生徒会長
翌日。
昨日は、気がつくと自宅の塀に寄りかかっていたからビックリした。
それからすぐに鍵を開けて家の中に入り、入浴、歯磨きをしてすぐに床についたのだが、昨夜の疲れが取れていないらしく、授業はダルかった。
現在、俺は学校から家までを真っ直ぐに帰っているところだった。
今日は彩紗には会っていない。昨日まで何も接点が無かった別のクラスの男が、突然会話するという行為は、俺が恋人ですよとアピールしているような気がするし、恋人同士になっているのならともかく、まだ、そこまでに至っていないため、彼女にとってそれは苦痛であるのではないかと判断したからだ。
午前の授業は中学校の復習を兼ねて、新しいことを少し学んだ感じだった。
昼休みは約束通り、窪田君達と食べたが、和気藹々(わきあいあい)と楽しい食事は小学校低学年以来だ。
ただ、あまり知りたくない事を知ってしまった。
それは、窪田君に《オーラ》が薄く纏っていたからだ。
もしかしたら、昨日、彼に声をかけられたのは、俺の不安定な《オーラ》に気付いたからではないかと思ってしまった。
そして、彼以外の生徒も《オーラ》を身体に覆っていた人物が存在していた。
新入生歓迎会にいる約九百人の中に、不安定なのも含め二百人近くはいた。
それは、割合にすると九分の二。
俺が思っていたよりも多く感じた。
《オーラ》を扱える人間がいても、一クラスに一人~二人くらいだと思い込んではいたが、思っていたよりも身近なものらしい。
担任によると、今の上級生で、中退した人は十人くらいであり、亡命した人はいないと聞いた。
仮に、亡命者を中退者として変えられていたとしても、《オーラ》を扱えるからといって、積極的に人殺しはしていないようだから、少し安心した。
このあとの予定は《オーラ》の修行をする予定だ。
昨日の午後の戦闘で、俺は手束が油断していたときの不意打ちしか役立っていない。
彼に殴られている最中に意識が飛んだため、最終的にどうやって場が収まったのかは知らないが、彩紗が生きているだけでも俺は嬉しくて安心した。
しかし、昨日の不意打ちが成功していなかったとしたら、彩紗は死んでいたかもしれない。
それに、俺がもっと強かったら、彼女が苦戦を強いられることは無かったはず。
だから、今日は《オーラ》の修行をして昨日よりも少しでも強くなりたいのだ。
誠の視界に二階建ての一軒家が視界に入ると、すぐに自転車を駐輪し、玄関のドアを開け、自分の部屋へ直行した。
「メールを送った方がいいのかな? でも、勝手に人の携帯電話を見てメルアドを入手したのを知ったら友達として嫌われるよね……。というより昨日の私はなんでこんな事をしたのだろう?」
一年六組の教室を出て靴箱に向かうとき、つい口に出してしまった。
昨夜。彼を自宅に帰した時、友達になったのにお互いの連絡先を知らないのを気付き、彼の携帯電話を弄り、メールアドレスと電話番号を入手したのだった。
もちろん、彼の携帯電話にある電話帳に自身のを登録した。
今日は彼に会っていないため、それに気付いているのかそうでないのかが分からず悩んでいた。
そもそも、ストーカーのような行為をした男にこのようなことをして、一人の女性として、今後大丈夫なのだろうかという不安等もあったりした。
気がつくと、靴箱に辿り着いていたので、スリッパを脱いで、靴に履き替えた。
「彩紗ちゃん。一緒に帰ろう」
振り返ると、黒髪のセミロングヘアーで今時の女子にしては細すぎない体型の女子生徒が小走りでやってきた。彼女は友達である穂波芽衣である。
「いいよ。芽衣ちゃん。でも、今日は部活ないの?」
「ないよ。一緒に帰ろう」
芽衣ちゃんは笑顔で答える。
「そっか。じゃあ、そうしよう」
私は芽衣ちゃんに負けない笑顔で返す。
芽衣ちゃんが靴を履き替えるのを待って、一緒に校舎を出た。
私は雨の日以外は自転車通学のため、校門付近にある駐輪場に向かい、自転車を取り出した。
芽衣ちゃんの家は学校からみて東側にあり、徒歩五分で着く距離だ。そのため、芽衣ちゃんの家まで徒歩で移動することにした。
少しでも会話量を増やすため、歩幅をやや小さくして歩き出す。
校門を出て角を曲がると、私は去年の夏に再会したある先輩と鉢合わせした。
「こんにちは。法条先輩」
芽衣ちゃんが私よりも早く挨拶をしてしまい、私は少々遅れて先輩に挨拶をする。
私が挨拶をしたのは、この学校の生徒会長である法条奈央先輩だ。
去年度の前期から今期までの生徒会長を務めている彼女は、クォーターであるためか、地毛がブロンド色であり、鼻が私達日本人と比較すると少々高く見える。
首にぶら下げている十字架のペンダントの中央部に、宝石のエメラルドに見えるほどの綺麗な石が埋め込まれている。
「こんにちは。彩紗ちゃんに芽衣ちゃん。学校はもう馴れた?」
先輩は爽やかに私たちに声をかける。
「まだ、馴れる域までは至っていませんが、楽しいです」
