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裏庭で

「――ここ、なの?」

 絵莉彩は明花に案内された先で、思わず途方に暮れてしまった。自分の手を引いているのが子供でなければ、なんらかの悪意を疑うところだ。

 いま絵莉彩が明花といるのは、家の裏庭だった。遺体が安置されている奥座敷ではありえない、母屋の裏手。明花はここに絵莉彩を連れてきたのだ。

 むろん、ろくに庭木もない裏庭に遺体が安置されているはずなどない。いったいどういう意味かと、絵莉彩は傍らの明花を見下ろした。しかし明花はいたって真面目な表情で、こちらを見上げ、裏庭の奥のほうを指している。

「ここだよ。ママはね、あそこ」

 絵莉彩は明花の指すほうを見た。しかしそこには何者の姿もなかった。そちらには家の敷地の限界を現す土塀があるだけ。土塀の向こうは雑木林だから、日当たりもあまりよくない。そのせいか特に庭として整備されているわけではない庭だった。庭木もなければ池もない。花が植わっているわけでもなかった。何があるわけでもないのに、今の言葉はどういう意味だろうか。

「あそこに、ママが、いるの?」

 それでも絵莉彩は、頭ごなしに否定するようなことはせず、優しく明花に問いかけた。自分によく理解できないことだからといって、子供を責めるべきではない。明花には明花なりの何か意味があって動いているに違いないのだ。意味もなくこんな子供が初対面の自分と二人きりになるとは思えない。

 いるよ。明花はなんでそんな当たり前なことを聞くんだというような顔で絵莉彩を見上げてきた。絵莉彩は必死に当惑を押し隠して明花を見下ろすと微笑み、彼女の目線と同じ方向へ、自分の視線を投げる。

「あ、ほんとだ。明花ちゃんのママはあそこにいるね。なにしてるんだろ?ちょっとあっち行ってみようか?ママも明花ちゃんが傍に来てくれたら嬉しいと思うよ」

 絵莉彩はそう言って明花の言葉を受け入れながらも座敷へ戻らせるために言葉を選んだ。絵莉彩は明花が母親が死んだことを受け入れられないか、まだ理解できないだけなのだと思ったのだ。だから母親が目覚めない寂しさを自身で誤魔化すために想像遊びに興じているのだろうと。それなら自分が彼女の相手をして彼女の寂しさを紛らわせなければならない。そして早く座敷へ戻らせ、明花と優莉花が過ごす最後の時間を作ってあげねばならなかった。告別式は明日だ。出棺の時刻が過ぎれば、この幼い少女は永遠に自分の母親の顔を見ることができなくなってしまうのだから。

 それで絵莉彩は明花の手を引こうとしたのだが、するとなぜか明花はそれに抵抗の姿勢をみせた。まるで嫌がるように首を振ってくる。

「?明花ちゃん、行きたくないの?」

 明花は頷いた。

「どうして?あそこにママがいるんでしょう?」

 訊ねたが明花の答えはなかった。しかしそれでも絶対にそちらには行きたくないという意思だけは伝わってくる。なんとなく困惑して絵莉彩は明花を見下ろした。ここまで自分を連れてきたのが彼女だと思うと、なぜこの場に来て彼女がこれほど嫌がるのか分からなかったが、無理強いするべきではない。絵莉彩は明花の手を引く力を緩めた。

「――じゃあ、明花ちゃん、私と一緒になかに戻る?私ね、まだちょっとなかに用事があるの。明花ちゃんが嫌なら、一緒に戻ろうか」

 明花は頷いた。あまりにも素直な頷き方に絵莉彩は内心で首を傾げた。明花の様子は、まるで絵莉彩が優莉花に会いたいと言ったからここに連れてきたけれど、自分は本当は来たくなかったのだと無言で主張しているように見える。子供の想像遊びとしては少し違和感があった。それほど嫌ならどうして、明花はこの場所に自分を連れてきたのだろう。

 絵莉彩は明花を連れて裏口から建物に入りながら、裏庭を振り返った。改めて見ても裏庭には、特に目につくものは何もなかった。


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