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Mind Of Darkness  作者: 渡 巡
第一章 八岐大蛇
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花芽美あい

 俺が最初に目撃したのは五歳くらいの女の子だった。

 彼女は泥だらけの着物を着ていて、長い黒髪が印象的だった。

 その彼女は、子ども達に追われて逃走していると、小石に(つまづ)いて、うつ伏せで転んだ。すると、その子を中心として、五人の子どもが輪になって囲んだ。

 その子らも着物が汚れていたが、中心にいる女の子ほどではなく、彼らは木の枝や石を手に持っていた。

 「父ちゃんが言ってたぜ。こいつがいるから、米が取れないんだって」

 と一人の男子が、女の子をゴミのように見つめる。

 「僕のところも言ってた。この子を拾ってから、年々、不作になってるって」

 左隣にいる男子がそう言うと、手に持っていた石を真ん中の子に投げるが当たらずに、舌打ちをする。

 「厄病神だから、仕方ないよ。私達が退治したほうが村のためになるんじゃない?」

 その向かいにいる女の子は言いながら、持っていた十五センチメートル程の枝を皮が()き出しになるように二つに折る。

 「私達で退治しない?」

 その右隣にいる女の子は、前に歩み寄り、中央にいる子の髪を掴み上げる。

 「いいね。やろう。やろう」

 その向かいの男の子の発言が合図となり、五人はいっせいに真ん中にいる子を、手に持った武器や素手で痛めつけ始める。

 「オラオラ。どうした化物。俺達が怖いのか? そのまま死にやがれ」

 「そうだ、そうだ。村のために死ね」

 といった声が、子ども達から聞こえてくる。

 それほどまでに()み嫌われているその子は突如オーラを纏うと、彼女らの頭上から、(かえで)の葉っぱが落葉していた。しかし、その周りには楓どころが、木というものが植えられていないため、この現象は本来ありえないものだ。

 その楓の葉に触れた子ども達はその箇所が、切り傷となり出血する。

 「痛いよ。助けて」

 と言って泣き喚く、いじめていた一人の女子。

 「ひぃ。化物ぉぉ」

 と言って、逃げ去る一人の男子。

 他の子たちもいじめられていた女の子に恐怖して逃げ出すと、その場は治まった。

 「いじめられている女の子。あれ、私なの。私が赤ん坊だった頃、何処かの森に捨てられていたらしく、それを拾って育ててくれたのがこの村の人だったの。この記憶はその人が病死して一週間後くらいの出来事かな。私は元々、村人から嫌われていたけれど、その人が(かくま)ってくれたいたからか、私が忌み嫌っていたのを知ることもなかったわ。この日の三日後くらいに私はこの村を出て、旅をしたわ」

 すると、早送りをしているみたいに、様々な風景が足下に飛びかよう。

 「ある時は、山に実っている木の実や川にいる魚を採って食べたりした。途中親切な人達によって、向かいいれてくれたけれど、その人達は一年くらいで病死したわ。私が呪い殺したみたいに村の人々はまた忌み嫌う……。そのようなことを何度も繰り返したわ」

 あいの言ったことが映し出される。

 あいが必要だと思っている出来事を映像化し、解説をすることによって、より彼女の過去を俺に伝えようとしているのだろう。

 それにしても、あいに関わった人は一年以内に死んでいったという過去。

 もし、俺が何も知らないでその場にいたら、あいを敵視する可能性は大いにある。

 なぜなら、自分の命を呪いという救われようのない不治の病にかかるのは、何としても避けたいからだ。

 それに、この時のあいが俺だったら、《オーラ》を使って、村人達を皆殺しにするだろう。

 人間は、弱き者や気味悪い者を嫌って(おとし)めるのは、昔の時代も同じらしい。

 「……私が十三歳くらいになると、人の誘いは全て身体目当ての男しか近付かなくなり、私はそれを《オーラ》を使って全て皆殺しして、一人山小屋で静かに暮らして生きた。たまに来る人間は私の事を妖怪だと思って退治しに来た。私はそれを始末して、次の日には別の拠点を探した。それを五年ほど続けたわ。その生活の積み重ねが、私の人間に対する恨みや憎しみといった感情が蓄積し、ついに《心の闇》が暴走して数々の村を襲うようになっていたわ」

