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Mind Of Darkness  作者: 渡 巡
第一章 八岐大蛇
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もう一つの魂

 チャリに乗って赤いジャージを着ている俺は、昨夜戦闘が行われた公園に辿り着いた。

 昨夜はここの住所が分からなかったが、先程送られたメールに送付されていた地図を頼りにやってきた。

 自宅から自転車で約二十分。学校の東側にあるため、この公園がどこにあるのかが分からなかったのは仕方がないなと思った。

 自転車で来たので、公園にある駐輪場に自転車を停めた。

 ここに来るまでの間、昨日の戦闘についてのことで大騒ぎになっているか少し心配だったが、公園にいる人達は何事も無く過ごしているので安心した。

 俺は、五分ほど時間をかけて公園を一周するが、俺を見て反応する人は誰一人いなかった。どうやら、法条先輩に頼まれた人はまだ来ていないらしい。

 ちなみに昨日、気になっていた遊具の奥は、ゲートボールを楽しんでいる老人達がいた。

 ルールは全然知らないため、何ともいえないが、その場所に適した場所なのだと思った。

 その奥には雑木林が植えられ、それを抜けると道路に出て、その道路の向こう側は河川敷になっていた。

 こうやって公園を探索するのも悪くはないが、その続きはまた後日にしようと判断し、すぐ修行に取りかかることにした。

 アミさんによると、《オーラ》を増幅したい場合は、身体と精神の修行らしい。

 個人的に一番精神的に辛い身体運動は全力疾走を維持したランニングだ。

 毎日それをして、マラソンランナーになるつもりはないが、ここでジッと待っているよりかは、修行している感じがあるので、早速実行しようと思う。

 「君が喜多村誠君?」

 少し幼い男の声が聞こえたので、後ろを振り向くと、青色のパーカーに、白の長ズボンを履いた童顔のやせ細った少年がいた。

 「そうです。君の名前は?」

 「僕の名前は水無楽(みずなしがく)。よろしく、誠君」

 彼は手を差し伸べたので、俺はそれを握手の形で返した。

 「よろしく。まさか法条先輩が、君みたいな幼い容姿の人と知り合いだとは驚きだよ」

 「法条先輩?」

 楽は首を横にかしげる。

 俺はこの反応を知っている。それは知らないという反応だ。

 もしかすると、法条先輩は楽に、苗字ではなく下の名前のみを教えたのかもしれないので、もう一度尋ねてみることにした。

 「奈央先輩だよ。分かる? ロシア人のクォーターでブロンド色の髪の毛の女の子だよ」

 楽に尋ねてもさっきと同じ反応。つまり、彼は法条先輩が頼まれた人物でないということだ。

 「お前は何者だ?」

 真剣に質問を問う俺に反して、楽は笑い出した。

 「何勘違いしているかはしらないけど、僕はご主人様のお使いで君を殺しに来たんだよ~」

 俺はすぐに握手をしていた手を離し、後退して彼との距離をとった。

 「ご主人様? 誰の事だ」

 「今、死に行く君に教えてどうするの?」

 楽は俺に向かって、飛びかかってきた。

 俺は《オーラ》を纏って、楽の腹部を殴る。しかし、彼の身体はゼリーのような感触をしており、拳は楽の身体を貫いた。

 「なっ……」

 その現象に驚いてしまったため、一瞬の隙ができてしまい、楽の蹴りが顎に入る。

 ダメージは大きく、一瞬だが視界が揺らいだ。

 貫いた拳を引き離すと何事もなかったように楽の身体は再生する。その時の楽は薄気味悪い笑いを浮かべていた。

 「全身を液状にする能力。もしくは何かの液体を操る能力か?」

 「さあ、どうでしょう? 早く君も能力を使わないと負けちゃうよ。フフフフ」

 さっきの攻撃は《オーラ》を纏って、全力で攻撃した。それなのに、ヤツにダメージを与えた感じがしなかった。彼の言う通り、能力を使って抗わないと、俺は殺されるだろう。

