エドワードとウサカ
薄暗い洞窟内部。
そこにある壁には様々な画や文字が記されていた。
A班はエドワードを先頭にして、ミソラの《ヴァリアス・ロッド》の先端から発する光を頼り奥へと目指していく。
行き止まりに差しかかるとエドワードは目の前の壁画に触れて腰かける。
「ここに入って三時間は経っているけどよ。本当にお前を信じていいんだよな?」
武燈がイライラした表情で発す。
「そう焦るな。古代文字の通りなら、そろそろ大広間に出てもおかしくは無い」
「でよ。そもそも何が書いているんだよ。この洞窟に」
「武燈。お前は、蚊和邊の“戦人”から“石版”までを時系列順に読んだことはあるか?」
「いやー。俺、本とか読まないしなー」
首を傾げながら言う。
「私はあるわ。確か、《地図消失地域》の話から始まって、翻刻学園が創設するまでの話よね」
彩紗が答える。
「ああ。この壁に記されているものの大半はその事であり、そのついでと言っていいほどに最後の部分に罠をかからない道のりが書いてある」
エドワードはそう言って、壁の右下を触れた。すると、その壁はゆっくりと横へスライドし、新たな道が出現したのであった。
五人はその道を歩み始めた。
「でも、何のためにそんなことをするわけ? わざわざ記憶改変してまで地球の歴史そのものを隠しているのに、これが公になったら意味が無いわ」
ウサカが発言する。
「心配しなくても、この洞窟は一般人には入れない。君もしただろう? この洞窟に入る時にある一定量の《オーラ》を最低限纏わなければならない。それに、あの作者とは違う部分がいくつかある。どっちが正史かは分からないけど、いずれ分かる時が来るだろう」
すると、五人はその道を抜け、日の光が漏れた大広間に到着したのだった。
「うおー。広い広い。これなら、目一杯暴れられるぜ」
武燈がはしゃぎながら叫ぶ。
「おいおい。バスの中で決めたじゃないか、ウサカさんが最初に《式神》と相手をするってさ」
エドワードが呆れながら言う。
「ん? でも、変えてくれるよな。ウサカ」
武燈は瞳を輝かせながら、ウサカの方を見る。
「勇。残念だけど、私も戦いたいの。だから、諦めて」
それを聞いた武燈は、余程ショックだったのか、部屋の隅でいじけた。
「いやー。すごいね。まさかちゃんと解読してこの洞窟を抜けるなんてね。ただの戦闘の先頭五人を寄せ集めただけの班ではないってことかな」
五人の前に現れたのは金色を基調とした和服を着た青年だった。
「貴方が神崎家若頭である神崎高大」
ウサカがそう言って、前に出る。
「その通り。まあ、上の指示で本気を出せないから、少し残念だな」
笑いながら呟くと、彼の懐から《式札》を取り出して放り投げた。すると、そこから黄色の鱗を持った大きな翼を持つ二足歩行の龍が現れたのであった。
「《黄龍》の天種。手持ちの《式神》で一番付き合いが長い奴さ」
「おい高大。力が足りなすぎる。久しぶりに俺を呼び出して、腕が訛ったか?」
《黄龍》は高大の方に向けて言う。
「違うよ。今日の俺は試験管。手加減しないと上がうるさいからな。我慢してくれ」
「ハァ……仕方がない。久しぶりの人間界だし楽しむか」
突然。《黄龍》は翼を羽ばたくと、そこから鋭利に尖った岩が現れ、射出する。
ウサカは白くて輝かしい《オーラ》を纏った瞬間。《黄龍》が放った岩は全て消滅した。
「おいおい。本当に学生か? 大した者だ」
高大が呟くと、《黄龍》は口から青白い炎をウサカに向けて吐き出す。
ウサカは空高くジャンプしてかわすと、宙に浮いた状態で《黄龍》の方へ駆けていく。
「空中を歩けるのかよ。だったら」
その途端。ウサカの頭上から隕石のように炎を纏った無数の岩が降り注ぐ。ウサカは動きを止めると、その岩々を右足で蹴り砕いていく。
その隙を突いて《黄龍》は回り込み、鋭利に尖った爪を伸ばしてウサカを引き裂こうとする。その瞬間。ウサカは急降下して攻撃を回避すると、《黄龍》が自ら放った隕石の攻撃を自ら受ける。
「あらあら。自分の攻撃を自分で受けるなんてとんだ雑魚ね」
ウサカが挑発すると、《黄龍》の腹部が次第に赤くなっていく。そして、それを伝い全身を覆っている黄色い鱗に赤が帯びていく。
「まさか、激怒して赤くなっているのかしら? 子どもn―――」
ウサカの鳩尾に《黄龍》の拳が入り込むと、ウサカは後方に吹っ飛び、後ろの壁に激突した。
「《赤色疾走》。と言っても、本来の五分の一で制御されている状況だと、《隕石群》をわざわざ吸収しないと出来ないから困ったものだ」
「自分自身の《オーラ》を吸収しても増加しないはず。一体何故?」
観戦している彩紗が呟く。
「いい質問だね。お嬢ちゃん。《赤色疾走》は主に熱の力を活かす技だ。しかし、発熱する際は大量の《オーラ》を消費する。対して《隕石群》は少ない量で熱を生み出すことが出来き、自身の《オーラ》だから還元しやすいって訳」
