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4話 舞台挨拶

 暗く、だだっ広い空間にスポットライトが当たる。

 円卓。

 その中央にベルベットの表紙に金の意匠が施された、品のある装丁の本が一冊。本の上には羽ペンとインクが置かれている。

 それから鈍い光を湛える銀の杯。

 杯の中にはサイコロが七つ入っている。

 そしてその円卓を囲むように座っている、黒いスーツを身に纏った七人の人間。


『視聴者の皆様お待たせいたしました。リアルTRPGオリジナルシナリオ「深層の館」参加PCをご紹介いたします』


 GMの声が静まり返った空間に響き渡る。

 更にスポットライトが暗闇を照らす。

 照らされて現れたのは舞台。

 その舞台上には更に別の七人が椅子に座らされている。

 その七人の中に、浅見柊弥(あさみしゅうや)はいた。

 柊弥はその舞台上から円卓に着いているサエキを見下ろす。サエキは柊弥の視線に気付くと不敵な笑みを浮かべた。

 柊弥は自分の置かれている状況を整理する。

 舞台下の円卓には、サエキを含むマネージャーたちが。壇上には柊弥たち七人のPLプレイヤーが横一列で並べられている。

 そして、柊弥は隣りに座る人物を見て目を見開いた。

 見覚えのある端正な顔立ち。華奢で小柄な矮躯。鮮明に覚えている。

 

「……蓮?」


 間違いなくそれは研修中に施設で出会った女性、蓮だった。

 蓮は、柊弥の呟きにも、その視線にも反応せずどこか伏し目がちに前を向いている。

 柊弥はどうにかしてこちらに気付かせたいと思った。しかし自分たちが座らされている椅子はそれぞれが距離を置かれて横一列に並んでいるし、そもそもスポットライトの当たった舞台上で話しかけるなど無理な話だ。


『このゲームは数日をかけて行われます。その様子は当クラブのVIP会員である視聴者様に向けてインターネット上で生配信されます。PLの皆さんは視聴者様により楽しんで頂けるよう真剣にロールプレイしてください』


 要するに、富裕層がターゲットの娯楽コンテンツの一環というわけだ。

 まさに映画の世界。大富豪が刺激と娯楽を求め、借金まみれの人間を集めて争わせる。そして殺人ゲームが始まるまでかお約束だ。

 柊弥は想像を巡らせて一人納得していた。

 あくまで勝手な想像である。


『舞台は深い森の洋館。旧華族の名家で起こる事件。そこに隠された謎を解き明かし、各個が望むエンディングをむかえてください。それでは今回のPCをご紹介致しましょう』


 すると舞台上、向かって左端に座っていた男が立ち上がった。


「俺の名前は東雲麻人(しののめあさと)。二十二歳、東雲家の跡取り候補。大学生で来年は東雲グループのIT企業に就職予定。大学生活最後の夏休みを実家でのんびり過ごそうと思ってる。よろしくな」


 東雲麻人(しののめあさと)。快活に淀みなく自己設定を語った男は、まさに主人公然としていた。この謎の舞台でスポットライトを浴びても物怖じせず、堂々している。これから始まるゲームを楽しむ気満々といった様子で笑みを浮かべている。スラックスのポケットに片手を突っ込んで立っている様が彼のキャラクター性を表しているようだ。

 東雲麻人が自己紹介を終え席に戻る。

 そして、それと入れ替わるように麻人の隣に座っていた女が立ち上がった。

 ピンヒールをコツコツと硬く鳴らして数歩前に出る姿はまるでモデルのようだった。


「あたしは小峠蘭子(ことうげらんこ)。二十一歳、大手アパレル会社の社長令嬢で一応モデルやってまーす。麻人とは恋人同士で今回東雲のお屋敷にお呼ばれしたの。これを機に婚約するつもりよ」


 モデルと言われて納得した。若干露出度の高い派手な服はスタイルの良い彼女だからこそ違和感なく着こなせているのだろう。出るところの出た肉感のある体は実に魅惑的である。緩やかに波打つ長い髪を耳にかける仕草も色気がある。

 更に演者の紹介は進んでいく。

 小峠蘭子(ことうげらんこ)が踵を返し再び席に着くと、隣に座っていた女性が立ち上がり丁寧にお辞儀をした。


東雲(しののめ) (あかね)です。二十三歳、東雲家の長女です。自分で言うのも烏滸がましい気も致しますが、東雲家の跡取り候補です」


 東雲(しののめ) (あかね)は落ち着いた雰囲気の中にどこか知性を感じさせる女性だ。軽くウェーブがかったボブヘアに、控えめな身なり。良家の長女に相応しい印象を受ける。