 彼に向けて、掌から幅五センチメートル程の小さな鋭利な風を彼に放出した。

 「遅いよ」

 楽の右腕が瞬時にバズーカ砲のような形状に変形し、水の弾丸が発射された。

 弾丸は放出された風に当たって二つとも消滅する。

 「速度も、威力もなしか。覚醒したばかりの子だから、仕方ないか」

 バズーカの銃口は誠に狙いを定める。

 彼の右腕の先端に《オーラ》が集まっているのが分かった。

 対抗する術のない俺はすぐに逃走した。

 「逃げたって無駄だよ。君程度の《オーラ》では僕から逃れられない」

 目の前に楽が現れると、額に銃口を突き立てられた。

 「死ね」

 銃声とともに俺は後方に吹っ飛んで木にぶつかった。

 それにより、頭を強く強打したらしい。

 ふと、手で後頭部を触ると、生暖かい液体の感触がし、その手を見てみると、一面が真っ赤に染まっていた。

 「あれ? 殺すつもりで撃ったはずなのに、まだ生きているよ、コイツ。しぶといね。こんなヤツ、彩紗ちゃんには似合わないよ」

 ゆっくりと楽はこちらに近付いていたが、霞んで見える。

 「彩紗の……知り合い……か?」

 「まあね。ご主人様は彩紗ちゃんのこと大好きでね。毎日監視しているの。昨日、君は彩紗ちゃんとイチャイチャしすぎたことも知っている。それで、ご主人様は激怒したから、僕が代わりに君を殺しに来てあげたの」

 それを聞いていると、思わず嘲笑ってしまった。

 「裏でコソコソ監視したり、他人に(あだ)取らせたりするような人に彩紗を譲りたくないね」

 その時だった。楽の《オーラ》が急に禍々しい真っ黒の《オーラ》に変貌した。

 「ご主人様を馬鹿にするヤツは消えな」

 その言葉を終えると、彼の《オーラ》は極小になり、俺に背を向けた。

 その時には俺の左胸は血の色に染まっていた。

 「バイバ~イ」

 楽の言葉を最期に俺は意識を失った。


 「死なないで……」

 その透き通る女性の声は何処かで聞いたことがあった。

 いつかは思い出せないけど。

 「一分間、目を覚まさなかったら、私は貴方をn―――――」

 彼女の声を最後まで聞き取れずにそれは消失した。


 「あれは……(かり)()(ごう)

 喜多村誠が公園に来る少し前のことだった。

 ユウキは法条奈央の依頼を実行するために目的地まで向かっていたが、ちょうどその時、苅野豪の姿を目に捉えたのであった。

 苅野豪は黒のタンクトップに緑の長ズボンを着装しており、人の通りが多いとはいえない道路で歩いていた。

 どこに向かって歩いているのかは分からないが、二メートル越えで筋肉質な男はこの町には彼以外になかなかいないため、かなり目立つ。

 ユウキは彼に気付かれないように十メートル弱の距離を空け、ポケットから携帯電話を取り出してコールを鳴らす。

 『手束です』

 呼び出した男は寝ぼけた口調で応答する。

 「眠そうな返事のところ悪いが、ターゲットを見つけた。今、尾行している」

 『ん。マジか。寝ぼけてられないね。で、今どこにいるの?』

 「春日(かすが)公園付近の道路」

 『そこか。来るのに五分近くかかる。俺が来るまで尾行しておいてくれ。万が一気付かれた場合は逃げずに戦ってほしい』

 「了承した」

 『じゃ、着いたら連絡するわ』

 そう言って通話が終わった。

 俺は依頼人の言うことに従い、尾行を続行することにした。

 苅野は公園の中にある、辺り一面に植えられている雑木林の中に入っていくと、何かを探すように辺りを見回していた。

 俺は彼が捜しているものは何となく推測できた。

 この公園は奈央さんによると、昨夜、戦闘が行われたらしい。その戦闘は黒部彩紗と、その友人である喜多村誠が、現在の第一優先依頼主である手束考(てづかこう)で、苅野豪の居場所を賭けたものだと昨日の依頼主である奈央さんの電話で分かった。

