囚われ
誠が目を覚ます少し前。
あいは、《オーラ》の気配を感じ取り、苅野のところへ来ていた。
別の《魂》に乗っ取られている苅野は人肉を食べ終えて骨を土に埋めている最中、彼女の気配に気付いた。
「久しぶりの強者か?」
嬉しそうに笑むと、そこへ駆けつけた。
少しして、呑気に歩いている女が、苅野の視界の範囲に入る。
苅野は手束を殺害した時よりも、やや速く動き、真正面で彼女の首を狙うが、彼女は横に移動して回避した。
「この姿と《闇》の感じからして、貴方も私と同じか……」
「なるほどな。どおりで、強い訳か。まあ、俺は人工物だから、お嬢ちゃんとは、ちと違うと思うがな」
「そこまでして、強くなりたかったのかしら。貴方の主は?」
あいは哀れむように言う。
「いや、主は拉致されて、望まずに改造させられ、逃げ出した身だ。今は《BLACK14》という組織に所属している。昔はそこそこ有名だったらしいが、今は《財団》がいないと維持できないほどの組織だがな」
「そう。今の日本は一見平和に見えるけど、実のところは昔よりも物騒かもしれないわね。ところで、黒部彩紗って女。ご存知かしら?」
「ああ。知っているぜ。何たって俺らの組織のボスだからな」
途端。あいの《オーラ》は爆発的に上昇する。
「そう。だったら、その《BLACK14》のメンバー全て皆殺しにしてあげる」
あいのとった行動に、苅野は嬉しそうに笑う。
「戦る気になったか。不意打ちには失敗したが、勝負には勝たせてもらうぜ。女」
苅野はあいに近付き、彼女に右ストレートで襲い掛かると、彼女に触れる瞬間に、彼女の身長くらいの栗のイガがタイミングよく現れ、苅野の腕を貫く。
あいはイガを盾にして、身体を屈んで、右に移動すると、苅野の顎にアッパーが決まる。
しかし、苅野は空いている左足で、あいの横腹に蹴りを入れた。
あいは、飛ばされはしなかったが、踏ん張りがきかず、地面を擦りながら蹴りの衝撃を耐えた。
「っ。どうして、《オーラ》を纏ってないのに、並外れた身体能力がある? 改造によって得た身体なの?」
それを聞きながら、苅野は腕に刺さったイガを外して、後方に投げ捨てる。
「違うな。これは主の能力。《オーラ》を体内の神経系に纏う事で、無駄な消費を減らす事ができる技。名前はまだ決めてないらしいがな」
苅野は一歩踏み込む。すると、あいの懐に到着し、彼の拳が彼女の腹部に直撃する。
しかし、あいはビクともせず、何事も無かったかのように平然としていた。
「な……。効いていないだと……。馬鹿な……。本気ではないとしても、九割の力で殴ったんだぞ……」
苅野は驚く。
「体内の器官や神経で《オーラ》を使うのは考えもしなかったが、使い勝手がいい。《オーラ》を身体で覆った状態でも、それができるようだ。このように不意打ちでも使える。いいことを教えてくれてありがとう」
あいは薄ら笑い、苅野の腕を掴み、背負い投げをした。
苅野が地面に叩きつけられた時だった。
彼等の頭上に、誰かが入っている白いマントが突然姿を現した。
そのマントから現れたのは、布川洋治だった。
「探す手間が省けた。あんたも殺す予定だったからね」
あいは、落下していく布川に向けて、言葉を放つと、無防備になっている彼を追撃しようとしたが、仰向けで倒れている苅野が、あいの腕をガッチリと掴み放さなかった。
その隙を突いて、布川は彼女の身体を覆うほどの大きな黒いマントをズボンのポケット取り出し、彼女に被せる。
数秒後、マントの中身は空になると、布川はそれを回収した。
「助かったぜ。布川。俺はあと少しで殺されていた」
「礼には及びませんよ。ところで、あの女性は誰なのでしょうか?」
「さあな。オリジナルの《デュアル》で、お嬢様に敵意を向いている強い女ってことしか知らねえな」
「左様でございますか。ところで、苅野様を乗っ取ったのは、自らの意思ですか?」
「違う。主様があの女の前に戦った奴に毒を盛られて、動けなくなってしまったから、俺様が身体を動かしているのさ。だが、想像以上に毒は強力だったから、そろそろ限界だ。立ち上がる力がねえ。だから、《治療する桃色の布》で治してくれ」
「かしこまりました。では、《黒の四十四部屋》に移動しましょう」
布川は、自身と苅野に、あいと同じ物を被せて、マントごとこの場所から去っていった。
