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奏の継承者  作者: 紅十字
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第6話 試される力

「あーっと、居るのんだろそこに? 出て来いよ」


 タクトは天響の後方に見える大木へ声をかける。


 そう言ったと同時、自分の後ろで風を切るような音が聞こえた。


 天響が必死に、違う、コッチじゃない! 後ろを見て!! と口を動かしている。


 今にも泣きそうな悲痛な表情。


「だからそんな顔すんなって、分かってるから!」


 タクトは普段の怠惰な彼からは想像出来ない程の速さで上体を捻り、こちらを殺そうと飛んでくる無機質な物体を視認した。


 明らかにこの山には存在しない人工物。明確な殺意と共に放たれたのは、白銀の刃を持つナイフだった。


 投げた奴はタクトが振り向く事を知っていたのだろう。


 ナイフは振り向いたタクトの右眼を正確に抉る位置を一直線上に飛んでくる。その速さは予想を遙かに上回るものだった。


 だが、その速さも場所が場所なら避けるのは容易い。


 タクトは全身を左に傾ける。別に頭だけ傾けても良かったが、全身を傾けたのは次の行動へ移る為の予備動作だ。


 後方の大木に深々とナイフが突き刺さる。そしてガサガサッと木陰に隠れていたものが姿を現わす。


 人ではなかった。四足歩行で茶色の毛並み、頭部には雄々しく伸びた角。


 当然、タクトは分かっていた。


「何だ唯の鹿かよ。ダマされた。さてはお前、俺がこっちに居る事を知っていてワザと鹿の方を向いたな? 普段通らない俺が微弱な気配を、気配を殺しきれていない自分より劣る暗殺者、もしくは敢えて気配を洩らす事で相手を油断させる手練れの暗殺者だと思い込ませる為に?」


 苛立ちと共に前方の木陰から一人の男が姿を現わす。


 二十代前半といったところだろうか。中肉中背で若干幼い顔立ち。髪は鹿と同じで茶色。瞳は黒い。


 全身を軽めの鎧で覆い、背中には大剣を携えている。


 大剣と判断したのは、首の後ろからは柄が、股下からは鞘の先端が見えたからだ。


(へーこの一瞬でそこまで分かったのか?)