 そこに映し出されたのは、長い黒髪を逆立ち、目が赤くなっている少女が、家を殴り崩壊させ、逃げ惑う人々を彼女の能力であろう植物の葉や花を落葉させて、痛み、苦しませる。

 そんな中、五人ほどの武士が現れ、彼女と対峙するが、為すすべなく敗れていく。

 その時、彼女の表情は人の命を弄ぶことで快感を覚える、悪魔のような顔をしていた。

 「ちょっと、質問いいかな?」

 「何かしら?」

 「俺がもし、《心の闇》で暴走したら、このようになるのか?」

 「多分ね。さっきも言ったけど、私は誠の《闇》の一部で、《主核》ではないの。だから、《主核》がその気なら、私は誠の意識がはっきりとするまで、存在が一時的に消滅する。まあ、その状態で誠が死んだら、私は《魂》ごと消滅する。だから、そうならないようにしてね」

 また、映像が早送りすると、森林が生い茂るどこかの山道で、あいと、古びた着物を着た武士が出くわす場面だった。

 「彼が、私を助けてくれた人であり、誠の前世である黒部誠よ」

 彼は二十台半ばくらいにみえる。

 しかし、自分の目で見た感想としては、あまり自分に似ていないと思った。

 「君かい? この近辺を暴れている妖怪。いや、人間っていうのは?」

 あいは返答せずに黒部を睨みつけていた。

 「赤い目でそんなに睨むなよ。怖いだろ。安心しろ、俺は君を退治に来たのではない。止めに来たんだ」

 「止められたとしても、貴方は呪い死ぬ。そして、私はまた人間を襲う」

 「呪い死ぬのか。それが、君の能力かい?」

 「だとしたらどうする?」

 「何とも思わないさ。人間は生きてれば、いつかは死ぬ。仮に呪われて死んだとしても、周りからそう思われないように死ぬさ」

 「あ? くさい事言ってんじゃねぇよ。人間が……」

 すると、あいは地面を揺らぐほどの《オーラ》を増幅させる。

 「すごい力だ……。下手すれば幕府ごと崩壊するな」

 そう言うと、あいは一瞬にして消えた。それに合わせて、黒部も消える。

 すると、何かと何かがぶつかったような、衝突音が何度も鳴り響く。

 俺は黒部と、あいが目に捕らえられない速度で戦っているため、どういったことが行われているかが全く分からなかった。

 「どうしたの。慌てふためいて」

 隣にいたあいが不思議そうに首を傾げる。

 「えっと……。速すぎて、目が追いつかないです……」

 隣から溜息が聞こえた。

 「誠って、私が思っていたよりもレベルが低いようね。分かった。少しだけ速度を落とすわ」

 そう言うと、二人の動きが遅くなり、目視出来るようになったが、それでも動きは速かった。

 彼らは能力を駆使して戦っているかと思いきや、能力を使わずにただ殴り合っていた。

 あいが両腕を使って交互に素早いストレートパンチを連打すると、黒部はそれをかわしていくが、一発、彼に当たりそうになるのを手で受け止める。すると、その腕を引いて、彼女を投げ飛ばした。

 吹っ飛ぶあいは黒部に向かって拳圧を飛ばすが、黒部も同様に拳圧を飛ばし、お互いに放ったそれは相殺した。

 宙に浮いていたあいは、着地して踏み止まると、距離を詰めていた黒部の蹴りが、彼女の腹部に当たろうとする。しかし、あいは少ししゃがんで回避し、その隙に黒部の顎に向かってアッパーを決める。黒部はその勢いを利用してバク転を三度して、あいとの距離をとった。

