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Mind Of Darkness  作者: 渡 巡
第一章 八岐大蛇
3/36

公園

 日が沈み、街灯が点ると、子ども達が誰一人遊んでいない公園にいた。

 この公園に来たのは初めてのため、名前すら知らなかった。

 ここは、入っただけでは全貌が分からないほど広かった。最初に目に入りこんだのは、サッカーゴールであり、その近くにアメフトかラグビーのゴールが設置されていた。

 遊具はというと、奥の方に灯りで照らされていた。多分、遊具の向こう側にも何かがあるのだろうと思った。探索すれば、すぐに分かる事だが、そんな気分になれなかったため、近くにあるベンチに座り込んだ。

 「やべー、道に迷った」

 一人寂しげに呟く。

 アミさんと別れた後のことだ。

 誰とも会う事もなく、山林から脱出したのだが、その場所が何処か分からずに、適当に道を歩いていたのだった。

 その末に辿り着いたのが、この公園だった。

 「うーん、どうしようか。この年になって交番に行って『迷子になりました』と言うのは恥ずかしいし、かといって電話で助けを呼ぼうにも、番号知っている人にこの事態を知られたくない……。ここに来たときみたいに適当に移動すれば、いずれは知っている地域に着くだろうけど……」

 その時だった、この公園に二人近付いてくるのが何となくだが感じ取れた。

 それは自転車よりも速いスピードだと分かる。

 何故それを感じ取れるのかは分からないが、多分、《オーラ》を扱えるようになったからだろう。山林でアミさんと別れた後、アミさんが途中までどこを通って行ったのかが分かったから、そう考えても何もおかしくはないだろう。

 こっちに来るのは盗聴した輩の追っ手だろうか?

 何にしろ、本当に人が来ているのかをこの目で確認したい。この気配がただの思い過ごしではないという確証がほしい。

 道路付近にある木に移動し、彼等から隠れるように身を潜める。

 すると、黒々しい大きな《オーラ》を纏った男女二人組が見えてきた。

 近付いてくるその二人は、先程会った黒いスーツを着た男性と、俺と同じ学校を通う制服を着た黒部彩紗だと分かった。

 予想通り、この気配はある一定の距離に入れば、《オーラ》を纏ったものの位置が分かるようだ。

 二人に近付いて分かったのだが、《オーラ》がアミさんよりも強いと素人でも断言できるものであった。

 二人は俺が隠れている木を通り過ぎようとした時だった。

 スーツの男はそのまま真っ直ぐに過ぎ去っていくが、彩紗はこちらに向かっていた。

 気付かれたようだ。

 「コソコソ隠れていないで出てきなさい」

 彼女の《オーラ》が一気に増幅した。

 それは、体中が震えだすほどの威圧感で、何をやっても殺されると正直に思った。そのため、俺は両手を挙げて彼女の前に姿を現す。

 「お前か……。《オーラ》が微量に流れていたから来てみれば……。警戒しすぎたか」

 彩紗は拍子抜けしたかのか、《オーラ》を解いた。

 それにしても、『《オーラ》が微量に流れていた』と言っていたため、全身を見るが、《オーラ》が見えない。これは、一体どういうことなのだろうか。

 その仕草が可笑しかったのか、彩紗はクスリと笑う。

 「《心の闇》を解放した人はみんな微量だけど身体に《オーラ》を纏っているの。貴方はさっきよりも《オーラ》が安定しているから、助けてもらった《忍》にちゃんと教えてもらった感じかな?」

 さっきと違って、彩紗は穏やかに答える。

 それを見て、あの時の横暴な喋りは《オーラ》のせいだと分かった。

 「ああ。で、黒部さんは今から、俺を殺すのか?」

 数時間前に彼女に殺されそうになったが、何故そうなったかは彼女の美貌(びぼう)に少なからず酔いしれていたため、あまり覚えていなかった。

 「それは考え中。あの時の私は少々思い込んで誤解していたから。せっかく純粋に私の事を好きといった男を気安く殺せるような残忍な人ではないの」

 年頃の女の子らしく可愛げに微笑んだ。

 その微笑みが可愛くて、自分でも認識できる程、顔が赤くなったのが分かった。

 しかし、《オーラ》の有無で、そこまで人が変わるものだろうか?

 それに、この態度の変化は俺を油断させるための罠なのだったりしないだろうか?

 それとも、素の彼女は今のような感じの性格だと信じていいのだろうか?

