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PLOT OF WIZARD  作者: O2
17/25

3日目夜…邂逅(4)

それからイレーナ一行は、夜が明けたらまたこちらへ出向いてくることを告げ、宿を去っていった。

煮え切らない気分を抱えたままなのか、どこか不機嫌そうな足取りで宿を離れていく一行の様子を、テルルは

窓から目で追う。

その背中では、リンが鬼の形相でクロムへ詰め寄っていた。


「あんたはねぇっ…どうしてそういつもいつも、敵を増やすような真似ばっかりするのよ!?」


本音なら怒鳴り散らしたいだろうところ、真夜中であるゆえ努めて小声ではあったが、その静かにも激しい

剣幕は、今にもクロムへ飛び掛かりそうだ。


「あんたは良くてもねぇ、私らはあんたと違って、か弱い女の子なんですからね! あんな肉ダルマみたいな

でかいおっさんに睨まれて、平常心でいられると思ったら大間違いなのよ!!」


しかして連中が立ち去った後も、変わらずに椅子へ腰掛けていたクロムは、リンにどれだけいきり立たれても

涼しい顔でいた。


「ちょっと、聞いてんの――」


「まぁまぁ、リン…」


うんともすんとも言わない彼へ向けて、苛立ちを増すリンはベッドのスプリングに拳を叩きつけながら

忍び声で喚き続ける。テルルはそんな彼女を横からなだめつつ、やはりクロムへと不安そうな表情を向ける。


「でも…本当に、向かわなくて大丈夫なの…? もし、ネオン達に何かあったら…」


「そうよ!! そうっ…万が一[あいつら]が追ってたりしたら、取り返しがつかないことになるわよ!?」


「うん…昼間もこの近くのどこかにいた訳だから…」


「え、マジで!? ちょっと本当に危ないじゃないのよ!? ネオン達の後つけていったかもしれないじゃない!!」


テルルの相槌にリンは心底驚いて、更にボルテージを上げる。そんな中クロムはようやく、無表情のままに

口を開いた。


「…さほど心配は無いだろう。[奴ら]があの二人の後を追った可能性は低い」


「どうして、そんなことが言いきれるのよ!?」


「付いていった気配を感じなかった」


「…はぁ? …――」


クロムの返答に、苛立ち収まらぬリンは不審気に眉を歪めたが…徐々にその表情が変化する。


「…恐らく、昼間の段階で当たりをつけていたんだろう」


そう言い捨てると、クロムは軽く息をついた。ややぞんざいになっているような彼の様子に、いまだ理解の

出来ていないテルルは目を瞬かせていたが…


「……いるのね?」


「ああ」


「――」


強張ったような表情で視線だけを窓の外へ向けるリンの様子を見て、電流が走ったように状況を把握した。

呆然とするテルルの顔から血の気が引いていき、そのまま床にフラフラと崩れ落ちる。


「この宿を囲っている。…先ほどの連中が来る前からな」


「そんな…」


「今となっては、こちらの状況の大体を把握出来ていると考えていいだろう。ネオンが宿を出ていったことにも

当然気付いているはずだ」


「……ネオンを追うべきだわ」


リンが険しい表情でクロムを睨む。しかし、クロムは首を横に振った。


「現時点で、[奴ら]が動く様子は感じられん。ここを離れるそぶりもない…であれば、こちらから安易に動く

ことは危険だ。居場所を知られ、ネオンを“泳がされている”状況では、完全に後手だからな。今からネオンを

追ったとしても、奴らを出し抜けるとは考えにくい」


「だからってっ…何もしないでここにいるつもり!?」


「こちらが動けば動き出す腹積もりなのだろう。今こちらがいかなる行動を起こそうが、[奴ら]の術中に

嵌っていくだろうことは目に見えている」


「じゃあ、ネオンの居場所まではわかっていない?」


「…言いきれんがな。奴らがネオンをどうするつもりか…何を考えようが全て憶測の範疇を出ない。しかし

現状からして、こちらが動いて居場所を明かすことは得策ではないな。同じように、今のあの連中に下手に

動いてもらっても、ネオンの身が危うくなるだけだ」


「そっか…それで…」


テルルは青ざめながらも、なんとなく納得出来たような面持ちを浮かべた。しかし、リンは変わらず苛立った

表情を見せる。


「でもっ…今囲われてる訳よね? いつ襲ってくるか…わからないじゃない!」


「いや、[奴ら]は秘密裏に動く…いくら深夜とはいえ、街中でこちらへ仕掛けてくる可能性は低いだろう。