 そのような、ただの殴り合いがそれから五分くらい続いた頃。

 二人は最初に会話したであろう位置に戻っていた。さっきと違う部分は、両者共に痣や傷が出来ているところだ。

 「人間の癖に、なかなかやるわね」

 あいは、握り拳にした右手に付着している血をペロリと舐める。

 「お嬢ちゃんこそ、なかなかやるね。でも、本気出した俺には勝てないだろうね」

 あいを見下ろして発言する黒部。

 「フフフ。それは私の台詞」

 そう言うと、黒部の頭上から葉っぱが振り落ちる。

 一枚の落ち葉が黒部に触れようとするが、なぜか彼に触れる前に、葉っぱが切り刻まれて塵となった。二枚目、三枚目と次々に落ちていく葉っぱも同様に塵と化した。

 それを見たあいは信じられないと言わんばかりの表情をし、黒部は溜息をついた。

 「さっきの殴り合いで気がつかなかったのかい? 君は俺より弱いということを」

 「そんなことないわ。私はこれ以外の能力も使えるのよ」

 あいの言葉は黒部の背後から言っていた。

 あいは、瞬間的に移動して黒部の背後に回り込んだのだ。

 あいは右腕を伸ばし、黒部の背中を触ろうとするが、あと十センチメートルのところで彼女の腕は傷だらけになり、それが感染するかのように彼女の全身が着物と共に切り刻まれる。

 「キャアアアアAAAAA」

 あいの叫び声が響き渡る。

 切り傷だらけの彼女は仰向けになって倒れると、《オーラ》が消える。そして、赤い目の瞳が元の黒い瞳に戻っていた。

 「お嬢ちゃんの負けだ。本気出さなかったけど、殴り合いは楽しかった」

 そう言うと、彼の懐から貝殻を取り出した。

 「この薬を使えば、傷は早く治るからじっとしてな」

 貝殻の蓋を開け、あいの傷口に軟膏剤を塗る。

 「何で……。敵の私にそこまで優しくするの?」

 涙ぐむ声で言う。

 「言ったろ。退治しに来たのではなく、止めに来たって。俺は化け物であろうと、根っからの悪党でないと殺しきれない甘ちゃんだからな。実質、悪事をしない妖怪を生かすことなんてよくある」

 黒部は苦笑いをする。

 「それに、お嬢ちゃんは妖怪ではなく、元々人間だ。お嬢ちゃんは周りの人間の《闇》に負け、自分自身の《闇》に負けた。その結果が人間の皆殺し。まあ、『他人に負けるな』とでも言ってお嬢ちゃんのせいにできるが、逆にお嬢ちゃんに対する冷たい世間の目が原因だと思えば、他人のせいにすることもできる。どちらにしろ、この近辺で平和に暮らすのはほぼ無理だろう。お嬢ちゃんが住みたいと思える村や町があるまで、俺と一緒に旅をしないか?」

 黒部は優しく微笑んだ。

 「ありがとう。でも、私に優しくしてくれた人は一年以内に呪い死んでしてしまうの。だから、これ以上私に関わると死ぬわよ」

 「死なないから。大丈夫。俺がその呪いを断ち切るから」

 「貴方が私より強いから、そんな根拠のないことを言うのかしら?」

 「ああ。そうだ」

 あいはクスリと笑う。

 「バカね。もうどうなってもしらないから、責任取ってよね」

 「そのつもりだ。ところで、お嬢ちゃんの名前は?」

 「花芽美あい。貴方は?」

 「黒部誠。あい。傷が癒えたら、髪を切って、山を下りるぞ」

 「何で髪を切らないといけないの? 髪は女の命って最初に拾ってくれたお母さんが言っていたよ」

 あいは、黒部をじっと見つめる。

 「この近辺に暴れまわっている妖怪は、黒色の長い髪をした若々しい少女の姿をしているそうだ。退治してくれた人がいつのまにか、若い黒い長髪の少女を連れていたら怪しまれるだろ? だから、髪を切ることを命じた。嫌かい?」

