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PLOT OF WIZARD  作者: O2
21/25

4日目…シド(2)

[FOUNDIAファウンディア]王国。[ATOMIA]より北方に位置する、立憲君主国家である。



『立憲君主』とは語るものの、国政には国王の意思権限が大いに作用しており、事実上『絶対君主』に近い。

広大な国土故に中心の支配が行き届きにくい状況への解決策として、地方を複数の領土に分け、銘々に

王家一族やそれに近しい者を領主として置いている。そうすることで、ある程度自由な自治を行わせつつも、

国王の権威や志向が及ぶようになっているという。



[FOUNDIA]最大の象徴は、国都バレンツを覆うように張り巡らされたうず高い城壁である。

地方の単なる商業都市や、のんびりとした田舎風景とは完全に一線を画すそれは、かつて諸外国との戦乱が

続いた時代に、国の中心である城と都を護るために造られたもので、沈静した現在はその役目を行使する

ことはないが、それでもその緻密で整然とした石垣の有様は、代々血縁して長きに渡り続く、[FOUNDIA]国王の

持つ強大な権力を如実に示すものである。


諸外国においてその姿を知る者からは、国王への畏怖、またある種の揶揄を込めて、『要塞』と呼ばれている。



また、国王の力を示す事項として王自らが『現人神あらひとがみ』であることが挙げられる。

基本的に宗教という概念が無いこの世界において、国民を統制するための最善策として、古くより[FOUNDIA]

