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PLOT OF WIZARD  作者: O2
16/25

3日目夜…邂逅(3)

ネオンの頭の中は、混乱していた。どう上手く解釈しようとしても、納得の出来るものにはならなかった。

それほどに…今さっき目の前で起こったことは、不自然だった。


「――…ネオン」


彼の思考を察するように、傍らからシドが声を掛ける。


「多分…攻撃は当たってた。それは間違いないと思う」


「じゃあっ…一体どういうことなんだ!? 当たったのに…確かに斬ったのに、傷が付いてないなんて…」


ネオンの喚きにシドは眼を伏せ、首を横に振る。


「俺にも…“さっき起こったこと”の理由はわからない。…情けない話だけど、奴らに剣で触れたことが無くてね」


「……『魔犬』だから、…ってことになるのか?」


「考えられるとしたら…そうなると思う」


ネオンとシドはあのまま真っ直ぐに、風下へと走り続けていた。夜闇に囲まれた森の中は、もうとっくに目が

慣れてきている頃合いだろうに、すぐ近くより先はほとんど視界が開けないでいた。二人が走り抜ける周囲の

葉や枝の擦れる音が、静寂とする闇の中やけに大きく耳に聞こえる。


湿気を含んだ冷たい風は依然として勢いを緩めること無く、周囲に吹き流れていた。それはじっとりと重く、

二人の身体に不快にまとわりつく。かなりの距離を移動してきているはずなのに、さっきまでこれほど

広範囲に流れていただろうか。


そして、二人の背後にぴたりと張り付くように、数多の獣の吐息が追いかけてきていた。一定の距離を保ち、

追いつこうとも離れようともしていないようで、二人は引き離す隙が全く作れず、さながら“走らされて”

いるようだ。その異様とも言える追跡に追い立てられるように、地面から浮き出る木の根に足を幾度となく

取られながら、二人は走り続ける。


「…まずいことになってる気がする。何とかして森を出ないと」


「つったって、もうどこ走ってんだか全然わかんねぇよっ…!!」


何かに追いやられるように――否、何かに手繰り寄せられているように、足が動いていた。

どちらへ方向を変えようとも、後ろから押すように流れる風の気配は変わらない。風が自分達の後を付いて

きているのか、自然と風の向かう方へと軌道が修正されているのか、その判別さえつかない。


もう既に、方向感覚は無かった。


周囲の空気はどこまで走っても濁ったようによどみ、獣臭さを帯びた不快な臭いが漂っていた。

森一帯が、奇怪な様相をまとっているようだった。


「!!」


このまま永遠に走らされるのだろうか…という思いが過った折に、二人の足が突然止まる。

真っ黒な景色の中突如広がった、ほの明るい視界に一瞬目を眩ませた二人は、声を上げようとしてすぐに

閉口した。


「…こうなる訳かよ…!」


一時沈黙し…ネオンは息を切らしながらつぶやいた。

立ち止まった二人の足先には、反り立った崖が広がっていた。眼下にあるだろう崖下は暗過ぎて、高低差が

全く測り知れない。ただ唖然とした顔で崖下を見つめているネオンの横で、シドが後ろへと振り返る。


「…囲まれた」


我に返ったネオンが同じく振り返ると、魔犬達が唸りをあげながら、二人を半円形に取り囲んでいた。

二人の背後の薄明るい景色を受けて、姿をかなりはっきりと確認できるようになっていたが…その数は、

さきほど遭遇した時よりも増えているように感じられた。今にも飛びかかってきそうな牙と鉤爪を剥き出しにし、

じりじりと、二人への距離を詰めていく。


「っそ!」


吐き捨て、ネオンはソードを抜き、獣達を威嚇するように構え立つ。

シドも同じくショートソードを抜くが…その顔には絶望感が浮かび上がっていた。


「…勝算が無い。せめて、奴らの弱点でも見つけることが出来れば…」


「んなこと言ったってっ…今ここでどうやって見つけるってんだよ!?」


そうがなりながらも、ネオンも彼なりに考えを巡らせる。


さっき当てた一振りで効かなかった。じゃあ無数に斬りつけたら? 身体を断てば? 否…打撃なら?