 考えれば、考えるほど混乱してしまう。

 「あらあら、顔が真っ赤。本当に私の事が好きみたい」

 いつの間にか、彩紗は俺の手前まで近付き、俺の顔を(のぞ)くように見ていた。

 彼女の距離が縮まったこともあり、ますます赤面してしまった。照れ隠しで仏頂面な顔をしてみせるが、なかなか顔に集まった血は降りてこなかった。

 「それはそうと、《忍》の目的は知ってる? 私を攻撃してすぐに逃走したけれど、私か、奴のどちらが狙われているか知りたいの」

 「それは……」

 「それは?」

 言わないほうがいいのかもしれないが、生憎、その件は口止めにして欲しいとは言われていない。言われてなくとも常識的に考えると言ってはならないことかもしれない。ここにいる少女が暗殺されるということを。

 でも、アミさんは彩紗をあまり殺したいとは思ってないようだ。

 だったら、教えてあげて彼女自身でその対策を考えてもらったほうがいいだろう。

 そう思って、彼女の透き通るような瞳を見る。

 「黒部さんの暗殺です」

 それを聞いた彩紗は意外そうに誠を見ていた。

 「それって……、言ってよかったの……? 私、冗談のつもりで言ったのだけど……」

 「口止めされてない。それに……はっきり言ってなかったと思うけど……俺は……将来結婚したいほど彩紗さんのこと大好き。だから……殺されるのは辛いです」

 勢いで告白してしまい、さらに顔が赤くなるのが分かった。それは火山が噴火するように、頭上から血液が噴出してもおかしくはないほどに。

 「ありがとう。私は貴方の事は嫌いではないし、かといって、好きでもないの。でも、貴方が私の事を好きなのは入学説明会の時から今日にかけての貴方の行動で熱意は伝わってるから。でも、私は貴方の名前知らないです。だから、名前を教えて下さい。それからお友達から始めるというは駄目かな? 貴方のこと、よく知らないし、友達の期間中に貴方の気が変わるかもしれないしね。それでいいでしょ?」

 結果、見事にフラれたが、友達になれると分かった途端、誠は興奮のあまりに横に倒れこんだ。

 「だ……大丈夫?」

 彩紗は俺の元に駆け寄ろうとするが、彼女の手を借りずにゆっくりと体を起こした。

 「友達になれる嬉しさで意識を失いかけたけど大丈夫。俺の名前は喜多村誠。よろしく」

 赤面のまま優しく笑う。

 「こちらこそ、よろしく」

 彩紗も優しい微笑みを返した。

 「喜田村君。私が暗殺する日って分かるかしら?」

 「いや、そこまでは聞いていないけれど――――」

 「へー。あの黒部彩紗が若い男とデートしているとはね」

 二人の会話に割り入る声の主は、公園の出入口付近からゆっくりとこちらに近づいて来た。

 男の頭髪は黒髪でクセ毛がひとつもないサラサラなショートヘア。体型は痩せ型の日本人。平均身長よりもやや高く、服装は長袖に少し色落ちたジーンズを着ている。

 「誰だ」

 彩紗は瞬時に《オーラ》を纏い戦闘態勢をとると、誠も遅れて《オーラ》を纏う。

 「俺は《RP》の一人の手束(てづか)

 手束と名乗る男は黄門様の印籠のように、身分を証明する物を二人に見せるように提示する。

 「《RP》? ラッパーか?」

 この発言を聞いた手束は呆れたため息をつき、彩紗は隣でクスクス笑う。

 「《RP》は Reverse Police の略称。裏社会の警察官ってことさ。ところで、君は何者なんだい? 《RP》と聞けば裏社会の人なら九割九分の人は知っているのにそれを知らない。それに、《オーラ》から察するにまだ使い始めて一ヶ月は経っていないだろう。そんな君が黒部彩紗と関わっているのはちょっと目を光らせないといけないかもな。良かったら教えてくれないか?」