それに、気配を消していない」


「どういうことよ?」


「…何かを仕掛けたいのなら、消して来るはずだ。しかしそんな様子は無い…逆に、誇示するような

殺気を向けてきている。それでいて、ネオンがここを出た時、[奴ら]は微塵も乱さなかった…あいつ単独で

好きに動かせようとする意図を感じた」


「…足止めされてる?」


「かもしれんな」


テルルの言葉にクロムは軽く頷き、切れ長の眼をわずかに細めた。


「―……」


そんな彼の顔を見て、テルルは口をつぐみ、視線を床へと伏せた。

リンが依然クロムへ詰める。


「こっちがマークされてるとして…ネオンの方は結局どうなのよ?」


「[奴ら]の最終的な狙いは、ネオンだ。ネオンを単独で動かせ、こちらとの接触を断とうとする意図が、

あいつに向けられていることに変わりは無い。[奴ら]が後を追っている可能性は低い…が、だからといって

安全な状況とはとても言えんだろうな」


「~~やっぱり危ないんじゃないのよぉ!!」


「奴らの手の内の下にある以上、それは避けられんだろう。ただし…いつもとは明らかに違う行動パターンと

読める。…ネオンには何か別の思惑が仕掛けられているのかもしれない」


「?? …『別の思惑』って?」


リンの問いには答えず、クロムはそれきり黙ったまま、虚空を睨んでいた。





「――…う……」


冷たい土が頬に触れているのが、少しずつ回復する意識を通して感じられてきた。


どれくらい気を失っていたのだろうか。視界に見える景色は闇で、ごく近くのものだけがうすぼんやりと

見渡せる程度だ。

シドは意識を取り戻しながら、記憶が飛ぶ寸前までを思い出す。魔犬に追い詰められ、攻撃を喰らい、背後の

崖に落とされて…


周囲は静寂に包まれていて、葉が擦れるかすかなざわめきだけが耳に届く。

魔犬は姿を消しているようだった。崖には落ちなかったのか、魔術師に全て回収されたのか――


「う゛…っ…」


シドは身体を動かそうとして、全身に響くあまりの痛みに顔を歪ませた。斬られようが、殴られようが、

傷痕だけはすぐに消えてしまうがその痛みは残ったままだ。どれだけの高低差から落とされたのか見当が

つかないが、相当激しく身体を打ちつけてしまったようだ。衝撃で骨も何箇所かいっているようで、

もう既に繋がっているものの、折れた部分が激痛を訴えていた。

わずかに力を入れるだけで、身体中に刺すような痛みを覚えたが…シドは上半身だけでも起き上がろうとする。


「…ネ……オ……」


シドは、一緒に落ちたネオンを探そうとしていた。単純に落下しただけなら、二人の位置はそれほどバラバラには

なっていないはずだ。無論崖上での段階で、無事であるとは思っていないが――


「…!」


霞む視界の中、シドは数メートル先の地面に、突き刺さったミドルソードを確認する。木々の間から届く

月明かりに照らされて、その身はほのかに銀色の光を放っていた。そして、その傍らには…


「…ネオ…ン……!」


ネオンは緑色の頭をこちらへ向けて、仰向けに横たわっていた。気付いている様子は無い。

シドは軋む身体を引きずりながら、ネオンへと近寄っていく。震える手で鎮痛剤を飲み下し、ようやくの

思いで上体を起こして、ネオンの頬に手を当てた。


「…!!」


次いですぐさま鼓動を確認し、生きていることを確認する。しかし…彼の身体は冷え切っており、体中の衣服が

裂け、大なり小なりの傷口から血をにじませていた。頭の下の地面は、大きな範囲で濡れていて…それが

何であるのかは、想像に難くなかった。

とりあえずも即刻、ネオンの頭に手を当てて応急処置を施すが…シドの心拍数は急激に高なり、顔から冷や汗を

垂れ流す。


ネオンの状態は、かなり危険だった。どれくらいの時間、このままであったのか…かえって考えたくない

事実だった。


「…ネオン……!!」


シドは頭の中が真っ白になっていた。我を忘れてネオンにすがりつき、彼の全身に治癒を施す。

しかし、その全てが徒労だった。シドの力では怪我を治すことが出来ても、意識を取り戻すことも、体力を

回復させることも出来ないのだ。


シドの目の前で、ネオンは刻々とその生気を失っていく。

鼓動は弱々しく脈打ち、体温が急激に失われていく。


「ネオン…、頼む…起きてくれ……!!」


絶望感に囚われ、シドは唇を噛みしめながら首を垂れた。


とその時…ふいに辺りがなんとなく、ぼんやりと明るくなっているように感じた。一瞬自分の頭が混乱して

