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1話 誰が何の為に

 葵が死んだ。それも刺殺。

 柊弥はその面影を思い出す。本当に短い間だった。正直、そこまで思い入れがあるわけじゃない。けれど自分と扉越しにしたあの会話が、もしも、彼女の最後の会話だったとしたら。そんな風に考えてしまって、柊弥はやるせない思いがした。

 いや、本当に彼女の最期を知っている人間は他にいる筈なのだ。


「犯人は……この館にいる誰か……」


 別館、使用人休憩室。テーブルを挟んで向かいに座る蓮が、独り言のように漏らした。

 柊弥はテーブルに頬杖をついて思い返す。


「考えられるのは名前のあるNPCもしくは、俺達PCの中の誰か……だっけ?」


 昨夜、蓮はそう考察していた筈だ。


「いや、それはゲームだとすればそう考えるのが妥当だってだけで、現実に人が殺されてしまっては……」

「けど、物語的には犯人は“これまでに登場した名前のある登場人物”じゃなきゃ成り立たないだろ?」

「動機は?」


 蓮が俯いていた顔を上げる。


「……最上葵は十ヵ所以上も刃物で刺されていたんですよ?犯人がそこまでする訳は?あの子がそんな殺され方をしなければならなかった理由は?」


 柊弥は黙り込む。

 そんなものあるものか。ここにいる人間は皆、つい四五日前に会ったばかりだ。このゲームで初めて出会った、そんな人間を滅多刺しにする理由なんて。


「そんな殺し方する理由はわからないけど……蓮、昨日言ってたじゃないか。犯人役がいるって。連続殺人犯役の人間がこの中にいて、そいつが」

「役を与えられたから、人を殺すんですか」


 蓮はいつになく鋭い視線で柊弥を見ている。


「演技で人を刺し殺せますか、現実に」


 柊弥の背筋に悪寒が走った。

 自分の発言がいかに倫理観を欠いているか察するのと同時に、思い当たってしまった。


 動機を考慮せず、交流を持った時間も関係なく、PL同士の関係や感情も無視し、純粋にゲームとして考えた場合、一番疑わしい人間は誰か。


 思わずジャケットの内ポケットを上から押さえるように握りしめる。

 当然今は、そこには何も入っていない。

 柊弥は硬直して蓮の瞳を見返すしかなかったが、ヤカンから蒸気が吹き出す甲高い音に我に返った。湯を沸かしていたことをすっかり失念していた。

 蓮はおもむろに立ち上がりコンロの火を止めた。


PL(プレイヤー)の発言として開き直って言いますが、私はまだあの子が死んだことを疑っています。彼女が死んだと断定するものはGMの言葉だけですから」


 確かに、葵の死を証明するのはGMの言葉のみだ。


「その言葉を疑うのなら、麻人が言ったように葵はGMによって排除された線も捨てきれない。葵を監禁したのも、状況的に葵をどうこう出来るのもGMだ。動機もある。でもGMの言葉まで疑いだしたら……俺達は何を信じたらいい?」


 GMの言葉を信用し、従う。この前提がなければゲームは成り立たない。ゲームシステムはPLが楽しくプレイする為のもの。それを運用するGMも(しか)り。そんなある種の信頼があるからこそ真剣にプレイするのである。


「GMは殺していない。GMは手を下していない。この言葉は正直当てになりません」

「どういうことだ?」

「単純なことです。NPCに葵を殺させればいいんです。そもそも、GMはこの場にいないので直接手を下すことは出来ませんが、自分の手を汚す必要などないんです。NPCはGMの命令で動く、運営側の人間です。しかし、れっきとした物語の中の人間です。食堂でのGMの言葉と何も矛盾しません」

 

