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奏の継承者  作者: 紅十字
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第4話 帰還者

「みんな提案がある聞いてくれ!」


 帳は皆に呼び掛けるが、誰も耳を傾けようとしない。それどころか武器も持たずに何やらブツブツ呟いている。


「兄さん無駄だよコイツら完全に戦意喪失って感じだから」


「そろそろ五分になるけどいいのかい?」


「……教官殿、もしあなたを倒した場合はどうなりますか?」


 帳が二度目の質問をする。それに男は帳の瞳を覗き込むようにじっと見据え、口角を吊り上げると驚いた声を出す。


「それは時間稼ぎのつもりかい? それとも本気で言ってるのかな? どっちにしても、君は面白い考え方をするね。驚いたよ。三年程此処に居るけど今迄そんな事を言った奴は居なかった。そうだね、私を殺せたら全員解放してもいい。けど、その前に君が––––」


 言葉はそこで聞こえなくなり、代わりに背後でギャリンッと金属の衝突する大きな音が鳴り響いた。


「兄さんマズイよこの状況、完全にハメられた! くそっコイツら僕達がいない間に計画を練ってやがった!」


 振り向くと、不意打ちだったのかリリトが少年の振り下ろした斧をギリギリの所で抑えていた。剣と斧では相性が悪く、その表情は若干険しく脂汗が流れている。その更に後ろでは少年少女達が皆武器を構えている。その目は死んだ魚のように輝きが失われ、何処か違う世界を見ているような気さえする。


「ははっどうやら対象が変わるだけで君達は同じ事を考えていたみたいだね。強い者から殺す。実に合理的だ。早く行かないと弟君死ぬよ? はは」


「クソ! リリトこのままでは埒が明かない。出来れば殺したくなかったが仕方ない」


「わかった、殺るね。それと兄さんフローラが奥の方で泣いてるのが見えたよ、ここは僕に任せて行って」


 リリトは待っていたと言わんばかりに嬉々として応じた。彼は自分より弱い人間の事を仲間とは思っていないのだ。こういう時彼のこういう性格は本当に助かると帳は思う。


 リリトは大きく後ろへ跳ぶと、先程まで自分がいた床目掛けて剣を一瞬にして薙いだ。


 ピシッと石でできた床に亀裂が走る。それで彼等の動きに僅かな隙が生まれる。


「ああ」


 それを帳が見逃すわけもなく剣を突き立て、その勢いで彼は空を舞う。


「力を貸せ【グリフカース】!」


 帳が一言呟く。


 刹那、虚空から一振りの太刀が生まれる。闇よりも暗く、全てのものを黒く染め上げてしまいそうな程禍々しい、漆黒の刀身を持った太刀だった。刀身からは黒々とした瘴気にも似たオーラがゆらゆらと立ち昇り、辺りの空気を幾らか重くする。


 この太刀は帳がここに来る前に王都で出逢った、白いローブを纏った謎の男から託された物だった。帳は思いを馳せる。





 家族四人が久し振りに揃った休日の昼時、たまには外食もいいかと王都では有名な老舗レストランに談笑しながら向かっていた。


「それで、帳は将来何になりたいんだい?」


 父にそう問われた帳はチラッと母の方を見た。


「うーん……やっぱりオレは父さんみたいな立派な軍人になりたいかな? 軍人になってたくさんの人を助けたい」


 それを聞いた母はこめかみを押さえて、こちらを向いた。母はクセでよくこめかみを押さえる、こういう時は大抵自分に言い聞かせる時だ。


「それはダメよ帳。何度も言ってるでしょ? 軍人はとっても危ないの、私はあなたに傷ついてほしくない。わかって頂戴」


「リカ、キミの言いたい事は分かるよ。でも子供のやりたい事位は自由に選ばせてもいいんじゃないのかな?」


 父は少し興奮気味になっていた母を落ち着かせるように優しく宥める。


「それは……」


 それ以降母はしばらくの間黙り込んでしまった。


 父はそんな母に穏やかな眼差しを向け、独り言を呟く。


「平和だな。家族といるととても心が和む。こんな何気ない日常が永遠に続けば……」


 大気そのものが震える、キーンという不協和音が頭の中をグチャグチャに掻き乱す。


「ぐっ」


 これには四人全員が同じく、くぐもった声を漏らした。


 刹那、父の言葉を嘲笑うかのように空間に数多の亀裂が生じる。空間は抉じ開けられるように大きく歪められ、そこから次々と二メートル程の体躯を持った化け物が現れる。《アモルファス》だ。その数およそ六百、絶望的だ。


