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奏の継承者  作者: 紅十字
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第5話 とある朝のとある出来事

「ねぇタクト? 今ヘンな音しなかった?」


 天響(てぃな)がそんな事を聞いてくる。


「んぁ? そうか? 何も聞こえなかったが?」


「そう……」


 天響は「私の幻聴かぁ」と言って黙り込む。


「あ〜だりぃ〜。マジでこの山、どうにかなんねーの?」


 タクトは頭をボリボリと掻き、ぶつくさと文句を言いながらも、スピードを一切緩めることなく平然と駆けていく。気怠げに丸められた背中からはやる気が欠片も伝わらず、吐いた長いため息からは生気が抜け出て行くようにさえ見えた。


 鬱蒼(うっそう)と生い茂る草木の景色が激流のように流れていく。にもかかわらず、彼らの首筋には一滴の汗さえも見当たらない。


 今現在、彼らが居るのは“エデルタ”と王都“ミールヴィア”を行き来するには必ず通らなければならない傾斜の緩やかな山である。


 緩やかな山と言えば聞こえが良いわけだが、実際には森林のようにたくさんの木々があるおかげで人々の往来は皆無と言ってもいい程だ。加えて人々には“自然の迷宮”だの“魔の森林”などと不本意な言われを受け、怖がられる始末だ。


 そのため、この山では独自の生態系が確立され、たくさんの動植物、固有種までもが生息している。


「んっ、でも私達がここまで強くなれたのってこの山のおかげじゃない?」


 天響が目の前の大木を特に慌てた様子もなく軽く(かわ)し、平気な顔をしてタクトについて行く。彼女の後ろでは肩甲骨ほどまで伸びた煌びやかな金色の長い髪が尾を引くように流れている。


 幼い頃から毎日のように入り浸り、自然と共に成長してきた彼らにとって、良くも悪くもここは少し大きいだけの庭のようなものだった。


「まぁ……ね。あの頃はよく動物に襲われて死にかけたっけ? 久しぶりに来ると懐かしく感じるもんだな」


 タクトが昔の事を思い出し感傷に浸っていると、目の前をキレイな深紅の毛並みを持った狼が横切った。


 天響が久しく見ていなかったこの山特有の狼を発見して、無邪気に笑う。


「あっ! 見てよタクト! 紅狼(クリムゾンウルフ)だよ!」


 タクトは耳がキンキンすると言わんばかりに両手で耳を塞いだ。


「そんなに(はしゃ)ぐなよ。紅狼(クリムゾンウルフ)もビビってんじゃんか? 昔から天響は動物に怖がられる体質なんだからさ」


 天響は幼い頃タクトにはたくさん動物が集まったのに、自分には集まるどころか避けられていた事を思い出した。


「むーっ! そんなのタクトに言われなくてもわかってるもん!」


 天響はぷくーっと頬を可愛く膨らませ、ご機嫌ナナメになってしまった。


 そんな天響の態度が何処か可笑しくて、でも可愛くて、タクトの頬も自然と緩んでしまう。


「ぷっ、くくく、もん!ってそれじゃあガキじゃねーか!?」


 タクトが思わず吹き出すと天響は「む?……バカにするなーっ」と言ってムキーッとサルのように腕を振り回しながら追いかけきた。


 と、まあこんな感じで天響は若干、いやかなり精神年齢が幼いのだ。


「んでもまあ、ホントこの山はどうにかしないとだな。このままじゃ俺らの街はどんどん廃れちまう」


 どうやら面倒くさいから山をどうにかしたいと思っていたわけではないらしい。


 確かにタクトの言っていることは一理ある。“エデルタ”は王都との交流がここ数年途絶えている。幸い食料方面の問題は海に面して山に囲まれたこの街では心配する事はない。けれど《アモルファス》に襲われればひとたまりもない。


 情報を共有し難い自分たちの街は軍の管轄外にある。街のみんなは、税金も払わなくていいし、監視されてないからのんびり暮らせて良いじゃないか、と言うがよく考えて欲しい。軍の管轄外という事は軍の防衛は期待出来ない。いくら自分の父が強いからと言っても一人で守るには限界がある。


(タクトはそーゆう事ちゃんと考えてたんだ……)