 動機は外側にあっても実行するのは内側にいる人間。そういうことになるのだろうか。


「でも、それって結局はゲームの為に人が殺されたってことなんですよ。自分で言っていて吐き気がします」


 GMの発言を肯定することは葵の死を認めることになる。ゲーム内の、虚構の物語を演じる中で本当に人が死んだという事実を。


「ゲームで……虚構だと思うから、推理出来るんです。そもそも、ゲームじゃなきゃあの血液が葵のものだなんて知りようがないんだ。特殊技能というゲームシステムを享受しているからこそ、ゲーム上の情報だと理解しているからこそ信じられる。けれど殺されたのが事実なら、私達はあの子の死で遊んでいることになる」


 TRPGの文脈として理解し受け入れているからこそ推理出来る。しかしそれを受け入れることは葵の死を弄んでいるのと同じ、蓮はそう言っている。


「……最上葵が殺されて、もう一人の最上葵が現れて、過去の殺人事件の犯人がこの館にいる誰かで、そいつがまた人を殺して、って……何がメタで何が劇中なのか、滅茶苦茶だな」


 そもそも、葵の死に触れることこそがメタではないのか。物語上、最上葵はここにこうして生きているのだから。

 柊弥はひっそりと息を潜めるようにソファーに座っているその人物を窺い見た。

 消えた彼女とは似ても似つかない女性。

 柊弥と蓮が休憩室に来る前から二人目の最上葵はそこにいた。既に泣いてはおらず落ち着いた様子だったが積極的にこちらに話しかけることはなかった。

 柊弥はテーブルに視線を戻す。その木目をコツコツと人差し指で軽く叩く。

 殺人の動機。

 蓮が触れていないことで、決定的なものが一つある。それも物語を越えたところに。


 十億か……殺人の動機としては十分あり得るんじゃないのか?

 

 劇中のPCプレイヤーキャラクターとしてではなく十億円を掛けて争うPL(プレイヤー)としてなら、ゲームが殺人の動機になりえる。

 一人隔離されたPLが、勝率を上げる為に殺されたとしたら。

 

 まさかここからデスゲームでも始まるのか?B級映画じゃあるまいし……いや、そういう映画も好きだけれども。


 浅見柊弥という参加資格を得たばかりの頃、そんな想像ばかりしていた。その想像が現実になるなんて、そんな馬鹿な。

 しかし何故、蓮はこの最も有力な動機に言及しないのか。単に思い当たっていないのか?そんな筈はない。察しのいい蓮がこの動機を敢えて口にしない理由。

 何故ならこの動機を持つのはPLだけ。まさにゲームの為に人が殺されたことになり、そしてPL同士で疑わなくてはならなくなる。

 そもそも、互いに関してはPCとしての情報しか知り得ない。誰もここに来る前のことなど知らないのだ。頑なに過去を秘匿させ、役を演じることを徹底させ本人はどういう人間か、どんな人生を歩んできたのか、互いにわからないようになっている。

