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奏の継承者  作者: 紅十字
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第11話 集う新星

 リリトが絶体絶命の危機に陥る少し前、彼の兄白夜帳(びゃくやとばり)は、直径十メートルはあろうかと思われる大岩の上で一人佇んでいた。


 黒紫の髪に鍛え抜かれた長身痩躯、虎をも射殺す冷徹な瞳。悲しくも、人を怖がらせるだけの条件が揃い過ぎていた。


 彼の目の前、正確には大岩の下で三人の武装した少年が何やら作戦を立てているようだった。


 しかし今の彼には位置的にも実力的にも、下位にいる少年達に意識を向ける意志は残念ながら、露ほどにもなかった。


 彼の脳裏をよぎるのは先ほど演習場でリリトの、はたまた自らの動きに対応出来ていたと思われる一人の黒髪の少年だった。


 帳の動きを目で追えていたのはおそらく彼だけのはずだ。ならばこそ、リリトやフローラでは手に負えないことは自明。


 であれば黒髪の少年の相手をするのは自分の役目ではないのか? 帳はそう考えたのだ。


 帳と同等の実力を持った者はあの孤児院には居なかった。というか、一人だけ群を抜いていたのも事実である。それも相まってか黒髪の少年に少々興味が湧いていた。


「さて、どうしたものか……?」


 肩を軽く回し動作に支障がないか確認する。


 帳の位置からは視界を遮る物はなく、どの方向から攻められても問題なく対処出来るだろう。


 逆に言えば、攻める際にはこちらの動きすべてが筒抜けになるわけだが……。


 尤も、反応出来ない速さで斬り捨てれば良いだけなので、帳には何の問題もなかった。


 岩を登るのに苦戦し、三人組みは当分来ることはないだろう。


 酷く冷めた瞳で見下し、半ば無意識に胸中を吐露した。


「……拍子抜けだな。学院(ココ)に来れば強い奴に会えると聞いたことがあったんだがな」


 それは彼の父親から聞いたものだった。


 この学院は以前、彼の父親が通っていたのだ。当時腕に相当の自信があった彼は愕然とした。まるで歯が立たなかったのだ。洗礼を受けたと言ってもいい。


 名ばかりでなく、人の身体能力を超越したとしか言いようがない貴族。【魔神】とまで呼ばれた魔法のエキスパート。剣の腕では彼と対等に渡り合える者はいないと謳われた【剣聖】。他にも彼の父親より強い者などいくらでもいたらしい。周りが本物の天才で溢れかえっていた。


 そんな化け物(アモルファス)よりも化け物じみた強さを誇る者達が集うエルトリア魔法軍事学院。


 それでも尚、彼の父親は力に屈せず、苛酷な環境下を生き延びた。


 正直その話を聞かされた時、帳は武者震いが止まらなかった。尊敬して止まない父親がそれほどまでに評価した人達が通っていた学院に興味を示さない方が難しい。


「まあいい……とりあえずはあの少年の化けの皮を剥がすことだ。リリト達が負けることはまずない」


 (かぶり)を振り、過去から現在へと意識を呼び戻す。


 と、唐突に小さな石程度の物体が放り投げられたのが視界に映る。尤も、人が投げたとは思えない高度まで上昇したが……。


 そして、遥か上空で目を疑う現象が起きた。小さな石のような物へとこの世界の全ての光が急速に流れ、どんどんと肥大化して行く。遂には小石程度だった物が人間大となり、明滅し始める。