 手束は俺を脅すかのように《オーラ》を纏い増幅させる。

 しかし、これが彼の全力ではなかったとしても、彩紗の《オーラ》の方が遥かに力強いと断言できる。

 なぜなら、彼の《オーラ》に威圧感や恐怖感がないからだ。

 「嫌だね、教えない。《忍》に雇わせて彩紗の暗殺を企てている警察なんかにな」

 だから、さっきの彩紗の時と違って言葉で返せる。

 「ということは彼女、近いうちにこの世からいなくなる可能性があるのか、だったら早く奴の事、聞かないとね」

 「まるで、知らなかったような口ぶりだな」

 その余裕の発言にイラッとした途端、《オーラ》が勝手に纏い増大した。

 どうやら、《オーラ》の源である《心の闇》は、ちょっとした感情でも影響するらしい。《闇》に喰われないように気をつけないと。

 「それは知らないさ、俺は彼女の事は基本的には管轄外だからな」

 「で、その《RP》が何の用?」

 彩紗が話しに割り込む。

 「君に(かり)()(ごう)の現在の居場所を知りたくてね。ご存知です?」

 「ああ。知っているけど、お前には絶対に教えない」

 「だったら、力ずくで吐かせる」

 手束の袖口から無数の鎖が出現し二人を襲う。

 彩紗は鎖を凍らせて動きを止めるが、誠は鎖の速さについてこられず、上半身を拘束され持ち上げられる。

 「誠!」

 それを見て叫んだ彩紗は、瞳を黄色に変化させると、雷を発生させて鎖を切断した。そして、空から落ちる誠を光の速さで抱え、そのまま着地する。

 「あ、ありがとう」

 「礼はいい。君は逃げて、足手まといだから」

 彩紗は抱え込んだ俺を放すと手束の下へ素早く戻った。

 「足手まといか……。悲しいな。彩紗と一緒に戦いたいのに……。」

 ボソッと呟き、少しだけ後退するが、彩紗の忠告を無視して二人の戦いを観戦することにした。

 現在、二人は何やら話しているみたいだが、生憎、この距離では何も聞こえなかった。


 「あの少年、やけに大切にしているな、あの少年は君にとって何だ?」

 手束の問いに彩紗は誇らしげに笑みを浮かべる。

 「あいつは私にとっての唯一の男友達……かな?」

 「そうか。まあ、心配しなくても君を追っている人達には言わない。殺しを《忍》に仲介するようなザコにはな」

 手束が言うと、彩紗の周りから八本の鎖が地面から生え、彩紗に襲い掛かる。しかし、彩紗は鎖が出現したのとほぼ同時に光の速さで移動しており、すでに手束の懐に潜り込んでいた。

 「遅い」

 彩紗の発言と同時に手束の胸の中央部にエルボーを食らわすと、手束は後方に一直線に吹っ飛んだ。手束は袖口から出ている無数の鎖をクッション代わりとして背中に回りこませることで、威力を弱らして着地した。

 彩紗は手束を追いかけるが、少しだけ距離をとる。

 「これが、《三色眼(カラーズアイ)》の一つである黄色の瞳か。雷の発生、光の速さで移動できる瞳。実に厄介だ」

 「へえ。私の能力の名称を知っているのね。さすがは《RP》。じゃあ、私の能力の全貌(ぜんぼう)まで?」

 「ああ。君の能力《三色眼》は赤・青・黄の三色の瞳に変色することでそれぞれの色の能力を引き出すことができる。赤は炎、青は氷、黄は雷。黄だけは光の速さで移動できる。だろ?」

 彩紗は大声を出して甲高く笑う。

 「何がおかしい。俺が言ったことが間違っているとでも?」

 「ええ。私の《三色眼》は三色だけではない。私の修行しだいで色はいくらでも増える」

 「ほう。だったら、見せな。その三色以外の能力を」

 「誰がみs……ぐぅ……こ……えが……」

 見えない何かに首を締め上げられた彩紗は、首元を元凶となっているものを両手で探すが自身の皮膚しか触れないでいた。

 「大体、油断しすぎなんだよ、君は。確かに君のほうが《オーラ》は巨大で有能だ。しかし、主に視覚、聴覚、感覚で戦っていそうな君は眼に見えず、何も聞こえず、触れても何も感じない攻撃には有効な可能性が高い。ましては臭いで相手に洗脳されたり、毒を盛られたりするのも君は苦手だろうな」

 途端。手束の背後に雷が落ちる。それを見た彩紗は驚いたように目を大きく見開く。

 「君の落雷は聞かないよ。丁度、君の死角になるように、俺の背後に鎖で作った避雷針があるから」

 雷が利かないと分かり、瞬きして瞳の色を変えようとするが(まぶた)はピクリともしない。

 「悪いが、落雷した時に(まぶた)を動けないように縛った。瞬きをすることで色が変わるらしいからな。ついでに言うが、瞼と同様に君の身体の部位は全て縛っているから身動きできないはずだ」