芽衣ちゃんが答える。
「私もまだです。今のところは中学みたいにはなっていないです」
私の答えを聞くと、法条先輩は少しだけ表情が曇った。
「『中学みたいにはなっていないです』か。中学生時代の尾を引いている感じの言い方ね……。『中学の時よりも楽しく充実して過ごせるようにしたいです』って感じの目標が聞きたかった。まだ、トラウマかな?」
「いえ。そういうわけではないです」
私は首を横に振って答える。
確かに当時のことはトラウマだが、そういう意味で言った訳ではない。
私は、大多数の人間達が、私の事を嫌いになったり、鬱陶しく感じたりした時、私をイジメるのは当たり前で、それを繰り返すものだと思っているからだ。
だから、芽衣ちゃんや、亜美ちゃんといった、私の事を好いている人が周りにいない時、私はいつかイジメられるだろうし、集団というのものは、そういうものだと思っている。
「そっか。私の思い過ごしかな? よかったら、今から生徒会室に行く? 去年の夏の時と違って当時の三年生はいないし、彩紗ちゃんが知らない人が若干名いるけれど、みんな良い子だから少しは落ち着くと思うよ?」
「心遣いありがとうございます。でも、今日はいいです。必要なときに伺いたいと思います」
「分かった。じゃ、またね。彩紗ちゃんに芽衣ちゃん。いつでも私達は歓迎するよ」
そう言うと、法条先輩は校門に入り校舎へ戻っていった。
「彩紗ちゃん。私は彩紗ちゃんの事を友達と思っているよ。だから、一人で抱え込まないでね、中学の時みたいに。私は何時でも彩紗ちゃんの味方だから」
「うん。私も芽衣ちゃんの事を友達と思っているから、何かあったら相談してね」
「彩紗ちゃんに言われなくても分かってるって」
立ち止まる理由はなくなったので、私達は談笑をしながら芽衣ちゃんの家に向けて歩き出した。
昨日、私は喜多村誠という少年に黒部彩紗の件を口にした。
彼は私と別れた後、好いている彼女をどのように接したのだろうか少々気になってはいた。
それに、彼は私の予想だと《デュアル》という分類だ。
なぜ、彼が《デュアル》と推測できるのか、《オーラ》の事を知らずに扱える者の大半はそれだからだ。
彼に潜む、もう一つの魂はこの件について、どう出るのかとても楽しみである。
しかし、同時に、彼にはこれ以上巻き込まれて欲しくないという気持ちもあった。
彼には自分の手で彩紗ちゃんを救いたいという気持ちがあったから《心の闇》から生まれる《オーラ》を教えた。そもそも、彼が彼女のことをそこまで好きでなかった場合は《忍術》で記憶を改善する予定だった。
私の選択は正しかったのだろうか?
少しだけ胸がつまる。
でも、今は彼のことよりも、彩紗ちゃんのことが優先だ。
彩紗ちゃんは校内や友達の前で、《オーラ》を扱わないことは事前に知っているため、その時は一度も尾行はしていない。
そもそも、彼女を二十四時間監視しなくてもいい。むしろ、必要以上に追跡して、私の存在を知られるような事はあってはならないのだ。
しかし、私の存在は昨日の件で知られてしまった。
どうせ知られているのなら、私の都合が付く時間帯は全て彼女の追尾の時間に捧げようと思ったのだ。
今、彩紗ちゃんは友達と一緒に、この学校の生徒会長と雑談をしている。
困った事に、生徒会長の法条奈央は私の正体を知っている。
どうして知っているのかというと彼女もまた、裏社会の人間の一人だからだ。
彼女は私達とは違い、《心の闇》を一切用いない方法で彼女は超人になっている。首にかけてあるペンダントが力の源なのは彼女から聞いたのだが、それ以外のことは不明だ。
いつか、彼女のような人物と関わる任務があるまでは力の根源が分からないままだろう。
そうこう考えている内に、彼女達は話を終えたらしく二手に別れた。
私は法条奈央を視界から消えてから、二分ほど待機して、尾行を再開しようと思った。
法条奈央が校門に入り、真っ直ぐ校舎に向かうと思ったが、彼女は右折して門柱を思いっきり殴った。
「まーた。こそこそ動き回っているのね。今日は会議なのだけれど、昨日といい今日もサボるのかしら? 副会長さん」
バレた。いや、バレていたが正しいか。
透明になっていた私はすぐに姿を現した。セーラー服を着たままだったので、戦闘着よりかは場違いではないはずだ。仮面を付けているけど……。
「でも、奈央は《分身》と本物を区別できるのだろ? この私は《分身》だと分かっているし、サボりでもないと思うのだけど……」
「その考え方が私は気に食わないの。《分身》を扱えない人間は一つの身体で優先事項を自分で決めて行動するのが常識。違う?」
奈央の言っていることは分かる。しかし、表裏を両立して、どちらともほぼ毎日のように仕事をしないといけないのが今の私だ。
「まあ、いいわ。あなたは生まれたときから表と裏の社会を兼ねて生きているから、私達とは価値観がずれるのは当たり前と思う。どうして彩紗ちゃんを尾行しているのかを教えて。その内容次第ってことでいいかしら?」
