顔合わせ
二十三日、月曜日の六限目。
合宿についての集会を行うため、Aグループの人達は武道場に集まる。
床が畳のため、スリッパを脱いで入室すると班毎に分かれた。
俺はG班なので、先生が指示した場所へと向かう。
そこで、気付いたのだが、ここにいる人達の大半は《オーラ》を薄く纏っている。ということは、ここに集まった人達は全員“裏”に関係があると考えていいだろう。
担任はこのグループ分けをくじで行ったと言っていたが、B以降のグループはそれで決めたかもしれないが、このAグループは確実と言っていいくらい先生の都合で集めたと言っても過言ではないだろう。
指示された場所に到着すると、俺はあぐらをかいて座った。
既に座っていた真正面にいる女子生徒は、少し茶色交じりの長髪であり、長身で貧乳だ。
彼女の胸をチラ見したのを気付かれたのか、彼女から鋭い目付きで睨まれた。どうやら、彼女は少なからず気にしているらしい。
その隣、俺の左隣にはセミロングで肌が色白の細身の女性が座っていた。よく見ると、右の人差し指にトパーズのような黄色い宝石が埋め込まれた指輪をしている。お金持ちのお嬢様なのだろうか?
そして、俺の右隣には茶色と金色の髪が入り混じり、耳にピアスをしているやや細目の男。
彼はその隣にいる金髪で左目が前髪で隠れている男と話が盛り上がっていた。二人は知り合いだろうか?
「えー。まずは、自己紹介からだ。知っての通り、同じクラスの人は班員にはいないようにしてある。まあ、それでも何らかのかかわりで五人全員知っている班があってもおかしくは無いだろうが、一応時間を設ける。三分。さあ、開始」
チョビ髭の学年主任がそう言うと、周りは自己紹介を始めたのか、少しだけざわつく。
「えー。私から言います」
真正面にいる貧乳ちゃんが手を挙げながら言う。
「私は三組の内屋理歩です。趣味は武術の体得。よろしくお願いします」
隣の女子が拍手するので、残りの男達もつられて拍手をする。
内屋さんが貧乳なのは、趣味のせいではないかと思ったが、彼女はまだ高校生。発育する年だから大丈夫なはず。
「えっと、私は一組の逢崎蘭です。趣味は射撃で、能力は雷を操れます。よろしくお願いします」
逢崎さんはスカートのポケットから銀製の拳銃を取り出して明るい笑顔で挨拶をするが、正直その無垢な笑顔が怖く感じた。というか、気をつけないと、銃刀法違反で捕まるのではないだろうか?
この順番だと、俺か。自己紹介あんまり好きじゃないんだよな。
「俺は七組の喜多村誠です。趣味はキックボクシングで、能力は烈風。よろしくお願いします」
班員から拍手を浴びる。
俺が趣味を言った時、内屋さんと、その隣の男が少しだけ目が光ったように感じた。ということは、体術を極めている者はこの中で三人いるということになる。
「俺は四組の篠見壇。趣味は機械いじり。故障した物があれば、無償で直します。よろしくお願いします」
どこから出してきたかは分からなかったが、手にドライバー等を指の間に挟んで、アピールする。
「俺の名前は阿辺山清。五組です。趣味はボクシングです。よろしくお願いします」
なるほど。彼はボクシングをしているから、俺の趣味に反応したのか。
「はい。止め」
学年主任は手を叩きながら、中央に移動をする。
「自己紹介も済んだことだし、本題に入ろうと思う。えー。君達が今度の合宿で行く場所の翻刻島は、知っている人達もいると思いますが、四十年前までそこが本校でした。せっかく行くのだからね。何か新しい発見があればいいかなと私事で思っております。さて、しおりの五ページを開いて下さい」
生徒達は指示通りにページをめくる。
五ページは文字が乱雑で読みにくく、正直何を書いているかよく分からない。
「このしおりの一部分は《偽造用紙》を使っていますから、《オーラ》を注いでこのページを見てみましょう。苦手な人は班員で見せてもらって」
《偽造用紙》という言葉は初耳なので、知らなかったが、先生の言うとおりにして、しおりに《オーラ》を注いだ。
すると、文字や模様が独りでに動き、最終的にはきちんとした文章や表が浮かび上がったのだった。
大まかに目を通すと、このページには合宿の日程が記載されていた。