 彩紗は手束の言葉を確かめるように様々の身体の箇所を動かそうとするが、全く動けなかった。

 「改めて聞くが、苅野豪は今何処にいる?」

 手束が彩紗に問い詰めると、首の鎖が解けたらしく彩紗は呼吸を整える。

 「言ったでしょ? 私は何も言わない」

 喋った時に縛られた時の痛みが残っているのか、彩紗の声は先程よりも小さくなっていた。

 「そうか。それは残念だ。君と豪以外にもお仲間がいるらしいから、豪についてはそいつに聞くとして、君は窒息で死ね」

 「ぐぁ……っ……」

 急に首を絞められ、彩紗は苦しそうに鳴き、必死でもがく。

 「いくら足掻いたって無駄だ。俺の《不干渉(ノーフィール)の鎖()チェーン)》は捕らえられた人には何があっても()れられない。諦めてあの世べっ……」

 手束は背後から一発、誰かに後頭部を殴られた。

 「これ以上、彩紗を苦しめる奴は俺が許さねえ」

 その人物は二人の戦いの唯一の観戦者であった喜多村誠だった。

 誠の攻撃で、彩紗に纏わり付いていた鎖が解かれたらしく、彼女は仰向けに倒れた。

 「貴様。まだいたのか」

 手束は誠を睨む。

 「ああ、いてはいけないのかよ?」

 「ちっ、まだ黒部彩紗は息をしているようだ。貴様のせいで殺し損ねたが、貴様が来ても戦況は変わらない。お前は俺を倒せない」

 「そうか? 唇の端っこに血が付いているけど」

 それを聞いた手束は表情を曇らせ、確かめるように口を拭うと、自身の血液が手の甲に付着したのを目視し仰天する。

 「馬鹿な。この俺が貴様程度の実力でダメージを食らったというのか。一体、何が起こっている」

 「さあな、俺も知らない。ただ、彩紗を救いたい一身で、咄嗟に身体が動いたからな。それに、俺は《オーラ》を習得してまだ数時間。俺の方こそ、何が起こったって聞きたい」

 「ふざけるな。ふざけるな。《オーラ》を覚えて数時間だと、そんな初心者丸出しの奴に俺が出血しただと。俺をコケにした貴様を公務執行妨害で逮捕いや、殺してやるぅぅぅぅぅ」

 途端、誠の四肢が動かなくなった。見えない鎖、《不干渉の鎖》に縛られたのだ。

 誠は手束に吸い込まれるように引き寄せられると、手束のパンチを数十発浴びせられる。

 「どうした? 防御も反撃もしないのか? ああ、そういえば身動き取れないのだっけ? ハッハハハハ。いい気味だぜ」

 手束は殴るのが飽きたらしく、誠を自身から遠ざけ、上空約五メートル付近に誠を空中に浮かばせた。

 「これで死ねぇぇぇぇぇ」

 手束は誠を地面にめがけて叩きつけようとする。しかし、突如発生した上昇気流により、誠は宙に浮かび上がった。

 手束はもう一度同じ事をやろうとするが、上昇気流の風力は次第に強まり、手束の腕力では誠を今の位置を保つことで精一杯であり、地面に叩きつけることは困難になっていた。

 「何が起こっている。……まさか、こいつの能力は風を操ることなのか?」

 手束は誠を見ていると、別の方向から女性の甲高い笑い声が聞こえてくる。手束はその声がする方へ振り向く。

 「誠の能力ではない。私の能力だ」

 そこにいたのは、何故かセーラー服と身体の所々に、何かによって切り刻まれた姿をしている緑色の瞳をした黒部彩紗が立っていた。

 「緑色の瞳だと……さっきの話は本当だったのか……」

 手束は彩紗の瞳を見て驚愕(きょうがく)する。

 「そんなに驚かないでよ。さっき言ったでしょ? 私はいくらでも色は出せると。それに私はマゼンダ、シアン、イエローの『色材の三原色』しか元々使えなかった。しかし、それ以外の色は修行で使えるようになった。この三色は原色だからか、特別で身体にも作用がある。それを悟られないようにミスリードとして、『光の三原色』の赤、青、緑を中心に使うように心がけたつもりだが、黄色は移動に便利だから、つい使ってしまう。使用を控えるようにしないと……」

