集合
午後六時三十分。
《異空間の黒色の布》のマントで《黒の四十四室》の大広間に到着すると、彩紗と苅野さんは既に来ていた。
「遅えぞ。オレを待たせるんじゃねえ」
苅野さんはイラついた表情で俺を見る。
帰宅後、食事や勉強を済ませ、すぐに来たつもりなのだが遅かっただろうか?
集合時間の三十分前なのに……。まさか、こちら側では一時間前行動が常とかないよな……。
「ごめんなさい。次からは気をつけます」
「明日もこの時間前後ならお前を全力でぶん殴るからな」
そう言って、刈野さんは俺とのアイコンタクトを辞めて他所を向いた。
「二人とも喧嘩はよしなさい」
彩紗が割って入る。
「豪。この時点でイライラしていると、二週間持たないから少しは落ち着きなさい。貴方は私達よりも一回り以上年上なのだから、少しは大人の振る舞いをしたら?」
なぜだろう。彩紗が苅野さんを叱っているのを見て羨ましく思った。俺は変態なのだろうか?
「すまねぇな。お嬢……………。そのつもりなんだが、今日は何をしても落ちつかねえ。だから、今日でこの仕事は終わる」
「そう。だったら、早く行きましょうか。貴方がその状態の日は敵の遭遇率十割だし」
「そういえば、布川さんは?」
周辺を見るが、何処にもいない。風邪でも引いたのだろうか?
「洋治はすでに、《NDNO》にいるわ。《異空間の黒色の布》経由で洋治の所に瞬間移動するためにここに来たの。この前みたいに邪魔が入って遅れないようにね」
なぜか、俺を見る彩紗。
この前っていつだ?
俺を見ているってことは、俺が迷子になっている日のことを言っているのだろうか?
そういえば、あの時この移動手段で目的の場所に行っていたら、どうなっていただろうか?
八白よりも強い人がいるため、彼の思惑通りにはならなかっただろうが、俺はこの場にはいたのだろうか?
過ぎた話だがそういう何気ない出来事で未来が変わってしまうところは、後戻りできない時間の恐ろしいところだ。
「じゃあ、行くよ」
彩紗は《異空間の黒色の布》のマントを上空に投げる。
マントは拡大しながら落下し、三人を包み込んだ。
同じ頃。日本国内ならどこでも見かけるごく普通の家宅に男女一組の若者が玄関先で待っていた。
「来たみたいだ」
サングラスの男が歩み寄る。
「昨日言っていたお友達はどうした。家の中にいるのか?」
カイは家を覘く。
「来ないみたいです」
「そうか。では行くか……」
まるで、始めから分かっていたかのように、興味を持たず歩き出す。
「歩き……ですか?」
「ああ。場所はここからそう遠くない」
三人は目的地に移動するため、徒歩で移動するのだった。
(お。奴の言う通り動き始めた)
平松は梧桐達を見て思う。
(気付かれないように気をつけろよ。《忍》達のお蔭で透明になれているが、音は消えないらしいからな)
窪田が警告する。
(本当にいいのか? 山形って男を信用して。奴は俺等を利用するために誘ったかもしれないんだぜ)
(越智がそう思うなら帰っていい。俺は個人的にあのグラサンが気に入らないだけだ。お前らはいなくてもいい)
(いや。俺は昨日グラサンに不意打ちにあって殺されかけたからな。真正面からこないクズ野郎を一発ブン殴りてぇのさ)
(なら、気付かれずに進むぞ)
窪田の合図でゆっくりと音を立てずにカイ達を尾行するのだった。
俺は、《異空間の黒色の布》から出ると、付近に布川さんが立っていた。
「おや? 予定よりも早いみたいですが、いかがなさいまして?」
「オレが早く来たかったから急かした。まだ来ていないようだな」
苅野さんは辺りを見回す。
「ええ。このご様子だと、待てなかったみたいですね。その時の豪様の第六感は良く当たりますからね。今夜には来るでしょう」
二人とも苅野さんの勘を信じているので、誰かが襲ってくることを覚悟しないといけない。
暇なので、辺りを見回すと、この部屋はカラーボックス程度の大きさをした良く分からない機械が点々と配置されていた。
「おう。一日ぶりだな。誠」
後ろから誰かが呼ぶのが分かった。振り返るとそこにはラフな格好をした武橙勇がいた。
「いやー。次に会うのは結構先のことだと思ったんだけど、次の日で会えるとは思ってもなかったから。正直驚きだよ」
武橙は笑顔を保ちながら話す。