 どうやら前に居る相手は相当頭の切れる奴らしかった。


 確かに男の言っている事は八割程正しい。けど八割だ。百パーセントではない。これで男のおおよその知性は理解した。自分の敵ではない。


 タクトは男が自信あり気に解説してくるのを完全に無視した。


「それで? そーゆーアンタは一体何者だよ?」


 この距離なら会話をするぐらいの余裕はある、とタクトは踏んだわけだが、無視された事に気分を害したのか、


「残念だがそれは言えない。俺は唯任務を遂行するのみ!」


 どうやらそう思っていたのはタクトだけだったらしい。


 男は大剣を背負っているとは思えない程の速さで距離を詰めて来る。


 そして男の間合いに入ったのか、男が抜刀のモーションに入る。


「チッ!」


 タクトはそこでようやく男の速さが普通である事に気がついた。


 何も男の速さは異常ではない。彼の背負っていたのが大剣ではない(・・・・・・)のだから。


 男は右手で首の辺りにある柄を握り、左手は腰の辺りへ消えていく。恐らく腰の辺りに差してあるもう一振りの剣を抜くつもりだ。


「そーゆー事かよ!?」


 タクトは左に傾いていた重心を後ろへずらし、弓でもこれ程曲がらないのでは、という程に上体を思い切り反らす。


 先程までタクトの頭があった位置を二本の刃が掠め取る。黒髪が二、三本宙を舞うのが分かる。


「ほう? 今のを躱すか!」


 この攻撃で終わらせるつもりだったのだろう。


 男は感嘆の声を上げた。


 二撃は躱した。だが次の二撃は躱せない。なら、


 タクトは上体を反らした状態で、右手を背後に隠し、パチンッと音を鳴らす。


 簡易魔法式を展開したのだ。空間から閉まってあった短剣を一本取り出す。


 右手を隠したのは魔法を使ったと悟らせない為。背中に装着している、コンバットナイフのストッパーを外す音と誤認させる為だ。もちろん背中には何も装着していないが。


 タクトは短剣を逆手に持ち、男の振るう切っ先を最小限の動きで受け流す。


 男のバランスが崩れた所で腹に蹴りを加え、その反動で一歩二歩と下がり、相手との間合いを取る。


 男の方も一歩二歩と下がり、自分との間合いを取った。その判断はやはり、正しいとタクトは思う。


 そして今の攻防で分かった。やはり、男が自分の敵ではないと。更にナイフを投げたのが彼ではない(・・・・)事も。


 タクトは隣にいる天響へ話しかける。


「天響、奴の武器は俺が弾くから、その後にお前は奴を倒せ。いいな?」


「えっ、ででも! タクトはどどーするの?」


 まだ怯えているのか天響はオロオロしている。


「あう!?」


 天響はタクトにデコピンされ、赤くなった小さなおでこを押さえた。


「ばーか、お前も気づいてんだろ? 演技はもう充分だ。さっさと片付けて行くぞ?」


「んっ、わかった」


 天響は静かに首を縦に振る。もう先程までの狼狽えた様子は窺えない。


「そっちの嬢ちゃんのしぐさも全てペテンだったという事か? 中々やるね。それで、作戦は決まったのかな?」


 二対一となり、明らかな劣勢になったにもかかわらず、男の言動とは裏腹に彼の口元には余裕の笑みが張り付いていた。


「心配しなくても既に決まってる。とりあえずアンタは二日程動けないぐらいにはしてあげるよ!」


 タクトは腰を落とし地面を蹴りつける。景色があっという間に流れ、男との距離が一瞬にしてゼロになる。


 男の首筋目掛け、逆手に持った短剣を右斜め下から一気に振り上げる。


 が、男は予想していたのか首元で二つの剣クロスし、受け止める。


 三本の刃がぶつかり、甲高い金属音と共に火花を散らす。


 あれ程余裕を見せていた男だ。自分の初撃が何らかの動きで無力化される事は理解していた。防がれたなら、次の手に移ればいいだけの話だ。


 タクトは制服の左ポケットから常備しているナイフを取り出す。


「なっ!?」


 そこで初めて男の瞳に動揺の色が映る。へらへらとした態度は消え、顔を顰める。無理矢理避けようとした為に重心が後ろへ傾ぐ。


 タクトがそれを見逃すはずもなく、男の足を横に払う。そして剣を弾き、肩に足を乗せ、足場代わりにして宙を舞う。


「後は任せた!」


 天響に合図を送り、男が隠れていた木よりもさらに奥へナイフを放つ。


 ナイフを弾く音と共に女の声が聞こえた。


「これは驚きましたわ。ロレンを圧倒し、あまつさえ私の存在に気付くんですもの」


 こちらもさっきまで余裕綽々の笑みを浮かべていて、今は天響に組み伏せられ、地面と口づけしている男––––ロレンと同じで全く驚いているようには見えない。むしろ今のこの状況を楽しんでいるようにさえ見えた。