 彩紗は右手を(ひるがえ)すような仕草をすると、誠の周囲を取り巻く風が発生した。

 その風は鋭利のある刃物のように、触れると皮膚が切れる風であるため、当然、誠にもダメージを食らう。

 《不干渉の鎖》から伝わる微々たる動きと、彩紗を見て手束は気付く。

 「ま、まさか風の力を使って……」

 「そう。それで、誠を《不干渉の鎖》とやらから開放する」

 「だが、解放したとしても、もう一度《不干渉の鎖》で縛ればいい。見たところ無傷での解放ではないらしいからな。数十回もすれば出血多量で意識がなくなるだろう。違うか?」

 「それはどうかしら?」

 「何?」

 「鎖を外したときよりも切れ味が良い風が今の私を纏っている。仮に鎖が来ても、鎖を千切った風が相手では私を縛られない。違う?」

 「黙れ。もう一度、縛り上げるぞ」

 手束は何かを投げる仕草をするが、《不干渉の鎖》が弾かれたらしく、落胆した表情をした。

 「お前の《不干渉の鎖》は目には見えないが、それ以外の力は対象物を束縛にしないと完全には発動しない」

 「ああ、その通りだ。だから、対象物に鎖を阻む防御を三百六十度の範囲にされたらおしまいってわけだ。ちっ、小僧の方を縛っている鎖が完全に切れた」

 誠は鎖から解放され、勢いよく上昇していくが、彩紗は上昇気流の発生を止め、誠が下降してくると、鋭利の無い風を落てくる彼にクッション代わりにして乗せ、そのまま彩紗のもとに着陸した。その時の新は少しばかしの切り傷を負い気絶していた。