 「確かに、不審がるかもしれないわね。まあ、髪は時間が経てば伸びるし、夏も近付いてきているから、清涼を取るのもいいかもね。ただ、今回だけだから」

 黒部はあいの手当てが終わると、懐から小刀を取り出し、あいに渡した。

 あいは、その小刀の(さや)を抜き、自身の後ろ髪を結い刀で断髪した。切られた髪は投げ捨て、風に運ばれ視界から消える。

 その時の過去のあいの姿は隣にいる少女と瓜二つだ。

 当の本人だから当たり前だけど。

 「じゃ、降りよ」

 あいは黒部の裾を持って発す。

 「お……おお」

 黒部は顔を少しばかし赤らめて歩き出す。

 「あい。お前、短い方が可愛くないか?」

 照れ隠しに頬を掻く黒部。

 「そうかな……? 誠さんがそう思うなら。しばらくはこの髪型を維持しようかしら……」

 こちらも顔を赤らめ、二人は山を降りる。

 山を下山し終えると、映像が早送りされた。

 「なあ。最期らへんのノロケ話いらなくね?」

 俺は単刀直入に隣の少女に言うと、彼女は満面の笑みで返す。

 「今から……死ぬ?」

 と、彼女は満面の笑みで返す。

 「ご……ごめんなさい」

 殺気を感じた俺は両手を挙げて、前言を撤回した。

 「それから、私達は旅を続けて、私達に愛が生まれて結婚して二人の子どもを授かった。誠さんに会う前と、うって変わって物凄く幸せだったわ」

 さっきの脅しの笑顔よりも可愛く、頬を赤くして、乙女心丸出しの表情をして語る。その頃の出来事はあいにとって、よっぽど幸せだったのだろう。

 「でも、幸せは永遠に続かなかったわ。それは、二人の子ども達が自立して家を出た翌月。私達に不幸が訪れた」

 映像が再び停止する。室内にて、少し年老いた男が女性を庇う様に剣を抜き、仮面の人間に刃を向けていた。

 あいはこれと似た仮面を見たことがあった。

 「《忍》か?」

 誠は隣の少女に向けて言うと、彼女は首を縦に振る。

 「私は幕府の(めい)を仰せつかった《忍》です」

 仮面が発する言葉に抑揚はない。

 「用件はなんだ?」

 黒部は発言と同時に《オーラ》を纏うが、さっきの戦いと比べて半分も出てはいなかった。

 「貴方と、その奥様を抹殺せよ。と私は命じられました。妖怪を生かせた罰として、命で償えと」

 《忍》は両手にクナイを構えて腰を少し落とす。

 「その妖怪達に人の生活を脅かせるような奴は独りもいない、だから俺は生かした。それに俺の嫁は関係ないだろうが」

 「その奥さん。昔、妖怪と言われていたそうですね」

 「知らないな」

 瞬間、《忍》は右手に持っていたクナイを黒部に向かって投げるが、黒部はそれをかわし、壁に突き刺さった。

 「とぼけないでください。その妖怪を退治したときに貴方はこの奥さんを連れていたそうですね。村人には『妖怪に食われそうになっていたから助けた』と言って説明し村を去った」

 「あまり、覚えてないがな。そう言ったのだろう」

 「その日、妖怪によって食べられたかと思われていた村人の一人が帰還したそうです。その人物が丁度目撃したそうです。妖怪の特徴であった長髪の女子が短髪に切って、武士と一緒に下山するのを。変じゃありませんか? 下山するときに断髪なんて」

 「あいは人間だ。生かして何が悪い?」

 反論出来なかった黒部はあいがその時の妖怪だと自白したのだった。

 「さあ? 私はそれ以上の事は知りません。《忍》はただ、任務を遂行するのみ」

 そう言って、《忍》は黒部の目の前に飛びかかり、クナイで攻撃する。黒部はクナイを刀で受け止めると、それとほぼ同じタイミングで、《忍》は右足で黒部の脇腹を思いっきり蹴り飛ばす。黒部は横に吹っ飛び、壁に衝突すると、膝をついた。

 「いまから十五年前。伝説の生き物と言われた八岐大蛇を仕留めた君が一蹴りでこうも吹っ飛ぶとは。年は取りたくありませんね。いや、幸せになりたくありませんね。と言い換えておきましょうか」

 「何が言いたい」

 黒部は立ち上がって剣を構える。

 「君は捨て子だったらしいですね。幼い頃、様々な村や町を転々として生きた。物心をついた時には能力を使えたことが買われ、幕府の暗殺組織にスカウトされる。しかし、任務の成功率が低いため離脱される。その後、浪々と旅を出て、妖怪退治を主として生計を立てる。途中出会った女性と結婚し、二人の子どもを授かり今に至る。絶望的な人生から希望の満ち溢れる人生へと豹変したことで、《闇》は少なくなるでしょう。それに加えて老化とくれば当時と比べて半分以下なのは当たり前か。少し残念です」

 「捨て子……。誠さんが、私と同じ……」

 あいは信じられない表情で彼を見ていた。

 「本当だ、あい。同情で好きになったって思われたくないから黙っていた。ごめん」

 「そういえば、昨日、貴方の息子さんと嫁様に会いました。貴方に似ていたね。実は貴方達だけでなく、その子ども達も殺せと命じr――」

 その時、目にも見えないスピードで、黒部は《忍》の左胸に刀を突き刺し、素早く抜くと、今度は《忍》の身体を何度も何度も斬りつける。息子が亡くなった怒りを全て彼に向けられる。

