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Mind Of Darkness  作者: 渡 巡
第二章 鳳凰
30/36

四月十九日

 四月十九日木曜日。天気は快晴。

 私は目覚ましが鳴る十分前の時間に起きた。

 普段、私は夢を見ない人なのだが、今日は久しぶりに夢を見たのだった。

 三年前まで近所にいた梧桐羊瓶と再会し、攫われた妹の舞ちゃんを助ける夢だった。

 羊が鳳凰の《ハーフ》であったり、戦った相手の少女が青髪だったりと、家業の影響なのか、普通の人間から見たらアニメや漫画のような夢だと思われるものだった。

 最期は沢山の《式神》が魔物に食われて終わったのだけれど、それが現実に起こっていたら、私は絶望しただろう。

 「あれ?」

 ふと、写真立てを見ると入っているものが変わっていた。

 奈央様とのツーショットの写真を飾っていたはずなのに、ここにあるのは夢に出てきた梧桐羊瓶とのツーショット。

 この写真は彼が去る時に告白してフラれた後、大泣きして焼却した筈なのに、なぜここにあるのだろうか?

 「まさか……」

 私は普段所持している式札を見ると、半分以上無くなっていた。

 「夢ではなくて、現実だった……。え? 訳が分からない」

 恐怖した私は逃げるかのように制服に着替え、食事に向かった。


 「おかしい。どうなっているの?」

 バス停の前を一人で待っていた私は、つい、口に出してしまう。

 お父さんとお母さんが何かを思い出したかのように、いきなり私の初恋の人を四凶鳥呼ばわりして、行方を追っているなんて……。

 一体全体誰の仕業かしら?

 そんなことを思っている内にバスが来たので、私はそれに乗り、いつもの席に座ろうとすると、そこにはすでに同じ制服を着た綺麗な黒髪ロングの少女が座っていた。

 少しだけイラついたが、その隣に座った。

 「貴女の周辺、少しおかしくはなかった」

 突然。隣の少女が私に話しかけてきたのだった。

 「ど、どうしてそれを」

 声が大きかったのか、周辺いた人達は一斉に私を見るのだった。

 「ご、ごめんさない」

 私は渋々頭を下げた。

 「やはり、家に帰す際、念を押して相手に気付かれない程度の脆弱な結界を張っておいてよかったわ」

 「……………………?」

 理解できていない私には彼女の言葉の意味が今一つ分からなかった。

 「違和感を覚える程度でも、何らかの時に役に立つでしょうしね」

 すると、携帯のバイブが鳴ったので、私は画面を開いて見ると一通のメールだった。

 「その、ストラップ……」

 隣の少女が私の携帯に付けている十字架のチャームが付いたストラップをじっと見つめる。

 「これは、奈央様……。えっと、生徒会長から誕生日プレゼントを貰ったものなの。なんでもこれを身に着けていると私を守ってくれるって言われたから付けているの」

 それを聞いた少女は薄笑いを浮かべた。

 「なるほど。私の能力ではなく、そちらの影響かもしれないのか」

 隣の少女からボソッと呟くのが聞こえた。

 彼女の言っていた通り、奈央様のこのストラップで私を守ったと考えるなら、同じ事を誰かに注意して能力を使った彼女は味方なのではないだろうか?

 仮にそうだとしても、信じていいのだろうか?

 奈央様は私の異変を信じてくれるだろうけど、多忙な彼女にこれ以上面倒をかけるのは嫌だ。だったら、事情を知っている彼女に相談したほうがいいのかもしれない。

 とりあえず、先程受信した奈央様からのメールを開くと、気分は下向いた。

 「どうかなさいましたか?」

 隣の少女は心配そうに声をかけてくれた。

 やっぱりショックを起こると、顔に出るよね。

 「昨日、校内の屋上で暴行事件があったのだけど、それの首謀者がお友達で、……その子は今日をもって退学だって。どうしてそんなことをしたんだろうね。彼は頭が良くて優しい人なのに……」

 涙は出ていないが、悲しくて、心の中の何かが傷を付いた感じがした。

 「連中はそう来たか」

 またボソボソと呟く。

 「ねぇ。その連中にセイがいて、彼も私に何かしたんだね」

 「はい。連中は貴女達の一家を利用しました。目的の者がより良く覚醒させるために」

 利用か……。彼の裏の顔を想像したら、そのようなことはしそうだった。だって、彼は頭がいいのだから。馬鹿な私はただ操られるだけ。

 私が大好きな奈央様も秀才なため、同じようなことを考えてはいないだろうか?