 彼の性格からすると、昨晩ホムンクルスの能力によって中断された手束と戦いたくてこの公園に来たのだろうが、手束は此処にはいない。

 その時、苅野は不意に後ろ振り向くと、目付きが変わった。

 それは、狙った獲物が見つかったという野性の瞳。

 どうやら、見つかってしまったらしい。

 俺は両手を挙げて、ゆっくりと彼に近付く。

 「テメェは誰だ? さっきから、見られている感覚はあったが、貴様か? 仮面被っているってことは《忍》だな」

 「その通りだ」

 それを聞いた苅野はニヤリと笑う。

 「そうかそうか。《忍》か。で、俺を尾行している理由は?」

 「ある者が君を探していてね。彼が来るまでに君を尾行してほしいと頼まれたのさ」

 「そいつは誰だ。俺が知っているやつか?」

 「ああ。彼は君と戦いたいらしい。五分程で着くそうだ」

 すると、苅野は《オーラ》を纏ったので、俺も同時に纏った。

 「五分か……。悪いが待てないな。そいつが来るまで、相手をしてくれねえかな。《忍》さんよ」

 喋り終わるのとほぼ同時に、苅野は右ストレートで攻撃してきたので、俺はバク転をして回避する。

 「いきなりかよ」

 「まあ、そう怒るなよ。俺は昨夜戦った、鎖を操る手束っていう奴と戦いたくてウズウズしていてな。そんなときに誰かと()れると思うと、楽しくなるだろう?」

 この発言により、俺とは全然話が合わないことが分かった。

 「どんどんいくぜぇ」

 苅野は俺に向けて両の拳で連打する。

 苅野の攻撃をかわすものの、次第にスピードが上がっていく拳の動きについていけず、顔の頬や、腕などにかすり傷を負い、仕舞いには腹部にクリーンヒットし、吐血した。

 「案外弱いな……。ちょっと、期待外れだぜ」

 その時、懐にしまっている携帯電話が、振動しているのに気がついた。

 依頼者が来たようだ。

 そろそろ退却するか……。

 俺は身体を風船のように膨らまして、すぐに爆発した。

 その爆発に紛れ込んでいたクナイにより、苅野の身体はそれが数十本突き刺さり、それによってほんの少しの火傷を負っていた。

 「チィ。小賢しいことをしやがって……」

 苅野は見失ったユウキを、辺りを見回して探す。

 「どこにいやがる、あの《忍》……。ん? 足が動かなくなった。《忍》の仕業か?」

 「違うよ。苅野。君も知っているだろ?」

 苅野の目の前にその声の主が姿を現した。

 「手ぇぇぇ束ああぁぁぁぁぁ。会いたかったぜぇぇぇ。昨夜の続きだあああぁぁぁ」

 彼の声は辺り一面に響いたのであった。


 「さてと。邪魔者は始末したし、帰るとするかな」

 (がく)はバズーカの状態にしていた右腕を元の状態に戻し、ズボンのポケットからハンカチを取り出して、誠の血で汚れた左腕を拭き取る。

 「うーん。思ったより血まみれだな。水で洗ったほうがいいかも」

 楽は蛇口があるトイレを目指して公園内を探索する。

 「ん? 近いところで《オーラ》のぶつかり合いがあるな。面白そうだから、行ってみたいけど、もしご主人様の仕組んだものだったら、手を出してしまうと、怒られる……。あ、思い出した。あいつの死体を持ち帰るのを忘れていた」

