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PLOT OF WIZARD  作者: O2
15/25

3日目夜…邂逅(2)

その時…二人が後にした宿にも、不穏な空気が近付いていた。


夜闇に紛れて、フードマントを被った十数名の集団が、宿の正面入り口近くに集まる。集団が動く度に、

ガチャガチャと金属がこすれる音が漏れ、鎧のようなもので身を固めている様子を感じさせていた。


集団の一人が正面脇の頭上から、2階部屋に当たるであろう窓の下めがけて梯子を掛け置く。

そして集団の一人の合図で、先頭にいた大柄な男が梯子に手を掛けた。縦にも横にも張り出したその体躯で

木梯子をきしませながらも、音を控えつつ素早く登っていく。

窓をこじ開けようと懐からナイフを取り出したところ、窓にわずかな隙間が開いているのに気付いた男は、

そのままのそりと中へと降り立っていった。


下から見上げる集団の面々を待機させ、中に入った男が暗がりの中眼を凝らしながら、部屋の中を見渡す。

目の前に見えるラグソファを背にしてベッドが一つ、更に奥に二段ベットが一つ。手前のベッドには

少女らしき2人の寝姿があり、男はそれを一瞥すると、奥の二段ベッドへと歩を進める。

男は注意深く、まず下段のベッドを探り…殻になっているものの、何者かが寝ていた痕跡があったことを

確認する。

そして、次に上段へと身体を伸ばし――


「夜中に家捜しとは、随分不躾な連中だ」


ふいに背中から聞こえた声に、勢いよく振り返り、長い騎士剣をザラリと抜き構えた。

正面の窓から望める月に照らされて、部屋の中は注視しなくとも見渡せるようになっていた。

男は身構えながら、声のした方をギラッと睨む。


男が視線を向けた方――そこは部屋のドアの真反対に位置したところで、壁際に小さなデスクセットが

置いてあった。その椅子には…いつからいたのだろう、痩身の男が足を組み、肘掛に腕をもたせ掛けながら

深々と腰を下ろしていた。

鎧姿の大男が長剣をちらつかせ、戦闘体勢を向けても、座る男に動じる様子は無い。


「貴様…この部屋に泊まる者か?」


「夜中に窓から上がり込むような輩に、答える必要は無い」


そう言うと、座っていた男はゆっくりと立ち上がり、鋭い視線で鎧男を見据える。

身構える男の方に対し変わらずリラックスした様子でその場に立ち、低いトーンは一定で抑揚の無い

調子であったが、眼光からはそれらにそぐわない感情を想像させた。


登ったきり戻らない先鋒の様子を確認しに来たのか、いつの間にか宿外で待機していた鎧集団数名が部屋の

中へ侵入してきていた。そして、何やら対峙したような雰囲気を見せている二人を確認すると、一斉に剣を抜き、

痩身の男へ切っ先を向ける。

先に入っていた鎧男はそれに気付くと、慌てた風に片手を大きく振りながら、あわや飛びかかりそうに

なっている仲間を制し始める。

しかし、これだけ多数の刃を向けられながらも、やはり男はその場にただ凝然として立ち、静かに鎧連中を

見やっていた。


鎧男はひとまず剣を下ろし、他の者にも促す。そして、畏まった態度で痩身の男に向き直った。


「聞け。これは宿改めである。極秘につき、このような未明時刻に相成り…」


「宿改めだと? こんな時間に梯子で忍び入って寝床を探るとはな。許可は取っているのか」


「…許可は受領しておらん。故に、このような手筈を取るしか無く…」


「夜盗と変わらんな」


「そっ…それはあまりに心外だ、我らはあるお方に使える、騎士位ある者なるぞ! こ度は、致し方無く…

夜盗まがいの失態を…」


「最近の騎士団は、夜盗の真似事もするのか。主も知れたものだな」


「!! 貴様っ…我らはいざ知らずとも、御館様を侮辱することは許さぬぞ!?」


「…話にならん。もとより、お前達の探す者はここにはいない、去れ」


何とか体裁を保とうとする“自称騎士”を名乗る鎧男の言葉を、痩身の男はことごとく一蹴した。

はなから意を介そうとしない男の態度に、憤慨した鎧男は再び剣を振り上げ、切っ先を向ける。


「おのれ生意気な若造が…我が刃の錆にしてくれようかっ――」


「“ここにはいない”ということは、別の場所に向かったということ?」


と、鎧男が剣を振りかぶったと同時に、窓の方から女性のような、トーンの高い声が聞こえてきた。

鎧男はまたしても勢いよく振り返り、今度は一転して狼狽し始めた。


「おっ…御館様」


「おやめなさい、あなた方。このような真似、何を言われようと弁明できません」


慌てふためく鎧の巨体男達に囲まれながら、窓の前に立っていた声の主は部屋の中へと進む。茶色い

フードコートを目深に被り、小さく華奢な体型ながら妙な存在感を醸し出すその人物は、真っ直ぐに