いるせいかと思いかけたが、視界の先にネオンの青白くなった指先が鮮明に見え、さっきまでの景色から

明度が変わっていることをはっきりと理解する。

シドは虚ろ気な目のまま、緩慢な動作で頭を上げ…そして、目の前の光景に硬直した。


「――……」


それは決して、月明かりのせいではなく…ネオンの身体だけを包むように、おぼろげに光り輝いていた。

数え切れないほどの眩い金色の粒子が闇夜に漂い、ゆっくりと彼の身体に降り注ぐ。よく見るとそれは、

ネオンの身体から舞い上がり、そして再び彼の身体に吸い込まれていっているようだった。

止め処無く続くその光景の中で、ネオンの身体中に刻まれた傷は癒えていき、血の気も徐々に取り戻していく。


シドは完全に言葉を失ったまま、彼の様子を見守り続けていた。


光る粒子は段々と微量になり、やがて最後の一粒がネオンの中へと消えていくと、周囲は先ほどまでの闇を

取り戻す。

ネオンは何事も無かったかのように、変わらず静かに仰臥していた。シドは再び彼の顔に触れ、体温も

取り戻していることを確認する。

そのまましばらく、ネオンの顔を見下ろしていたが…


「――大丈夫よ、その子は簡単には死なないから」


ふいに背後から聞こえた声に、身を跳ね上がらせ、眼を見開いたまま振り向く。

黒く生い茂る木々の間から、声の主はゆっくりとその姿を現す。闇に溶け入るような漆黒の長い髪に、

濃い青紫色のロングワンピース姿の女性は、シドへ向けて柔らかく微笑んだ。


「そんなに驚かなくてもいいわ。私は“あなたの”敵じゃない」


「――…誰…だ…?」


「……」


シドの問いには答えることなく、女性は軽い足取りで彼に近付き、傍らにしゃがみ込んだ。

突然のことで声を発せずに、身を仰け反るシドを置いて、ネオンの様子を見る。


「…問題無いわね。だいぶ『消費』したから、気付くのは明けてからになると思うけど」


「あ…あの……」


「見たんでしょう?」


驚愕の中から途切れ途切れに口を動かすシドへ、女性は顔を向けた。彼女の、深い海のような瑠璃紺色の瞳が、

射るようにシドを見据える。


「あれが、この子の『力』」


「……」


二の句が次げないシドの様子を、女性は今度は怪訝そうな表情で覗った。


「あなたの方が、よっぽど大丈夫じゃないみたいね…」


「え…」


そう言うと、女性は白髪を掻き上げるように、シドの頭に手を置いた。途端、シドの身体がガクンと軽くなる。


「っ!?」


あまりの落差に、思わずシドは立ち膝の姿勢から尻餅をついてしまった。その様子に、女性は可笑しそうに少し笑う。


「身体の痛みと疲れを取ったわ。でも、一時的なものだから…またすぐにぶり返してくると思うけど。

私では、完全には治せそうにないわね」


「貴女は…魔法士なのか?」


「そんなところよ」


「…ありがとう…」


「いいえ」


そう言うと、女性はさっと立ち上がり、シドから距離を置く。同じように立ち上がった彼を、真っ直ぐに見つめた。


「あなたから、悪意のあるものの気を感じるわ。それともう一つ…『対となるもの』の気」


「……!?」


「あなたの『呪い』は、対になっているの。あなたが受けた痛みを、分つ存在がいる。あなたが苦しめば苦しむほど、

『対となる存在』にも苦しみが伝わるわ」


「!?……どういうことなんだ、それは? 貴女は何を知っているんだ…!?」


「それから、もう一つ」


急に自身のことについて説かれ、驚いたシドは女性を問い詰めるが、彼女はあっさりと話をそらした。

彼女の眼が、うっすらと細められる。


「今あなたがいるパーティは、きっとあなたの力になる。けれど…『呪い』が解けたなら、パーティからは

別れた方がいいわ」


「――…!!」


シドは彼女の言葉を、眼を見開かせたまま受け止めていた。

女性は、シドの顔を黙って見返していたが…やがて再び微笑を浮かべる。


「…宿へ戻りなさい。今夜はもう、あなたを襲うものは現れないから」


「……」


「ネオンを宜しくね」


そう言い残すと、女性はシドの目の前で、霧のように消えて無くなった。

シドは確かに女性のいた所を凝視したまま、しばらく立ち尽くしていた。


次回更新予定日…2010/9/1


登場人物設定を更新しました。既存設定に若干修正有。

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