第2話 黒髪と白髪(2)
「あんた、よく食うねぇ」
ゴロツキを倒してから数時間経ち、日も暮れた。
ゲルドが紹介した店はラスィードから数里離れた街にあり、ラスィードほどではないが栄えている街である。
そんな街でもこんな光景は珍しいのか、酒場の女将がテーブル上の料理の数に呆れながら大量の空き皿を下げていく。
ゲルド達が酒場についてまだ半刻ほどだが、
すでに3人で15人分ほどの料理を食べきっていた。が、13人前はシンの分である。
「おばちゃん、さっきのあと3つ頂戴!」
「まだ食べんのかい!ちょっとまってな!」
女将は一人の客に繁盛時並みの仕事量を強いられ、少し苛ついている様子だったが、それよりもゲルドの青ざめた顔が目立っていた。
「・・・ぅそだろおい・・・」
「悪いな、いつもこうなんだ」
このフードファイトのような光景を横目に、ハクはシンの横でデザートを堪能している。
「シン、お前そんなにでかくねぇのによく入んなぁ」
「ああ、ここの飯は美味えなぁ!」
そう言うシンはゴロツキを軽くいなした時より心なしか大きくなっている気がした。
それでもなお腹が満たらないのか、次々と料理を口に運んでゆく。
「食費がかさむなぁおい・・・
てかお前ら、あんなとこで何してたんだ?もうなまくらの武器しか転がってねぇぞ」
「まがが、もぐぁ・・・」
「おい、俺が喋るから黙って食え」
口にたっぷり料理を含んだ状態で話そうとするシンを抑え、ハクがデザートを食べ終え説明を始めた。
「あの男3人には懸賞金がかかっていてな。
戦場荒らしや略奪などを多数やっていたようで、懸賞金が良い値だったから待ち伏せをしていたんだ」
「へぇー、じゃあお前ら賞金稼ぎか、強いわけだぜ」
「実際には違うが、そう思ってもらって構わない」
(含みがあるなぁ・・・)
実際には違う。
この言葉に少しの違和感を覚えたゲルドだが、この戦争の激しいご時世、事情は深く聞かないことにした。
だが、やはり多少は気になってしまう。
「ちなみにいくら?あいつら」
「20万ギルだ」
「はぁ!?にじゅうまん!?」
この世界の通貨はギルと呼ばれている。
様々な国が存在するが、通貨は世界共通で同等の価値を持つ。
だいたいコップ3杯分の水が100ギルで買うことができる。
「そうか、強いやつは一瞬でそんな大金稼げんのか・・・」
「だが、すぐ無くなる。主にこいつのせいだが」
と、ハクは二人の会話を意に介さず、ひたすらに料理を食べるシンを見る。彼はただ美味い料理を頬張るモンスターになっていた。
「あー、心中察するわ・・・」
「分かってもらえて嬉しいよ。ゲルド、話を変えたいんだが「赤い砦」を知ってるか?」
神妙な顔つきでハクがゲルドに問いかける。
重要なことだと肌で感じ、ゲルドも真剣に考えるが、
「んー、いや悪い、知らねぇな。なんだそれ?」
「・・・そうか、各地で人攫いをしてる連中だ。それも武力がある手練れを集めているらしい。」
「・・・急ぎか?なら明日、ラスィードで店をやるんだ。即席のな。その時に赤い砦の情報も集めてみるよ」
ラスィード。
それは世界随一の大都市で、経済の中心となっている。そこで店をやることはかなりの集客が見込め、同時に情報収集にもうってつけの場となる。
「いいのか?」
「たりめぇだ、命の恩人が困ってるとなりゃあやるしかねぇよ。てかなんだ?赤い砦って」
単純な疑問を率直にぶつける。
賞金稼ぎ?の二人が探しているとなると、どういうものか大体想像はつくのだが。
「・・・あまり良い話ではないのだがな、情報を集めてもらうからには伝えておく」
「赤い砦は反ロッシ組織だ。アイリカ出身のな。どうやら本気でロッシからアイリカを取り戻す気でいるらしい。だから人を集めてる。
俺たちと赤い砦は本当なら敵対するはずはないのだが、その組織に仲間が捕まってしまってな。連れ戻すために探しているんだ」
ロッシ。アイリカ。
二つとも国の名である。
最近の戦争は特にロッシが仕掛ける場合が多い。その戦いに負け、アイリカはロッシに支配された状態が続いている。
「捕まってるとなりゃ、たぶんそいつらのアジトだろうな。じゃあ明日は特にそこらへんについて聞いてみるぜ」
「本職に差し当たりのない程度で結構だぞ?」
「任せとけって!こう見えて売ることに関しちゃ、俺は結構やり手だぜ?」
ゲルドは自信にありふれた様子で胸を叩く。
彼は行商人として世界中渡り歩いており、各地で販売と入荷を繰り返しているようだ。
「やはりそうなのか。ここに来る前乗せてもらった馬車で荷を見させてもらったんだが、なかなか他では見ないものを用意してたから
驚いたよ」
「ああ!なにもやらなくても売れるもん売っても面白くねぇからな!特別なものを売ってんだ!」
「それはいい。明日を楽しみにしてるよ」
ハクは軽く微笑みながら、まだ暴食を続けるシンの隣で追加のデザートを注文する。
「そういえば、あのゴロツキ達に20万がかかってるって言ったけどよ。2人しか連れて来てねぇじゃねえか。それでいいのか?」
「一人逃しただろう?あれでいいんだ。いずれわか
バタンッ!!