 途端。楽の身体から細い腕が生えた。

 いや、誰かの腕が楽の身体を貫いたのだ。

 振り返ると、赤眼の黒色のロングヘアーの女性がいた。

 楽はそのまま横に移動し、その腕から脱出すると、空洞になった部分の身体が再生し始めて元に戻る。

 その女性を良く見ると、さっき程殺した喜多村誠と同じ服装であり、血で汚れた箇所もほとんど一致してあることに気付いた。

 「……どういうこと?」

 動揺を隠せない楽。

 すると、楽の上空から紫色のダルマのような形状をした花が舞い落ちてきた。

 「何の花だ?」

 「座禅草」

 その女性は透き通った声で答える。

 「聞いたことないな」

 舞い落ちていく座禅草が楽の左肩に触れると、その部分が蒸発してなくなった。

 「あっつ。この花、僕が苦手な熱を発している」

 「発熱作用があるの。私の能力で通常の座禅草より百度ほど上昇させているけどね」

 それを聞いた楽は血相を変えて、座禅草を回避する。

 楽は八城大(やしろまさる)が捕らえた《忍》を主として生成されたホムンクルス。

 その《忍》の忍術は身体の液状化である。

 それにより、物理攻撃や打撃攻撃の無効化。液体による形状変化した攻撃が可能となる。

 しかし、ホムンクルスとして、体を弄った副作用により、その状態で水分が蒸発した場合は、二度と復活できなくなっていた。

 そのため、この攻撃は彼にとっては絶対に触れてはならないものだった。

 「これで、どうだ」

 楽は一瞬の内に女の背後に回りこんで、バズーカ状の腕を彼女の頭に向けていた。

 楽には、捕らえた《忍》と、八白が単独で入手した瞬間移動能力をもつ人物のDNAを混ぜている。それにより、自分自身と、触れたものを一瞬の内に移動することができる。

 それは(りき)にも扱えたが、黒部彩紗との戦いの際は、使用する間もなく死亡したのだった。

 「残念……。ボウヤの負けよ」

 その言葉とともに、楽は口から吐血し、膝をついていた。

 何が起こったか分からない楽は彼女を虚ろな目で見ていた。

 「西洋(せいよう)夾竹桃(きょうちくとう)。」

 彼女の腕に、五弁に分かれたプロペラ状のピンクのような色をした花が一輪咲いていた。

 「この花は毒性が強いの。特に地中海に咲いてある野生のものは匂いを嗅いだだけで、人を殺めてしまう。私が効かないのは、これを扱える過程で抗体がついているから」

 彼女は楽の頭を触ると、そこから、芽が出て一瞬の内に、西洋夾竹桃の花を咲かせたのであった。

 「ボウヤに声をかけてけくれる人がいるまで、苦しんでなさい。まあ、仮に《闇》を扱える人が来ても、その時には死んでいるでしょうけどね」

 その言葉の途中で、楽はうつ伏せで倒れた。

 「ボウヤの《闇》が完全に消失した……。案外呆気ないのね」

 死んだ楽の頭の頂辺には、彼女が植えた西洋夾竹桃が枯れることなく綺麗に咲いていた。

 「一匹始末完了。次は近くにある《闇》が集まっているところに行くかな。私の身体の(あるじ)であり、私が大好きな誠のために私は彼らを殺す。待っていてね。私が誠を惑わす彩紗って女を最期に木っ端微塵に殺すから」

 彼女はゆっくりとその場から去ったのであった。


 「どうした? 思ったより、歯ごたえがないな。昨日の方が強かった気がするぜ……」

 電柱に(うずくま)っている手束(てづか)に向けて言い放った。

 手束の技である《不干渉(ノーフィール)(チェーン)》は捕らえられている時、相手は縛られている感覚以外は何も感じないだけの能力。

 だから、縛られている箇所が分かるオレは、力任せにその部位を引っ張り上げることにより、手束を近付けさせ、一気に攻撃を浴びせることができた。

 昨晩は《不干渉(ノーフェール)(チェーン)》を(かせ)のような感覚を楽しんでいたが、今は途中で邪魔が入らないよう、早く手束の全力を出させたかった。

 手束の技を徹底的に破り続ければきっと、本気を出させることができる。さあ、早くマジになれよ。

 「思った以上のパワーだ。苅野。常時本気を出して戦っていると思ったが、全然違うようだな」

 手束は立ち上がりながら言う。

 「オレが本気出してしまったら、殴ったものがすぐ潰れるからな。六割程度で戦っている。ちなみに貴様の鎖を引っ張った力加減は八割程度でぶん殴ったのは六割。まあ、怪我せずに立ち上がる実力だ。まあまあってとこかな」

