プロローグ
新歴147年 1年で最も太陽が長く昇り続ける
この日、世界が驚倒した。
これ以上に美しい光景があるだろうか。
この世界「ルーン」の夜に、空一面を覆うほど巨大な彗星が現れた。
彗星はゆっくり、ゆっくり進み、空で青く輝き続けている。
彗星は数え切れないほどの流れ星を纏い、その流れ星から生まれる光線は互いに交差し、幻想的な光景を生み出していた。
人は皆、空を見上げ、感動する者、腰を抜かす者、祈る者様々だ。
「・・・」
少年シンも彗星を見ていた。
土と木材で作られたベランダの柵に座り、風で涼んでいたところに突如彗星が現れた。
あまりに突然のことに言葉を失い、その幾多の流れ星を連れる青い光をただただ眺めていた。
「形状からするにあれは彗星だな」
そこに現れた白髪の少年、ハク。
ベランダを登りシンの隣に座る。
彼も彗星の美しさに心躍っていた。
「ハク、わかんの?」
「ああ、図書館で見たから間違いない。
でも、周りに星はなかったな」
「綺麗だなー、でもなんかさ・・・」
シンは不思議そうな顔で立ち上がり、彗星に手を伸ばした。
「ん?なんだ?」
「なんか、初めてじゃない気がするんだよなー」
シンは手を下ろし、自分の掌を見る。
だが当然なにもない。
ハクも一瞬その手に気を取られたが、すぐに彗星を見つめ直した。
「そんなわけない。こんな現象の記録見たことないし、俺たちはずっとここに・・・」
「ああもう!そういう理屈じゃねえよ!なんか、そう思ったんだ」
ハクは事実を言っただけだと不満げな顔だ。
だが、彗星の輝きの前には嫌なことはすぐに消え去ってしまう。
本来なら彗星は雷のように一瞬の出来事であるが、青い光はまだこの場に残り続けている。纏う流れ星も彗星と同様に進み、光線の尾も筆をなぞったかのように滑らかな曲線を描き続ける。
「不思議だ。有り得ないことが目の前で起きている。普通なら恐怖するはずなのに、こんなに・・・」
「ワクワクするよな!」
「ああ!」
二人は高ぶりを隠し切れない。
ずっと同じ地域での生活を続け、デシャヴのような日々に飽き飽きしていた二人は、少年ながら人生とは、などと難しい事を語り合っていたほどだ。感動するのもわけはない。
「なぁシン、知ってるか?」
「なにが?」
「ある国では、流れ星に願いを言うとそれが叶うと言われているらしい」
「へぇー!いいじゃん!」
シンは拳を握り、また空に掲げた。
その瞳は彗星を反射し、いつもより輝いている。
「俺らもあんな風にでっっっっっかくなれますように!!」
「なれるよ、俺たちなら」
ハクは二人のこれからの活躍を確信している様子だ。それほど自分達に可能性を感じていたのだ。
「おい、セナもだろ!」
「わかってる」
「でもせっかくなら色んな奴とでっかくなりてぇなぁ」
「それもいい。俺達が成長したら旅に出よう」
「そしたら会えるな!色んなやつに!」
少年二人は目を合わせ、互いに頷き合う。
二人の心に、この空は深く刻まれた。
ーーー同刻、同じ彗星を眺める少女が一人。
窓から体を乗り出し、桃色の髪を風になびかせている。
「ユミル様!危のうございます!」
少し年配の女性が少女を身を案じ、小走りで駆け寄る。
それも当然、少女が乗り出す窓は一般の建物なら10を超える高さを持つ城の最上階の窓なのだから。
「大丈夫じゃ!それほど阿呆ではない!下がっとれ!」
少女が笑いながら振り向く。
彗星の光を浴び、彼女はいつもより美しく見えた。
「・・・綺麗じゃのう」
ユミルは女性の声もあってか、少し体を引き、窓枠に肘をつきながら空を眺めた。
「あの星たちは自由じゃろうのう。羨ましい限りじゃ」
シン達のように、彼女も退屈していた。
自分の周りの大人達は皆同じで、城の中はもちろん、どんなに派手で高価な衣装を召した人物であろうと、自分に頭を下げ膝をつく。
人以外でも、少女の頭で思いつくこと全てが自分の思い通りになる。
食事も、遊び道具も、希少な宝石も、全て手に入る。彼女はそれが面白くなかった。
彼女は自分と同等の、それこそなにも壁がない友人を欲していた。
「妾もあんな風に飛んでいってしまえるのなら、誰かに会えるのかのう」
ユミルはまた窓から身を乗り出してみた。
飛べるわけもなく、ただ少し彗星が近くなっただけだ。
だかそれでも自分に吹き付ける風が心地よく、もっと乗り出してみたくなる。
「どこに飛んで行くんだい?ユミル」
背後から低い声がユミルに話しかけた。
少し驚きながら彼女が振り向くと、
「父さま!」
そこに立っていたのはユミルの父であった。
ユミルは飛びつくように父に抱きつく。
彼女は父を強く愛していた。
「ははは、痛いよユミル」
「ごめんなさい!みて!父さま!」
「あぁ、彗星だね。君のように美しい」
父もまたユミルを強く愛していた。
妻を亡くし、両親もとうの昔に逝ってしまった彼の家族はユミルだけだった。
「ユミル、あの星に願い事をしてごらん?
ある国ではそれで願いが叶うと言われているんだよ」
「ほんとうに!?」
「ああ、やってごらん」
ユミルは目を瞑り、両手を合わせ、握る。
「・・・」
「なんて願ったんだい?」
「ひみつ!」
「ははは、君は意地悪だなぁ。さぁ、今日はもう寝なさい。明日も挨拶があるからね」
「・・・はい、父さま」
ユミルの顔は暗くなる。父もそれを感じていたが、静かに部屋を出た。
ユミルはまだ星を眺める。風はもう吹いていなかったが、青い輝きが彼女を惹きつける。
「もう嫌なのです、父さま・・・」
ーーシン、ハク、ユミルの見た空は世界を大きく動かす運命の鍵となる。
3人はそれを知る由もなく、星に希望を覚え、自分の将来を夢見た。
だが、夢とは程遠く、彗星をきっかけに戦乱の嵐を巻き起こす世界に、3人は身を投じることになる。
少年少女の未来は如何に。