 そして東雲茜はもう一度洗練された所作で頭を下げると、再び席に座り直した。

 演者の紹介がテンポよく進み、四人目に移る。

 舞台を向かいに左から四番目、柊弥から見て右隣の人物が立ち上がった。

 一歩、足を踏み出して前に出る。

 前に出て、そして固まった。


『どうしましたか?自己紹介をお願いします』


 GMが先を促しても緊張しているのか口を開閉させるだけで中々喋ろうとしない。

 すると、舞台下から咳払いがひとつ。


「彼は里中藤太(さとなかとうた)、二十四歳、東雲家と古くから付き合いのある医家の長男で東雲茜の婚約者です」


 喋ろうとしない彼に業を煮やしたのか、円卓に着く七人の中の一人が立ち上がり説明する。おそらく壇上で立ち尽くしている彼のマネージャーだろう。

 里中藤太。天然パーマに黒縁眼鏡。見るからに気弱そうな彼は震える手で眼鏡を押し上げると、上ずった咳払いをした。


「里中藤太です、よろっ……ゲホッ!よろしくお願いします……っ」


 そう言って、息も絶え絶えといった様子で席に戻った。

 そして、柊弥の番が回ってくる。

 立ち上がり、二歩前に出る。一礼をして前を向く。


浅見柊弥(あさみしゅうや)と申します。二十五歳、東雲家の使用人、執事でございます。見習いの執事やメイドの教育係も仰せつかっております」


 柊弥は心の中でサエキに感謝していた。自分には御曹司の役も無理だし婚約者が宛がわれる役もごめんだ。執事と聞くといかにも物語、演劇じみた役に聞こえるが、使用人と聞けばまだ現実味がある気がした。普通に振舞える、それだけで大分ストレスが軽減される。

 要はサラリーマンから転職したと思えばいい。

 本戦を目前にして、夕べは緊張で眠れなかった。しかし、柊弥はこの壇上に立って他のPLの顔を見て不思議と緊張が和らぐのを感じていた。

 なるようになると腹をくくったのだ。

 柊弥は舞台下のサエキを見た。サエキはそれに気付いてどこか満足そうに笑った。どうやら及第点のようだ。

 柊弥はもう一度礼をして席に戻った。

 次は蓮の番だ。

 しかし、そこでGMの声が響いた。


『さて、次に移る前に……ミズノさん、立ちなさい』


 GMの突然の指示に場の空気が変わるのが分かった。柊弥はミズノという名前に聞き覚えがあった。

 蓮のマネージャーだ。

 円卓のマネージャー達、その中のミズノが一人立ち上がる。しかし蓮はじっと座ったままである。


『GMとしてPCについては事前にキャラクターシートを提出していただき精査したうえで許可を出しています。ミズノさんが提出したキャラクターシートには御厨(みくりや) (れん)、二十歳女性、東雲家の使用人……メイドとなっています。これに間違いはありませんか』

「メイド?」


 柊弥は疑問を口に出してしまったことと、その声が意図せずはっきりと響いてしまったことに気付いて慌てて口を押えた。

 しかし、疑問に思ってしまったものは仕方がない。他のPLもマネージャー達も全員が蓮に注目し、同じ疑問を持っているに違いないのだ。

 どう見ても今の蓮はメイドには見えない。

 むしろ、あの服装は――。


「GM、そのキャラクターシートは訂正前のものです。新しいキャラクターシートは提出済みだと思いますが」

 ミズノは臆した様子もなく堂々と姿の見えないGMに向かって意見を述べる。

 ミズノの横を見るとサエキが腕を組んで苦虫を噛んだような顔をしていた。喫煙者はこういう時にタバコが吸いたくなるのだろうが、生憎この場ではタバコはおろか電子タバコも咥えることは叶わないだろう。


『確かにもう一枚キャラクターシートが送られてきましたね……二時間前に。当然私は許可を出しておりませんが』

「では、再度ご検討を。……蓮!」


 ミズノがそう呼びかけると、ようやく蓮が立ち上がった。

 コツ、コツ、とローファーの音が妙に舞台上に響いた。前に進み出た蓮に再度注目が集まる。

 それまで無表情だった蓮がにへらっと笑った。


「えーっと、どうも、オレ御厨(みくりや) (れん)って言いまっす!二十歳、男、東雲家の使用人で執事見習いでーす!よろしくお願いしまっす!」


 蓮以外、その場の誰もが凍り付いたように固まったまま動かない。

 彼女は今何と言っただろうか。

 聞き間違いだろうか。

 数日前に出会った彼女とはあまりにもかけ離れている。


「……あれ、オレなんかマズイこと言いました?」

「え!?」


 凍り付いた空気の中、こともあろうに蓮は隣にいた柊弥に振り向いて話を振ってきた。

 何故ここで俺に話を振るんだ。言葉に窮した柊弥は蓮を只々見返すしか出来ない。

 蓮の服は一見したところ柊弥と同じもの。つまり執事用の服だ。セミロングの黒髪は後ろで一つに束ねられている。執事見習いとなると自分の部下もしくは後輩になるのだろうか。いや、そんなことはどうでもいい。もっとも重要なことはそこではない。

