黒い女
もうすぐ企画会議が始まる。
Kはもうひとひねりできないかと宙を見ていた。
彼は子を授かったばかりである。
母子は三重の実家へ里帰りしている。
なんとか活躍して家族に貢献したかった。
その時ふと、前方のビルを見た。
同じ13階の窓から、女性がこちらを見ている。
逆光のせいか顔は全く見えない。
特に気には止めなかった。
翌日。
またあの女性がいる。
あんなところに突っ立ってて、仕事はしないのだろうか?
そんなことを考えていたKは、ぎょっとした。
女の側へ社員らしき男達が現れたのだ。
問題は、その男達の顔がはっきり見えることだ。
逆光のせいではない。
女が、真っ黒なのだ。
Kは後ろの女性社員に声をかけた。
「おい、あれおかしくないか」
「え・・・?」
Kが振り返ると黒い女はもういなかった。
「何か問題あります?」
女性社員は首を傾げていた。
そこからは恐ろしかった。
会社ではずっと見られている。
信号待ちの向こう側にいる。
トイレの鏡にうっすら見える。
明らかに距離を縮めてきている。
彼女は黒いだけではない。
なんというかもやもやとした煙のようなものを、発しているのだ。
ある日、帰宅して車を止めて、12階の部屋を下から見ると、廊下に黒い女がいた。
Kはもう逃げられないと思った。もう自宅まで来たのだ。
震えながらエレベーターを出た。
女はいなかった。
走って部屋に入った。
そしてネクタイを緩めたところでインターホンがなった。
Kは覗き窓を覗いた。
いる。
Kは振り返って逃げようとした。
その時、目の前に顔があった。
黒いのは、焼けただれているからだ。
服も、身体も、顔も、口の中も全て真っ黒。
足が変な方向へ折れ曲がっている。
そして、とけた目の玉がこっちを見ようとしている。
Kは泣きながら言った。
「すまん・・・すまん・・・もう勘弁してください。娘が産まれたばかりなんです・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい。」
黒い女はお腹のあたりから声を出した。
「しらねーよ。」
Kの右手の甲が火もなく燃え始めた。
ひどい激痛が走った。
それでもKはがたがた震えながら、キーケースにある家族写真を見せた。
黒い女は少しじっとしてたが、やがて笑いながら消えた。
「あははは・・・」
後には焦げ臭い匂いが残った。
月日は経ち、母子は戻って来た。
手の甲には大きなあざが残った。
後ろの席の女子社員は、もう2週間も会社に来ていない。
前方のビルは20年前、火災で数名が逃げ遅れ、13階から飛び降りたそうだ。
だからKはもう決して前方のビルは見ない。
まだ黒い女はそこにいるから。
次に目があったら、もう助からないだろうから。