では国王を神に準ずる存在(信仰の対象)として奉っている。[FOUNDIA]国民は須らく国王を絶対的な存在

として認識し、その一言一句が自らへの勅旨であり、思し召しとなっているのである。



以上の要項から、[FOUNDIA]は国風として非常に保守的である。

基本自給自足が整っており、国王が外国嫌いである理由から、諸外国元首との交流は必要最低限しか行われて

おらず、それを受けてか国民レベルでの国交もあまり活発ではない。“自分と同じ”である人間しか認めず、

少しでも違うと目の色を変えて恐怖し、毛嫌いする風潮が出来上がっているのだ。


その最たる影響を被ったのは、いわゆる外見に決定的な相違を持つ存在――『アルビノ』である。


『色素欠乏症』…その外見は、多種多様な髪色、瞳の色を持つ世界においても際立って異色な存在としての

立場に置かれ、扱いに差はあれど、どこの国でも何らかの特別な影響を受けて生活している。

[ATOMIA]においては、国政に影響を与えると信じられた『魔法士』,『魔術師』等への弾圧に乗じて理不尽な

迫害を受けることとなった訳だが、保守国家[FOUNDIA]では元々、『アルビノ』に対する処遇が法によって

定められていた。


『アルビノ』として生を受けた者は、その存在を認めない。


生まれても国籍も戸籍も与えられず、名前を持つことすら許されない。家畜やペット以下の存在でしかない

のである。

これでは本人はもちろんのこと、産んだ親もあまりに不憫であるように思えるが…[FOUNDIA]において

『アルビノ』は、[ATOMIA]でのそれとは比較にならない程の忌むべき存在――『厄』として扱われており、

それによって降りかかると信じられた災いから家を守るための解決策として、『産んだ』という事実そのものを

否定する必要があった。よって大抵は産んだ子を即殺め、産んでしまったことを“無かった”ことにする。

悲しいという感情はそこには無い。あるのはただ、恐怖のみ。

稀にそのような手段を下されず、生き延びる者もいるが…どれだけ『存在』し続けようとも、それを肯定

されることは生涯無い。



そしてそれは、どのような身分であっても…例外は無い。





即刻リンは慌ただしい様子で、シドとイレーナ(とその護衛数名)を部屋へ入れた。

ベッドに放心していたネオンは直ちに起き上がったが、一気に増えた人口に驚きを隠せず、初お目見えの

イレーナ一行に目をキョトンとさせていた。


イレーナは昨夜と同じくラグソファへ落ち着き、テルルとリンが事情を知らないネオンに彼女の説明を簡単に

始める。その間もイレーナは、部屋にいるどの人間からも避けるように片隅に座り、無表情でうつむいている

シドへ視線をやっていた。彼と少しでも早く言葉を交わしたいような、やや焦燥感滲ませた表情で――


「…あいつ、いないのね。じゃ、やりやすい内に早く始めましょ」


苦笑いを浮かべるテルルを横目に、リンがこの場を仕切る。無言でイレーナへ視線を送り、彼女に言を促した。

それを受けてイレーナは頷くと…形のいい唇をゆっくりと動かし始める。


「お約束通り、出直して参りました。…我々が探していた者は…その男です」


そう静かに言うと、イレーナは確信を込めた目でシドを見つめた。


「確かなんですか?」


「その者の容姿と…その態度が、何よりの証拠です。…覚えているのでしょう?」


イレーナはそう、シドに声を掛けた。彼女の問いを受けて、シドは少し顔を上げ…やがて諦めたように息をついた。


「…覚えていますよ。俺が、貴女を忘れることは無い」


「……」


シドの返答に、穏やかな調子で面していたイレーナの表情が、幾分か強張ったように見えた。


「9年振りですね…面と向かって言葉を交わすのは」


「…ずっと…2ヶ月も探していたのよ。まさか、国を離れているとは…」


「俺の立場からすれば、当然のことです」


「……」


「それで…久し振りの用向けとは、何事ですか?」


その問いに、イレーナは一旦シドから視線を離し、何かを思いつめるように眼を伏せた後…決意を込めた

表情を上げる。


「国に…[FOUNDIA]に、戻ってきて欲しいのです」


イレーナの拳が、ぎゅっと力強く握られ、身に着けた薄桃色のワンピースの生地に、強い皺が刻まれる。

シドはしばらく呆気にとられた様子で彼女を凝視していたが…すぐに解き、眉を寄せる。


「…仰っていることが、よく解りませんが」


「急事です。一刻も早く我々と共に、都へ向かって頂戴」


「…どうして、今更…理由を聞かせて下さい」


「教えれば、ついて来てくれるのね?」


シドはイレーナからの切望するような視線を受けると、それを避けるようにうつむいた。


「…俺はあの国から出された身です。それを…軽々しく再び足を入れられる立場でも無いし、俺自身…

二度と戻りたくはない」


「立場は私が保証するわ。だから…」


「俺は今、答えを申し上げたはずです」


「アルヴァ、貴方の御父上に由々しい事態が起こったと伝えても、戻らないつもり?」


「あ、あの~…」


ややイレーナのボルテージが上がったところで、ネオンが横槍を入れた。


「おれ、全然話わかんないんだけど。…アルヴァって? シドのことなのか?」


「貴様この小童っ…御館様へ向けて何たる無礼な口の利き方を!!」


会話の途中でいきなり切って入り、しかも初対面のイレーナに向けていきなり馴れ馴れしい口調と態度で

話し始めようとするネオンへ、彼女の護衛として控える筋肉男達はすぐさま立ち膝を上げ、ネオンへ

憤怒の表情を向ける。


「畏れ多くもランベルク城主イレーナ様に向かって…本来ならば、貴様等庶民など退席さげられて当然の場ぞ!

