は、おおよその当たりや方法も固まらないまま

見切り発車状態で始められたせいか、開始から一年も続かないまま自然消滅的に終息した。

魔法士,魔術師達に比べ、圧倒的にその数が少なかったのが、直接の原因かもしれない。


「…『術狩り』の概念は、[ATOMIA]独自の物だったが…『アルビノ』は元来どこの国でも忌まわれる存在だ。

他国には、その不吉さから生まれ出たら即殺めるか、人のいない土地に捨て置くかしなければならない法規があると、

聞いたことがある」


最初のうちは興味の色だけだったネオンの顔も、『術狩り』の話が出たくらいから、段々と曇っていっていた。


「…ってことはさ、おれ達がその、『アルビノ』って奴らを今まで見たことがなかったのも…」


やや核心をついたネオンだったが、クロムは首を気持ち横に振った。


「いや…他国はどうあれ、[ATOMIA]ではほとんど『アルビノ』排除政策は進んでいなかったらしい。言ったろう、

彼らは元々産まれる確率が極めて低い。…ただそのことが、彼らの存在を『不幸の証』とすることを助長したようだな」


もともと有する希少価値が、マイナスの方向に一般概念として植え付けられた典型的な例である、とクロムは言う。


ネオンは眉をひそめた。


「じゃあ、クロムは『アルビノ』の奴が不幸を呼ぶっていう『いわれ』があるから、シドを仲間にするなって言うのか?」


「いや」


若干クロムを疑うような質問をしたネオンだったが、彼に再び一掃され…なんとなく安堵したような表情を見せる。

クロムは極めて現実的な思考を持ち、確証の無いことは視野に入れない人間だった。もちろん、神の類でさえも

信じていない。そのことは、ネオンもよく理解していた。

よって、彼が『アルビノ』に否定的なのには、別の理由がある。


「これも先に言ったことだが、『アルビノ』の人間は、一般に身体能力が低い…要するに、ひ弱だ。今の俺達にとって、

足手まといになり得る人員は、必ずこれから先の障害になる」


これが究極、クロムの反対論であった。あくまでパーティ全体を考えた、やはりリーダーらしい意見であった。


言い終わると、クロムは座り直してネオンに視線をやった。


「……」


ネオンは少々ふてくされたような顔をして、彼を見返すだけだった。

言い返そうにも、あまりに正論過ぎて付け入る隙が無い。


「――でも…あの人は、本当に身体が弱いのかな」


しかしふと、ネオンとは別の方向から声が聞こえる。

足を両の手で抱いた格好で床に縮こまったままに、今までの会話を黙って聞いていたテルルが、遠慮がちにもらした

ものであった。ネオンは顔だけ振り返り、クロムも視線を投げ、双方彼女に注目する。


「だって、あれだけの回復魔法を使えるんだよ? かなりの短時間でほとんど治ってしまうくらいの」


「…あ~…」


「ネオンの傷まで治しちゃってたし。体力が無いんだったら…きっと魔法はそう何回も使えないと思う」


「成程ぉ」


ネオンは妙に納得していた。

確かに、シドの今さっき使った魔力は相当量のはずだ。テルルいわく、魔法を使うのにだって体力は使うのだという。

全身傷だらけだったシドに、体力があり余っていたとは到底思えない。


つまり、


「あの男に体力面での問題は無い、ということか」


「そうならない?」


テルルは、魔法の方はというとからっきしであったが、頭の方は意外でもないが、切れる娘であった。戦力には

ならないけど、戦略はよく思いつき、その発想の鋭さは戦術に滅法長けたクロムをも、時にはうならせるほどだった。


なので、


「俺も、そこに引っかかっていた…あれほどの魔力は、『アルビノ』のいわれを感じさせない能力だ」


テルルの意見に、クロムはさほど驚きもせずに相槌した。

彼女からではなくとも、いずれこのような反論がもち上がることをおおよそ予測していたからかもしれない。


クロムはそれきり元の、何かを思案するような格好に戻ってしまった。


ネオンの方はというと、少し頭の中が混乱してしまっているようだ。テルルとクロムの会話が進む度に双方の顔を

交互に見、内容に全くついていけてない。


…ん~で、結局、どういうことなの?


