催眠
「じいちゃん。施設壊すなよ」
「厳しいな。最新の研究データは昨日貰ったから、別になくなってもまた作ればよいだろ?」
「ここにある有能な機材や、人材が復元できなくても?」
「……分かった。壊さなければいいんだな」
溜息混じりに承諾すると、男は梧桐の懐まで瞬間移動をし、身体に触れると、まるで、微塵切りをしたかのように身体はバラバラになり、セイ、カイの順番に梧桐と同じような姿にした。その時間はわずか二秒。
「おいおい。兄ちゃん、本当にあの地球人の能力を封じたのか?」
男はセイがいた場所を指して、窪田に問いかける。
「その質問をするってことは……。まさか、奴等は」
窪田は周囲を見廻す。
「そんなに首を振らんでも、この部屋には三人しかおらん」
「ということは、ここに来た時から偽者だったか、途中で入れ替わったかってことか」
武燈は自分の祖父との距離を詰めながら答える。
「だな。それじゃあ、帰って寝るわ。またな、我が孫とその仲間」
欠伸をしながら、隣部屋にある《闇の穴》に向かって行った。
「セイ倒したいでしょ?」
武橙は窪田に近付きながら問いかける。
「ああ」
「だろうね。だったら、いい話がある」
「あぶねー。俺の《生贄羊綿》使わなかったら俺達死んでいたな。あの宇宙人の攻撃、《崇拝の光》も備わっているぽいし」
《NDNO》の屋上。
梧桐は元の人の姿に戻っており、セイの本を通じて、自分等の身代わりとなる者の終止符を見ていたのであった。
「ああ。この建物は《闇の穴》で同盟を組んだ異星人と交流を深めていると、部下のスパイが言っていたからな。警戒をしていてよかったよ」
セイは持っていた本を閉じる。
「で、カイの生死を確認しなくて良いのか? 奴は“朱雀”なんだろ?」
それを聞いたセイは急に大きく笑い出した。
「お、おい。そんなデカイ笑い声だと、俺等見つかるぜ」
梧桐は小声で注意する。
「ご、ごめん。余りにもおかしかったから」
梧桐は首を横に傾げる。
「君の母親の能力、知っているか?」
首を横に振る。
「梧桐ナツミ。つまり、君の母親は強力な催眠術師。君のお父さんと喧嘩している間、彼女はずっと彼に催眠をかけていた。彼が“朱雀”になり、周囲さえもそれが認知できるようにね。彼は“朱雀”ではなく、劣化版の“鳳”。攻撃特化だけど、不死の能力は極めて低い“不死鳥”と名乗るには鳳凰の中で一番遠い種類だろう」
それを聞いた梧桐は何かを思い出したかのように口を開ける。
「もしかして、俺の記憶が一部なくなったのは……」
セイはゆっくりと頷く。
「それ以外にも、神埼家に正体をバレそうになった時だったり、君の身体に鳳凰の封印術を施したり、自分等が都合のいい事を色々しているよ。ちなみに、君の母親はカイの部下として所属しているから、君の母はカイに催眠術をかけ放題さ」
「ということは、彼が思っていた事の大半は母によって、操作されていたということか?」
「そういうことだ。さて、そろそろ両親に会いたいか?」
「当たり前だ」
セイは本を開けると、屋上にいた二人は消えていったのであった。
ミソラの《ヴァリアス・ロッド》によって到着したのは、面積が広い和風な豪邸の目の前だった。
「ここでしょ? 貴女のお家?」
「ええ。よく分かったわね。もしかして、事前に調べていたのかしら?」
表札をみると、筆の書式で“黒部”と達筆で書いてあった。
ここが、彩紗のお家か。金持ちなのは執事がいるから分かっていた事だけど、実際に見てみると改めてお金持ちの令嬢様なんだなと思う。
「いいえ。私は他人の記憶を閲覧出来るから、貴女の記憶を少しだけ見ただけよ」
「……そう。で、どこまで見たのかしら?」
彩紗は機嫌が悪そうな表情でミソラに問う。
「心配しなくても貴女の記憶から見たのは居住している住所だけ。貴女の過去なんか一つも見てないわ。全然興味ないしね。それでは、明日にでもお会いしましょう。さようなら」
そう言って、ミソラは錫杖を振り、何処かへ言ってしまった。
「誠。今日はこれでおしまい。疲れたでしょ?」
「う、うん」
確かに疲れた。でも、俺はこれで終わっていいのだろうか?
窪田君はまだ、戦っている筈なのに、俺は逃れてここにいる。本来なら、あそこにいるのは俺等なのではないだろうか?
彼はたまたま付いて来ただけなのに、敵の最期を見届けるまで戦地にいるのはおかしいのではないだろうか?
それとも、彼を信じずにこんな考えをしている俺自身が間違っているのだろうか?
「―――――――誠。聞いているの?」
彩紗の怒鳴り声で我に返る。
「ここがどこか分からないだろうから、羊治の車で帰りなさい」
「ん? 彩紗の家広いから、一晩くらい泊まらせても平気だr――――」
突然。重い鉄拳が腹に入り込んだ。それは今まで受けてきたものの中で一番強く感じられた。
「ふざけないで、私達は付き合っている訳ではないし、まだ十五歳。早過ぎる」
えっと……。何か勘違いしてないかな……?