 世界全ての光を凝縮したその物体が破裂したらどうなるか……、そんなものは火を見るよりも明らかである。


「何処の誰だか知らんが、やってくれるじゃないか––––ッ!」


 忌々しげに空を見つめ帳は静かに駆けた。


 ゆっくりと瞳を閉じ、空間へと呼び掛ける。聞いた者の大半を震え上がらせる冷酷な声音で。


「時間だ。力を貸せ––––【グリフカース】」


 呼応するように何もないはずの空間から、一振りの刀身が彼の右手へと顕現する。黒より昏く、闇より深き漆黒の刀だ。


 彼の周囲にはユラユラと、一度触れればそれだけで存在そのものが消されてしまいそうな––––圧倒的な闇が塒を巻いて蠢いている。


 淡々と、感情の窺えない平坦な声音で、漆黒の刀に命令した。


あの光(空に浮く石)を喰い散らかせ––––【グリフカース】」


 帳が言ったと同時、空中で人間大まで膨張していた石が耐え切れず、一瞬にして爆ぜた。


 青白い閃光は帳の瞳を灼かんとばかりに幾千の線となり、襲いかかる。


 帳を見上げている下の三人組みは、直接あの光を視界に入れていないので、恐らくは目が眩む程度で済むだろう。


 しかし、当の自分はどうだろう? あれだけの光量を一度に受けてたったそれだけで済むだろうか? 当然、無事でいられるわけがない。だからと言って人が光に速さで勝てる道理もない。などと帳の頭の中は複数の思考が渦巻いていた。


 だが闇なら、【グリフカース】––––俺が持つ【帰還者(エンコード・リバース)】––––なら? 帳は薄く笑う。


帰還者(エンコード・リバース)】は明らかに人智を超えた力を持っている、それは孤児院の教官を殺して実証済みだ。


 思考よりも先に、反射的に帳の腕が、正確には【グリフカース】が独りでに宙に黒閃を描く。


 刹那、バシャバシャバシャッッーと教官を殺害した時に舞った血飛沫を彷彿とさせる音が、帳の後方両サイドで高らかに上がった。


 光はその姿を何億ものビーズ状へと変え、ザザーと一度に地面に落ちる。


 光は(グリフカース)によって分かたれたのだ。


「––––ッッ!」


 これには流石に帳も戦慄を覚えた。


 それもそのはず、今目の前で起きた現象は俄かには……いやどう考えても信じられるものではない。信じられるわけがない。


(どういった理屈があれば光が固体になる!? そもそもアレは本当に唯の光なのか? 何かしらの魔法か?)


「クソッ––––まるで因果関係が成り立たないッ!」


 回避するために振るった黒刀は、平然とそれ以上の力を見せた。ギリッ! 歯が欠けそうなほど強く噛み、思考を巡らせる。


 と、鈍色の無機質な死が帳へと数え切れないほど近づいてくる。


「チッ––––こんな時に––––ッ!」


 この程度なら【帰還者(エンコード・リバース)】を使わずとも帳であれば捌き切ることは可能。だが、彼は思考を中断させられた事に憤りを感じた。


 ナイフを投擲してきた敵を睨みつけるように空を見上げる。


(誰だか知らんが、俺に牙を向けるとは愚かな……早計だぞ。……なるほどそう言うことか)


 フッと帳の顔に笑みが灯る。視界の端に入ったのは彼が探していた少年だった。


「次から次へと……忙しない奴だ。だが、おかげで見つけたぞ」


 軽く刀を振るい、全てのナイフを闇の中へと叩き落とす。続けざまにタンッと踵を鳴らす。足場の岩が簡単に砕け、帳の身体が少年の元へと吸い寄せられる。


 そこで初めて少年の顔が歪んだような気がした。だが帳は構わず刀を振り下ろす。


 少年は一拍遅れて受け流そうと両手の短剣を突き出した。


「クソっ……!」


 少年が額に脂汗を滲ませ、呻く。


 壮大な金属音が火花を巻き上げ、少年を後方へと吹き飛ばす。


(いや、––––自ら後ろに跳ねた?)