そんなネオンの心情を察するように、テルルは自分なりの結論に至った。


「もしかしたら、あの人は『アルビノ』じゃないんじゃないかなぁ?」


「うんにゃ、あれは間違いなく『アルビノ』だわね」


不意に後ろの部屋戸の付近から声がして、中にいた三人全員が顔を向ける。


開けたドアの淵に掛けた手に体重を預けるようにして、彼女はそこに立っていた。

三者三様の反応で迎えられながらも、特にそれを気にする様子も無く軽く片手を上げて、ポーズをとって見せる。


「リン…! いつからそこにいたの?」


「のぞき見なんて、趣味悪いことはしないわよっ。ついさっき、いまさっき!」


リンはわざとらしくも、“心外だわ”と言いた気な顔をした。


その視線のまま、自分と真反対側の奥に位置していたクロムと目が合う。

特に気にしていた訳でもなかったけど…クロムから、一応声を掛けた。


「…遅かったな。どこへ行っていた?」


「酔い醒ましてたのよ。どこぞの誰かさんには縁が無いでしょーけどっ」


リンはクロムからそっぽ向いて答え、それから彼に向かってとびきりの渋面をつくり、舌を出した。

そんな顔をされ、表情はあまり変わらないように見えたが、クロムは幾分面食らっているようだった。


…やっぱり、酒場で何かあったんだ…


おおよその予想がついたのか、テルルは一人ひそかに苦笑した。


実際、この二人のいさかいは普段から少なくなく、大体いつもこんな風に、リンの側が一方的にクロムに当たって

いく雰囲気なのだ。もう見慣れた風景で、いまさら心配することではない、ということである。


「まぁ、それはともかく」


と言いながら、リンは実に自然に、ネオンのそばにひらりと身を置き、やはりそばにあった椅子に横座りした。

数秒前の渋面はどこへやら、何事もなかったかのように話の輪に加わっていく。


「あんた達の話題の人って、背がこれくらいの、白髪眼鏡の兄さんでしょ? さっきそこですれ違ったわ」


そう言いながら、リンは自分の腕を真上に精一杯、伸ばしてみせる。


「うん…多分、その人。どうしてわかったの?」


「そりゃあ、あんた達の話してる人で思いつくったら、あの人しかいないわよ。あんな綺麗な白髪、そうは

会えないわよねぇ…普通隠してたりするんじゃないかしら?」


「リンも、ああいう奴に会ったことあるのか?」


一人で納得するかのように、うんうんうなずいているリンに、ネオンが尋ねる。


「まーねー。私が会った…正確に言えば、見ただけよ? 女の子で、ひどく病弱なコだったの。やっぱ寒さとか

病気とか、太陽にも弱くて…昼間は外に出られないみたいでさ。モヤシみたいに全身真っ白で。

見た時にはもう、長くない感じだったけどねー…」


「…そっかー…」


斜め上を見ながら話すリンの横顔が、なんだかもの悲しげに見えて、つられたネオンは自然と辛そうな表情になる。


「ごめんな…思い出させた?」


「えっ…」


リンはそんなことを言うネオンに、かえって驚いた。


「…や、やだ〜、私そんな顔してた? 違うの、違うの! ただ、あんな娘もいたなぁって、思い出してただけよぉ!!」


ネオンを手荒くドついて、リンは一転して恥ずかしそうに笑ってとりなした。危うくネオンは、椅子ごと横倒しに

されるところであった。こぢんまりとした背格好してるくせ、リンは意外と力が強かった。


リンの話が戻る。


「さっきすれ違った限りでは、良い人そうな感じしたけどなー。なりが血だらけだったから、一瞬引いたけどね。

てか、結構イケてるし? こっちに会釈してきた時の感じも、物腰柔らかそうでさぁ…」


「『アルビノ』ってのは、確かなのか?」


リンは嬉々として語るが、その対象の容姿他はともかく、早く核心を知りたいところのネオンが横から話を挟む。


「そおね~。目の色も薄いし、やけに色白だしね。何と言っても、あの髪色」