「くそっ!? 偶の休日ぐらい休ませてくれよ」


 状況を迅速に判断した父はそれでも毅然として駆け出す。帳はそんな父の事が好きで、心底誇りに思っていた。


 手をこちらに向け、何やら呟いている。すると地面から帳達三人を囲うように半透明な薄い膜のようなものが生まれる。


「アナタ! 行ってはダメよ! 武装してないアナタが行ったところで何も変わらない……変えられないわ! 嫌、行かないで!」


 母が悲痛にも似た叫び声を上げ、涙をポロポロ流しながら魔法障壁をドンドンと叩く。


 父は強く、気高い存在だった。なのに何故そんなに泣く必要があるのか? 当時の帳には分からなかった。


 けど、それもすぐに分かった。姿の見えなくなっていた父が物凄いスピードでぶっ飛んで来て、彼の展開した魔法障壁に叩きつけられたのだ。


 彼の身体から鳴ってはいけない、致命的な音が鳴る。


「がはっ!?」


 苦悶の声を出し、何が起こったか分からないといった表情で、その場にくずおれる。それと同時、魔法障壁が儚くも小さな破砕音を残し、静かに虚空へと消える。


 身動きがとれるようになった帳達は一斉に駆け寄る。


「アナタ!」


「「父さん!!」」


「はぁ……くっ、想像以上のバケモンがいた。り、リカ、私はもうダメだ……はぁ帳とリリトを連れて逃げろ」


 父は焦点の定まらない衰弱しきった双眸で虚空を見つめながら、途切れ途切れに言う。


「ヤだよ! 父さん! 僕医者になるから、どんな病気もどんな傷も治せる医者になるから、だ、だから死なないでよ!!」


 リリトが嗚咽交じりにそう告げ、離れようとしない。


「リリト……ありがとな。お前ならなれるさ。だから、今は死なない……でく、れ」


 リリトの顔に触れようとするがその手は哀しくも空を切り、地面にゆっくりと落ちた。


 帳は溢れ出る涙を拭うと覚悟を決め、おもむろに立ち上がる。


「リリト、母さん行くよ。オレが父さんの代わりに二人を守るから」


 不意に自分達を覆うように影が伸びてきた。振り返るとそこにはヤツらがいた。


(コイツらが父さんを……!)


 歯をくいしばり、拳を掌に爪が突き刺さる程強く握りしめる。激しい憎悪が帳を襲う。不思議と恐怖や焦りで動けなくなることはなかった。


 だが現状は変わらない。このままでは全滅する。


 帳が現状を打破する為のモノがないか必死に辺りを見回すが、それも叶わない。《アモルファス》が腕を振り下ろしてくる。


(父さん……ごめん。オレには何も守れないや)