 「ありがとう。そして、お疲れ様」

 彩紗は寝息を立てている誠の髪をそっと撫で下ろし耳元で囁いた。

 「おい、黒部彩紗」

 手束の声を聞いた彩紗は、誠が起きないようにそっと立ち上がる。

 「何かしら?」

 「今日は俺の負けだ。だが、次に貴様に用があるときは負けない」

 「だったら、私は油断せずに圧倒的な力を見せ付けて勝つ」

 彩紗の言葉を聞くと手束は公園から去っていった。


 とあるビルの屋上。

 仮面舞踏会にでも出席するような仮面で素顔を隠した青年は双眼鏡を覗いていると、電話が鳴ったので、通話ボタンを押した。

 『もしもし、手束だけど、ターゲットは?』

 誰かに聞こえないよう通話音を最小の音量で聞き取る。

 「一向に姿を現さない。殺されたか、想定の範囲外の場所に飛ばされているかだろう。で、あの小娘から聞き出せた?」

 『いや、戦闘に負けて何も聞き出せなかった』

 「にしても、よく殺されずに済んだな」

 『ああ。恐らく彼氏らしい人がいたからだと思うが、話に聞いていたよりも穏やかに感じた』

 「ふーん。あの女に彼氏がいるとは思えないんだが?」

 『友達だったかな? 興味がないからあまり覚えていない』

 「どちらにしろ驚きだ。どうする? あいつと戦って無事では済んでないんだろ?」

 『ユウキが思っているよりも無事だとは思うが、万全ではない。今日は引き上げて、明日引き続きお願いする』

 「分かった。じゃ、また明日」

 ユウキは通話を切る。

 「そういえば、姉ちゃんが言っていた面白いものは恐らく、黒部彩紗の男の事だろうな。どんな男か見てみたい」

 また、電話の着信音が鳴り響いたので、それを受ける。

 『ユウキ君。久しぶり』

 それは姉の友人からの電話だった。


 「嘘だろ……。彩紗があんなザコ男に惚れかけているなんて、嘘だ。絶対に嘘だあああAAAA」

 八城(やしろ)(まさる)は狂ったように叫びだす。

 廃ビルの地下一階。一階の隠し通路から入れる部屋。

 試験管やフラスコがあったり、その中には普段の生活では目にしない液体が入っていたりと、素人でも研究室だと一目で分かる場所だ。

 この部屋にある二十インチのモニターに映し出されているのは黒部彩紗と手束の戦いだ。

 この映像は彩紗に気付かれないように八白が開発した、彩紗専用の移動型の監視カメラで撮影されたものであり、リアルタイムで映し出されている。

 彼が取り乱しているのは気絶した誠に向かって彩紗が何かを囁くシーンを見たからであった。

 「死ねばいいのに。死ねばいいのに。死ねばいいのに。死ねばいいのに。死ねばいいのに。死ねばいいのに。死ねばいいのに。死ねばいいのに。死ねばいいのに」

 さっきまで寝ていたガリガリの童顔少年がそれを見て笑い出す。

 「うるさい、(がく)。俺はどこもおかしくない」

 八白がそう言うと、楽は笑うのを辞めた。

 「ふと思ったのですが、ご主人様はどうして、あの女のことを必要以上に監視するのでしょうか?」

 「それは、彼女の洗脳が解けないためだよ」

 それを聞いた楽は驚いて数秒間固まる。

 「洗脳しているのですか?」

 「ああ。最近の彼女は自分の意識に反して行動をしていることに悩んでいるようだが、あれは《オーラ》の暴走ではなく、俺が洗脳して俺が洗脳しているから。まあ、そうでもしないと、俺の野望が達成されないからな。クックククク」

 八白はモニターの近くにあったワイングラスを上機嫌ですする。

 「だったら、今、彩紗ちゃんを操ってあの男を殺せばいいじゃん?」

 楽は近くにあったオレンジジュースの瓶を取り出して、栓を抜く。

 「分かってないな~。楽は、アイツは好きな女に殺されることを幸せだと感じる変態だぜ? だから、俺が殺さないといけない。分かるか?」

 「全く、分からないです。ところで、ご主人様の野望って何ですか?」

 楽はグラスにジュースを注ぎ、口に付ける。

 「聞きたいか?」

 八白の問いに楽は頷く。

 「世界征服だ。まあ、今のようにホムンクルスを製造し続けるのもいいが、コストが思った以上にかかる。《財団》に投資対象にも選ばれないとなれば、実に戦力不足だ。そこでだ、俺と《心の闇》が強くてかわいい女子に《鬼》を(はら)ませることにした。そうすれば戦力は今の十倍になり、彩紗は完全に俺の人形として墜ちる。一石二鳥ってわけだ」

 「世界征服ですか、良いですね。でも、なんで《鬼》が生まれるのでしょうか? ご主人様は僕と違って純粋な人間ですよね?」

 楽は首を傾げ不思議そうな顔をしている。

 「ん? 俺は妖怪の細胞を摂取した人間だ。知らなかったか?」

 「はい。初めて知りました」

 「それを知って、俺を軽蔑(けいべつ)するか?」

 「いえ、むしろ嬉しいです。僕と同じ、人外なんだって思うと」

 楽は無邪気に笑うと、八白はゆっくりと、彼の元へ近付き、頭を撫でる。

 「楽……。明日、やって貰いたいことがある」

 「何でしょうか?」

 「彩紗を取り巻く連中を始末してほしい。特に、喜多村誠という。ガキをな」

 「そんなに急ぐことでしょうか? あの男は弱いです」

 八白はポケットからリモコンを取り出して、操作をした。

 『――――彩紗を暗殺する理由は何? 仕事を躊躇う程度なら、そこまで大したことないのか?』

 『全部は話せないけど、彼女は近い内の起こるであろう事件の元凶となりうる存在だから、暗殺命令が来た。彩紗はそのことに気付いてなさそうだけどね。ノコノコと黒幕のアジトに行っていたし』

 先程の二人の会話が部屋の何処からか聞こえてきた。

 「移動型盗聴器を飛ばしていたときに収集したものだ。俺の目的が彩紗に知られる可能性と、彩紗が殺される可能性がある以上急がなければならない。分かったかい。楽?」

 「うん。明日、そいつの死体をお土産に持って帰るね」

 楽は嬉しそうに、はしゃいだ。

 すると、図体が大きい筋肉質の大男が一瞬にして、彼等の目の前に姿を現した。

 その姿はユウキ達が見た設計図と同じものだったが、所々、皮膚に火傷の痕があった。

 「(りき)、おかえり。収穫は?」

 「ない。データを収集している際に施設ごと爆破されて、フラッシュメモリは破壊されてしまった」

 力は使い物にならなくなったUSBメモリを八白に渡す。

 「そうか。それは残念だ。だが、《財団》は《INS》を再興するのが困難になったはずだ。仮に別の名前で復興させたとしても、日本国内ではない他国だろう。一番の目的はこの襲撃で我々が脅威と感じ《財団》が私の研究に投資するのが目的ことだ。そうなるまで、《財団》の投資組織をを少しずつ潰すとしますか」

