VS玄武
二十五日水曜日。親睦合宿当日。
二日前の六限目以降、班員とは全く話さなかった。そもそも、お互いにクラスや部活が違い、連絡先をお互いに教えあっていないため、話す機会がなかったと言ったほうが正しいのだろう。話し合いが出来ない分。合宿前までの準備として、自分自信を自主的に鍛えていた。といっても、一日程度だ。
その修行で会得したかったのは《NDNO》でブチ切れし、《心の闇》に乗っ取られていた際、竜巻のように発生した烈風の技だ。
あの時の俺は意識を失っておらず、ただ興奮して全てをぶち壊したい気持ちが高ぶっていた。その時に映っていたあの技は敵味方問わず暴走状態で放たれていたが、コントール出来ればこの合宿に役立つと思い、布川さんに無理言って《黒の四十四室》の空き部屋で特訓をしていたが、刀身を大きくするのがやっとだった。今の俺の力量では一日二日程度でマスターできない代物なのだろう。
そんなことを思っていると、起床を知らせる目覚まし時計が鳴り始めた。
俺は重たい瞼を開けると、時計のベルを止め、布団を剥いで起きた上がったのであった。
俺は普段と同じくらいの時間で学校に到着した。普段通りではないのは着ている服が緑色を基調とした体操服で、カバンは服などが入った大きなカバンになっているくらいと思ったのだが、一年生の自転車置き場がいつもの時間よりも多く駐輪していた。特別な行事の時だけ早く来る人がこの学年には多いのだと思った。
俺は自転車を停めて数歩進むと、ある事を思い出した。
今日は何時もよりも三十分早く登校しなければならないことを。
俺は《オーラ》の力を使わずに集合場所であるグランドに向かうが、朝練している野球部以外誰一人いなかった。
まだ、諦めない。
式等を全て終わらせて、みんなはバスに乗り込んだのだろう。ここから一番近い車道の方向へ振り向くと、藍色のミニバスが一台だけ停まっていた。猛ダッシュで走ると、窓から阿辺山君達が見えて、内心ホッとしたのであった。
「オセーぞ。あと五分遅れていたらお前を置いていくつもりだったわ」
篠見君が車窓を開けて叫ぶ。
「ゴメン。いつも通りだと勘違いしてた」
「謝っている暇があるならとっとと乗りな。他の班は十分前には出ている。これ以上遅れたいのか?」
篠見君の言う通りなので、素早く乗って空いている席に座った途端にミニバスは発車したのであった。
北水港に到着したのは学校を出発してから一時間が過ぎた頃だった。
ミニバスから降りて思ったのは、港という名称を使っている割には停船しているものは少なく、目に入った船はたったの二隻だけで人は俺達以外誰もいない。
「じゃあな。在校生達。機会があったらまた会おう」
名を知らない中年の運転手さんがそう告げて去っていった。
「行きましょう。喜多村さんの遅刻で大幅に時間がロスしていますからね」
内屋さんはそう言って、先に歩むと、みんなはその後について行く。
「篠見君。例の船ちゃんと持ってきた? 見たところカバンはそんなに大きくないし、とても船が入っているとは思えないな」
逢崎さん不思議そうな表情で質問する。
言われてみれば、彼のカバンは着替えのみで一杯になりそうなくらいの大きさであり、とてもじゃないが、船の部品が入っているとは思えなかった。
「大丈夫。この《俺様専用収納鞄》は、俺の所有権、著作権に基因しているものなら、質量を無視して入る鞄。まあ、度外視した分の《オーラ》は取り出したときに消費するから、海上の俺は役にもクソにも立たないだろうから、みんな頑張れよ」
そんなことを言っていると、海に接した場所まで到着した。
「さてと、やりますか」
彼の鞄を放り投げると、そこから原油が積まれていてもおかしくはないような巨大な旅客船が飛び出たのであった。大きいこともあってか、着水時にとてつもない量の水飛沫が発生した。
幸い誰一人として濡れなかったが、もう少し海側へ近付いていたらびしょ濡れだっただろう。
「いくらなんでも目立ちすぎない?」
逢崎さんは篠見君に振るが、彼は仰向けに倒れていた。
