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PLOT OF WIZARD  作者: O2
20/25

4日目…シド(1)

「…あ、起きた?」


「……」


耳の遠くから木霊するように頭に届いた声に、ネオンは意識を取り戻す。

何となく、全身が気だるいように感じて…緩慢な動作でかぶりを揺り動かし、身体を起こそうと思いかけた

ところで、既に自分が上半身だけ起き上がっていることにようやく気付く。どうやら、意識が戻る少し前に

目だけが覚めていたようだ。

どうにもはっきりしない自分の思考力を取り戻そうと、ネオンはプルプルと頭を振った。


そんなネオンの行動に、彼に付いていたテルルが怪訝な面持ちでネオンの傍へ寄る。


「…大丈夫? どこか痛いの?」


「…ううん」


段々鮮明に覚醒する中で、ネオンは先ほどからしきりに自分の身体を確かめていた。

目覚めると共に、呼び起された記憶…シドと二人魔犬に追われ、崖際に追いやられ、一斉に飛び掛かられた、

あの惨劇。全身至るところを噛みつかれ、爪を立てられ…真黒な体躯に覆われて視界が効かなくなり、もはや

自分がどこを向いているのか、全くわからなくなっていた。シドの叫び声はネオンには届かず、魔犬の生暖かい

吐息だけが耳元でうるさいくらいに響く中、徐々に意識が遠のいていった。


そして…


そこから先――今に至るまでの間の記憶が、完全に飛んでいた。


「……」


ネオンは、自分の腕を強く握る。

あれだけの数の魔犬にいたぶられたはずなのに、自分の肌には傷一つ出来てない。もちろん、身体のどこにも

痛みを感じない。


空白の時間。不可解な自分の身体。


「…テルル」


身を起した姿勢のまま顔を深く懐にうずめる自分を、覗き込むように見守っていたテルルに、ぽそりとつぶやいた。


「…『発動』…させたかもしれない」


「…うん」


ネオンのその、か細い言葉に…やや眉を寄せていたテルルが、若干気持ちが緩んだような顔になる。


「クロムが、さっき言ってたから。多分、そうだろうって」


「…そっか」


息をつくように、小さく声を漏らしたネオンは、そのまま再び沈黙した。

テルルはその彼の様子を見つめていたが…やがて至って普通のトーンで、ネオンに声を掛ける。


「あまり気にすること無いよ。…シドも無事戻って来れてたし」


「!」


ネオンが、とても重大なことに気付いたようにテルルへ勢い良く顔を向けると、テルルは少し驚いたような顔を

したものの、すぐに笑って見せた。


「ここまで、あなたをおぶって来てくれたんだよ?」


「そ…だったのか…。…また迷惑かけちゃった…」


「うん、まぁ…だいぶ疲れてたけど。でも、怪我はしてなかったみたいだったから」


「…そか」


「…二人とも無事なら、それでいいよ」


「…うん…」


テルルにそう赦され、ネオンは間を開けて少し頷くと、再び顔を伏せた。


「――それで?」


「え?」


急に何かを聞き返すような口ぶりになった彼女に、ネオンは今一度頭を上げて、視線を合わせる。

テルルはベッドの縁に腕を掛け、少しむくれたような顔になっていた。


「あたし達には、何か言うことは無いの?」


「…あぁ…」


彼女の言葉に、ネオンはようやくはっきりと、我にかえったような表情になった。

すぐさまテルルへ向けて、ぺこりと頭を下げる。


「…ごめん、勝手に抜け出して」


「まったく…みんな揃って、寝てないんだからね?」


「ごめん」


「…もういいよ」


呆れたような溜息混じりではあったが、テルルは幾分か安心したような顔で、ネオンを見やっていた。


と、部屋の戸が開く音が聞こえ、テルルが音のした方へ振り返る。


「…起きたのか」


「うん」


その低めの声に、ネオンはおずおずとベッドから顔を出す。クロムはネオンの様子を確認するようにちらと

視線を向けると、隣のベッドに腰掛けた。


