伯母から聞いた話。1
これは私の伯母から聞いた話である。
彼女は私の父の姉であり、若い頃は看護師として働いていた。
看護師や医療関係者はやはり、その手の体験談が多い。
実際に見たり聞いたりするのは五分五分らしいが、伯母はその中でも“見た”側の人間である。
その日見たのは、上品な老婦人だったという。
白く美しい着物を身にまとい、佇んでいた。
夜勤であった伯母は、担当する病棟の階を見回っていた。
やっと見回りが終わる、と一番端にある職員用トイレから出たとき、彼女が居た。
あまりにも自然だったので伯母は「こんばんは」と反射的に頭を下げた。
そしてすぐに顔を上げると、そこにはただ暗闇だけが広がっていた。
途端、理解したという。
職員用トイレのその先には非常口があるだけだ。それが開く音はしなかった。そもそも、足音などもない。
誰もいないのに、いや、誰もいないからこそ、伯母は老婦人がいた場所から目を外すことができず、彼女曰くカニ歩きでそろそろと離れたという。
あの非常口の先には渡り廊下を越え、付属する研究機関の解剖室があった。
ご献体を載せたストレッチャーは、その階の廊下を通って解剖室まで運ばれる。
老婦人がその部屋の客人だったのか、はたまたただの通りすがりかはわからないが、伯母にとってはどちらにせよ記憶に残る体験であったという。