「《偽造用紙》はコレからも度々登場するので、変な紙を渡されたら、《オーラ》を注ぐことを覚えておくように。さて、このページから八パージまでには合宿の日程が書いてあります。大まかな内容は全ての班一緒ですが、詳細はまるで違います。例えば、初日の集合場所。ある班は海沿いだったり、他の班は山の中だったりと様々d――――」
自分等の班は北水港だと記載されていた。行きは校内で班ごとのミニバスに乗って移動するらしい。
「なぜ、そのようにしたのか。それは、親睦を深めると共に君達の能力を底上げしたいからだ。蚊和邊入人のある作品を読めば分かると思うが、そう遠くない未来、地球は侵略されるかもしれない。その時に備えるのもこの合宿の一環だ。まあ、君達が立つのもやっとの老人になっても、平和な日常でそのまま人生を終わるかもしれないが、それはそれで、青春の一ページに刻むことになるから悪くは無いと先生は思う」
ようは戦時中の本校のようなことをこの合宿でするわけか。彼の著書によると、死者はそうそう出なかったらしいが、かなり過酷らしい。気を引き締めていかないと死ぬかもしれない。
「しおりの十ページに書かれているが、競争心を奮い立たせるため、一つ一つのイベントにポイントが設定してあります。総合上位の班には賞品をあげたいと思っているのでお楽しみに」
この手の賞品は普通の学校だと、おかしの詰め合わせや一ダース分のジュースとかなのだが、この学校は特別なので、何が貰えるのか想像がつかなかった。
「持ち物とかはしおりに書いているから、一々言わなくても良いな。高校生だからそれくらいのことはキチンと出来ないと駄目」
すると、学年主任は手持ちの腕時計を確認する。
「ちょっと、予定より話が長くなったけど、残り時間は各班総合一位を目指すように作戦会議」
そう言って、先生はその場を離れた。
「さて、私達も始めましょうか」
内屋さんがそう言って、話を進める。
「集合場所は北水港。船は木造の物を用意しているみたいだけど、篠見君。船の改造とか出来ますか?」
「ああ。別の船を造って持ってくるわ。現地で改造するよりも、時間は短縮できるし、部品も限られないしな。その代わりに俺は一時使い物にならなくなると思うがな」
「そんな事が出来るんですか?」
内屋さんはまじまじと見つめる。
「ああ。ココだと俺の事が少しでも多く知れらてしまうと思うから、現地までのお楽しみだな」
「そうですか。それなら、任せます」
そう言いながら、内屋さんはしおりにメモをする。
「その移動の最中に、卒業生の陰陽師が《式神》を召喚して私達の行く手を阻むらしいのですが、どうします?」
「それは、見て判断してからのほうがいいと思う。ここで出た以外のタイプが現れたらこの時間が無駄になる」
「んー。喜多村君の言う事も一理あるけど、近、中、遠距離の担当とか決められないかな? 距離によって、得意不得意があると思うし、この場面だけではなく他の時でも役立てると思うしね」
逢崎さんがそう言うと、阿辺山君が挙手した。
「俺は近距離ね。中距離より遠い技は持ち合わせていないんでね」
彼は内屋さんを横目で見ながら言った。
「私も近距離で」
内屋さんは阿辺山君に対抗するかのように挙手した。
「俺一人で十分だ。君は中距離でいいよ」
阿辺山君が鼻で笑うと、内屋さんは激怒し立ち上がる。
「私の実力を知らないで、一人で充分? 上等よ。丁度ここは武道場。今直ぐ戦りませんか?」
「いいぜ。前の授業で苛立ってんだよな」
阿辺山君も立ち上がり、戦闘体勢をとると、一部の人達の視線はこちらに集まっていた。
「清。止めとけ。場所と時間を考えな」
篠見君が忠告するが、彼はそれを無視して、内屋さんを右腕でパンチを繰り出した。対する内屋さんは左脚を軸にして右脚でそのパンチを蹴り上げたあと、左足に接している畳を蹴って阿辺山君に飛びかかると、そのまま両腕で連続パンチを浴びせる。しかし、阿辺山君は両腕を盾のようにガードする。
「やるわね」
「そっちこそ。女のクセに強いじゃん」
「やめんか」
学年主任は部屋を崩壊しそうなくらいの大きな一声で、二人は攻撃を中止した。
「この合宿はあくまで親睦合宿だぞ。喧嘩してどうする」
「お生憎ですが、私達は喧嘩ではなく、お互いの力量を確認しただけです」