 「そう。だったら十割の力を出させて君を拘束する」

 その瞬間、手束の袖口から白色の鎖が勢いよく放たれ、苅野の方へ向かう。

 「やってみな」

 手束は少しずつだが、男の目をしてきたようだ。

 ノってやるか。

 オレは少しばかり《オーラ》を上昇させ、鎖をかわしながら、手束との距離を着々と詰める。

 「それでかわしたつもりか」

 手束がそう言うが、正直に言うと、オレは呆れていた。

 「かわされた鎖を死角から攻撃をして俺を拘束するんだろ? 読めてんだよ」

 思った通り、真後ろから二本の鎖が襲いかかってきた。

 「だが、そうそうかわせるものではないだろう?」

 「それはどうかな?」

 背後から鎖の《オーラ》が感じ取れる。ふれようとする瞬間に、最小限の動きでかわす。

 「なんだと……」

 「フッ。貴様程度の相手なんぞ、手に取るように分かるぜ」

 その時、頬に一本の赤い線が入るのが分かった。

 やっと、オレに傷を負わせたため、思わず薄笑いを浮かべてしまった。

 「見えない鎖に小さな刃物を取り付けたのか。だが、こんな小さな傷を負ってもオレは何ともない」

 身体の所々に傷が入っても、躊躇(ちゅうちょ)なく距離を縮める。

 手束は放った鎖を一本も解除しないまま、ひたすら二種類の鎖を放ち続ける。

 技の《オーラ》が完全に隠せず、スピードがないため、余裕で全てをかわし続けていると、ついに手束を殴れる距離に到達した。

 「ちまちま避けるのはもう飽きた。それに、ここまでくるまでに、何かの罠があると踏んでいたが、何も無い。正直ガッカリだ。これで決めてやるぜ」

 右腕に《オーラ》を集中する。

 それを邪魔しようと、白色の鎖は顔を目がけ素早く攻撃を仕掛けてきたが、首を動かしてかわす

 「死ねえええええEEEEE」

 手束に殴ろうとするが、さっきの鎖が邪魔なせいで、満足に殴られるのが一箇所しかないことに気付いた。しかし、振り下ろした拳は急に止められなかった。

 手束はそれを待っていたかのようにニヤリと笑い、袖口から新たな白色の鎖が現れると、オレの腕に巻きついた。

 「くそが。やられたぜ。だがまた力で引き千切ってやるよ」

 先程の《不干渉(ノーフィール)(チェーン)》のときのように力いっぱい引っ張るがビクともしなかった。

 「この《(ペナ)(ルティ)(チェーン)》に縛られたら《オーラ》を纏うことが出来なくなる。これを脱するには純粋な己の力のみ。君が全ての鎖を避けると信じて《(ペナ)(ルティ)(チェーン)》を放った。途中で鎖を切られたりしたらもう少し時間がかかったと思うし、数十本切られたのなら、この作戦は失敗に終わっていた」

 「まんまと誘導されていたのか。だが、甘いな。この技は《オーラ》を纏うことが出来ないのであって、《オーラ》を出せなくするわけではないのだろう?」

 「何が言いたい。能力がないお前は《オーラ》を纏わないとただの筋肉バカだ。よって、《オーラ》を纏えない貴様は何もできない。まあ、纏わずに放出させることで発揮する能力ならこの鎖は脱せる術はあるが、貴様にはそんな能力が無いだろう?」

 必死に弁解する手束を見ていると、すぐにこの鎖から解放したくなってきた。

 「《オーラ》というのは纏うだけで、何もしなくても消費される。それは、大きなものを纏う程、消費量が増大する。そして、その消費量は、黒い《オーラ》程、軽減するのは知っているな?」

 「それがどうした。今、何の関係がある」

 「オレの《オーラ》は白色に近い。そのため、《オーラ》を多く纏うことで、何もせずにただ消費されている部分も多くあるということを悔やんでいた。それを克服しようと修行をした。そして、俺はついに無駄が出ない手段を見出した。それが俺の十割の力だ」

 末梢神経系に《オーラ》を送らせる。そうすることで、無駄に消費される《オーラ》が体外に出ないせいなのか、力が(みなぎ)っていくのだ。

 その力で、捕縛している鎖を引き千切ろうとする。

 「何度やっても無駄だ。鎖は千切れるはずが……くっ。何だ、この力はどっから出て来る……」

 途端。鎖の圧力が強くなった。

 手束はオレを脱出させまいと足掻(あが)いているようだが、貴様程度の力でビクともせんわ。

 オレは力一杯に身体を広げると、《(ペナ)(ルティ)(チェーン)》は軽々と千切れた。

 「ば……馬鹿な。何が起こっている」

 手束は《(ペナ)(ルティ)(チェーン)》から開放されたという、目の前の事実を信じられずにいるのか、呆然としていた。

 「誰が敵に教えるかよ。そういえば、本気の俺を捕らえるみたいなことを言っていたが、貴様にできるかな?」

 手束はオレのスピードについてこられないのか、腹を殴打すると、何も反応せずに、勢いよく後ろに吹っ飛ぶ。その最中に、彼の上から拳を振り下ろして、地面に叩きつけると、うつ伏せの状態で倒れこんだ。

