3話 テストセッション
結局、午後四時からのセッションには間に合わなかった。
ただ、サエキが前もってGM側に連絡していたらしく三十分の時間変更の末、なんとかゲームに参加できた。
サエキはミズノの上司らしい。
柊弥たちが更衣室にいた時、サエキはミズノと一緒に居た。サエキはミズノが蓮からの着信に出た際に、通話音声に柊弥の声が混じっていたことで状況を察し、ミズノを男子更衣室に向かわせ自分は警備員を呼んでから駆けつけた。
ちなみにPLに支給されている携帯端末には当然ながらGPS機能が搭載されており、その精度は屋内にも拘らず施設内の何処にいるかも把握できる程だという。
マネージャーにはPLが問題を起こさないよう、行動を把握・管理する義務がある。
PL間の接触は基本禁止されている。これは研修中、つまり本戦前でのPL間の揉め事を防ぐためらしい。特に暴力沙汰など起こそうものなら一発で退場、即ちゲーム参加資格を失うというわけだ。
蓮は柊弥と同じように午後四時から参加予定のセッションがあった。
あの後直ぐにミズノに連れられて去っていった。
柊弥はもしかしたら自分と同じ卓なのではないかと思ったが、同時刻の別の卓だったようだ。
その後も蓮とは同卓することはなかった。そういえば研修中、テストセッションで一緒になったPLとは再度同卓することはなかった。毎回違うPL同士で組まされているようだった。
柊弥はサエキに、蓮に言い寄っていた男はどうなったのかを尋ねてみたが「察しろ」と一言で返された。
「こっちはミズノの尻拭いに加えて、あの男のマネージャーにも指導しなきゃなんねえんだよ……くそっ、ストレスでどうにかなりそうだ、苛々する!」
正直、サエキのストレスの半分は禁煙からくるものなのではないかと柊弥は密かに思っている。
しかしサエキも災難だったのかもしれないが、柊弥もあの後のことは出来れば忘れてしまいたい。
サエキにさっさと着替えないから変なことに巻き込まれるのだと言われ、理不尽に思いながらも、袴の着用方法がわからないから着られないとサエキに言い返した。
「なんでラウンジで衣装確認したときに言わなかった!?お前が何も言わずに受け取ったから、俺はてっきり自分で着られるのかと思ったぞ!ああ、もうわかった、貸せ!俺が着せる、早くしろ!」
それからサエキに散々嫌味を言われながら乱暴に着付けられ(仕上がりはきっちりと完璧なものだった)ろくにキャラクターシートも舞台設定も読み込めないままセッションに参加することとなった。
しかも時代設定が近代日本(明治か大正か或いは昭和初期かそれすらも把握していない)という特殊な設定であったため、訳の分からないままシナリオは進んでいった。
だが、それだけならまだよかった。更衣室での蓮のアドバイス通り無理に演技しようとはせず自然に振舞ったら気負うことなく発言できるようになったし、特殊な時代設定も周りに合わせて雰囲気を壊さないようにしていれば何とかなった。
だがダイス運がことごとく悪かった。重要な場面での失敗に次ぐ失敗、仲間の生死が懸かった場面では大失敗、そうして仲間のPCがロストしていく中、華族の令嬢役のPCを大成功で悪漢から救う奇跡的な展開となった。そこで耳に装着していたイヤホンからGMの指示が飛ぶ。
“奇跡的に助かった二人は想いを確かめ合い熱い口付けを”
耳を疑った。そして更衣室での出来事を思い出す。
あの時、蓮に対しておかしなGMとおかしなシナリオ、そして頭のおかしいPLに運悪く当たってしまったものだと気の毒に思う反面、完全に他人事だった。
まさか自分が同じ立場になろうとは。
『おい、早くしろ。この際デコとかでもいいから』
イヤホンからサエキの声がする。
デコ、そうか、いや、でも。蓮の顔が浮かぶ。彼女も同じような気持ちだったのだろうか。
しかし、これはあんまりじゃないか。だって目の前のコレはPCとしては美しい華族令嬢。しかしPLは、本人は。
男じゃないか!
そんな葛藤をしていたら、正面から首に腕が回った感触に意識が引き戻される。
あっ、と思った時には唇に温かいものが押し付けられていた。
そこから先はあまり覚えていない。
ただ、触れた唇が男にしては案外柔らかくてふっくらしていたことと、ロストしたPL達がニヤニヤと好奇の目で眺めていたことを覚えている。
確かに、趣味の悪い見世物とはその通りだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「男が女役を演じるとかありなんですか?」
柊弥はサエキに尋ねる。
「TRPGでは可能だ。自分の作ったキャラクターを自由に演じられるのがTRPGの醍醐味でもある。変身願望なんて多少は誰にでもあるもんさ」
「じゃあ、俺にも女の役とかそういうのが割り振られる可能性があるってことですか?」
「本人の望まない配役はしないさ。役柄はマネージャーがPLの性質、適性を判断し、より演じやすいPCを構築する。これまでのテストセッションでいくつか役を振ってみたが、お前は突飛な役は無理だな」
その理屈で行くとあの女装令嬢はPLの適性から生まれた産物ということになる。確かに堂々と、むしろ活き活きと心底楽しんで演技していた。
正直、同卓していたどの女性PLよりも美女と言えるほどのクオリティだった。
例のアレも何の躊躇もなくやってのけた。あれは本人の望んだ役柄だったのかもしれない。
「お前はどんなPCを演じてみたい?」
「どんなって……」
「言い方を変えよう。お前はどんな人間になりたい?」
どんな人間になりたいか。まるで小学校の先生が生徒に将来の夢でも訊いているような口振りだ。しかし柊弥は小学生のように無邪気に元気よく答えることなど出来ず、沈黙してしまった。
何も思い浮かばなかった。
「まあいいさ、本戦は俺がお前でも無理なく演じられるような役を考える。適性を見るために色んな役をやらせてきたけど、大体掴めてきたし、研修もそろそろ終わりだ。さて、お前にはどんなシステムのどんなシナリオが向いてるかな」
研修が終わるということは本当のゲームが始まるということだ。
けれど、とサエキが続ける。
「自分が何故ここにいるか忘れるな。お前の望みは何だ?それを忘れるな」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
さあ、前座はこのくらいに致しましょう。
舞台は整いました。
それでは――開演。