 たとえ、殺人犯が紛れ込んでいたとしても、それは誰にも――。

 考えに(ふけ)っていると不意に目の前に紅茶が置かれた。いつの間にか蓮が紅茶を淹れてくれていた。

 それから、蓮はソファーに歩み寄った。

 一人ソファーに座り、俯いてローテーブルに視線を落としている最上葵。その視界に急に入り込んだティーカップに葵が驚いて顔を上げる。


「どうぞ」


 葵は、目の前の蓮とローテーブルに置かれた紅茶を交互に見た。


「君は葵ちゃんと面識はないの?」


 蓮が尋ねる。


「……葵は、あたしです」

「ああうん、ごめん。今ここにはいない、同姓同名のメイドの子。ツインテールで、結構個性的な子だったんだけど」


 横で聞いていてなんてまどろっこしいんだと辟易してしまう。

 蓮は彼女の機嫌を損ねないように、それでいてメタ発言の範疇を探りながら言葉を選んでいるのだろう。あれだけ()葵の死に言及していて今更な気がする。

 食堂での尋問とは違い、蓮が気を使っているのが伝わったのか葵は「いただきます」と差し出された紅茶を一口飲むと深く息を吐いた。


「あたしは……その人とは一切面識はありません。て、言っても信じて貰えないですよね」


 葵は水分を含んだ震え声で答える。


「皆さん、あたしが一番怪しいって思ってますよね?当然ですよね、あたしだけ途中参加で仲間はずれで……地味でNPCとか言われて馬鹿にされて……ぅっ」


 再び嗚咽が漏れそうになる葵の背中を、蓮が(なだ)めるように優しくさする。


「そんなことないよ。少なくとも……ほら、ここにいる三人は使用人仲間なんだから」


 ここでまた大泣きされては堪らないと思ったのか安心させるように話し掛ける。しかし話し掛けたものの、何をどう聞き出そうか戸惑っている様子で、言葉に詰まってしまった蓮が困り顔でこちらに目配せをしてきた。


「ところでさ、葵ちゃんってゲーム始まってから今まで何処にいたの?」


 柊弥は敢えて軽い口調で葵に尋ねた。


「だから!あたしはずっと皆さんと一緒にっ……ていうか、やっぱり……あたしを疑ってる……」

「違うよ。今までのセッションの内容とか、ちゃんと把握出来てるのか気になったんだ。今までこの館にいたなら別だけど、途中参加じゃ色々大変なんじゃないか?PLとして心配してるだけだよ」


 柊夜の言葉に多少思うところがあったのか、それとも敵意がないと感じたのか、葵はぽつりぽつりと語り始める。


「研修施設で……事前に舞台挨拶の動画を見ました。それから、最上葵が謹慎になるまでどんな行動をとったかざっくり説明されました。こ、こんなこと言っていいのかな……本当はあたしがこの洋館に着いたの……今日の明け方なんです」


 この言葉が事実ならば、蓮が血塗れのメイド服を見つけた時には、この葵はまだこの館には居なかった。あの時点で()最上葵が死んでいたのならこの館に居なかった彼女は容疑者から外れることになる。彼女の言うことを信じるのならば、であるが。


「わけが分からないまま、ここに来て……何か事情があってあたしと交代するんだなって思ってたら……し、死んでたなんてっ!あたしも皆さんと同じで食堂でそれを聞くまで知らなかったんです!」


 ティーカップを持つ葵の手が小刻みに震えている。


「そうか、大変だったね。俺は君の上司ってことになってるけど、気軽に接してくれていいから。こっちの蓮は君の同期だし俺に相談しにくいことでも、こいつにだったら気軽に言えるんじゃないかな。なあ、蓮?」

「え?あ、はい……えと、勿論。よろしくどうぞ……」


 急に引き合いに出されて戸惑ったのか蓮がぎこちなく会釈をして応えた。葵もつられて「こちらこそ」と会釈で返す。


「そうそう、蓮がさっき言った通り、俺達は使用人仲間だからさ。仲良くやろう」


 休憩時間は既に過ぎていた。しかし、仕事よりも優先されるものがあるのがこのゲームだ。

 それに、職場の仲間との信頼関係を築くのだって大事な仕事だ。

 

「あの、それで……お二人のことは何て呼べばいいですか?」


 葵の言葉に首を傾げそうになる。蓮は何かに思い当たったのか、気まずそうに頬を掻いた。


「さっきはごめん。意地悪言っちゃって……好きに呼んでくれていいよ」


 どうやら食堂で呼び方を指摘したことを言っているらしい。


「ち、ちなみに……前の人は何て?」

「確か蓮は“蓮君”で、俺のことは……“柊弥君”だったかな」


 柊弥が何ということもなく答えると、葵は目を丸くして開いた口を手で覆った。


「ひぇ……上司で目上の男性に対して君付け……むり」


 新旧の性格高低差に眩暈がしそうだ。この謎の多い最上葵という人物。(しばら)く持て余すことになりそうである。


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