 タクトは先の事を見据えている。自分たちの街を大切に思っている。その事実に天響はタクトの背を見ながら、つい笑みが(こぼ)れてしまう。


 そんな天響の妙な視線に気づいたのか、タクトが不思議に思った様子で振り返った。


「ん? なんだよその顔? なんかおもしろい事でもあった?」


「ううん、何でもないよ?」


 ハリのある小さな唇を指で隠し、クスッと含み笑いをして小さく頭を振る。


「ふーん。まあ何でもいいけどね。それよりそろそろ頂上に着くけど、一旦休む?」


「んー大丈夫、かな?」


「そう? 長い間この山から見る景色も見れなくなる……って天響?」


「…………」


 天響は考え事をしているのかぼーっとしてこちらの声に反応しない。


「おーい」


「……ごめんタクト、私……」


 天響はこちらに気づいたが何かに怯えているのか瞳からは動揺の色が窺える。


「ったく、そんな不安そうな顔すんなよ、分かってるから」


 タクトは天響の後方数十メートル先の木陰に向かって、面倒くさそうに声を投げ掛けた。


「あーっと、居るのんだろそこに? 出て来いよ」


 タクトの普段と変わらない友人に話しかけるような態度に当然ながら木陰に居る者は答えず、代わりにタクトの後方でヒュッと風を切る音がした。





 ––––時間は三十分ほど遡り、場所はシュナイザー宅。


 二人がいなくなりだだっ広い家に残されたシュナイザーは一人寂しく酒を飲んでいた。


「ふーアイツらが居ないと静かになるもんだな」


 一気にグラスを傾け飲み干し、カッと軽快な音と共にグラスを置きそのままテーブルに突っ伏すと、酔いが回ってきたのか段々眠くなってきた。


 シュナイザーが気持ち良くそのまま寝ようとしてた時、突如テーブルの向かい側に大きく黒々とした穴が口を開けた。


 そしてその穴から三人組の騎士が現れた。


 その内の一人、三人の中では恐らく一番強いのだろう、体の至る所に切り傷や生傷の跡があり、いかにも歴戦をくぐり抜けてきた古強者(ふるつわもの)然とした男が呆れたようにその厳つい顔を顰めた。


何時(いつ)までサボっているつもりだシュナイザー?」


「んあーあとちょっとで寝れるから静かにしてくれー」


 シュナイザーは男の鋭い視線を受けながらも、臆することなくあくびをしながら手をヒラヒラと振って軽くあしらった。


 無礼な態度をとるシュナイザーに男の部下の沸点は限界だったのか、鞘に手を掛け今にも抜刀しかねない勢いだ。


「貴様! 聞いていれば……なんだその態度は!」


「こらこら、よしなさいロレン。仮にもこの方はマスターと肩を並べる程の実力者ですよ?」


 肩をわなわなと震わせる男––––ロレンを優しく諭し、髪を短く切り揃えたお母さん口調の女性は、シュナイザーに軽く会釈した。


「全く、(しつ)けがなってないぞ? セシル?」


 うるさく騒ぎ立てられ目が覚めたシュナイザーはむくりと起き上がり、ロレンを半眼で見つめ、強面(こわもて)の男に話しかける。


「まあ、勘弁してやってくれ。ロレンのヤツは最近入って来た新兵なもんで」


 強面の男––––セシルは決まりが悪そうに頭を掻いた。


「隊長、こんなヤツに頭下げる必要なんてないんじゃ––––」


 セシルは右腕を水平に持ち上げ、ロレンの言葉を斬り捨てる。


「アスカ、ロレンを連れて少し下がっていろ」


「了解です!」


 短く敬礼をし、アスカと呼ばれた女性はずりずりとロレンを引きずっていく。


「それで? 一体何しに来た? それにさっきの魔法は? もう完成したのか!?」


「何をしに来たかだが、お前も分かっているのだろう? 十年間自由をくれと言ったのは何処のどいつだ? もうその十年は過ぎた。何時までもお前を自由にしておける程、軍に余裕はない」