 思ったより手元に衝撃が来なかったため、帳はそう類推した。


「とんでもねーな、お前、名前は……?」


 少年が息も絶え絶えに聞いてきた。


「…………」


「俺はタクト、奏タクトだ」


 仕方なく帳は名乗った。


「俺は……白夜帳。手間が省けた、丁度お前を探していたところだ」


「んあ? それは一体––––」


 黒髪の少年––––奏タクトの声は最後まで続けさせない。帳が刀を振り下ろしたからだ。


「おまっ! まだ話の途中だろ!」


 タクトが足を大の字に開き、すんでの所で躱す。


「……話? 先に仕掛けてきたのはそっちのはずだが?」


「いや、まぁそーだけどよ––––っと!」


 言いながらタクトは空中で巧妙に身体を捻り、帳の太刀筋を次々と躱す。しかし、このまま慣れない空中で避け続けることは困難を極める。それはタクトも分かっている。


 だから、反撃の余地を狙っているのだが……驚くことにまるで見当たらない。帳がそうしてるのか? それとも偶発的に起きたものなのか? 定かではない。


 が、ひとつだけ言えるとすれば、


「––––ったく、お前ホントいやらしい奴だな!」


 それに帳はほう、と素直に感嘆した。


「やっぱり、そうか。躱せる範囲の速度でしか振って来ない。尚且つ俺には一切攻撃をさせない。昔よくやられた手だ。

 でも、それが通用するのは三流までだぞ? 自分より弱い、余裕を持って闘える相手だけだ」


「ならお前は一流、俺と同等の実力だと言いたいのか?

 そこまで言うなら、この状況を打開してみろ」


 乾いた笑みを浮かべ、タクトは続ける。


「ははっ。いやらしいうえに、ナルシストかよ! 残念だが、俺はそこまで傲慢にはなれねぇ。

 けど、現段階で一.五流くらいではいるつもりだよ!」


「フン充分傲慢だ。つべこべ言わずかかって来い」


 帳が鼻を鳴らし、指をクイと曲げ挑発する。


 タクトが満面の笑みで応じた。


「もちろん、っの––––つもり––––だっ!」


 半歩下がり、心臓下辺りから流れる魔力を足の裏へと凝縮させる。その間も帳の剣戟は止まらない。


 宙を蹴る。空気を潰す。足元に爆発的な風が生まれる。彼我の距離がゼロに。


 短剣を空間へ投げ、帳の下腹部に掌底をたたき込む。


「ぐッ––––!? 」


 決定打とまではいかないが、帳が微かによろめいた。しかし、その程度で済む威力ではないはずだ。


「冗談だろ! 内臓の裂傷は避けられない。普通の人間なら確実に戦闘不能モンだぞっ!?」


「生憎、俺は普通でないのが普通なんでね」


 なんて、自嘲気味に、軽い冗談のように嗤いながら、帳は答えた。


 こちらが普段の帳なのだろうか? 今までとは違い、若干だが人間味が感じられないこともない。


 タクトにとっての予想外、それは帳が平然と目の前に立っていることだ。


(無意識のうちに加減した? そんなまさか……?)


 自問自答し、それは無いと頭を振る。


「どうした? もう終わりか……期待外れだな––––【グリフカース】」


 まるで同意を求めるように刀に話しかける。呼応するよう、黒く煌めく刀身。帳が刀を持った手を引き絞る。突く。


「なっ––––!!」


 全身に死の悪寒が電流のように走った。帳の背後に鎌首をもたげた死神を垣間見た。刹那、タクトは本能的に身体を半身に捻り左手を伸ばす。


 先ほどまでとは比べ物にならない神速の死閃が放たれる。


 突き出した掌に刀身が吸い込まれ、そのまま腕の中を突き破る。肩口から切っ先が覗いているのが分かる。


 ––––ビュッ。そこでようやく音が、衝撃波となって追いついた。


 タクトの左腕を耐え難い痛みと熱が襲う。


「どういう事だ?」


 驚いたのは、帳の方だった。避けられるとは思わなかった。今頃は心臓を貫いて終わっていたはずなのに。


 あのタイミング、あの角度にあの速度だ。これだけの条件が揃っていて人間が避けられる道理など一つも無かった。なのに目の前の少年はそれを平然とやってのけた。おまけに、どういったトリックを使ったのか自分の背には二本の短剣が刺さっていた。けれどこちらはそれほど深刻ではない。