「でもあいつは、お前の言うような弱々しい奴じゃあないぜ。けっこータフ」


「『アルビノ』ったって、全員が全員軟弱ってわけでもないんじゃない? ひそかに筋トレ積んでたとか、

そんなの個人で様々よ、きっと」


「…ふーん…」


「…そっかぁー」


性格よろしく、アバウトな推論を唱えるリンであった。

それでも、ネオンなりに納得できたらしい。テルルも、感心したようにうなずきながら、リンの説を聞いていた。


「……」


約一名、沈黙のままの様だが。


「何なに、あの兄さんあんたたちの知り合いだったの?」


そのリンの問いには、いまだ床にねばっていたテルルが答える。


「ネオンがね、北の森で会って連れて来たの。ひどい傷負ってたらしいんだけど、もうだいぶ平気みたい」


それからテルルは、ネオンも交えて簡単に、これまでのいきさつを話し始めた。リンは話の節々で感嘆の声を

上げながら、興味深げに聞き入っていた。


「…なるほどねぇ…魔法の使える『アルビノ』君か。それで…ネオンはパーティに加えたいわけね」


「…うん」


そう言い、なんだか頼りなさ気なネオンの反応を確認すると、リンは今度は、テルルの方へ顔を向けた。


「テルルは?」


「…えぇっ? あ、あたしは…」


急に振られたテルルは、ややどもったような口調になってしまっていた。


「ど、どっちでもいいよ。みんなに任せるから…」


そう言いながらも、彼女の視線は明らかにリンとは違う方向に泳いでいた。その視線の先には…相変わらずの

無表情で、微動だにしない男が一人。


…はっはぁん。また、ヤツか。


全てを悟ったリンは横目だけで、この場の調和を乱しているであろう張本人・クロムを一瞥した。


「で…あんたは、嫌なの」


そうあからさまに言われ、やはり黙って会話を聞き続けていたクロムは、軽く息をつく。


「このパーティに入れるのに、あの男は不向きだ、と言っている」


同じようなモンよ! と吼えたいところだったが、ここはとりあえず、こらえる。


「世間一般の常識が通じないあんたのことだから、『アルビノは縁起が悪い』ってのが理由じゃないでしょうねぇ。

でも、身体的な問題はクリアしてると思うんだけど?」


「……」


リンに皮肉めいた言葉をぶつけられても、クロムはそれに答えることなく沈黙し、斜め下を凝視する。

まだ何か、考えるところがあるのだろうか。


やがて、クロムが独り言のように口を開く。


「あの男には、不可解な点が多い」


「……はぁ??」


彼のその、飲み込もうとしても到底飲み込めそうにないような回答に、他三人が口を揃え、首を傾げた。


「俺はさっき、あの男にいくつか質問をした。だがあいつは、それに半分もまともに答えていない」


クロムはネオンに促され…シドが風呂へ行く直前に、彼にいくつか質問していたのだ。


その時の内容は、出身地や元の家族構成など、ごく基本的で、考えなくともすぐ答えられるようなものばかり

であった。そんな質問に、シドは曖昧な回答を返すことが多かった。

確かに『出身は』と聞かれて、『ちょっと忘れちゃった』では、信憑性あるとは言い難いだろう。


「それから、あの男の回復魔法だが…どんな術をかけたにしても、怪我の治り具合が異常だ」


まぁ、通例どんな高等な魔術師でも、怪我の完治に丸一日は掛かると言われれば、数時間というのはやはり、通例外だろう。


「知る限りの知識で全てを片付けるのは安易かもしれんが、回復魔法しか扱えない者に常識外の力が備わっていると

認めてしまうのは、無理があるように思うがな」


一連の考察を淡々と述べた上で、クロムは再び、ネオンに視線を向けた。


「俺は、あの男が“危険だ”と言いたい訳ではない。“疑わしい”と言っているんだ」


クロムの表情には今までと違い、無感情に見える中に少しだけ、ネオンの心情を気遣うような気持ちが込められて