 大丈夫だよね……。私の考えすぎだよね……。

 「先輩」

 隣にいる少女が大きい声で私を呼ぶ。

 『―――――――高校前』

 気が付いたら、バスは学校に到着していた。

 私は定期を見せてバスを降りると、さっきまで隣にいた少女が、手提げカバンを持って横に並んで歩き出した。

 「えっと……」

 「早乙女美空です。神埼恵先輩」

 彼女は笑顔で自分の名前を申し出た。

 私の名前を何で知っているのかは知らないけど、聞かないようにした。

 「美空ちゃん。一体、私の身に何が起きているのか、教えてくれない?」

 「昔。先輩の家に催眠術をかけた人物がいて、その人が昨日か今日、催眠を解きました。それによって、先輩の一家は催眠の影響が無くなって、元通りになりました」

 それが、今日の違和感の原因。

 それらを全て挙げて、推測すれば本当にあった出来事が分かるかも知れない。

 「ありがとう。美空ちゃん。じゃあ、またね」

 そう言って、私は昇降口に向かって走っていった。


 「朝から元気がいいな~。ってか、あの女子どっかで見たことがあるな」

 ボーイッシュの髪型をした少女が走る姿を見て呟くと、その女子は二年生の下駄箱に入っていった。

 「それよりも、昨日殴られた所がまだ痛い」

 お腹を抱えながら、弱音を吐いていると、突然、後ろから肩を組まれた。

 「よう。喜多村。俺が死んだとでも思ったか」

 その声の主は窪田君だった。

 「やっぱり、生きていたのか」

 「まあな。あ、そうそう。俺、《財団》に入ったから、何かあったときはよろしく」

 そう言って、肩を組んでいた腕を外し、スタスタと昇降口に入っていった。

 「えー。どうせなら、こっちに入れば良かったのに……。ってか、何で急に入る気になったんだ?」

 愚痴を言いながら、のたりのたりとお腹を押さえながら靴箱まで辿り着いたのだった。


 《NDNO》の《ダークネス(ホール)》がある部屋。

 一人の青年と、案内人の女性が入室した。

 「この部屋を直せと」

 「はい。《(ダークネス)(ホール)》を維持しながら空間を直せる者は一部の方のみですから」

 青年は溜息を付く。

 「案内人さん。来る前に言いませんでしたっけ? 修繕する部屋に虫や細菌をはじめとする小さな生物以外は追っ払うようにって」

 青年は眉をつり上げると、案内人は恐れて身体が震えだした。

 「も、もうしわけございません」

 案内人は最敬礼をして謝罪する。

 「……まあ、いいや。とても珍しいものだから、俺が飼う事にしよう」

 青年は血で汚れた部屋の奥の方に移動し、赤、青、黄、白、紫の色で彩った卵を拾い上げる。

 「やはり、《鳳凰》の卵……。こんな所に放置しているとはらしくない。何を企んでいる?」

 「ぞ、存じません。すぐに、責任者をお呼びしますので、少々お待ちください」

 案内人が退室しようとすると、出入り口から、灰色のスーツを着た丸眼鏡の中年男が入ってきた。

 「貴方が貰ってくれても構いませんよ。ここを直してくれるのならね」

 男は青年の方へゆっくりと歩んでいく。

 「ここの社長さんでございますか」

 「ええ。それにしても、貴方の探知能力には驚かされました。こちらの都合で貴方が部屋を修繕なさるときに、卵に受ける影響を知りたかったのですけどね。正直、この卵の使い道はない。《鳳凰》は《不老不死》というより、《転生》に近い。ですから、私達の研究にはもう必要ありません」

 「……そう。お言葉に甘えて有難く貰っておきます。それから、両親の知り合いならよろしく言っておいて下さい」

 「残念ながら、私の知り合いに物江家の人間はいらっしゃらない。では、お仕事の方よろしくお願いしますよ」

 そう言って、男と案内人はこの部屋から去っていった。

 「冗談のつもりで言ったのに貰ってしまった。さて、どうするか……。直してから考えるか」

 青年は卵を優しく撫でながら呟くのであった。

 

 昼休みになると、彩紗から食事の誘いがあったので、待ち合わせの中庭までやってきた。

 彩紗は、端っこにあるベンチで座って待っていたので、急いだ。

 「待った?」

 「二、三分くらい。短いから気にしないよ」

 笑顔で返されると、彩紗のカバンを漁り、そこからお弁当箱が二人分用意されていた。

 「え。ど、どうしたの」

 緊張して、心拍数が上がっているのが分かる。

 「昨晩。喜多村君を強めに殴ったじゃない。そのお詫び」

 「あ、ありがとう」

 彩紗から、弁当と箸入れを受け取る。

 これは、その隣にいる少女の手作りなのだろうか?