部屋の中央へ歩み入り、痩身の男の前に立つ。


「~んぅ~…」


「…クロ、ム…? どしたの…?」


と、手前側のベッドから声が聞こえ、寝ていた少女二人も起き出してきた。

その様子を見て…フードの人物がゆっくりと被りを外す。フードの下から現れた、赤褐色の緩やかに伸びた

髪と、ライトグリーンのやや切れ長の瞳――女性は男に向けて、自然な振舞いながらも、実に優雅に

カーテシー(お辞儀)をした。


「この者達の非礼をお詫びします。生来の護衛付ゆえ、庶民の礼儀を知らないのです」


女性の方を見やっていた痩身の男…クロムは、溜息にも似た息をつき、視線をそらへと向けた。





闇の広がる森を歩き進んでいたネオンとシドは、やがてある場所へとたどり着いた。

そこは周りより若干開けていて、まばらに伸びる木々の間から、月の光がわずかながらに差し込んでいる。


「…ここは…シドが犬に襲われてた場所だよな」


ネオンが振り返ると、シドは頷いた。


「最初、呪いを掛けられたのは…ここをもう少し行った先だった。この辺一帯から、魔術師によるだろう

術がかけられているみたいだな」


「うん…ここに来ると、何かおかしい…妙に寒い」


ネオンはあの時と同じように、ブルッと身震いする。長袖でいながらも、冷たい空気が直接肌に当たって

いるかのように、周囲が冷え切っていた。この辺りを境に、空気が何か異様な雰囲気をまとっている

ようだった。

ネオンはソードを構え、周囲を警戒する。

シドはそんなネオンの様子を見やり…小さく息をつく。


「実は、魔術師自体に遭ったことは今までに一度も無いんだ」


「…えっ」


「毎回…この辺りから先には、どうしても辿りつけないんだ。あの時みたいに魔犬に襲われたり、行きたい

方向に歩けなくなって、いつの間にか森の外に出されてしまったり…どれも、森にかけられている術の

せいだと思うんだけど」


「…」


「でも、それが…この森に魔術師が居るって証拠だ。俺が近付いてることにも、気付いてるはずなんだ」


「…うん、そうだな」


シドは至って普通に説明していたが…ネオンはそんな彼の様子を、少なめの相槌を返しながら、ただ見ている

ことで精一杯だった。

カンテラの炎に照らされて、シドの白い髪は、淡く金色に浮かび上がっていた。色の薄い瞳は炎の色に溶け、

輪郭だけがうっすらとネオンの瞳に映る。


ネオンはしばらく沈黙し…ためらいながらも、シドの背中にぽつりと声を掛けた。


「…シド」


「ん?」


「おれ、クロムから…シドが『アルビノ』って奴なんだって、聞いたんだけど」


「……」


言ってしまってからうつむいて、おずおずと彼へと見上げる。

シドは暫時黙ってネオンへと振り向いていたが…すぐに、柔らかく笑う。


「…ああ。色素欠乏症…簡単に言えば、身体の色を作る物質が足りない。だから、髪も生まれた時から白い。

…俺のは完全なものでは無いらしいんだけどね。」


シドの返答に、ネオンは呆けたような表情を向ける。


「うんまぁ、『アルビノ』であることには変わりないよ。クロムからは、何て聞いたんだ?」


「…陽の光が苦手とか…病気に弱いとか」


「うん、太陽の光とか熱は避けるようにしてる。一応眼鏡には、陽を遮るように細工してあるんだ。

視力も弱いんだけど…これは『アルビノ』が原因なのかよくわからないな。ガキの頃は本ばかり読んでたから」


「そうなのか…」


「そう、免疫力が一般より低いとも言われてるね。でも、一番の特徴はやっぱり外見かな…良くも悪くも、

かなり目立つし…この歳で白髪はないしな…!」


黙って聞くネオンに、シドは明るく笑って話す。


「[ATOMIA]ではどうなのか、詳しくは知らないけど…こういう外見があって、大抵『アルビノ』はあまり

良い存在として見られない。不幸や災いを呼ぶとか、そういう能力なんか持ってないんだけどね。

でも…古くから広がってる言い伝えって、簡単に覆るものじゃないから」


笑顔で話し続けるシドだったが、眼鏡の奥に見える翡翠色の瞳が、瞼の影で少しだけ曇る。


「…『アルビノ』だってことを隠すことは出来る。髪を染めたり…ね。実際にそういう人はいると思うんだ。

多分、『アルビノ』と思われたくない人は、みんな…。でも俺は、それは嫌なんだ」


「……」


「…自分を否定することになると思ってね。周囲から否定されても、俺だけは自分を受け入れていたい。

いや、受け入れていなくちゃいけない。…そう教えられたから」


一言一言を、まるで自分に言い聞かせているように話していたシドだったが、それきり口を閉じた。

ネオンも黙ったまま、シドの足許の方を見つめる。


「…なにもここで、こんな説明すること無かったな!」


一抹の沈黙の後、シドが明るく切り出した。うつむくネオンの顔を覗う。