御館様の尊い御慈悲があって、この場に居られるものと自覚せんか!! もとより、貴様等に発言する権利は――」


「黙りなさい」


「し、しかしっ…」


「この方々の物言いには、偽りが無かった…ですからこうして、アルヴァに会えたのです。隠していても、

いずれは国外へと広がる事実…今の我々に、無駄を費やす時間はありません。私は、この方々の協力を仰ぎたいの」


イレーナはそう言い切り、護衛達を制する。

リンとテルルは男達の剣幕に昨夜同様震え上がる心地がしたが、彼女の言葉に感心するように目を丸くしていた。

昨夜、クロムと交わした条件…こちらにもやむを得ない事情があったにしろ、その真意を明かすこと無いまま

かなり一方的な形で成立させてしまった取り決めを、彼女は律儀に守ってこの場にいる。

二人はこのイレーナという女性に、漠然とだが信頼できるものを感じていた。


イレーナは一呼吸入れた後、話を再開した。


「――そうね、仮の名を使っているのなら、判らなくて当然です…何と名乗っているのかしら?」


「……」


「…『シド』です」


彼女からの問いに何やら詰まっているシドの代わりに、テルルがおずおずと助け船を入れた。


「……そう…」


テルルの言葉を聞き、イレーナは強張った表情から若干頬を緩ませ、温かな視線をシドへ送る。


「話を続けるわね。アルヴァ…いえ、この場は『シド』としましょう。貴方にとっては、もう関わりたくない

ことでしょうけど…どうしても聞いて欲しいのです」


「…何が…あったのですか」


「……[FOUNDIA]国王が、崩御なさいました」


「…!!」


瞬間、シドの表情が凍りつく。そんな彼を見るも、イレーナは急くように話を進めていった。


「…わかりますね? その意味が。貴方が必要なの」


「ま…待って下さい、俺には関係の無い話でしょう? それに…後には――」


「オリバーは、国王の後を追うように床に伏せました。…今は危篤が続いているのよ」


「――…」


「っちょ…ちょっとっ…」


二人の応酬を、リンやテルル、ネオンは黙って見守っていたが…察しのいい女性陣のその表情が徐々に、

驚愕と疑惑の入り混じったものに変化していっていた。

たまらず、リンが会話に口を挟み入る。


「あの…あんまりよく理解できないんだけど…もしかしてシドって、[FOUNDIA]国王に関わりのある人…

なんですか?」


リンの問いにイレーナは言葉を止め、彼女の方へ真っ直ぐな面を向け…ゆっくりと頷いた。


「ええ。『アルヴァ・バレンツ・ファウンディア』…これがシドの真の名」


「ファウンディア…!?」


「紛れも無く…今は無き第49代[FOUNDIA]国王、ガルシア・バレンツ・ファウンディアの嫡男です」


「……」


イレーナの傍に控える護衛一同が、改めて座を正し、恭しくシドへ首を垂れた。

彼女の言とその様子を受けて…リンとテルルは完全に沈黙し、瞬きも出来ずにシドを見つめるしかなかった。

ネオンだけがいまだ、言葉の全ての意味を理解出来ていないのか目を瞬かせ、イレーナとシドとを交互に

見比べる。


シドが、おもむろに立ち上がった。


「…出ます」


彼のその言葉に部屋内の誰もがギクリとするが、シドは息をつきながらも笑顔を送る。


「…心配しなくても、どこにも行かないよ。ただ、ちょっと独りになりたいから」


そう残すと、シドは静かに部屋を後にした。ネオンは彼の後を追おうと腰を浮かしかけたが…彼の言葉を

自分に言い聞かせ、再び座り直す。

イレーナも同じように憂慮を込めた視線で彼を追っていたが…やがて再び正面を向いた。


「まだ混乱しているのかもしれないわ。突然、私が現れたから…当然ね、もう10年程も顔を合わせて

いなかったのですから…」


「…ところで、あなたはシドとは…?」


「! そういえば…私の身分をまだ明かしていなかったわ」


リンの当然なる疑問符に、イレーナは至って単純なことに気付いたように目を見開かせる。


「私は国王の弟である、先代フレイマー公の娘…シドの従姉に当たるわね」


そう言うと、イレーナはクスリと可愛らしく微笑い、シドに似通う涼やかに上がった目を柔らかく細めた。

彼女の言葉に、一同が納得のいった表情をする。


リンが頭の整理をするように、しどろもどろに話を再び進める。


「ええっと…つまり、シドは王様の息子だから、王子様ってことになるんですね?」


「ええ。それも早急に、国王となるべき人間なのです。ですが…肝心な継承権が、彼にはありません」


イレーナはそう力強く言い掛けるが、悔しそうに顔を歪ませる。


「『継承権』?」


「国王の位を譲られる権利を認めるものです。ある程度の順位は法で定められていますが、その明確な対象者は