 それとも、その少女の執事である布川さん。いや、もしかしたら専属の料理人が調理したのかもしれない。

 「開けないの?」

 彩紗から少しだけ殺気のようなものを感じ取った。

 「女の子から食品を貰うのが初めてで、緊張しているだけだから、気にしないで」

 弁当箱を開けると、左半分に白米と梅干が。右半分に切り干し大根や唐揚げといったおかずが入っていた。

 「いただきます」

 箸を持って最初に食したのは唐揚げ。

 外はパリパリしていて、中にスパイスが入っているのだろうか。すこしピリピリする辛さと、鶏肉の旨みがマッチしていて美味しいのだ。

 「美味しい?」

 「美味いよ。もしかして、手作り?」

 「う、うん。白米は違うけど。おかずは全部。ま、不味かったら。ちゃんと言ってね。私は美味しいものを食べさせてあげたいから」

 恥ずかしいのか。顔を赤らめながら言う。

 そういう俺も、手作りと知って顔が真っ赤になった。

 「う、うん。分かった」

 ヤバイ。手作りと知ったら更に緊張して手が振るえてきた。

 「お二人さん。熱いね」

 声をかけてきたのは、昨日知り合った武燈勇。

 彼の隣には恋人なのか。彼よりも背が少し低い黒髪ロングの少女が腕を組んでいた。

 「べ、別にそんな関係じゃないし。あっちに行ってよ。そう思わない? 喜多村君」

 彩紗が動揺して、俺に助けを求める。

 「そ、そうだよ。仕事上の付き合いだよ」

 「…………そう。じゃあ、俺はミソラと反対側のベンチでイチャつくわ。行こうぜ。ミソラ」

 「だね。勇様」

 「ん? ミソラさんは青髪じゃなかったけ?」

 彼らの会話を聞いて気になったので、質問をしてみた。

 「私は、普段は早乙女美空という名前で地球人になって、この学校に通っています。クラスは二組だから、用事あるときは声かけてね。バイバイ」

 二人はそう言い残し、目の前にあるベンチへ向かって行った。

 「なあ、黒部さん」

 「な、何よ」

 まだ動揺しているらしく、言葉が詰まる。

 「学校の時は俺の事を苗字で呼ぶのに、仕事だと名前で呼んでいない?」

 さっきのやりとりで気が付いた。昨夜は名前で呼んでいたのに、何でいまは苗字なのだろうか?

 「そ、それは……。さっきみたいに勘違いされるから」

 でしょうね。

 今付き合わなくても、学校と仕事が一緒なのだからそれだけで、俺は嬉しい。でも、それらが無くなる前までには距離を少しでも縮めたらいいなと思う。

 「そっか。なら、俺も仕事の時は、その……。えっと……。な、名前で呼んでいいかな?」

 照れてしまい。言葉が詰まってしまった。

 「いいよ。でも……、校内は絶対に禁止」

 「ありがとう」

 照れ笑いをして、おかずの鮭を箸で摘み口の中に入れた。

 塩の入れすぎなのか、とてもしょっぱかった。


 閑静な洋室内。

 千春はシャープペンシルを持ち机に向かって勉強をしている。

 「千春ちゃん。そろそろ休憩しない?」

 彼女の隣にいる長い金髪で巨乳の若い女教師に問いかけた。

 「そうですね。休憩しましょう。ウサカ先生」

 千春は持っていた筆記具を転がすように置き、身体全体をウサカの方に向けた。

 「いくら勉強でも、受験のような量はさすがに疲れるでしょ?」 

 「はい。でも、いいんです。私は早く、彼に会いたいんです。その気持ちが強いせいなのか、蘇生以前のときよりも勉強が(はかど)るんですよね」

 ウキウキしながら千春は答える。

 「その彼について勇から聞いたんだけど、貴t――――」 

 「知っているよ。私が今勉強をさせられている本当の理由や、幼い頃の私が彼にした事もね。本当、人間って怖いよね。少しは犠牲になる方の気持ちを考えてほしいものよ」

 千春は呆れた表情で、近くにあったコップを手に持って口につける。

 「……そう。知っていて、その覚悟があるのなら良いわ。私は遠慮なく授業できるから」

 そう言って、ウサカもコップに注いだものを飲んだのだった。

 

 放課後。

 会議室内には、校長をはじめとする権威のある教師達と、生徒会が集まっていた。

 「この班構成で本当にいいのですか。生徒会長さん」

 白髪と白髭が特徴な五十代半ばの男が紙を読みながら答える。

 「はい。バランスを重視してしまった場合。有能な者に頼り、何も成長をしない輩がいてもおかしくない。それならいっそのこと、群を抜いて能力が高い者はいっその事同じ班にした方がいいと思いました。好戦的な者がいれば彼等に歯向かい、勝利してしまうのも面白いですし、実力より、奇策で勝った場合は盛り上がると思います」

 「成程。それはよしとしよう。でも、能力を開花していない三人はなぜ、Aコースに入れる?」

 隣にいる頭がはげた眼鏡の教師が問う。

 「この三名は、《裏》の事情を知っております。宿泊中における島内探索にて開花してもおかしくないと思い、彼等を入れました」

 「彼等の命の保障をするならよろしい」

 質問をした男は書類に何かをメモした。

 「他にご質問は?」

 法条奈央は教師達の顔を拝見する。

 「では、今月二十五日に実施する、親睦宿泊の会議をこれにて終了させて戴きます」



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