 「斬っても、斬っても、怒りがおさまらねえええええEEEEEE」

 黒部は部屋の壁を突き抜けたかのように叫び、あいは床に丸まって泣き崩れていた。

 「怒りが収まらないのならもう一度私を刺しますか?」

 斬りつけられたはずの《忍》が玄関の前に立っていた。

 遺体は床に横たわっているのに。

 「ああ、そうか。俺の怒りがなくなるまで、お前は何度でも蘇るのか。だったら、もう一回殺してやるよおおおお」

 黒部は頭の整理がつかず狂ってしまった。そのまま突っ込む黒部は一瞬にして首と胴体が真っ二つになった。

 胴体が倒れた音で顔を上げたあいは、遅れて落ちていく夫の首を目の当たりにして、放心状態になり、 目が虚ろになった。

 彼女に残された大切なものはあと生きているであろう、もう一人の子どものみだった。

 「あとは奥さんだけか。幸せだった日常が一日で地獄へ一転。お気の毒に。まあ、大切な人が二人殺されたのですから仕方ないですね。もう一人の娘さんは、行方が掴めないのですが、ご存知です?」

 「……………」

 あいは、あまりのショックだったのか、何も動じなかった。

 「答えないか……。だったら、幻術で吐かせましょう」

 《忍》はゆっくりと、あいの頭を掴もうとしたときだった。

 あいは精神を保ったのか《忍》を睨みつけると、彼女は一瞬にして、《オーラ》を纏い、《忍》の腕を切り落とした。

 「おっと。我に返って、仇討ちですか?」

 「それと、八つ当たり。馬鹿娘のね」

 あいは楓の葉を手裏剣のように、数枚《忍》に向けて放つ。

 しかし、《忍》が傷を負った箇所は血ではなく、無色透明な液体だった。

 それを目の当たりしたあいは、驚いて、硬直しているようだった。

 「娘さんとは仲が良くないのですか……。それは残念ですね」

 すると、《忍》の遺体と、切断された腕が液状化していく。

 「死に逝く貴方に、教えましょう。私は、水が無いと生きられない一族。その理由は今に分かるでしょう」

 《忍》は指を鳴らすと、液状化したものは、ガトリングの弾のように発射され、あいの身体は蜂の巣のようになった。


 あいの記憶がそこで途絶えた為か、最初の夕焼けがかかった場所に戻っていた。

 誠は掴んでいたあいの手を離した。

 「これが、私の過去。一人ぼっちで生きていた私は周りの人間から疎外され、彼らを(ねた)み、(そね)み、(うら)み、憎んでいた。それらが溜まって《闇》の暴走が始まり、前世の誠さんが助けてくれると、彼にベッタリとして、最期は馬鹿娘の花蓮しか残らなかった人生」

 少しだけ涙ぐむあい。

 彼女の過去は生き地獄な日々から、天国のように幸せな生活に送るものの、最後の最期に地獄に突き落とされた人生を見て、話しかけずにはいられなかった。

 「あい」

 「何?」

 「今、俺を操っているのだろ? もし、良かったら俺が暇なときに身体を貸してもいいぜ。あいの《欲》次第だけど。表社会は江戸時代と比べて平和だし、娯楽もたくさんある。生身の身体は一つしかないけど、友達とかできると思うし、仮に出来なくても、俺がいる限り一人じゃないからな」

 俺は照れ隠しに頬を()く。

 それを聞いたあいは、クスリと笑う。

 「ありがとう。その言葉だけで充分」

 あいの目にはもう、涙は残っていなかった。

 「ところで、あいとの《融合》はもうできるのか?」

 「ええ。でも、ここでは使えないわ。現実世界でないと私の《闇》は使用できない。この精神世界では、お互い別々の身体で離れているから無理なの。現実世界なら、誠の身体で共有しているから使用できるの」

 「なるほど。じゃあ、目を覚ましてから、すぐに、試すかな。いろいろありがとう。あい」

 「どういたしまして」

 あいが笑顔で返答するのを見て、俺は現実世界に戻った。

 すると、俺はどこかの狭い部屋の一室に閉じ込められていた。


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