彩紗は八白大のアジトに到着すると、《オーラ》を纏い、蹴りで扉を破壊した。
「八白大。話がある」
「話とは?」
八白は振り返り何食わぬ表情をして、両手に三角フラスコを手にしていた。
「お前、ホムンクルスで私の友達を殺そうとしただろう?」
「ええ。僕がそれを指示し、それを彼に仕組んだ小型カメラでじっくりと観察していました。それが何か?」
瞳の色を緑に変えて、周囲にある紙や用具などを風に乗せて、八白にぶつけようとする。
しかし、彼は手にした二つのフラスコに入っている液体を混ぜて、綿雲のようなものを発生させて攻撃を防ぐ。
「お前はもう死んで。目障りよ」
「それは無理だよ。だって君は僕のお人形さんなのだから」
今度は、瞳の色を赤にして、周囲を炎で囲むと、いくつかの引火物が触れて爆発が起こる。
「私がお前のお人形? 何を言っているのかしら? 私は貴方を男として見た事がない」
「そうだとしても、君は少しだけ僕に操られているのはご存知かい?」
「最近、少し記憶が飛んでいると思うことと、誰かに見られている感じがすることが多々あった。それは、お前が私を操っているのが原因だったわけか。でも、完全に操られていないようだ。私がここにいるのがその証拠」
それを聞いた八白は馬鹿でかい声で高笑いする。
「どうした? 怖気ついて頭がおかしくなったのか?」
私は瞳の色を青に変色して、右手に氷で出来た刃渡り十五センチメートルくらいの鋭利な刀を製造したあと、八白の方へ飛び出した。
彼の首を狙って刀を横に素早く振ると、首をはねた感触と、映像があったため、安堵したが、それは、偽物であったらしく、本物の八白はそれよりも一メートル程後ろにいたのだった。
「君がさっき燃やした中に、幻覚作用がある薬品があってね。それを君は吸ってしまった。まあ、あの攻撃は僕が操って出した指示だしね。思うように動いて楽しいよ」
この男は一体何を言っているのだろう?
私は自分の意思で《三色眼》を使ったはず。
「その薬品に幻覚作用があるのなら、お前だって私はどこにいるのかが分からないはず。違うかしら?」
不気味な笑い声が四方八方から聞こえ頭に響く。どうやら、声で場所を特定するのは至難の業のようだ。
「大丈夫だよ。僕は蛇だから」
すると、何かが私の首に勢いよく噛み付いてきた。目で確認するとそれは一匹の白蛇だった。
「君を噛み付いた蛇に、幻覚作用の解毒剤を歯につけておいたから、僕の本当の姿が見えるだろう?」
私を噛んでいる蛇を伝うとそこには、七つの白蛇の頭と二足の人間の足で立っている人でない生物が立っていた。
蛇の頭は噛み付いているものを含めたら八つあり、人間で例えると上から、頭、首の横から左右に一つずつ、両腕、脇の間から左右に一つずつ、最後の頭は尾てい骨の延長線上から生え、股をくぐって顔を出していた。
彼は八岐大蛇と人間の子孫なのだろうか。
「でも、いいのかしら? 私に解毒剤を使って」
私は右手に握ってある氷の刀を振って、目の前の蛇を切断しようと腕を動かそうとするが、何故かピクリともしなかった。
「いいよ。だってそれと一緒に、神経麻痺の毒もつけたのだから」
頭の白蛇が喋りだす。
彩紗は様々な身体の部位を動かそうとするが反応がなかった。昨晩の手束との戦いのように。
「いやー。昨晩はいいものが見られたよ。君の弱点が見られたし。君が惚れていそうな男の子を見たしね。もう、実行するのなら、今日しかないって思ったよ」
八白は次第に近付いてくる。それと同時に、八白は右側の首にある白蛇を動かしてポケットから注射器を取り出した。
「彩紗ちゃんには残念なお知らせだけれど、これを体内に入れたら完璧に君は僕の操り人形になる。そうなったら、君は僕の子どもをたくさん産んで、僕の世界征服の夢を一歩近づけさせる手伝いをしてほしい。役目が終わったら洗脳を解いて、目の前の絶望な光景を見させて殺す。怨むなら君のご先祖様を怨め。だって俺は復讐心で《忍》に寄生し、お前らの一家を皆殺しにしようとしたら、娘に殺されかけたからな。だがよ、その娘は生死の確認を怠ったから、俺はまだ生きていたんだよね。三百年かけて力を取り戻したかいがあったよ。クックク。シャッシャシャシャ」
私は絶望し、今まで歩んだ私の人生が次々に走馬灯のように駆け巡った。