いるようだった。


「……」


ネオンはクロムに視線を当てられても、彼の足許を見つめたまま、うつむいているだけだった。


――お前のためだ――


シドを信用するか、パーティ、いや…自分を守るか。深い葛藤の中に、彼の思考は居た。


ネオンの代わりに啖呵をきったのは、リンであった。


「クロム。あんたって、どうしてそんなに疑り深いのかしら?」


苛立って彼にくい掛かっていきそうな心持ちを押さえるように、押し殺した低い声で、クロムへ凄んだ視線を向ける。


「身元不明なくらい、何だってのよ。話せない過去なんて、誰にだってあるもんじゃない…!?

私の時だって、そうだったわよね…はなから疑ってかかってさ。人間不信にも、程があるわ」


リンの口調は段々と、激しくなっていった。


リンは、シドに自分を投影しているようだった。

過去を…ネオン達と自分が出会った時や、それ以前の過去を思い返すと…リンはたまらなくなる。

自分を認めてもらいたくても叶わず、心が空っぽになったまま、顔にだけは笑顔を貼り付けていた過去。

普通に振舞っても明るく愛想を振りまいても、笑われ、蔑まれるだけの自分。

そんな壊れるくらいの辛さを味わう毎日に、隣で慰めてくれる存在がいない、孤独。


ネオンは少しびっくりした風に彼女へ振り返り…テルルは何も言えず、ただ心配そうに、黙って彼女を見守った。


「ていうか、あんたに言われたくないのよ。あんたの方が、充分疑わしいじゃないっ…自分の過去話なんか、

ほとんどしたこと無いくせに、他人のこととやかく言える立場なの!?」


リンの高ぶった感情から吐き出される怒号は、八つ当たりにも似ていた。でも、そうでもしなければ、自分の

気持ちが収まりつきそうにない。やり場の無い怒りを、ただ都合のいい誰かに浴びせる。こうやることでしか、

自我を保っていられない。


そんな震える彼女を前にして、クロムは無表情に黙って、ただその激情を受け止めていた。


そして、リンは一線を越えてしまった。


「…そりゃ、言えないわよね。あんたの暗くて、おぞましい過去なんか。『人斬り(マーダー)』やってたなんてね…!!」


………


深い沈黙が、部屋にたちこめていた。

誰も、会話の先を続けようとはしなかった。


「…どうやら俺は、君達パーティを混乱させてしまったみたいだね」


やがて沈黙が、部屋外の者の声によって打ち破られた。

部屋戸の方へ振り返ると、部屋の外にある廊下の明かりを受け、ぼんやりと痩躯のシルエットが浮かび上がっている。

逆光に当たってもなお透き通るように白い、問題のシドその人であった。


かすれた声で、ネオンが口を開く。


「シド…」


「悪かったな、ネオン。こんなことになるなんて、思いもしなかったんだ」


柔らかい口調で言い、シドはネオンに頭を振って見せた。ついで、他パーティ全員に顔を向ける。


「でも…何だか、久し振りに身体が休まった気がするよ。楽しかった」


「えっ? それって、どうい…」


ネオンは尋ねようとして、シドの恰好を見て言葉を詰まらせた。

シドはもう、すっかり身支度を整えてしまっていたのだ。これからまたすぐに、旅に出る『身支度』を。


「色々と、世話になりました。ありがとう」


そう言い、シドはうっすらと笑うと、すぐにきびすを翻し、四人の視界から消えた。


「シド!!」


次の瞬間、ネオンは座っていた椅子が倒れんばかりに勢いよく腰をあげ、ドアに張り付く。

廊下に思いっきり駆け出すと、そこで彼の動きはぴたりと止まった。


後には、放心したような、気の抜けたような表情があった。


部屋の外に見渡せた景色には、もう彼…シド・レーンの姿は無くなっていた。


2011/1/4 一部改変

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