ネオンは今までの戦歴をフラッシュバックするように辿り、幾つもの選択肢を思い浮かべた。しかし…

ネオンすぐさま

思考を頭から捨てる。どれも仮定に過ぎない。今の状況では、それらを一つ一つ試している余裕は皆無だろう。

これだけの多勢に囲まれた局面では、最初の一撃で決定的となる攻撃を確実に当てる必要がある。そうで

なければこれだけの多勢を相手にした時、当然かかってくるだろう相手からの二撃目、三撃目を攻略する

手立てが無くなってしまう。

彼の持つ知識から考え出せる可能性のどれをとっても、結果は相手任せの運試しだ。


ネオンは唇を噛む。どうして自分はいつも、こうも考え無しに動いてしまうんだろう。考えるよりまず体が

動いてしまい、道具や手段の準備が何一つ揃ってない。行き当たりばったりな行動では、いくら結果が上手く

まとまろうとも、運気やタイミングに恵まれたからと言わざるを得ない。そんな顛末を今まで何度も繰り返して

来たにもかかわらず…今回もやっぱりそんな不安材料を抱えたまま、ここまで来てしまっていた。

確固とした見通しも無いまま相手に仕掛けたのは自分だし、結果として今の危機に陥ってしまったのは、

自分のせいになるのではないか。“守る”なんて言って、結局シドを巻き込み、引きずり回してしまって

いるのではないか。


そして…シドを追いかけるのに、パーティメンバーには何も打ち明けずに来ていた。

元々シドを歓迎していなかったクロムが止めないはずは無かったし、テルルやリンだって、首を大きく縦に

振ることは無かったと思う。反対されると思ったから、打ち明けても叶わないと思ったから…完全にパーティを

出し抜く形で付いてきていたのだ。そんな結果が、予想通り目の前に転がっていた。

それでも…パーティがこの場にいてくれたらと、無意識に仮想してしまう自分がいる。


…なんて自分勝手なんだろう。

ネオンの中に、どうしようもない無力感が広がっていた。


二人と魔犬達との間合いが詰まりきり、痺れを切らした獣達は一斉に襲いかかってきた。算段の取れないまま、

ネオンは無我夢中で剣を振るう。刃が当たった魔犬は一度地に落ちるが、案の定すぐにむくりと起き上がり、

攻撃態勢を取る。そして何事も無かったかのように、再び襲いかかる。


不遇なことに、ネオンの速度を主とする翻弄攻撃は、魔犬相手にはまるで効果を発揮できていなかった。

敵がある程度大柄で自分より動きが鈍く、自身のペースに嵌めることを前提とするそれは、小柄で動きも

俊敏な四足生物には同速度にしか映らないし、しかも相手は自らの被弾を全く恐れず、こちらを攻撃するという

本能だけで立ち向かって来る。

相性は最悪だった。


目まぐるしい衝突が続き、薙いでは起き、薙いでは起きの繰り返しの中、みるみるうちにネオンは劣勢を

強いられていった。シドへも攻撃の手は掛かっていたが、魔犬達のターゲットは概ねネオンへ集中していた。

彼らの内で、こちらを先に片付けようという魂胆があるようだ。


「――!!」


襲い来る無数の牙と爪を剣で振り払ううち、一匹がネオンの手首へ噛みついたのを口火にして、魔犬達は一斉に

ネオンに飛び掛かった。見る間に彼の身体が数多の獣で埋め尽くされていく。

その光景に、シドは血の気を失った。


「ネオン!! 首を…首を守れ!!」


しかし、シドの懸命の叫びにネオンが返すことは無かった。ネオンの身体は黒くうごめく者達で完全に覆われ、

その姿を表から確認することが出来ない。倒れこむことさえも許されず、なおも飛び掛かる獣の体当たりを

受けて、その足許は一歩ずつ背後の崖へと吸い込まれていく。


「――ネオン…!!」


シドは自らにまとわりつく魔犬を振り切り、何とかネオンへ近付こうとするが、魔犬達はそれを阻止するかの

ように執拗に足に喰らいつく。

歯噛みし、苦悶の表情を浮き出すシドだったが――不意にその視界の端に、ぼんやりとしたシルエットがよぎった。

何となく視線を送った、その不鮮明な存在に、シドは瞬間時を止め…表情が固まり、眼を見開かせた。


「――」


魔犬達を背にした向こう側で、それは、口端を上げ…何かをつぶやいた。