 「ん? もう終わりか。案外、呆気なかったな」

 「マダダ。マダ終ワッテイナイ」

 手束は棒読みで言葉を発し、目の焦点が合ってなく、ヨレヨレに立ち上がった。

 その時、彼の《オーラ》の色は一気にドス黒く変色した。

 「貴様は気がつかなかったのか……。昨夜、邪魔した男から、体内に蛇を入れられた事を」

 「君ハ、気ガツイテイタノカ。ドウリデ、体内ニアルハズノ、私ノ蛇ガ、イナイワケダ」

 「ああ。昨夜、始末したぜ。飛ばされた場所よりも遠くに移動して仕留めたからな。テメェが把握できる範囲外に、わざわざ行ってよかったぜ」

 末梢神経系に《オーラ》を纏ってから、体内からの異物の侵入に敏感になった。

 そのおかげで、オレは蛇を退治できた。

 「テメェの目的は知らないがよ。コイツを操っても意味がないと思うぜ。さっきので、分かったと思うが、今のオレは力だけでなく速さも強化されている。スピードについていけずに、手も足も出なかったヤツを操るのは危険だと思うが?」

 「ドウダガ」

 何を企んでいるかは知らないが、殴りまくって、手束から蛇を吐き出させることにした。

 先程と同じように手束を後ろ、右、上方向の順に背後に移動して、殴り飛ばし、更に追撃をしようとするが、視界が突然、揺らいでしまい、なぜか吐血してしまう。

 いつ攻撃をくらったのかが分からないが、呼吸が次第に苦しくなってきたのだった。

 「何が……起こって……いる……。ガハァ」

 再び口から血を出した。

 上空に飛ばされていた手束は、大きな衝突音をだして仰向きで落下し、無表情で起き上がった。

 「ヤット、効イタカ。俺ガ盛ッタ毒ガ」

 苦しんでいる苅野を見ながら、手束は笑みを浮かべる。

 「毒……だと」

 「アア。彼ガ放ッタ、全テノ、鎖ニナ。マァ、当ノ本人ハ、気ガツイテハ、イナイダロウガナ」

 「せこい真似……しやがって……」

 「セコイノモ勝ツ手段ダヨ。シャシャシャ」

 気色悪い笑い声を出しながら、《(ペナ)(ルティ)(チェーン)》でオレの四肢を縛り上げる。

 「俺を……捕らえてどうする? ……それに、こいつを……操って……何する気だ?」

 「君ハ、御主人様ノ実験材料ニスル。コノ者ハ洗脳シテ、《RP》ノ内部情報ヲ入手スル。コイツノ地位ガ低スギタラ、実験台ニナルダロウガナ」

 あの蛇の主は誰だが知らないが、身体を弄られるくらいなら、死んだ方がましだ。

 (おい。聞こえるか)

 俺は自身の《心の闇》に潜む、もう一つの魂に語りかける。

 『お前の思考も、敵の声も聞こえるぜぇえ』

 そいつは野太い声で返答する。

 (この毒。どうにかならねえか?)

 『ならねえな。どうかできたら、お前さんにもできるだろうよ。俺に助けを求めているということは、力が出ないんだろう? だったら、変われ。俺が惨殺(ざんさつ)にしてやるよ。俺には、効かないだろうからな』

 (代償は?)

 『お前さんから欲しいのは別にない。強いてあげるなら人肉だ。乗っ取っている時しか食えないからな。クックク。どうする? 相手はヒネだから、指名手配でもされるのが怖いのか?』

 (フッ。実験材料よりましだ。勝手にしろ)

 『ああ。勝手にするさ』


 途端。苅野の《オーラ》が爆発的に膨大した。

 彼の髪は逆立ち、犬歯が肉食動物の牙のように発達していた。

 手束が呆然としている隙に、彼は自身を縛り付けていた鎖を全て力のみで千切った。そして、瞬間的に手束の頭部を殴打すると、それは身体と分離し、勢いよく飛んでいった。

 「あー。張り切りすぎたな……。まあ、良い。数年ぶりに人肉を食べられるのだからな」

 苅野は倒れた遺体を見ながら呟く。

 すると、死体の出血箇所から、白い蛇が出現した。苅野はそれを躊躇なく踏みつけ、屍に手を伸ばすのであった。



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