「二人とも知り合いだったの?」
彩紗は意外そうに俺たちを見る。
「君が黒部彩紗か。はじめまして、オレが武橙勇。よろしく。彼とは昨日ひょんなことで会って、そこで意気投合したってわけだ。ね?」
「いや、意気投合をした覚えはない」
むしろ俺はお前とあまり関わりたくない。
「そうだっけ? まあ、いいや。それよりも、君の髪綺麗だね。触ってもいいkだぁっ」
瞬間移動でもしたかのようなスピードで、藍色の長髪をした小柄な少女が武橙の頭を思いっきり殴った。
「いって~~。ミソラ何すんだよ」
武橙は殴られたところを押さえる。
「これ以上女に手を出して、女が勇に惚れられもしたら、私達の敵が増えるからね。手を出す前に一発殴ってやったてわけ。まあ、一目惚れしてしまったとしたら。手遅れだけど」
ミソラという少女は錫杖を取り出し、杖の先を彩紗に向けた。
「フフ。心配しなくても、私は彼に惚れていないし、今後もそれはありえないと思う」
「ならいいけど、勇に惚れたら貴女を殺す」
ミソラは黒い《オーラ》を纏い、とてつもない殺意を醸し出しながら彩紗を睨みつける。
「ミソラ~。そんなに怒るなよ。女好きの俺が悪かった。ゴメン」
「そう。その性格をどうにかしなさいよ。ウサカ以外全員始末したんだから、これ以上女と関わらないで」
ミソラは武橙の両側の頬を引っ張りながら説教をしていた。
しかし、彼の女好きよりも彼女の嫉妬深さの方を治したほうがいいのではないだろうか?
「以後気をつけます。そういえば、何でミソラがいるんだ? 最近《ANC》の奴らに付きっきりだったろ?」
「まあね。今は用無しで、呼ばれるまで自由になったからここに来たの。敵はどういった形で襲撃するか分からないからいた方がいいでしょ?」
「だな。瞬間移動で目的地へ一直線かもしれないしな」
「イチャついているところ悪いが、配置はどうする?」
苅野さんが皆に問う。
「計六人だから二人ずつで分けた方が良いだろうね。希望の場所とかあるの?」
武橙が仕切る。
「オレは廊下がいい。この部屋みたいに機械が乱立していないd――――」
「敵が来る」
ミソラは苅野さんの声を遮る程の大声を出すと、彼女の全身が青白く包まれた。
「この《ヴェリアス・ロッド》で、私達と敵を空き部屋にそれぞれ移動させる。敵の到着地点は戦闘を行うには相応しくない場所だからね」
言い終わった途端に、一瞬にして別の場所に移動していた。
先程のような機械どころが、扉と窓以外は何も無い部屋だ。
突然。背後から誰かの《オーラ》を感じたので、振り返ると、そこには、俺が知っている人物がキョロキョロしながらこの部屋を確認していた。
少し前。
「ここだ」
カイが案内した場所は丸太と鉄線で仕切られている空き地。中心には土地を管理している不動産屋の名前や住所等をしていたプラカードが突き刺さっている。
「…………。何も無いじゃありませんか? もしかして、俺等を騙していただけですか?」
梧桐はカイを睨む。
「誰も表から入るとは言っていない。とりあえず入れ」
カイは鉄線を跨いで更地に侵入すると、ついて来た二人も鉄線を跨いだ。
「どれくらいで着く?」
カイは誰もいない方向に問いかけると、プラカードの裏から茶髪のボブヘアーのモデル体型の女性が現れた。
「マーキングは剥がされていませんので、この距離で三人なら七秒くらいで転送できます」
「そうか。二人ともこっちへ来い」
梧桐等は言われるがまま従う。
「それでは、転送を開始致します」
女性は《オーラ》で作り出したタブレットを出現させ、何かを入力していた。
「転送まであと五秒。四、三、二、一」
三人は始めから存在していなかったかのように消えていった。
「転送は無事成功し……ていない」
彼女はタブレットに表示されたものを見て驚愕する。
「どうして? 確かにあの場には三人しかいなかったのに、転送しているのは六人……。転送時間が十五秒になっているから人数の誤表示というのはありえない。まさか、姿を消した追跡者が付近にいたの?」
「ご名答」
彼女の背後から艶やかな声が答えた時には、もう首筋にクナイが突きつけられていた。
「……何が望み?」
「私達の依頼人が来るまでじっとしていなさい」
二人の女性はメレの依頼人が来るまで硬直したまま動かないでいた。