「だ、大丈夫?」
「ああ。ちょっと考えなしに造った。もう少し小さめで良かったな」
笑いながらゆっくりと立ち上がる。
「これはこれでいいんじゃね? 小さくて脆いと《式神》に破壊されるかもしれないから」
そう言って、阿辺山君は篠見君を担いで船に向かう。
「そうですね。皆さん騒ぎにならないように乗り込みましょう。近くにいた老人が杖を置き忘れるほど驚いていますし」
内屋さんの視線の先には、真っ白な髪をした腰が曲がった老人が、彼女の語ったとおりに存在した。彼女の言うことはごもっともなので、俺達はすぐに旅客船に乗り込み、出港したのであった。
それから、二時間半が経とうとしていた。
現在の天気は快晴。航路は順風満帆。
それまでに騒ぎがあったといえば、およそ一時間前に、鮫を中心とする肉食魚が俺達の匂いを嗅ぎつけて一斉に襲い掛かったことだろう。鮫達は船の頑丈さに歯が立たず、装備していた大砲で一蹴すると何事も無く去っていった。班への被害は何も無く、船は目的地に向かっていく。
「あー。喜多村。島までどれくらい?」
阿辺山君は甲板の上を大の字で寝ながら質問してきた。
「さあ? 《式神》が襲ってくるのは島まで残り二、三割程度ってしおりに書いてあったから半分くらいだと思った方が気楽だと思う」
そう言い終わった瞬間。目の前に渦潮が突如発生すると、その中心から体長十メートルほどの二足歩行になった亀のような生物が姿を現したのであった。
「噂をすれば何とやら。さて、早速《式神》を倒しましょう」
逢崎さんはそう言いながら、リボルバー型の拳銃を取り出し、シリンダーに向けて息を吹きかける。
「食らえ《雷弾丸》」
逢崎さんは敵に向けて銃を連射すると、稲妻のようにギザギザな弾道を描きながら光の速さで《式神》に命中する。しかし、ダメージを受けている様子はなかった。
「これならどう?」
逢崎さんの両手に電撃が迸ると、それを《式神》に向けて突き出す。
「《雷光線》」
先程の《雷弾丸》のような弾道を描くが、それよりも幅と威力が大きく、到達するスピードも速くなっていた。《式神》に当たると大きな衝突音が響くが、微動だにしないのだ。
「雷の攻撃が効かないのか、それともただ単に威力が弱いのかは分からないけど、亀のような見た目だけあって防御力は高いね」
逢崎さんは苦笑いしながら呟く。
「無駄だと思うけど、一応やってみますか」
そう言って、僕は刀を出現させて抜刀すると、《オーラ》を注いで、烈風を相手に向けて放つ。しかし、それは弾かれて消え去った。
「どうやら、後者のようですね。お二人とも今までの技よりも威力が高いのは出せますか?」
内屋さんが僕等に問いかける。
「私は充電が必要だし、多分無理をしたら、私気絶するかもしれない」
「あるのはあるが、未完成だ。下手をすれば船が沈む」
「そっか。旧校舎までの事を考えると、無茶なことは控えたいし。どうしましょうか」
内屋さんは腕組んで考え込む。
その時だった。《式神》の掌から水が回転しながら止まると、そこから水の光線が発射した。このままだと、船に直撃だ。
「舵を切っても間に合わない」
内屋さんは焦った表情で叫んだ頃には、光線は目の前までに迫っていた。
一か八かで刀を構えようとするが、逢崎さんが割り込んだ。その時の全身電気に帯びており、髪が逆立っていた。
「《雷光石火》」
そう呟いて、彼女は電気を纏い、光線に突っ込んで行く。すると、敵が放った水の光線は一気に弾け飛び光線は消滅したのだが、逢崎さんは《式神》の目前まで移動していた。
遠くからなので良く見えないが、彼女は宙を浮きながら単身で《式神》と戦っているようだ。
「早く俺等も行かないと、逢崎さんがやられる」
俺はそう言って、舵を取りに操縦室へと駆けようとする。
「ハッ……ハッ……。喜多村君。待って」
その声を聞いて驚きながら、後ろを振り返ると、水でびしょ濡れになった逢崎さんがそこにいた。電気は 纏っていないらしく、髪は逆立ってなかった。充電切れで戻ってきたのだろうか?
