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奏の継承者  作者: 紅十字
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第8話 一騎当千のバイタリティー

 タクト達二人はエルトリア魔法軍事学院に入学するに相応しいか見極めるとの事で、学院の実技演習場へと集められていた。


 演習場は全部で七つあり、その全てに演習場を見下ろせるよう観客席が備え付けられている。


 今タクト達の周りには五百人程の入学志願者がいる。五百もの人間が集まるとなるとやはり熱気がかなり伝わってくる。


 そこには魔法を学べることに対し興奮している者や自分が三年後強くなっていることを想像し期待を抱く者など様々だ。


 しかしここに集まる者は一般の学生とは異なり、将来は自らの命を懸けて食っていく者が多い。そのためか、皆武器を所有し軽装ながらも防具を装備している者が大半だ。


「まっ防具はともかく武器を見せびらかしてる様じゃ三流もいいところだがな」


 タクトは皮肉を交えてせせら笑い、辺りをぐるりと見渡す。


「どいつもこいつも自分はこの武器を使いますって手の内晒してるだけじゃねぇか。ったく少しはマシな奴居ねーのかよ?」


 見れば分かるほど誰も彼も身のこなしが悪く、周りへの警戒心も非常に薄い。命のやり取りをした事がない証拠だ。武器を所有した赤の他人がいる中で警戒心を抱かないのは自殺行為に等しいと言えるだろう。


「天響はどう? 強い奴分かった?」


 天響は目を閉じ静かに周りの気配を探り、同じく静かに目を開けた。


「んーっとだいたいだけど、十人くらいじゃないかな? あっでもタクトと同じくらいの人は三人くらい居るかも」


「そっか、まあ及第点ってとこかな」


「んっ」


 タクトにわしわしと頭を撫でられた天響は気持ち良さそうに目を瞑る。


(天響が感知出来なかったのは三人……か。多分その三人は天響より強いな。間違いなく本物だ。いや俺が感知出来てない奴も居るかもな)


「タクト前見てよ。あの人達は結構強い、と……思う」


 天響は自分の判断に自信がないのか、語尾の方を若干弱めてしまう。


「天響はもう少し自分の判断に自信を持たないとだな。間違ってないんだからさ」


「でもタクトに比べたら天響は––––」


「気にすんなってここに居る奴に比べたら天響は十分強いから」


(確かにアイツは強えーな。天響じゃとてもじゃないが五秒もたない)


 すっと目を細めタクトは前方を悟られないよう見据える。気配を消すような真似はしない。当然だ。見ただけで天響を凌駕がする程の実力を秘めた相手だと分かるのだ。気配を消せば、簡単に気付かれるし、気配を消すだけの力がある事も晒す羽目になるのだから。


 気配を消せるだけでも少なからず周りの連中より強い事はバレてしまう。態々自分の手の内を晒す必要は欠片も無い。相手に警戒されるだけでこちらには全くのメリットがないのだ。


「ぐぁっ!?」


 くぐもった声を上げながら、小柄な少年が吹き飛ぶ。どうやら殴られたようだ。殴られたにしては聊か飛び過ぎな気もするが。


 熱気の籠った会場に水面に水滴を落としたようなどよめきの波紋が拡がる。


「オイガキ、ここはお前のような弱い奴が来る場所じゃねーよ!」


 いかにも不良然とした男が肩にハンマーを振り上げながら、呻く少年を見下す。体型を見るにそれなりに鍛えているのが分かる。あくまで、それなりだが……。


(普通殴る前に言うんだけどなー。新しいな。中々おもしれーじゃん)


 そんな呑気な事を考えながらタクトは傍観を続ける。


「じゃあ君のような無駄にデカイだけの雑魚……じゃ魚が可哀想か? んーまあいいや、取り敢えず君も要らないよね?」


 辺りが一層喧騒に包まれる中、それをよく澄んだ透き通る声が一掃した。


 陽光を浴び、煌びやかな輝きを放つ銀髪。中世的な顔立ちから覗く両の眼はギラつき、さながら獲物を捕獲する時の鷹のようだ。袖口からは雪のように白くしなやかな肢体が垣間見え、女性のモノと比べても寸分の遜色もない。