「コイツの言うとおりだ。喧嘩なんかしていないです」
阿辺山君のコイツ呼びで、内屋さんの眉がピクッと動いたのが分かった。彼女の内心は、まだ暴れ足りないだろう。
「だったら、放課後にやれ。こんな狭い場所で暴れまわるのは迷惑だ」
「すみませんでした」
内屋さんがそう言って頭を下げると、阿辺山君も同じようにした。
「戻れ」
先生の一言で二人はさっきの場所に腰を下ろした。
「あーあ。何でこんな奴と一緒になったんだろうか。私、運悪すぎ」
「それはこっちの台詞だ」
お互い睨み合う。再び乱闘が始まるのは時間の問題か。
「あっちはほっといて、俺たちだけで作戦練ろうぜ」
篠見君がそう言って、面倒臭そうにペンを取り出した。
「俺は中、遠距離っと。逢崎さんは?」
「私も同じ。中、遠距離タイプ」
「喜多村は?」
篠見君はメモしながら問いかける。
「近、中距離かな」
「ということは、前衛三人で、後衛二人か。バランスがとれていいんじゃねの?」
篠見君が言い終わると、彼は大きな欠伸をした。
「んだと、もういっぺん言ってみろよ。クソアマ」
阿辺山が怒鳴ると、篠身君は彼の肩を叩く。
「清。うるさい。これ以上何かするなら、俺が改良加えている拘束マシンを使うけどいい?」
それを聞いた阿辺山君の顔は少しだけ青ざめる。
「……分かった。大人しくします」
渋々承諾して、彼は深呼吸をして落ち着かせる。
「内屋さんも清をこれ以上挑発するのを止めてくれないかな?」
内屋さんは阿辺山君の顔を窺い、固唾を飲み込んだ。
「わ、分かりました。今日のところは我慢したいと思います」
内屋さんは篠見君を恐れながら答える。
「じゃあ、次はこれだな」
その後も篠見君を中心に作戦会議が進むのであった。
同じ頃。
AチームもGチームと同じように円の形になって話し合いが行われていた。
「本当にいいのか? 君に古代文字の解読を押し付けて」
武燈は正面にいる金髪で青色の眼をした少年に問いかける。
「ああ。僕は考古学をかじっていてね。古代文字なんてものは全てココに入っているさ」
男は得意げな顔で自分の頭を指す。
「エドワード・ドルビニー。私は貴方の事をご存知ではないけど、それを信頼できるものがあるかしら?」
金髪で巨乳の細身の女性が言う。
「ウサカ・ダールクヴィスト。だったな。俺と同じ国際言語科で、成績優秀の優等生。所属している《財団》でも一目置かれている。そんな貴女と、一緒の班だなんて光栄だ」
エドワードは何処かから出したバラの花をウサカに差し出すが、ビンタで払われた。
「ふざけないで。ちゃんと私の質問に答えて」
剣幕になって怒鳴り返す。
「分かっているさ。ほら、これを見てごらん」
エドワードが出したのは名刺だった。
「名刺が何よ。また、ふざけているの?」
エドワードは溜息を付いた。
「よく見なよ。ここに翻刻高校古代文字研究会一員って書いてあるだろ?」
ウサカは無理やり奪うかのようにそれを取った。
「…………嘘ではなさそうね」
「そういうこと。反対意見がある人は他にいるかい?」
ウサカ以外の三人は首を横に振った。
「じゃあ、決まりだ。翻刻島までの遺跡探索は僕が先頭を発つ」
自信満々の笑顔を四人に見せる。
「えらい自信だな。お前のせいで下位にならなければ良いよ」
武燈がそう言って挑発するが、彼の笑顔は維持したままである。
「心配ない。僕に不可能なんてないのだから」
「……ところで、貴方の派閥は何処かしら? 《財団》ではないでしょ?」
彩紗が警戒するようにエドワードに問う。
「ああ。僕はどちらかと言ったら、《白の使途》側だろう。まあ、天使や神と契約を交わしていないし、その研修生というわけでもない。あまり、詮索はしない方がいいだろう。きっと君らは僕のことを勘違いしそうだから何も言わない」
エドワードが言い終わると、タイミング良く授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。
「これで終わります。じゃあ、武燈。号令」
学年主任は自身の近くにいたを指名する。
「起立。礼」
「ありがとうございました」
生徒達は礼をしながら言うと、バラバラに武道場から退出するのであった。