 帳が諦め目を閉じようとした。


 刹那、辺りが眩く爆ぜ、次の瞬間光の矢が雨のように降り注いだ。


「ぐっ!」


 帳はあまりの眩しさに顔をしかめた。


「あちゃ〜随分と酷い状態になってますよ先輩?」


 突如現れた男の内一人が場にそぐわぬ素っ頓狂な声を上げる。


 それに白いローブを纏った先輩と呼ばれるには若すぎる整った顔立ちの男が答える。


「全くだ。軍は一体何をやっている?」


「まあまあそう言わずに。良いじゃないっすか先輩が《アモルファス》は殺したわけですし? で、どうします? こちらの生存者の方々は?」


「アークお前が守っていろ。お前の言う通り《アモルファス》は殺したが、まだ一体残っているだろ『違う奴』が」


 白いローブ姿の男は脂汗を滲ませながら言う。


 それにアークと呼ばれた男は僅かに、本当に僅かだがトーンを落とす。


「そう……ですね。流石に先輩でもアレは厳しいっすか?」


「当たり前だ。私とて無敵ではないからな」


 それにアークは口調を正し、畏まった態度で応じる。


「では私の部下に軍へ増援するよう伝え––––」


 しかし白いローブ姿の男は遮るように一言。


「ならん」


「で、ですが! このままでは!」


 それでもアークは食い下がらず切羽詰まったように捲し立てた。


「ならんと言っているだろ! アーク、お前程の奴が分からんのか! ヤツの放つ凄まじい殺気が!」


 男は声を張り上げるように言った。


「アーク、たとえ魔法騎士団を呼んだとしても死人が出るぞ?」


 怒気のこもったその声は重く低く、アークを押し潰すようにのしかかる。


「ぐっ……し、しかしこの状況、どうするのです? 誰かがやらなければ、この国は滅びてしまう!!」


「分かってるじゃないか。私がやる。アークお前は軍に民間人をできるだけ一ヶ所に集めるよう、魔法騎士達には全力で魔法障壁を構築するよう伝えろ」


「分かりました。聞いたなお前達、行け!」


 それに軍服を着たアークの部下数名は右手で握り拳を作り、左胸めがけて強く打ち鳴らす。


「「イエス、マイ・ロード!!」」


 アークの部下達はすぐさま王都中心部にある軍の本部へ向かった。


「全くお前も困った奴だなアーク? 私はお前に命令したはずだが?」


 白いローブ姿の男はやれやれと嘆息交じりに首を振るが、その表情は先程とは打って変わり、笑みのようなものを浮かべている。


 同じようにアークも笑みを浮かべる。


「やっぱ尊敬する先輩を置いて行く訳にはいかないっスからね。最後くらいお供させてくださいよ〜」


「ははっ吐かせ」


「そんなつれないこと言わないでくださいよ〜」


 アークはまたもやふざけた態度をとる。その態度のおかげで場から緊張感がなくなっていることには全く気づいていないが。


「先輩、ボクも行くことになったワケじゃないですか? コチラの三人は……」


 アークは帳達の方を見て聞く。


 これにはローブ姿の男も頭を抱えたくなった。


「全くお前は次から次へと、困った奴だよ」


「い〜や〜部下に伝える方に頭が行っちゃってて〜ウッカリ忘れちゃってました。テヘッ」


 最後の方は舌べろをペロッと出し、ウインクした方にVサインを持ってくるというおおよそ女の子がやれば可愛くみえる振る舞いをした。


 場の空気が一気に氷点下を振り切った。


「確かにお前の頭はイッちゃってるようだな。ヤツを殺す前に私が殺してやろうか?」


「えっ! それはヒドくないっスか? 流石にボクでも泣いちゃいますよ? グスン」


 大袈裟に驚き、両手を肩の高さまで持ち上げ、心底心外とばかりにアークは訴える。おまけに口での泣き真似付きだ。


「もういい、遊びはここまでだ。少し待ってろ」


「今の遊びだったんスか? 全然冗談に聞こえなかったんスけど!?」


「君達ケガはないか?」


 男が優しく手を差し伸べてくる。


「ハイ、おかげさまで助かりました。ありがとうございます」


「そうか、それは良かった。でもどうしたんだい? 浮かない顔をして」


 何故それを? 帳は頭上に疑問符を浮かべる。


「良い眼をしてるね。憎しみに燃えたとてもとても冷酷な瞳」


 急にそんな事を言われて帳は戸惑ってしまう。


「あ、あの……」


 しかし白いローブ姿の男は無視して続ける。まるで魔法を唱えるようにゆっくりとゆったりと、一節一節区切るように滑らかに、けれども厳かに。


「君達はこの理不尽な世界に何を思う? 怒り、憎しみ、憂い、絶望する……変えたいと思わないか? 人が死に、仲間が死に、家族が死ぬ。うんざりする程に、死で溢れている。憎しみ––––負の感情は決して悪い事じゃない。正があるから負があるように、憎しみがあるからこそ助けたい、救いたい、守りたいという気持ちが強くなる。––––さあ君達の答えを聞こうか?」


 それに帳は、リリトは––––





 帳は軽く太刀、【グリフカース】を振るう。たったそれだけ。それだけで斬撃は地を這い、リリトが削った石床の跡を一辺とする正方形の形に(えぐ)る。


 少年少女達は目を見開き、今度は完全に動きを止めた。


 帳は床にぺたりとしゃがみん込んで泣きじゃくっているフローラに手を差し伸べる。


「無事かいフローラ?」


「ぐすっ、とば、りごめん。私気づいてたのに、なのに私あなたに伝えることができなくて」


 フローラは帳の胸に顔をうずめる。



「分かってるよフローラ。君はとても優しい。だからみんなを裏切る事ができなかったし、オレ達を殺す事ができなかった」


 帳は優しく抱き、慰めるように頭を撫でる。


「悪いのは全部アイツだ。フローラ、少しの間待ってて」


 帳は振り返り、教官の男に目を細め、あからさまな殺意を向ける。


 殺気を感じ取り我に返った教官の顔からは先程までの余裕は消え、冷や汗をかき、引き攣った笑みを浮かべていた。全身はガチガチに硬直し、構えてはいるものの隙だらけだ。


「き、貴様! 何処でそれを! あり得ん! まさか貴様【帰還者(エンコード・ア・リバース)】か!?」


「はははっ急に小物キャラになりましたね教官殿? このチカラは【帰還者(エンコード・ア・リバース)】と言うのですか? それは知りませんでした。ではそろそろ始めましょうか。約束は守ってもらいますよ、まあ死体には守れないと思いますが」