「さっき、間近で戦って気付いたけど、《式神》の周りにバリヤーが張ってある。今まで私達が仕掛けた攻撃の全てはそれで防がれているわ。それを壊さない限り、攻撃は無効化されると思っていい」
「ということは、篠見君はあの状態でバリヤーを打ち破る技を出せるはずがないから……。遠距離攻撃が全て無効になったということか」
「だったら、近距離で壊せばいい」
阿辺山君が話に割って入る。
「貴方、一大事の時なのに今まで何をしていたのですか?」
内屋さんが突っかかる。
「篠見にこの船に備わっている能力を聞いただけさ。まあ、自分ですると言い出して今は操縦室にいるんだけどな」
「で、この船に備わっている能力は一体何があるの?」
逢崎さんは興味津々の表情で質問する。
「んー。結構色々合ってほとんど頭に入っていないけど、今からこの船を透明化させるんだってさ」
「それって、船だけを? それとも、俺達を含めてか?」
「そりゃ、俺達も透明化するだろうよ。当たり前だろ。そんなことをするに考えるマー君は屁理屈君だろう?」
阿辺山君は俺の事を勝手に愛称で呼びながら、屁理屈呼ばわりされた。
屁理屈は思い当たるような所があるから否定しないが、愛称は呼びなれていないからか恥ずかしく感じた。
「透明化したら《オーラ》は目視できなくなるらしいが、音は消えないし、攻撃をすり抜けることもないらしい。それでも、一時的な目晦ましにはなる。その時間を使って、一直線に《式神》の目の前へ向かう。s―――――」
「ちょっと待って下さい。《式神》がいる付近には流れが速い渦潮が発生しています。だから、流れを逆らうのは難しいのではないでしょうか?」
内屋さんが阿辺山君の会話を遮った。
「それに抵抗できるエンジンを使うらしい。音は静からしいから気付かれる可能性は低いみたいだ。それを使って、バリヤーの所まで着いたら、俺と内屋さんの打撃でバリヤーぶっ壊す。悪くない戦法だと思うがどうだ?」
満足気な顔で説明する。
「……それでいきましょう」
内屋さんは悔しそうな顔で渋々承諾した。
「で、マー君にはその間、あの技の準備をしてもらう」
「あの技って?」
というか、俺は彼に一度だって技を披露したことがあっただろうか?
そもそも、溜めて発動する技なんてものは……。まさか。
「そんなに驚いた顔をするなよ。俺は篠見経由で聞いただけだ。アイツは昨日、窪田って男のバイクを改造した時にマー君の話を聞いたらしいぜ。人の良い馬鹿で、ブチ切れると周りが見えなくなるってさ」
情報流出は窪田君か。篠見君が《RP》の一員であいつらの部下かと思ったが、全然違った。勘が鈍い。
「でも、あの技はまだコントロール出来ていないし、s―――――」
「大丈夫。自信さえあれば何とかなるって。もし、失敗したら、俺が責任とってやるよ。指示したのは俺だしな」
自信の問題だろうか?
まあ、《オーラ》は精神状態にも影響が及ぶからあながち関係なくはないだろうが。
そう思っていると、突然。船が消えてみんなが見えなくなった。自分自身の体も見えなくなっており、足下を見てみると、地を踏んでいる感触があるのに、宙に浮いたように見えるので気持ち悪かった。
「透明化したらしい。なるべく音を立てるなよ。マー君は攻撃の準備」
阿辺山君の指示が出たので刀を抜刀し、それに《オーラ》を集中させる。肉眼で見えないため、《オーラ》のみで判断するしかない。
エンジンが切り替わったのか急にスピードが上がったため、慣性の法則で全身が後ろに傾く。バランスを崩れそうになるが、何とか踏みとどまった。
船は渦潮を難なく遮って、《式神》との距離を縮める。
その《式神》は俺達を探しているのか、ゆっくりと前へ歩みながら首を動かして、辺りを見まわす。その調子で時間を潰して貰いたいものだ。
しかし、《式神》はピタリと動くのを止め、視線はある場所を一点に見ていた。その場所とは、この旅客船である。
阿辺山君の話を信じるなら、《式神》は目視していないはず。ならば、音で感付かれたか?
音は俺の耳からだと、波や風といった自然界に存在する音しか聞き取れないのだが、この《式神》は耳が良いのだろうか?