「何時から気づいてたのかしら?」


 女が興味津々といった感じで聞いてくる。


 こちらは二十代後半ぐらいだろうか。紺色の髪を短く切り揃えた彼女からは全体的にフワッとした感じの優しいオーラが漂っている。


「…………」


「だんまり、か。賢明な判断だわ。わざわざ敵に自分の情報を与えた所でメリットはないものね」


 女は左手でクルクルとナイフを回しながら、一人で頷いた。


「でも、ごめんなさいね。何時気づいてたのかは()して重要ではないの。私の気配に気づいた時点で君達の強さは充分分かったわ。ロレン一人では荷が重かったみたい」


「だったらどうする?」


 タクトが脅すように女に問う。


「そうねぇ、戦っても良いのだけれどそれだと良くて相討ち。相討ちになった所で私達にはメリットは一つもない。ならここは、逃げ一択ね!」


 少しだけ考えてから、女は清々しいまでの逃亡を宣言。


「そう簡単に逃げれると思うか?」


「あら? 知らないのかしら? 逃げるだけなら意外と簡単なのよ?」


 まるで母親が子を諭すように、女はタクトに微笑みかける。


 女は一歩下がって宙を十字に切り、魔法を構築した。


 その構築スピードは恐ろしく速い。それだけでこの女がロレンという男よりも強い事がわかる。恐らく簡易魔法式だ。


「《駆けよ、雷撃の槍(ライジング・スピア)》!」


 刹那、女の指先に光点が生まれ、バチバチバチッと帯電しながら槍の形状を成し、タクトの方へと放たれた。


 どう動くのが正解か。タクトは脳を酷使し、思考をフル回転させる。


 いくら簡易魔法式だからといっても、一学生が避けれる程生易しいモノではない。


(なら、ここは受けておくのが得策か?)


 しかし、通常の魔法と比べると威力、スピード共に劣る簡易魔法式でも、深手を負うだけの威力はある。


(俺はこれを喰らって、耐えられるか?……いや、無理だな)


 タクトも流石に雷槍を喰らってまで立っていられる自信はなかった。


 それに、女は逃げると言ったが、タクトが深手を負えば、襲って来るかもしれない。そうなれば自分だけでなく、天響にも危害が及ぶ。敵の目的が分からない以上、下手に攻撃を受けてしまうより、多少実力がバレてでも避ける必要がある。


 タクトは短剣を空間に仕舞い、制服のポケットからもう一本ナイフを取り出し、上に投げる。


 雷槍は避雷針となったナイフへ吸い寄せられ、バリッという大きな音と共に放電。


 そして短い閃光が四人をほんの一瞬だけ白い世界へと(いざな)う。


 その時にはもう、タクトは動いていた。右側に大きく踏み込み、指をパチンと鳴らし、再び空間から短剣を取り出す。


 が、そこに女の姿は無かった。代わりに後ろで、天響が「きゃっ!?」と小さく、叫んだのが聞こえた。


(クソが! あの女左利きじゃないのかよ!?)


「天響っ!!」


 タクトは物理法則を捻じ曲げる勢いで強引に反転し、天響の下へ駆ける。


 女は先程、左手でナイフをクルクル回していた。だからタクトは左利きだと推測し、右側つまり、相手から見た左側に出たのだ。しかし、気付いた時には遅かった。女は逆方向からすり抜け、天響とロレンの方へ向かっていたのだ。


「まさかあの一瞬であんな機転を利かせた行動が出来るなんて……これは私達二人でも対処出来るとは思えませんわ」


 女がロレンに肩を貸しながらそんな事を言ってくる。


「今回は引かせてもらいますわ。それでは!」


「おい! 待てよ!」


 タクトが声を掛けるが、女は聞かない。


 女が地面に何かを投げつけた。すると、たちまち辺りから白煙が舞い上がり、二人の気配は消え去った。


「天響っ、無事か?」


 タクトは荒い息を吐きながら天響に近づく。


「うん。大丈夫。心配しすぎだよ〜」


 天響は小さく笑った。


「でも、あの人達はどうして私達を襲ってきたのかなー?」


「そう……だな」


 そこが問題だった。彼らは何が目的で自分達を襲ったのだろう。


 タクトは頭の片隅で思考を巡らす。


「にしても、なんか疲れた。やっぱ少し休むか?」


「うん……」


 そして、タクトは空を見上げる。


 先程までの騒動が夢であったかのように思えるほどに雲ひとつなく澄みきった青空。呼吸をすると、森林の穏やかな匂いに満たされる。耳をすませば、動物達の呼吸も聞こえて来そうで。


 こんな日に昼寝をしたら、さぞかし気持ち良く過ごせるだろう。なんてタクトは思った。


 でも今は朝だ。一日はまだ始まったばかりで。


 ここからタクト達の新しい生活がスタートする。


 タクトは振り返る。海に囲まれ、山に囲まれ、ひっそりと過ごしてきた自分達の街。


 そして前を見る。未知の領域。自分達の知らない街、国、世界が広がっている。


 二人は大きく深呼吸をした。そして、


「じゃ、行くか?」


「うん!」


 新たな世界へ、期待と不安で胸を膨らませながらも、二人は大きく大きく一歩を踏み出した。

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