 セシルは腰から剣を抜き、シュナイザーの首筋にゆっくりと添えた。


「悪かったよ、分かってるって」


 セシルが自分を斬らない事ぐらい分かっていたが取り敢えず謝っておく。


「お前が居ない間、誰が穴埋めしていたと思っている? 今度はお前が私を手伝う番だ」


 シュナイザーはふと名案でも思いついたのか、二人の部下を見てニヤリと笑い、セシルに尋ねた。


「なあセシル、お前の連れてる部下って正直言ってどれ位強い?」


 突然そんな事を言ったシュナイザーを不思議に思いつつも、顎に手を添えしばらく考えると、


「そう……だな、私の持つ部下の中では五本指に入る位だが? それが一体?」


 何がそんなに楽しいのかシュナイザーは再び笑うと可笑しな事を言った。


「セシルお前の部下二人と俺が鍛えたヤツどちらが強いか知りたくないか?」


 ピクリと微かに眉をひそめるセシル。


「十年見ないうちに随分と面白い冗談を言うようになったな」


「冗談じゃないさ。俺は十分勝つ見込みがあると思ってる」


 その言葉に場にいるシュナイザー以外の三人が突き刺さるような視線を彼に向けた。


「ほう、随分と自信があるようだな。しかし、ニ対一では相手にならないと思うのだが」


「ま、そこは気にするな。ちゃんと二人いるから。これなら正々堂々勝負出来るだろ?」


「二人……? お前の子供は一人だった気がするのだが?」


「細かい事は気にするなよ。それで? イエスかノーか?」


 シュナイザーはセシルの疑問を軽く流し、不敵に笑った。


 同じくセシルも挑発するように笑い、


「ふむ、まあいいだろう。せめて『勝負』になる位にはやってくれるんだろうな?」


「オーケー、承認したということだな。それじゃあルール説明だが、いたってシンプルだ。俺が鍛えた二人をココへ連れて来い。以上」


 セシルは「うーん」と軽く(うな)り、ルールを一つだけ追加する。


「制限時間は一時間といったところか?」


「いっ一時間ですか!?」


 ロレンが話に割り込んでくる。


 途中で入って来るなと言わんばかりの嫌そうな顔をセシルは向けた。


「何か問題があるか? 私やシュナイザーなら十五分で終わらせる事が可能だが?」


「いっ、いえ、問題ありません!」


 ロレンはビシッと背筋を伸ばし、敬礼する。


「いいだろう。じゃあ、お互いに懸けるものだが、俺が……いや、俺の弟子が勝った場合はこの街に転移魔法陣を導入して貰う。先程見た限りでは技術的には可能だろう?」


 セシルはそれ程魔法技術があったわけではない。どちらかと言えば、シュナイザーと同じタイプだ。それがこの十年で高等魔法なる転移魔法を習得したのなら、魔法研究員が何人かいれば可能だ。とシュナイザーは踏んだのだ。


「大きく出たなシュナイザー。ではこちらが勝った場合にはお前が私の下で五年働け」


 有無を言わせぬ鋭い眼光でセシルが睨んだ。


 シュナイザーは「決まりだな」と、そこでやっと椅子から立ち上がると、物凄い殺気を放ちながらセシルの心臓目掛けて神速の拳を放つ。


「くっ!?」


 とても人間業とは思えないシュナイザーの動きにロレンが萎縮してしまう。


 が、それと同時、セシルも動いた。彼の動きも人間とは十分にかけ離れていた。


 彼らにとっては数瞬のやり取り。しかしロレンにはそれがとてつもなく長く感じられた。


(くそ! 自分はこんな化け物みたいなのを相手にあんな……)


 両者の拳が両者の左胸に衝突。銅鑼を鳴らしたような爆音が伝播。


 続けて大気が震え、衝撃波が波状に拡散。


 ガシャン、パリンと食器棚のガラスが、部屋中の窓が、陶磁器が、小さな破砕音と共に鋭利な欠片を撒き散らす。


 外では朝のコーラス会を気持ち良さそうに行っていた小鳥達が、慌ただしくバサバサバサッと羽ばたいて行くのが聞こえた。


 ガラスの破砕音、小鳥達の羽ばたきが消え、場を静寂が支配する。


 そこに両者が空気を吸う音が聞こえ、


「「契約は此処に、此の瞬間、我等が命を以て成されん!!」」


 二人は古来よりこの国に伝わる、主に勝負事に使われて来た王国式の儀式を執り行った。


 この儀式はお互いが懸けるものが等しいと思った場合のみ適応され、同意の意を込め相手の左胸、つまり心臓部分に右拳を添えるのだ。


 そう、添えるだけでいいのだ。何も本気でやる必要は全くない。


 ロレンは二人の左胸からゆっくり立ち上る白煙を見つめながら、がっくりと項垂れた。


「では、アスカ、ロレン、行ってこい!」


 セシルは二人の部下を信じてるといった表情で送り出す。


「御意に、マイ・マスター!」


 アスカは任務を任された事に満面の笑みを浮かべると、ロレンを引きずりながらタクト達の捕獲へと向かった。


「ほらほら、ロレン君、先程までの威勢はどうしましたか? まさかとは思いますが怖じ気づきましたか?」


 ふふふと妖艶に笑い、後輩をからかうアスカ。


「ばっ、ばかな事いうなよっ、そそそんな訳ないじゃないか?」


 面白いほど先輩にからかわれるロレン。


 外からそんな二人の会話が聞こえて来るがセシルは気にしない。


 まだまだやる事は“ミールヴィア”と“エデルタ”を別つあの山のようにあるのだ。


 かくして、タクト達は大人達の自分達の手を全く汚さないとても勝負とは言えない汚い手口により、不本意ながら追われる身となってしまった。


 そして––––


 セシルは短く咳払いをした。


「それではそろそろ本題に入ろうか?」


 それにシュナイザーは真剣な顔になり、


「そうだな、これからの事と––––の事だな?」


 そこで部屋の隅に(そび)え立つ古びた大きな時計が重低音を響かせ、八時の鐘を知らせた。

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