それとも、ただ気付いていないだけで、盲点となっている視点から船の位置を把握できたのかもしれない。
《式神》は両手を使って円の形を作ると、そこから水の球体が発射された。その弾道は間違いなく、この船を直撃するものだった。
もう駄目だ。
そう思った時、その球体は何かにぶつかり、遥か彼方に跳ね返された。
班員の誰かがやってくれたのだろうか?
その時、突然。視界から船の姿が現れたのだ。自分の身体を見ると全て目視でき、班員達の姿も捉えられるようになっていた。どうやら、透明化を止めたらしい。
「見えない物体が波を切っているのに気付いたらしい。五人もいるのに、その欠点に気付かなかったとは少々残念」
阿辺山君の呟きで、《式神》が俺達の居場所が判明した理由が分かったので少しだけスッキリした。だからと言って、ピンチは変わらない。
《式神》との距離を詰めるにつれて、目の前に透明とは言えないが、ガラスのようなもので遮断されている物体が確認できた。
「あれが、バリヤー?」
阿辺山君が逢崎さんに問うと、彼女は頷いた。
「だそうだ。マー君、大丈夫? そろそろ出番だけど」
「ああ。思っていたよりかは」
昨日までは刀身を延ばすのでやっとだったが、今は刀身に少しずつ烈風を纏えている。どうやら、肉眼で確認するよりも、《オーラ》の感じながらの方が上手く出来るらしい。
「内屋。行くぞ」
「言われなくても分かっています。それと、よそよそしく呼び捨てしないで下さい」
内屋さんは怒鳴りながら船首へ向かうと、阿辺山君は彼女の横に並ぶ。
「足引っ張らないでよね」
「ウルセー」
船首がバリヤーに触れそうな距離までに到達すると、二人は前方向へ飛んだ。二人は同じ箇所に目がけ、内屋さんは大きく蹴り、阿辺山君は拳で勢いよく殴った。その衝撃が海水にも及び、波が大きく揺れ動く。すると、お互いに打撃を与えた場所からヒビが入り、その箇所のみバリヤーは割れた。
「マー君。さっさとやれーーーー」
彼の大声と呼応して、俺は刀を大きく振った。
すると、刀身に集めていた烈風が膨張して竜巻と化した。バリヤーを通過すると、四つに分離し《式神》を囲むように直撃した。
竜巻は《式神》に覆われている硬い甲殻を貫通し、生身の皮膚にまで攻撃を受ける。すると、呻き声を上げながら倒れこむと、そのまま沈んでいき、それと同時に竜巻は消滅した。
「やったのか?」
阿辺山君が呟くと、目の前にあったバリヤーが忽然と消え、渦潮が治まった。
「ということは、《式神》を倒したってことかな?」
逢崎さんが首を傾げる。
「《式神》は《式札》によって降臨されます。《式札》を確認できたら確実にそう言えるでしょう」
内屋さんが呟くと、船はゆっくりと前進した。
四人は辺りを見回すが《式札》らしき物体は見付からなかった。
「もう。倒したんじゃねえの?」
阿辺山君は面倒臭そうに呟く。
「かもしれないね。出てくるときは渦潮が発生すると思うし、警戒しすぎて島に着いたら元も子もないから、休んだほうがいいかもね」
逢崎さんが呟く。
「今から十分間。何も起こらなかったら休憩しましょう」
内屋さんがそう言うと、四人は十分間身の回りに注意を払い、《式神》を警戒するのであった。
G班が乗っている船の遥か上空に、小さな飛行船が飛んでいた。
船内のあるVIP専用のワンルームに、白を基調とした和服を着た爽やかな顔立ちをした青年が、窓を眺めるように立っていた。
「手加減をしていたとはいえ、私の玄武を一人で倒すとはな」
「ということは、G班は第一課題をクリアということでよろしいのですね?」
黒いスーツを着たメガネの女性が尋ねると、男は振り返る。
「ああ。用事はこれだけだったよな」
「はい。瑞樹様の出番は以上です」
「そう。じゃあ、またな。試験官さん」
そう言って、彼は呪符をおでこに付けると、男の姿は消えて無くなったのだった。
「彼らはどうでしょうか?」
女は誰もいないこの部屋に質問をする。
「ソウダナ。可デモ不可デモ無イッテコトカノウ。マア、ワシガ楽シメレバソレデ良イ」
機械越しの声が室内に響く。
「左様で御座いますか。では引き続き監視をなさるのですね?」
「アア。ワシノ興味ガ無クナルマデワナ」