と、言いたいのだが、次第に意識が薄れていったのだった。
「へー。ここに俺の親が住んでいるのか~」
セイの能力で、両親の住んでいるマンションの前まで瞬間移動をした。
見上げると、どこが屋上なのか分からないし、無理して見ようとすると、首が痛くなりそうだった。
「入るよ」
セイの言われるがまま付いていき、エレベーターに乗ると、ボタンの二十九を押したのだった。設置されているボタンによると、最上階は四十階らしい。
途中、どこの階にも止まらずに到着音がすると、扉が開いた。
再びセイの後を付いていく。
この階の奥まで進むと、表札には仮屋園と記されていた。
セイはそこの家のインターホンを鳴らした。
すると、扉から現れたのは黒髪ロングの髪型をした母親だった。
三年ぶりの再会。嬉しい気持ちしかないのか涙は一切流れなかった。
「久しぶり。母さん」
「羊瓶。舞と合体して元通りになったのね。フフフ。私達の作戦通り。さあ、上がりなさい。再会を祝って今日はご馳走。セイ君も入って」
俺とセイはそのまま家に入った。
靴が俺達を除いたら両親の二人分しかいないはずなのに、なぜかもう一人分の女性用の靴が置いてあった。母さんのだろうか?
部屋は高級なマンションだからか、一つの部屋が最低でも十帖はあるだろう。
リビングに到着すると、見た目が三十代前半のまま維持している若々しい親父と、俺の知らない中年の女性が座っていたのだった。
「そういえば、私と会うのが初めてか。羊瓶君。はじめまして。私の名前は仮屋園レイ。君のお母さんの元相棒で、この部屋の持ち主さ」
母さんの相棒か。言われて見れば年齢は同じくらいだ。
「さあ、座って、二人とも。今日はお父さんが異星から採ってきた絶品の食事よ」
大きなテーブルの上には見るからに鋼鉄の皮膚をした七面鳥のようなチキンや、身の色が紫色の魚など、地球上で出されたら拒否されそうな料理ばかりだ。
本当に美味しいのかこれ?
「いただきます」
と、俺以外の全員が言って、食事を始めた。
「うん。このムオルフ星のチキン。何度食べても美味しい。ヨウも食べてみなよ」
セイは俺にそのチキンを取り分ける。
「あ、ありがとう。そういえば、恵はどうなったのかな?」
その人物の名を言った途端。母は何かを思い出したかのように席を離れた。
「何? もしかして、未練でもあるわけ?」
セイは黒いスープを啜りながらとう。
「そういう意味ではないさ。ふと思っただけさ」
食わず嫌いは良くないので、恐る恐るチキンをナイフで切る。
あれ?
思ったよりもやわらかいぞ。
口の中に入れると、軟らかくて、肉汁が濃厚であり、これまでに食べたことの無い味だ。皆が病みつきになるのが分かる気がした。
チキンの三口目が食べ終わる頃。母が巾着を持ってきて、その中から小さなビー玉を一つ取り出した。
「このビー玉には、一年以上催眠をかける際に必要となる《催眠玉》。これを壊せば、その催眠が解かれ、それに関連する記憶も都合良く修繕できる」
そう言って、母はビー玉を潰すと、そこから《オーラ》が飛び散り消えていった。
「これで、近所にいた神埼家は舞に関する記憶が無くなり、上手い具合に記憶修繕がされたはず。それと、これも必要ないでしょう」
再び巾着から出したのは、七、八個のひびが入ったビー玉だった。
「これは、カイの分。粉々に割れていないということは辛うじて生きていのでしょう。まあ、仮に生きていたとしても失脚するでしょうから、生きていても構わない。死ぬ直前なら現実を知って死ぬのもいい。私の間違った優しさに感謝するといいわ」
ビー玉を握りしめて粉々にすると、またもや《オーラ》が飛散して消失した。
「さてと、私も食べますか」
母は再び席を立つと、ビー玉を処分し手を洗って元の席に着いた。
さっきのチキンは確かに美味かったけど、やはり見た目が慣れないものなのか、箸が進まなかった。
『羊瓶兄。ご飯食べないと、お腹すくよ。これは一応、羊瓶兄の祝い事なんだから』
存在する筈のない舞の声が聞こえてきた。幻聴だろうか?
『ううん。私は羊瓶兄の精神の一部となって生きている。きっとそれはここにいる誰もが知らない事実だと思う。母さん達に知ったら、きっと私を消すだろうね。だって、私を勝手に生み出して、催眠を用いて神埼の両親を使い、《財団》に売った両親は、私について何にも関心がないと思う。そんな両親が私は憎憎しくて仕方が無いの。だから、黙っていて』
(…………分かった。もともと、今日は舞を助けるために敵地に入り込んだのだから、黙っておくよ)
『ありがとう。大好き。お兄ちゃん』
「どうした? 急にニヤケ顔をして」
顔に出ていたらしく、セイに突っ込まれる。
「家族って良いなって思っただけさ」
そう言って、テーブルの中央にある変な模様の野菜が沢山入ったサラダを手にとって食したのだった。