 帳は口の端を吊り上げ冷ややかに笑い、見下すように言った。【グリフカース】を使うことによって大幅に身体能力が上がるが、性格が少し歪んでしまうのだ。


「チッ図に乗るなよクソガキが《光を喰らう怨嗟の獣よ、醜き者を喰らい、静寂なる時を》!!」


(さっきよりも数が多い、中々やるね! でも……)


 帳は石床を踏み抜き一足飛びに駆け、四方八方から襲いかかる光の鳥を躱し、切り裂き、呑み込み一瞬にして距離を詰める。


「遅い。遅すぎるよ」


「クソッ! バケモノが––––!?」


 ザシュッ。


「…………」


 ……………………。


 帳は生温かい返り血を浴びた。彼なら避けることも出来たのに。そして顔に付いた血を手で拭い確認する。


(朱い……な、そりゃそうか。オレは人間を殺したんだから)


「はは、はははははは」


 帳は狂ったように嗤いだす。仕方がなかった、こうする他みんなを救う方法は。でも。


(重い。人を殺す事がこんなに重いとは……)


 人を殺したという事実は帳の心を想像以上に大きく抉った。


「兄さん、やっぱり僕が殺った方が––––」


 気づくと隣でリリトが申し訳なさそうにこちらを見ていた。


「気にするな、少し戸惑っただけだから。これで前に進める」


 どう見ても強がりだった。リリトにもそれ位の事は分かる。しかし、リリトにはどう声を掛ければいいのか分からなかった。


 帳はフローラの元へ歩む。途中で少年少女が「バケモノだ」と今にも泣き出しそうな震える声で言ってきたが無視する。


「フローラもう大丈夫だよ。教官はもう居なくなったから。いや、新しくバケモノが現れただけで何も変わってない、かな?」


 帳は血で穢れた手を見て自嘲気味に笑う。


 それにフローラは帳の胸に顔をうずめ、ふるふると首を振る。


「……じゃない、バケモノなんかじゃないよ! 帳は私達を救ってくれた。なのに、そんな風に自分を責めないでよ!」


 帳が自分のことをバケモノじゃないと言ってくれたフローラの肩を抱こうとする。


「コホンッ、兄さん良い感じになってるとこ悪いんだけど、そろそろ行かないと追っ手が掛かるんじゃないかな?」


「……そうだな。教官はああ言ってたが上の定めたルールとは違うからな。金だけ貰って、行くか」


「と、帳! 私も付いて行ってもいい? 足手まといなのは分かるよ。でも私も帳達と一緒に行きたい! ううん、帳達と一緒にいたい!!」


 フローラが勇気を振り絞ったのか僅かに顔を紅潮させながら言ってくる。


 それにリリトは珍しく彼女の意見を後押しする。


「いんじゃないかな兄さん? フローラの実力だったら足手まといにはならないと思うけど?」


「リリトがいいならオレは構わないが」


「別に僕より弱い奴が仲間になったところでどうって事はないよ」


「あはっ♪ リリトはそーゆう事言うんだあ〜」


 フローラが柔らかそうな唇を指で押さえ、挑発気味に不敵な笑みを浮かべる。


「なんなら此処で格付けしてやってもいいぞ、フローラ=エーレンフェスト」


 売り言葉に買い言葉。二人の間で激しい火花が散る。


「……やめとくわ。ここでのんびりして追っ手が来たら敵わないもの、ね?」


 フローラは語尾の方を若干強調した。


「くっ……」


 どうやら口喧嘩ではフローラの方に軍配が上がったらしい。


 一人蚊帳の外だった帳が切りのいい所で仲裁に入った。


「オマエら遊んでないでさっさと行くぞ」


「帳、そういえばまだ聞いてなかったけど一体何処に行くのつもりなの?」


「決まってるだろ? エルトリア魔法軍事学院さ」


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