 八白は高らかに笑い、それは研究室中に響き渡った。


 「ふぅ……。これでよしと」

 私は手束(てづか)が去った後、彼と自身の服と体を《三色眼》の能力を使用し、服は新品のように綺麗に復元、体は傷一つ残らずに完治したのだった。

 この能力を使用するときの彩紗の瞳は白目であり、何も見えなくなる。そのため、戦闘の最中で使うのは控えている。

 「誠をどうするか……。さすがにこのまま放置するのも悪いけど、家知らないし……。そういえば、学生証って家の住所とか載っていたっけ?」

 ベンチに置いてあった彼のカバンを漁る。

 ガバンの中は整理整頓がなってなく、ゴチャゴチャしていたが、何とか学生証を見つけることが出来た。

 「あった。ちゃんと住所が記されているから、家の前に置いて帰るかな」

 彼を担ごうとすると、自身の携帯電話が鳴ったので、電話に出た。

 『もしもし、黒部さんですか? 橘です』

 一般の男の声よりもやや音が高いこの男は、私の担当上司だった。

 「橘さん。何の用でしょうか?」

 『監視カメラによると、《INS》は情報漏洩防止の爆発で壊滅した。侵入犯の生死確認に、近くにいた君の部下、布川(ふかわ)洋治(ようじ)に遺体を捜索させたが、発見できずにいる。よって、敵の能力で脱出されたと判断し、君達に犯人を始末してほしい。やってくれるか?』

 「苅野はどうしたのよ。彼もそこにいたはずよ」

 そう。彼は真っ先にこのことを知らせてくれた。それに、彼は強い。簡単に殺されるような人ではないはずだ。

 『俺にも分からないが、敵の能力によって別の場所に飛ばされたと判断するのがいいだろう。そう考えれば、敵は爆発する瞬間にどこかへ逃げたと答えが出る。遺体がないのはそういうことだろう。それに、彼と同時に《RP》が一人、敵に触られて消えた』

 「何で、《INS》に《RP》がいるのよ。もしかして、主犯は《RP》?」

 『いや、彼らは数ヶ月前の件でその周辺を不定期に見張っていた。敵は何らかの手段を用いて偵察する日と合わせたのだろう』

 「そう。じゃあ、その敵の詳細について教えてくれる? 私達がやっつけるから」

 『OK。敵の写真はメールで添付する。では、健闘を祈る』

 その言葉を最期に電話は切れると、直ぐに、橘からのメールが届いた。

 添付された数枚の画像と共に、文面で解説がついてあった。

 それを読むと、事情は掴めた。

 どうやら、“尻拭いをしろ”ということらしい。

 仮に、私が断っても奴は強請(ゆす)って、私にそれを実行させただろう。

 添付された画像で、苅野は生きている事を確信した。

 すると、ポケットの中にある《漏洩(バグ)する水色の(クロス)》で出来たハンカチから《オーラ》を察知したので、それを取り出した。

 『悪ぃ。お嬢。敵の能力に何処かに飛ばされたらしい。連絡できなかったのは範囲外だったからだ。で、《INS》はどうなった?』

 声の主は(かり)()(ごう)だ。

 「橘によると、壊滅されたらしいわ。私達はその主犯を仕留めなければならない」

 『主犯か……。それは両方か? それとも、どちらか一方?』

 彼はとても好戦的な性格だ。気に入った相手を見つけると、その人を自身の脳内に深く刻み込み、自分が納得するまで戦い続ける戦闘バカだ。実力はあるのに、大事なときにいない時が暫しあるのが玉に(きず)だ。

 「ホムンクルスの方」

 布越しから、舌打ちをした音が聞こえた。

 『俺のDNAを勝手に採取して出来た出来損ないには興味がない。俺の力は生ぬるいものではないし、瞬間移動さえ気をつければ何とかなる。俺が()りたいのは《RP》の方だ。だから、それはお嬢達にまかせる』

 また、苅野の悪い癖が始まった。でも、相手も彼を探しているから、彼のわがままを受け入れようと思った。

 「ええ。無茶はしないように」

 『おう。決着がついたら戻る』

 ハンカチの《オーラ》がなくなった。

 「さてと、彼を家に帰して、私は家に帰ってシャワーでも浴びるかな」

 彼を担いで、学生証に記された住所を頼りに公園を後にした。


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