「悪い、しんみりしちゃって…でも、だいぶ割り切ってるんだ。これと付き合ってきてもう18年にも

なるんだし」


「……」


「こういう奴もいるってくらいに、思ってもらえればいい。お前が考え込む必要なんて無いんだから――」


「うん…、シド、あのさ」


少し慌てた風にネオンの顔を覗き込むシドの言葉を、ネオンがうつむいたまま遮った。


「うん?」


「…おれ、シドを初めてみた時…髪の毛が白くて、すげー綺麗だと思ったんだ」


「!」


「ごめんっ…でも本当に素直に、そう思ったんだ。白髪白髪って言うけどさ、じーさんばーさんのとは

全然違うじゃんか。なんていうか、透き通った感じってか…つやつやしてるし」


「…」


「でも、あの後『アルビノ』ってことを聞いて、訳があってシドがそういう髪色をしてたんだって知って…

何か、言っていいのかわからなくなっちゃって…。だってシドにとっては、全然褒め言葉じゃないかも

しれないじゃん?」


「ネオン…」


「おれは『アルビノ』なんて知らなかったし、色んないわれがあるってことも知らなかったけど…それを

知っても、やっぱり綺麗だって思うんだ。…今はもっと違う意味でさ。そういう風に思われても、負けてない

シドが、すごく…」


拳を固く握り、思い詰めたように話し続けるネオンの頭に、何かが被さった。

ふいなことに驚いてネオンが顔を上げると、頭に乗せられた手の奥に、シドの黄色めいた白い輪郭が見えた。


「…今までで一人だけ、俺の外見を『綺麗だ』って言ってくれた人がいたんだ。言われた時は、ガキだったから

あまり実感無かったけど…今では感謝してる。こうして何も気にせずに、生きていける気にさせてくれたんだから」


「!!」


シドは心底嬉しそうな表情を浮かべ、ネオンに笑いかけていた。


「お前で二人目だ。…ありがとう、ネオン」





と、顔を上げた二人の間を、湿気を含んだ風が通り抜けていった。


「!」


「何…!?」


その突如とした変化に気付くも、風の流れは止まらず、二人を足の向く先へと押し流す。冷たく、じっとりと

まとわりつくような重い空気に足を取られ、じわりじわり前へと動かされていく。


「どーなってんだよ、これ…!?」


「! まずい…」


フラフラと転びそうになっているネオンの横で、シドが前方を見て眉を顰めた。同じように彼の見る先へと

ネオンも視線を動かすと、暗闇の中2つ並ぶ小さな光が幾つも、こちらへ向けられているのが見えた。

言葉に出さなくとも、犬…いや、魔犬のものであると理解できた。木々の間から縫うようにじりじりと

近付いてくるそれらは、眼の光が無ければ輪郭が到底判らないくらいに黒々しい。


ネオンは剣を構え、シドの前に出ようとするが、一向に止む気配の無い風が邪魔をして思うように体勢が

取れない。よろめく身体を立て直す度に、足が一歩前へと出てしまう。双方の距離がみるみる縮まっていく。


「~っのやろ!!」


思うようにならず、業を煮やしたネオンが、風の流れに従って一気に前へと詰める。


「ネオン!」


「お前はそこにいろ!!」


前方へ飛び出して来たネオンに、黒い光達は一斉に反応する。闇に溶ける体躯から、白く光る牙を剥き出し、

速度を増してネオン一点へと集まり始める。

暗がりの中眼を凝らし、ネオンは目標を確実に捉える。そして先頭に向かって来た一匹目を足で蹴倒し、

後続へ向けて剣を思いっ切り薙いだ。


「!」


確かな手応えを感じ、ネオンは体勢を整えつつ身構え、敵を窺う。先ほどの攻撃を受けて、魔犬達は

彼から距離を置いて立ち止まり、絶えず唸り続けている。その前方で、ネオンの剣を受けたであろう

一匹が横倒しになっていた。ネオンはそれを一瞥すると、奥へ向けて間合いを詰めていく。


「…!! ネオン、駄目だ!!」


「!?」


そこへふいに後ろからシドの叫び声が聞こえ、ネオンの視線が揺らぐ。


「なんだよっ…、……!」


若干がなりながら返したネオンだったが、動いた視線の先に、思いもよらぬ光景が映っていた。

たった今攻撃を当てた魔犬が、ゆっくりと立ち上がり始めたのだ。腕に伝わった限り、かなり深く

切り込んだ手応えを感じていた。致命傷だと踏んでいた。

しかし…魔犬は手負った様子をおくびも見せず、ネオンの目の前で鋭い牙を剥き出す。

困惑と驚愕が交錯する中、ネオンはその黒い身体を凝視する。

…傷はどこに出来たんだ? おれは“本当に”斬ったのか――?


瞬間、シドが後方から飛び出す。硬直するネオンの腕を掴み、そのまま魔犬の頭上を飛び越え、

真っ直ぐに風下へと駆け出した。


次回更新予定日…2010/7/1

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