 彼女は、いや蓮は。


『男性PCは足りています。そしてこのシナリオに必要なのは御厨蓮というメイドの女性PCです。これはこのシナリオと彼女のPLとしての性質から精査した結果です』


 研修中、模擬セッションで異性を演じていたPLを思い出した。彼は、女性役を活き活きと演じていた。本人が望んだ役柄だろうとサエキが言っていた。

 しかし、それもGMが許可したからこそのことだろう。どうするつもりだろう、と柊弥が蓮とミズノの出方を窺っていると、突然、舞台の右端にいたPLが手を挙げて立ち上がった。


「はぁーい、メイド役ならここにいまぁす!」


 その女性は成程、正しくメイドだった。ヒラヒラとしたひざ丈のスカートにフリルの付いたエプロン。頭にはこれまたフリルの付いたカチューシャ。見るからにメイドと言った風貌だった。ちなみに髪型はゆるふわロールのツインテールだ。


「あたしは最上(もがみ) (あおい)!十九歳、勿論女の子よ!東雲家のメイドです!よろしくねっ」


 可愛らしい見た目に(たが)わないこれまた可愛らしい所作で小首をかしげて言ってのけた。

 すると、マネージャーの一人がおずおずといった様子で挙手をし、立ち上がった。細身の大人しそうな若い男だった。


「じ、GM、すみません!マネージャーのスズイです。あ、あの……初のセッションでGMのシナリオに参加できて光栄で」

『簡潔に説明して頂けますか?視聴者の皆様にもわかるように』


 GMに冷静に言い放たれ、スズイと名乗った男は口をつぐんだ。

 基本的にTRPGにおいてGMの発言は絶対である。GMが話し始めたらそちらを優先しなければならないし、GMの言葉を遮って発言することはマナー違反である。

 しかしそれだけではない。模擬セッションで様々なGMの卓に参加してきたが、だからこそ今回のGMがそれまでと違うとわかる。口調も声のトーンも柔らかいものなのに、このGMの言葉には従わざるを得ない何かを感じる。

 すると、スズイの代わりにミズノが答える。


「修正した御厨(みくりや) (れん)のキャラクターシートともう一枚、最上(もがみ) (あおい)のキャラクターシートもお送りした筈ですが。提案書も私とスズイさんと連名で添付いたしました」

『はい、確かに。しかしそちらも同様に許可していません』


 場の空気がどこか重苦しくギスギスとしたものに変化しているのがわかる。

 セッションが始まる前に段取りが崩れるとは、これが本戦で大丈夫なのだろうか。それとも本戦だからこそ突発的な問題が起こるのだろうか。

 と、沈黙が続く中、マネージャー側から手が上がった。

 意外にもサエキだった。


「あー……GM、私から一つ提案が。二人の提案書を認めるか否かを、視聴者の皆様にアンケートで決めて頂いては如何ですか?セッション前にアンケート機能を試す意味合いも兼ねて」


 視聴者。この状況をネット上で観ている限られた富裕層。

 その富裕層たちに判断を委ねるということか。

 このゲームは視聴者参加型なのだろうか。


『……いいでしょう。では、視聴者の皆様は画面上に選択肢が表示されますのでどちらかをお選び下さい』


 柊弥達この場にいる者は、自分達が映像に撮られてはいても実際にどのような映像として視聴者に流されているのか知ることが出来ない。察するに御厨蓮をメイドの女性PCにするか、執事の男性PCにして代わりに最上葵というPCをメイド枠として採用するかを選ばせているのだろう。

 壇上のPL、円卓に着くマネージャー、皆黙ってGMの指示を待つ。

 そして沈黙の後、GMが告げる。


『結果が出ました。採用が七割、不採用が三割。視聴者アンケートにより新たに提出されたキャラクターシート及び提案書の採用が決定いたしました』


 GMの言葉を聞いたミズノが深々と頭を下げる。それを見たスズイも慌ててそれに倣う。


『シナリオもこの結果を踏まえて対応しましょう。ただし、御厨蓮のPCは多少テコ入れさせて頂きます。そのロールプレイでは最後までもたないでしょう。途中で破たんすることだけは避けなければなりません』


 柊弥は再び蓮を見る。

 蓮は先程の自己紹介が嘘のように無表情で前を見つめていた。


『配役も整いました。今回のシナリオ「深層の館」は謎解き要素がございます。そして、クリア報酬は……十億円』


 この舞台上のPLの誰か一人がそれを手にする。


『視聴者の皆さんにはもう(しばら)くお時間を頂きますが、ご了承ください。またゲーム開始までの間、NPCの紹介、及び詳しい舞台設定をまとめた映像と、只今の舞台挨拶を編集した映像をループ配信致しますのでお時間のある時にいつでもご覧ください。それでは今から十二時間後、東雲家の洋館にてゲーム開始でございます』


 GMがそう宣言した次の瞬間、照明は落ち、当たりは闇に包まれた。


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