そう解説していると、壁に張り付いていたウサカは腹部を押さえながらゆっくりと、《黄龍》との距離を縮める。
「仲間達に任せればいいものの、尚、立ち向かうか。良い心がけだ」
《黄龍》は加速してウサカにパンチを打つが、そこに彼女はいなかった。しかし、《黄龍》はもう片方の腕を後ろへ振り返りながら殴ると、そこにウサカが蹴った足と衝突した。
「………………《蝶の舞踊曲》」
ウサカは虚ろな瞳で呟くと、彼女は踊るように《黄龍》に向けて、素早い無数のキックを放つ。
《黄龍》は彼女の蹴りに翻弄されて攻撃に取り掛かれず、ただただ防御するのみであり、次第には速度を上げていく彼女の舞踊についていけずにいた。
「そろそろ終わらせましょう」
ウサカは攻撃しながらそう言うと、自身を独楽のように回転させ、《黄龍》の頭部に蹴り落とす。すると、《黄龍》の頭部は地に激突して埋まってしまった。
「立ちなさいよ。私を怒らせた者には徹底的に痛みつけなきゃ気がすまないの」
宙の上に立っているウサカは悪魔の表情をしながら、《黄龍》を見下ろす。
対する高大は《黄龍》に駆け寄り、囁きながら彼に触れると、《式札》に戻ってしまった。
「俺の負けだ。奥にある扉から階段を上ってくれ。そこに出口がある」
高大はその場所を指し示すと、ウサカは着地した。
「ふざけないで、私はまだまだ暴れ足りないわ。私が許すから、全力でかかってきなさいよ」
ウサカは激怒して叫ぶ。
「学生なのに威勢がいいな。そうしてやってもいいが、残念ながら今の俺はどう足掻いても無理なんでな」
高大は袖を捲り上げると、腕に藍色の墨で記された文字が仰山書かれてあり、ウサカはそれを見て怯んだ。
「大婆様の《オーラ》を抑える封印式だ。この試験において、俺達神崎家は彼女によって縛られていると言っても過言ではないだろう。納得したかい?」
「………………分かりました。この怒りは次の《忍》で八つ当たろうと思います」
ウサカは深呼吸して落ち着かせると、《オーラ》を纏うのを止めたのだった。
「さてと、ウサカの怒りが静まる前にとっとと行きますか」
そう言って、武燈は先頭を切り出してA班は出口に向かっていくのだった。
翻刻島に存在する旧校舎の第三会議室。
そこには、様々な機器が存在しており、特に全ての班を監視するため、液晶モニターが四十機程度あり、それを観賞する人達は五十人程度存在していた。
「わー。ブチ切れしたウサカ先生怖いなー。次に会った時は怒らせないようにしようと」
千春はモニター越しのA班を見ながら呟く。
「あらあら。愛しの彼を見なくてもいいの? 折角、刹那の力を使ってまで小学校の卒業試験受かったのに」
千早がそう言いながら後ろからやって来た。
「うん。ずっと海を眺めるのは飽きた。瑞樹さんの《玄武》を始末した所を見たから《忍》が来るまで良いかな。誠専用のモニターじゃないみたいだし」
「そう。ここにいてもいいけど、邪魔しないようにね」
「分かっているって、千早お姉様。ところで、翻刻島の着順って分かる?」
「ご覧の通りよ。二分前にD班が到着して、A班もすぐに着くから残り五つね」
千早は持っていたクリップボードを千春に見せた。
「E、J、B、Dか。そう言えばAって、生徒会長さん視点のベスト5でしょ? 一位じゃないのは彼女の予測は外れているってことかな。人を見る目無いよね」
千春は鼻で笑う。
「それは、A班のみ難易度が高いから。エドワードがいないと多分最下位だわ。ヒエログリフ、ヒエラティク、楔形文字を頭に入れておかないと正規の突破は無理。破壊して進んで行ったら、《生ける石版》が発動するようになっているわ」
「そう。千早お姉様わざわざありがとう」
千春は笑顔で返すと、千早は奥の方へと進んでいった。丁度その時、近くにいる老婆の大きな笑い声が部屋中に響き渡った。
「姫野家は後一人かい。やっぱ、神埼家が一番か」
長い白髪の老婆が笑い叫ぶ。
「そうかもしれませんが、頭首次期候補のみで比較すると、ウチの美琴が残っておる。そちらの後悔君だったかのう。そっちは負けたそうじゃないか」
隣にいる短い白髪の老婆が張り合う。
「ウチのは、後悔ではなく高大。喧嘩売っているのか。雅」
長髪の老婆が剣幕になって反発する。
「ごめんごめん。少々からかいたかっただけ。しかし、女衣。私等は破門された身。そんなことを討論する権利が無いと思うがのう」
「そんなこと分かっとる。私はお互いの弟子達が六割減の力でより生徒達を苦しめるのかどっちか知りたかっただけじゃ」
「それにしても、最近の若造は親に反対を切ってまで、勝手に私等を捜して弟子入りを請うからビックリだわい」
そう言って、雅は近くにあった湯飲みにゆっくりと口を付ける。
「精進するのはいいが、お互い破門されなきゃいいがのう。有能な若者は全て私等の下にいるから不安しかない」
女衣は溜息混じりに言って、湯飲みを手に取ったのだった。