「クロム…ごめん。おれ――」


「謝るくらいなら、最初から無茶な行動はしないでもらおうか」


「……」


口火を切ろうとしかけた所へ被さるように既にパターン化した正論を吐かれ、ネオンはしょげた様に閉口した。

しかしそう言うクロムは、別段怒っている訳でも無いようだった。相変わらずの無表情で…でもどことなく、

疲れているように感じられた。


「…その様子だと、『自動制御オート』だったようだな」


「…うん…何も覚えてない。でも思い出せる限りでは、結構やばい状況だったから…」


「死に目に遭って、土壇場で『発動』したというところだろう。…それが無ければ、どうなっていたかわからんな」


「……」


クロムの口から淡々と紡ぎ出される言葉で逆に恐怖感を煽られたのか、ネオンは不意に悪寒を覚え、縮こまる。

その彼の様子を見て…クロムはやや呆れた風に頬杖をついた。


「…毎度のことを、そう何度も言いたくは無いが…お前の能力は、いまだ不安定だ。頼りきれないものに

生死を預けるような真似はするな」


「…わ…かってるけど――」


「…もう少し自己管理出来るようになれ。能力ではなく、『お前自身』のな」


「――…」


ネオンは二の句が次げず、閉口したままうつむいてしまった。クロムの言葉は、夜中の戦闘中に自分が感じた

ことそのものだった。…自身で解っていることを人から指摘されることほど、堪えるものは無い。


そんなネオンに、クロムはただ一瞥をくれただけですぐに視線をそらし、その場を立つ。


「しばらく寝ているといい。まだ完全に体力が戻っていないだろう。…風呂浴びて来る。テルル、お前も適当に休めよ」


「うん」


「あのさ、…シドは…下?」


何事も無くその場が終わろうとしたところで…ネオンがふと口にした言葉に、今まで黙って聞いていたテルルが

少し動揺し、思わずクロムを仰ぐ。


「おれ、シドにも謝らなきゃ…」


「…っ…ネオン、あのねっ」


そのままベッドから這い出ようとするネオンを引き留めるように、テルルは慌てた様子で彼の前に出る。


「……シド…、出て行くって」


「…え」


ネオンは一瞬虚を突かれたように固まり、テルルを見上げた。


「な…なんでっ…」


彼の問いかけに、テルルは言いためらう様に視線を泳がせているだけで…ネオンは次いでクロムを見上げたが、

彼もまた黙ったまま、ネオンを見据える。

しかしてネオンには、何となく事の次第を理解できたような気がした。ガバッと起き上がり、目の前に無表情で

落ち着く彼へ、激しく詰め寄った。


「どうしてっ…クロム!!」


「最終的に決めたのは、あいつの意志だ」


「そうだとしても、駄目なんだっ…シドがやろうとしてることは、あいつ一人じゃ無理なんだ!!」


「ネオンっ…」


「おれは、あいつに手を貸すって決めたんだ…約束したんだ!! 話だけでもっ…みんなに聞いて欲しいんだよ!」


「要らんな」


「クロム!!!」


掴みかかりそうになっているネオンを、テルルが横から懸命に抑え続ける。が、クロムの佇まいは依然変わらない。

興奮し息を荒げるネオンに、落ち着いた風に言葉を返した。


「“お前”が手を貸して、今度は“本当に”解決できるのか?」


「っ……!!」


彼の問いに、ネオンは言葉を詰まらせた。涙目になったまま、唇を強く噛む。

そのまま視線を落とし、肩を震わせた。


「……どうして…協力してくれないんだよ…っ」


「余裕が無いからだ。…ネオン、この町に[影]が潜んでいる」


「…!!」


「お前の行動は、完全にマークされている。この状況で今回お前が襲われなかったは、[奴ら]の意図に過ぎない

にしろ、幸運であったというべきだ」


息巻いた様子から一転して驚愕の表情を向けて来るネオンに対し、クロムは尚淡々とした口調で持論を続けた。


「この先を想定した時…[奴ら]が散るか、こちらが撒くかのどちらかが考えられる。…しかし、最悪“当たる”ことに