シドは唇の動きを読み取りながら、ネオンと共に、崖下へと飲み込まれていった。





深夜、ひっそりと静まり返るバーク。

ぽつぽつと街灯がともり、全てが眠りにつく中で、とある宿の一室の灯りだけが煌々と街道へ漏れていた。


突然の未明の訪問者・甲冑の男連中は、最側近とみられる二名を残し、他は戸外で待機していたが、外へ出ても

なおまるで拠点防衛をするような、ピリピリと張り詰めた様子であった。

『御館様』と呼ばれた女性はラグソファへと腰をおろし、甲冑の男達は彼女を守るように両側へ控えている。

まるで、彼女に触れようものなら容赦無く切捨御免にさせられそうな雰囲気だ。そんな女性は…余程の位ある

人物なのだろうか、取り去ったフードコートの下から現れた薄緑のワンピースは、一般女性が着るような

簡素なものであったが、耳と首に着く宝飾は、その服装にはおよそ似つかわしくない絢爛な作りで、緻密な

細工の間からのぞく色とりどりの宝石が、眩い輝きを放っていた。


先ほどの騒動で起こされたテルルとリンは、起き抜けの格好ではあまりに心もとないので、寝巻きの上から

上着をはおり、二人寄り添ってベッドの縁に縮こまっていた。いまだによく状況が飲み込めないままだったが、

とても寝ていられる様子では無いことだけは理解できた。


そして…彼女達の気がかりはそれだけに留まらなかった。二人はしきりに部屋を見渡す。


「やっぱり…いないみたいね」


「…うん」


シドに加えて…ネオンまで姿を消しているとは。

前日の不可解な出来事がはっきりと現実にさらされ、テルルとリンは落胆の表情を浮かべていた。


クロムは先ほどと同じようにデスクの椅子に深く腰掛け、女性を無表情に眺めていた。彼女の方も凛とした

姿勢を保ったままに、クロムを真っ直ぐに見つめ返す。


リンは眉を寄せながら、ひそりとテルルに耳打ちした。


「何なのかしら、この人達…こんな夜中に何の用だってのよ」


「…わかんないよ…」


二人が事態を図りかね、今しばしの沈黙が続き…やがて女性が口を開く。


「このような時間に…失礼なことは重々承知です。私は、イレーナ・ランベルク。この者達は――」


「要件は何だ」


「……人を探しています。こちらの調査では、貴方がたに関わりがあると…白髪の者を知っていますね?」


「!!」


女性…イレーナの言葉を聞き、ぼんやりと会話に耳を傾けていたテルルとリンは目を見開かせ、互いに顔を

見合わせた。

イレーナは視界の端で彼女達の様子を見、声色をやや強める。


「急な話にはなりますが――その者をこちらに引き取らせて頂きたいのです」


イレーナは、真剣な眼差しをクロムに向ける。クロムはその彼女の顔を無表情で見やっていたが…すぐに息をついた。


「ここにはいないと、先程言ったはずだ」


「行き先を知っているのではなくて?」


「見当はつくが、お前達に明かすつもりは無い」


「何故?」


「今時分顔を合わせたばかりの連中に、パーティの内情を軽々しく話せるほど神経太くないんでな」


「…では、どうすれば…何が望みなの?」


「俺に言わせる気か? 情報を知りたいのはお前達の方だろう」


「……」


クロムの物言いに、イレーナはやや顔を強張らせ…下方へうつむく。


「…我々の身は、まだ口外することはできません。ですが…この先必ず貴方がたに全てお話しします。

誓って、お約束します。ですから…」


イレーナはうつむきながらも徐々に言葉に力を込め、再び目線をクロムへと向ける。


「…我々には一切伝手がありません。何でもいいのです、知っていることがあれば…貴方がたに是非協力

頂きたいのです。…お願いです」


「……」


しかしクロムは彼女を突き放すように、ただ黙ったまま、冷たい視線を与えていた。


「き、貴様、黙って聞いていればっ…!!」


二人の応酬をやきもきしながら見届けていた側近の男が、啖呵を切ってクロムへ詰め寄った。


「無礼にもほどがあるぞ!! さしずめそこらをほっつき歩いてるだけであろう下級剣士のようだが、

態度といい、口の利き方といいっ…この場で無ければ貴様などすぐにでも極刑に処してくれるわ!! 