「分かったよ。奈央」
私は彩紗ちゃんを尾行する理由について、洗いざらい奈央に喋った。彼、喜多村誠には言っていないことも全て話した。
何故なら、彼女の実力なら全て解決しうる存在だからだ。それほどまでに彼女は強い。
人間として、女性として、生徒として、その他の立場からしても彼女は強いと断言できる。
彼女が留学した中学校時代以外の奈央を見てきた私には分かってしまうのだ。
八白が彩紗ちゃんを使って酒殿童子を生み出すのを阻止するには十分すぎるほどの戦力だ。
「もし、貴方が任務を失敗した時や、その状態になった時、すぐに私に連絡を入れること。それができるのなら、《分身》のままで尾行していいわ」
彩紗ちゃんのことを話しきると、奈央はそう言った。
「ありがとう。奈央。行ってくる」
尾行を認めてもらった私は、やや急ぎ気味に校門を出て彩紗ちゃんの後を追った。
家に帰宅して、制服を着脱すると携帯電話が鳴り始めた。
俺は画面に表示されている着信者を見て少々驚きながら、電話を繋いだ。
『もしもし。誠君』
「はい。何でしょうか、法条先輩」
法条奈央。俺が通っているキックボクシングジムに通っている一人であるのと同時に、同じ高校に通っている先輩だ。入学式のときに生徒会長として、挨拶をしている姿を見たときは、そのことを知らなかったために、とても驚いた。そんな先輩の用事とは一体何なのだろうか?
『昨夜、私の家の近くにある公園で、貴方と、黒部彩紗ちゃんと、貴方と同じくらいの年齢の男の子を見たの』
見られていた。昨日の戦闘を一般の人に。
「先輩の見間違いですよ。昨日は真直ぐに家に帰って部屋で寛いでいましたよ」
どうすればいいのか分からないため、とりあえず誤魔化すことにした。
『《オーラ》だっけ? 《心の闇》を受け入れる事で、扱えるようになる力』
「……何を言っているのかさっぱりわかりません」
法条先輩が《オーラ》を語っている。どういうことだ?
『隠さなくて良いわよ。私も表と裏。両方の社会で生きているのだからさ』
「法条先輩。それ本気で言っているのですか?」
『ええ、本気よ。そもそも、裏社会がどうとか、《オーラ》がどうとか言う人は大抵の場合、現実逃避をしている人か、裏社会に少しでも関わっている人くらいなものよ』
先輩が現実逃避をしている人間には流石に見えないため、本当のことだろう。
「法条先輩の言う事を信じます。で、昨夜の件で電話をしたのですか?」
『ええ。誠君のことだから、昨日惨敗したことを悔んで、強くなるために修行するのでしょ?』
惨敗していたところを見ていたということは、一部始終見たということだろうか?
「はい。今から公園に行って修行をしようと思っていたところです」
『だったら、昨日の公園に行きなさい』
「どうしてですか?」
『その公園に私の知り合いに頼んで、貴方の修行をつけさせるようにしたの。一人でするより、自分より強い人に見てもらったほうが捗ると思ってね。もし、都合が悪いのならすぐに断りの連絡をするけど、どうする?』
アミさんは《オーラ》の修行方法を抽象的にしか教えてもらってなく、イマイチ何をすればいいのかがよく分からなかったので、断る理由はなかった。
「ぜひ、お願いします」
『そう。急用がなければあの公園に到着していると思うわ。彼の方に誠君の写真をメールで添付したから、誠君が分からなくても、向こうから声をかけるから安心してね』
「分かりました。あと、法条先輩。お手数をかけますが、あの公園の住所を教えていただけないでしょうか?」
『ん? 自分で行ったわけでないの?』
「はい。自宅に帰るときに迷子になって辿り着いただけですから」
『ということは、誠君って方向オンチなの?』
小馬鹿にした口調で問う生徒会長。友達でなかったら生徒会長不信任の決議をするように審議したいところだ。生徒会の仕組みは知らないため、そんなことが出来るかどうかは知らないが。
「いえ、帰りも自分の意思で公園を出入りしてないから、どこら辺にあるのかが全く分からないのです」
『ああ、そういうこと。いいわ。メールで地図と一緒に送ってあげる』
「ありがとうございます。法条先輩」
『困ったときはお互い様よ』
「そういえば、昨日のことって、どれくらいの人が目撃しているのでしょうか。先輩が見ているのなら、他の人にも見られていてもおかしくないですよね」
『知らないの? 《オーラ》による戦闘は普通の人間には見えない。《オーラ》は闇の力だから、闇に乗じた状態になるの。仮に見えたとしても、それはその人が殺されると本能が察したときのみ。ついでだけど、《オーラ》によって破壊された物は隠すことはできない。だから、派手に壊さない方がいいでしょうね。他に何か気になることはある?』
「今のところは無いかな」
『じゃ、メール送るから切るね』
先輩はそう言って、通話が途切れたのであった。