ハクの話す途中で酒場の扉が勢いよく開かれた。いや、こじ開けられた。
「兄貴ぃ!あいつらですよ!俺らをやったのは!!」
やってきたのはあの逃したゴロツキと、もう一人兄貴と呼ばれたさらに体の大きい男。
体中に入れ墨を施しており、左目に眼帯をしている。いかにもな男だ。
「茶髪の商人に黒髪の格闘家、それに白髪の銃士か・・・間違いなさそうだな。
おいお前ら、さっきはうちのもんが世話になったなぁ。良かったら面貸してくんねぇか?
礼をするからよ」
ゲルドは即座に下を向く。
彼はこの男を知っていた。
(ザガン・・・!この街の裏組織のボスじゃねぇか・・・!あいつらこいつの手下だったのか!)
「来たな。片目のザガン。待っていた」
ハクが立ち上がり、ザガンに体を向ける。
「は、俺を待ってただぁ・・・?」
「あぁ。お前の懸賞金は200万ギル。この街でダントツの首だ。」
「へぇ、おれも有名になったもんだ。じゃあなんだってんだ?俺を狩るためにわざわざお待ち頂いたってのか?」
「そうだ」
ザワワ・・・!
ザガンが入ってきたことにより酒場がざわついた。
ハクとザガンには相当の体格差がある。
ハクは線が細く、ザガンの太い腕の中では木の枝のように折られてしまいそうだ。
「おい!ハク!なにしてんだよ!」
ゲルドが大声で訴える。丘の上では見事な射撃の腕を見せたハクだが、今は酒場の中で銃は使えない。
「大丈夫だゲルド。やるのは俺じゃない」
その言葉と同時にハクが右手で指を指す。その先にいたシンはすでに料理を食べ終え、ザガンの目を見ていた。
「あんた、でかいだけだろ。相手になんねぇぜ?」
わざとらしい挑発だが、相手の顔を赤くするには丁度良かったようだ。
「あぁ・・・?言ってくれるじゃねぇか。
酒場に罪はねぇ、表出ろや」
シンはそれに応じ、未だに羽織っていたマントを脱ぎ捨てる。
すると、彼の腰には剣が装備されていた。
(シン、剣士だったのか・・・)
「おい、そいつは殺すと賞金が出ない」
そう言うと、ハクがシンの腰から剣を鞘ごと静かに抜いた。
その行為はザガンを余計に奮い立たせたようだ。
「舐めてくれるねぇ?後悔すんなよ?」
「昼にも聞いたぜそのセリフ。安心しろよ、俺の方が強え」
「いいねぇ、潰し甲斐があるじゃねぇかぁ!」
「!」
ドガァン!
突然ザガンがシンの頭を掴み、入り口に思い切り投げつけた。シンは店の外まで投げ飛ばされ、扉は蝶番までも破損してしまった。
「おい、店は壊すなよ」
「わりぃわりぃ、ついうっかりなぁ。壊したくなっちまうんだよ」
ザガンはゆっくりとシンの前に立ち、拳を鳴らす。こちらも体格差が顕著に表れ、ザガンにとってシンは子供同然のようだ。
「軽いなぁお前。そんなんじゃまたうっかり潰しちまうぜ!」
ザガンがシンの頭上から大きな拳で殴りつける。
ドガァン!
彼らの周りに砂埃が立ち、ハク達からは姿が見えなくなる。
が、すぐに風が砂を運び、徐々に彼らの姿が現れ始めた。
「な、なんだと・・・?」
砂埃の中でシンはザガンの拳を片手で受け止めていた。地面をえぐるほどの衝撃だが、涼しい顔でザガンを見ている。
「精一杯でそれかよおっさん。見た目以下だな。あと、あんたも軽いよ」
シンがザガンの懐に素早く踏み込み、地面に垂直にザガンの腹を蹴り上げた。
「ぐぉっ!」
ザガンは高く空中に突き上げられ、身動きが取れない。その高さから落ちただけでも相当な傷を負うだろう。
シンも瞬時に地面を蹴り、ザガンの背後まで跳んだ。
「な?後悔しねぇだろ?」
シンがザガンの背にかかと落としを叩き込み、ザガンは強く地面に打ち付けられた。
その衝撃で先ほどより大きく地面がえぐられ、ザガンはその中で動かない。
「あ、兄貴ぃ!」
ゴロツキがザガンに駆け寄るが返事がない。
死んでしまったのだろうか。
すると、シンが近づきゴロツキに話しかける。
「そいつ結構鍛えてんだろ。安心しろよ、伸びてるだけだ。まぁ、起きたら檻の中だけどな」
ゲルドはあまりの迫力に声が出ない。
この街で最も恐れられていたザガンが目の前で一瞬で倒されてしまった。
脅威が消える嬉しさもあったが、それよりもシンが恐ろしかった。
(こいつ・・・まじかよ・・・)
「大丈夫だ。君にも街にも危害は加えない」
ハクがゲルドに言い残し、酒場の階段に向かう。
一般的に酒場には客室が用意されており、宿屋も兼ねているのだ。
「じゃあゲルド、明日はよろしく頼む」
(これ、情報集まんなかったら殺される・・・?)