よく聞け、このお方は[FOUNDIA]東方領主、フレイマー公御令室にして――」


声を張り上げかけた男だったが、すぐにイレーナに制され、男は興奮を抑えきれずに歯噛みしながら、

膝をついた。テルルとリンは彼の怒声に体が凍りついていたが、そんな様子を見届けながらも、クロムは

変わらず一定のトーンで続ける。


「確かに俺は“下級の”剣士だ。主もいない。地位も名誉も無い。…しかしお前達に従うべき立場でも無いし、

逆にお前達が俺に指図出来る権限を持つ訳でも無いな。武力をもって従わせるつもりなら別だが」


「っ…!」


そう言い、無感情な視線を与えて来るクロムに対し、迫った男が急に声を詰まらせ、唸りながら閉口した。


男は、クロムの力量を測りかねていた。初めて彼らが対面した時、ほぼ完全武装に身を包んでいた男達の

幾つもの切っ先を、丸腰で臆することなく浴びていた――それほどの芸当が出来るのは、徹底されたハッタリか、

あるいは――

判断材料が乏しい現状では、目の前の男をどちらで捉えるべきか、決断するまでには至れない。しかし、彼の

灰色の双眸からは、相手に物言わせぬ威圧感が感じられる。フェイクである可能性は残るが…およそ一筋縄で

いくような相手ではない。これだけは、はっきりとわかった。


イレーナは、首を横に振る。


「こちらとしても、争いは出来るだけ避けたいと思っています。隠密裏に動いているので…この者達に手出しはさせません」


「加えて、お前達の行動を全て管理させてもらおうか。…それが条件だ」


「ク、クロム…!!」


テルルが悲鳴のような声を上げるが、クロムは臆することなく淡々と続ける。


「素性を明かさないなら、それくらいしても十分だろう。もとより、こちらには不要な情報だがな」


「……」


クロムの突き出した苛烈な条件に、イレーナは思い悩むように再び視線を手元に落とす。テルルとリンは

固唾を飲みながら、二人のやり取りを見守った。


「…わかりました。貴方の要求に従いましょう」


しばらくの沈黙の後…イレーナはやや諦めたように、クロムへ頷いた。側近が何かを言いたげに彼女へ顔を

向けていたが、主には意見できないのかすぐにうなだれ、恨めしそうにクロムを睨んだ。


完全にクロムが話の主導権を握った格好となったが…果たしてそれが、彼の意図したものなのか、自然の

成り行きだったのか。テルルとリンには外野から場を傍観するしか出来なかったが、始終冷や冷やしっぱなしだ。


そんな彼女達の心配を余所に、ようやくクロムは口を開く。


「…お前達が探す男は恐らく、ここにはいない、こちらのパーティメンバーと共にいる」


「! それがわかっているのなら、すぐに探せようものだろうが!」


「おおよその当たりが付くだけで、正確な居場所はわからん。こちらから動いても、探し出せる保証は無い」


「探し出せない保証も無いでしょう? まだそう遠くへは行っていないはずです」


「…何にしろ、こちらはここから動く気は無い。お前達も明けまでは不用意に動かん方がいい…早いところ、

泊まる宿にでも戻れ」


「…それは、どういう意味なの?」


「安全を推奨して言っている」


「…我々は、そうしなければならないということね?」


「先程の条件を口約束で済ませないならな」


「……」


クロムの弁に、イレーナは考えあぐねるように、眼を細めた。


「…我々は、白髪の者を一日も早く連れ戻さなければならないのです。貴方が最も無難な選択肢を下さっている

ことはわかります。ですが…何かあってからでは遅いのです。少しでも早く…安否を確認したいのです」


「お前達にも事情があるのだろうが、こちらにも譲れないことがある。どうしても動くというならば、押し通せばいい」


「っ…」


二人を取り巻く周囲に、ギクリとするような緊張感が走る。そんな中クロムはやはり、顔色を一切変えない

ままに、イレーナへ視線をやっていた。

イレーナは逡巡するように、うつむいていたが…やがて顔を上げ、真っ直ぐにクロムと対面した。


「…わかりました。我々も、今夜は捜索の手を止めることにします」


2011/1/10 一部改変

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