なった場合には…あの男を巻き添えにせざるを得ないだろうな」


「……」


「…そうなることが、お前の言う“協力”なのか?」


クロムにそう諭される中、ネオンは完全に沈黙してしまっていた。

そんなネオンの様子を見て…クロムは息をつき、彼の頭に手を置いた。


「…少し頭を冷やせ」


そう言うと、軽く退けるように手を突く。たったそれだけの動作なのに、ネオンの身体は勢いよく後方に弾かれ、

ベッドに倒れこんでしまった。

テルルはただ困惑したような表情で、そのまま部屋を後にするクロムを視線で追い、次いでネオンの顔を上から覗う。


「ネオン…」


しかしネオンは倒れたまま口を閉ざし、どこを見るでも無い虚ろ気な瞳を、宙に漂わせていた。





「――もう行くの? 体力戻るまで、休んで行けばいいのに」


「…ああ」


後ろから、ダウントーンで声を掛けるリンに、コートを着込むシドは軽く振り向き、笑顔を見せた。


まだ、ようやく陽が昇り始め、辺りが明るくなってきた頃合いの時刻であったが…シドは既に宿の入り口にて

出発の準備を済ませていた。

何とか起き上がれるようになったと同時に、早々と他メンバーに意志を告げた。ネオンはまだ目を覚まさない

ままだったが、ある意味好都合と思えた。

そして、建前上メンバー代表として、手隙のリンが彼の見送りに立っていた。テルルも付き添おうとしていたが、

シドの方から断っていた。


これで二度目の別離となる訳だが…やはりどこか呆気無く、さっぱりとした彼の様子に、リンは少し口を尖らせる。


「折角、ちゃんと仲間になれたと思ったのに…」


「ごめん…でもやっぱり、一人で行くよ」


「…遠慮してるんじゃないの?」


「いや、自分の目的を果たしに行くだけだから」


「それをやるのに、私達は必要無いってわけね」


そう言い、拗ねたようにそっぽを向いてみせるリンに、シドは慌てて取り繕う。


「そうじゃないよ! …君達にだって、元々の目的があるんだろ?」


「…そうだけど…」


「俺の方は、一人で充分だから。…ありがとう、色々と心配を掛けたけど…感謝してるよ」


「!! っそれは…いいんだけどさっ」


彼に自然に微笑まれ、リンは思わず少し紅潮し…誤魔化すように視線を慌ててそらし、何となく腕を組んだ。

そして、ベルトを巻き、ややうつむき加減でいるシドの顔を下から窺う。


「…ねぇ、本当に…ネオンには何も言わないでいいの?」


「……」


しかし、リンのその問いには答えず、ただ薄く浮かべた微笑を返しただけで…シドは荷物を手に取り、宿先へと

足を運ぶ。リンは依然不服そうにシドの後姿を見送っていたが…出掛けた所でぱたりと彼の足が止まった。


「――…?」


その様子にリンは首を傾げ、ゆるりとシドの後を追い、宿の入り口へ近付いていく。


「何? どしたの…って、あ」


顔を出したリンの視界――宿入り口の前には、茶色のフードコートで全身を隈無く覆った団体が頭を連ねていた。

その異様な姿の一団に、一瞬ギョッとしたリンだったが、すぐに昨夜突然押し入ってきた甲冑の騎士団連中だと

理解出来た。


「…そう、この人達よ! ゆうべ訪ねて来たのっ…って――」


リンはすぐさま、事の次第をシドに話して聞かせようと彼を見上げたが、そこでまた言葉が途切れる。


シドは、リンの声が聞こえていないのか…一点を見つめたまま、時が止まったかのように硬直していた。

その視線の先には――あの騎士団連中の『主』である、公爵夫人の姿があった。

見つめ合ったままの二人を、理由の読めないリンは交互に見比べる。


公爵夫人――イレーナは、被っていたフードを緩く上げて表情を現し、シドへ向け優雅な微笑を浮かべた。


「――…お久し振りね、アルヴァ」


次回更新予定日…2010/12/1

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