「あ? 誰だテメェ殺んのか?」


「いいよ殺ろうよ!」


 何がそんなに楽しいのか、美少女にしか見えない少年は嬉々として応じる。


 少年の楽しさとは裏腹に場の雰囲気は一気に緊張へと走った。蝉のように五月蝿かった喧騒は静まり返り、いつしか嵐の前日の静けさとも似つかない独特の静寂が場を支配した。


 と、そこで二人の間に水を差すように男が割り込んだ。


「リリト、こんな小物に構っている暇はない、行くぞ」


「えー今いい所なのにー。兄さんいいじゃん二秒で終わるからさ」


 ね? と手を合わせて許可を貰おうとする美少女少年––––リリト。


「キ、キサマラ!!」


 リリトの安い挑発に乗った男は、リリトの兄に闘いを中断させられた事も相まってか、半狂乱でハンマーを振り上げ、リリトに襲い掛かる。


「あはっ、おっそーいなぁー。正当防衛っと」



 兄の返事を待たず、間伸びしたどこか緊張感の欠ける声と共にリリトは動き出す。一足で相手との間合いを詰めると、懐からナイフを取り出し男の心臓へ突き刺す––––。


 手前、先ほどまでリリトの後ろにいた筈の兄––––帳は何事もなかったかのように二人の間合いに割り込むと、男を遥か後方へと蹴り飛ばした。


「まったく、ここで力を見せてどうする? あまり軽率な行動はするなと言ってあったはずだぞ?」


「あははー、ごめん兄さん。でも僕あーゆう弱っちいくせに威張ってる奴大嫌いなんだよね。つい手が出ちゃった」


「……まあいい、今ので連中の大体の強さが分かったからな。お前の動きに反応出来た奴がいる。これ以上無闇に実力を晒す必要はない。それに––––」


 帳はタクトの方、正確には天響を実力を測るように目を細め見定める。


(今のに天響は反応出来たのか? いや、してしまったと言うべきか? どちらにしろマズイな天響の実力は十中八九ヤツらにバレた……)


 タクトは胸中で毒づく。


「……はっ!」


 短い呼気と同時、帳は袖口から取り出したナイフを上空へと放り投げる。


 刹那、ナイフは空中で力を吸い取られたかのように静止し、次いでガラスの破砕音に似た音が空気中に伝播する。


「おや? もう気づく者がいますか。昨年に比べ遥かに早いようですね、驚異的です」


 突如として白衣を身に纏った二十代前半の女性が現れた。


「試験官自ら隠れているとは……。さっき、仮にリリトがあの男を殺していたらどうしていた?」


 試験官を鋭く睨みつける帳。


「愚問ですね。その時点で合格ですよ? 何を言ってるんですか?」


 初対面の、しかも歳下の少年に無礼な態度で話されている事をまったく気にせず、当然のように事実を淡々と告げた。


「今のご時世、たかが人間ごときに殺される程度の低俗な輩をこの学院(私たち)は必要としていません。その点で言うとあなたの弟さんは何の問題もありません。寧ろ躊躇なく行動に移せる所には目を見張るものがあります」


「そう……か、それより試験は何をする?」


「そうですね。時間も押して来てますし、そろそろ始めましょうか?」


 女試験官は唇を軽く噛むと親指で血を拭い、鞘から剣を引き抜き親指を擦り付ける。


「顕現せよ我が至宝––––【エミュレット】! 総てに獄の試練を、天の苦痛を与え給え!!」


 瞬間、眼前で閃光が爆ぜ、剣の刀身から無数の紅い荊が生まれた。その一つ一つが意志を持った蛇のように演習場にいる全ての人間に襲い掛かる。


「––––なっ! 冗談だろ? 天響無事か!! 使え!」


 タクトは空間から取り出した短剣を使い、眼前に迫り来る紅い荊を巧みに捌きつつ、同じく空間から取り出した天響の身長を越える大鎌を彼女へ渡す。


「タクトっ! このままじゃ……!」


 苦悶の声を上げる天響。ギリギリの所で躱しているが、無数に迫る荊に徐々に徐々に対処が遅れ、身体に紅い線が次々に増えていく。


 そしてそれはタクトも同じだった。


(クソッ––––流石に数が多すぎる! 本人を気絶させる以外方法はない、か?)


 タクトは女試験官を睨みつけ、目の前の光景に愕然とする。自分達以外にはもう十人程度しか立っていなかったのだ。それ以外の者は全員事切れ、あれほど白かった演習場の床は真紅の血で染め上げられていた。


 とそこで、帳という自分と同程度かそれ以上の男の方に目が行く。


「フローラ!? フローラ! フローラー!!!」


 帳の腕の中で紅い髪を持った少女がぐったりとしている。その脇で美少女少年が二人を守るように必死に荊を捌く。


「あぅ!?」


 そしてタクトの後方で小さくしかし、決定的な呻き声が上がった。


「天響ぁ!! 」


「た、くと……はぁはぁ……あた、し––––」


 意識を保つのも限界なのか、憔悴しきった瞳でタクトを見つめる天響。


 彼女の胸の辺りから下腹部にかけて一本の荊が背中から突き破っている。致命傷だ。誰が見ても。


 これはもう––––そんな言葉がタクトの脳裏をよぎる。


「喋るな! 今助けてやるから!!」


 タクトは脇目も振らず彼女のもとへ走る。荊に右足を貫かれるが気にしない。左足が消し飛んだが無視する。


 そして彼女の顔に手が触れる––––寸前、タクトを嘲笑うように無数の荊が彼を貫いた。


「ごふっ!? 天……響ぁ……ごめん。俺の力が足りないか……ら、お前を守れな––––」


 タクトの口元から夥しいほどの血が流れる。


 そして天響に触れる事なく……奏タクトの意識は刈り取られた––––。

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