即位中の国王によって証明される必要があります。しかし、シドに対し国王が明言することは生涯無いままと

なってしまったのです」


「…どういうこと? 自分の息子なのに、何故?」


「――『存在』を認められていない。…そうだな?」


リンの投げかけた問いに、後方から答える声が聞こえてくる。部屋内の全員が振り向くと、今時分風呂から

戻ったクロムの姿があった。


「そういえばクロムこの前、法律で決められてる国もあるって言ってたよね」


テルルの返答にクロムは「あぁ」とだけ発し、部屋奥の椅子へ腰を落とした。それきり黙り込み、いつも通りの

無感動な眼でこの場へ視線を送る。とりあえずは静観しようという意思表示らしい。

イレーナはしばらくクロムへ視線を注いでいたが…やがて静かに頷く。


「…あなた方のお話の通りです。外見からお判りのように、シドは『アルビノ』と称される立場にあります。

我が国[FOUNDIA]では、『アルビノ』の人間に対する特別な処遇が定められているのです」


「それが、『存在』のことですか?」


「ええ。まず、産まれても名を付けられません。名付けても、大抵は意味を成さないからです」


「……“殺される”ってことですね?」


「っ!?」


リンの核心を突いた解釈に、今まで一声も発さなかったネオンが突然立ち上がった。


「どういうことだよ、それってっ…!? 産んでおいて殺しちまうなんて…何も悪いことしてねーじゃねぇかよ!!」


「ネオン、落ち着いてよっ…ここはシドの話よ?」


「だってっ…!!」


リンが興奮するネオンをなだめ…その姿を見るイレーナの表情が見る間に硬くなり、視線を落とす。


「私自身、この法に長年疑問を持ち続けているのです。ですが、それと比べ物にならない程長きに渡り、

[FOUNDIA]は歴史を刻んできてしまった」


「……」


「確かに太古は生活の端々に災いがついて回り、それを信じ、祓うことが当たり前でした。しかし今は…

少なくとも『アルビノ』に限っては、その対象では無いことが十分証明されているはずなのです。ですが……」


イレーナは何かを言いかけようとしたきり、言葉を切った。…これ以上何を弁じようとも、言い訳になると

思ったのだろうか。彼女の顔には、如何ともし難い苦悩が表れているようだった。


――古くから広がってる言い伝えって、簡単に覆るものじゃないから――


ネオンは脳裏に、昨夜シドがネオンにぽつぽつと語った彼の胸の内を思い描いていた。


「…でも、シドにはちゃんと名前があるんですね?」


そこへ、ふとしたテルルの問いが上がる。イレーナははっと顔を上げ、頷いた。


「私の父が国王に言及したのです。本来ならば…いえ、真に正統なる、[FOUNDIA]の次期国王なのですから」


「…でも、継承権は発生しなかった」


「それについても…シドが城を後にすることになるまで、幾度と無く議論が交わされましたが…シドに代わる

後継者が産まれ、その論争も不毛のものとなってしまったのです。オリバー・バレンツ・ファウンディア。

…彼の実弟です」


「……」


「結果として、シドは…継承権を認められないままに、名前だけをかろうじて与えられ…城を追い出されました。

しかし、今になって…オリバーが…」


「さっきの危篤の話ですね?」


「ええ。2ヶ月前…国王が急逝した後すぐに倒れ、それから一度も目を覚ますことが無く…いまだ昏睡状態が

続いているのです。我々も、あらゆる手を尽くしましたが…回復の兆しは見えません」


「…他に継承権のある人は?」


テルルの問いに、イレーナは目を伏せ、首を横に振る。


「亡き国王が明言した限りでも、法的に見ても…継承者に当たる者はいないのです。国王の唯一の肉親だった

私の父も早世してしまっていますし、[FOUNDIA]では男子にしか継承権が認められていない。私自身も、

国のため長年努力して参りましたが…情けなくも一向に子が宿る気配が無い。現時点で、残るはシド…いえ、

アルヴァただ一人なのです」


「…追い出しておいて、随分勝手な話だ。背に腹は代えられないとでも言いたげだな」


イレーナの弁に、クロムが相変わらずのトーンで投げ掛ける。イレーナはその言葉に目を見開き…頬を

紅潮させ、視界を歪ませた。


「…勝手なのは…理解っていますっ…でも、今の我が国には彼が必要なのです。このままでは、[FOUNDIA]王家の

血は途絶えてしまう…もう、彼にしか国を救えないのです…!!」


次回更新予定日…2010/1/1

2010/12/26 一部改変

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