 が、上手く呼吸ができない。酸素が回らない、思考が低迷する。何ともまあ見事な悪循環だった。


「はあ…………はあ、へへっ悪い、が俺は……もう死なないっ、て決めたんだよ。だ、から左腕(コイツ)で許してくんねーかな?」


 息も絶え絶えに、そう矢継ぎ早に捲し立てる。


「解らんな。お前なら左腕を犠牲にせずとも避けられたんじゃ––––?」


 何せ音速を超えて心臓に放たれた刺突を左腕で防ぐような奴だ。今となっては避けられたって不思議ではないとさえ思えてしまう。


「……そーでもねーよ。本能的に左腕を出したら、たまたま上手くいっただけだ。

 それに無傷で避けれたとしても、次でゲームオーバー。違うか?

 結果的にあれがベストだったんだよ。つーか、メチャメチャ痛ぇ」


 未だに突き刺さったままの刀身を見つめ、小さく呟いた。


「あ、あとお前が身動き取れなくなって、場所を一点に絞り込める。

 それで一か八か死角からブスリって具合。でもそれもあんまし効いてないみたいだし……。

 ははっマズったかなー」


 どうやら万策尽きたらしく乾いた笑みを浮かべ始める。


「そうか、ご教授ご苦労。それがお前の最後の言葉だ」


 二人共すでに限界だったらしく、頭から地上に向けて落下して行く。


 景色が滝のように流れながら、見る見るうちに地面が近づく。


 帳が「ぐっ」と顔を歪ませながら、【グリフカース】を離し、背中の短剣を引き抜く。


 タクトは目を見開き、


「ちょ!? おまっ、まだそんな力あるのかよ? バケモノか!」


 すでに限界な彼は指先一つ動かず、そんなことを言った。


「––––タクト!?」


 と、地面に激突する十秒ほどで遠方からどこか懐かしい、けどよく知った幼馴染みの声を聞き、奏タクトの視界は暗転し、同じように仲間の声を聞いた白夜帳もタクトの頬を掠めたところで、惜しくも意識の限界を迎えた。


 ***


 志願者の血で染まった演習場に唯一人佇む者がいた。この状況を作り上げた張本人だ。


「今回も、中々に優秀な方々が多いようで……」


「ほう、君が其処まで笑うとはね。此れは期待出来るかな」


 白衣を纏った試験官の背後に、初老に差し掛かる男が音も無く現れた。


「……余り感心できませんね、盗み見とは。御仁」


「君も未だ未だ堅いね、もう少し笑いなさいな。

 それで、具体的には? 【緋撃の皇女】たる君から見た意見を聞きたい」


 男が杖をつく。すると男を中心に波紋が拡がる。紅く染まった演習場は白へとその色を変えた。


「私が任命されて以来、大衆にはその名で呼ばれていますが、正直馴れません。私は大層なことは何もしていないので、英雄扱いされる謂れはないのですが……?

 申し訳ありません、話が逸れました。現時点で【帰還者(エンコード・リバース)】を扱える者が二名、それに対抗して見せたのが一名、そして––––」


 試験官の続きを遮るように、空間に極大の罅裂が生まれた。その中から一人の女の子が出てきた。


「わぁっ! いった〜い! 何なのよこれ〜」


 顔面から着地し、赤くなった鼻を押さえる涙目の女の子。


「彼女です。至宝【エミュレット】の黄昏の監獄(ロストプリズン)、拘束結界を自力で脱出して見せました」


「う〜ん、何見てるのよ! わたしの顔になんかついてるわけ?」


 自分の話をしているとはこれっぽっちも思っていない、どう見ても十二、三が限界な少女は、視線を感じ取り、無い胸を張ってふんぞり返った。

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