カイという男
日が沈んだ頃。
俺は久しぶりにメグと並んで歩いていた。
情は中学卒業と同時にここから離れた場所に引っ越してしまったため、情とは同じバスで登下校することが出来ないのが少し残念だった。
「こうして、並んで歩くのは久しぶりだね」
「だな。小学校以来か?」
「中一の最初の頃までだね。一緒に登校する姿を見た同級生がカップルだとからかわれて、その翌日から羊は私と一緒に登校しなくなったの。まさか、自分から言っといて覚えてないの?」
「あー。そんなことあったな」
思い出すと、少し恥ずかしくなる。
俺にとってメグはただの友達だ。好いたことはない。
だから、他人がそういう目で見られたくなかった。
そういうのを気にせずに堂々と立ち振る舞えば良いだけなのに、俺はメグを拒んだ。
そして、いつの間にか卓達と仲良くなった。
もし、あの時メグを拒まなければ、今日死んでいった友たちは、友ではなくただの同級生であり、今日のように亡くなっても今のような悲しみはなかったのだろうか?
「――――――――ったよね」
メグは思い出話を続けているが、俺はあまり耳に入らなかった。
なぜなら、目の前から歩いてくる上下共に紺色の服を着ているサングラスをかけた青年が気になるからだ。
会った事も見かけた事もないのに、何故か懐かしくて親近感が沸いてくる。
「梧桐羊瓶……だな」
擦れ違う約一メートル前に青年が囁くように話しかけてきた。
声は見た目に反して大人びた声だ。
「誰?」
「《RP》のカイだ。唐突だが妹を救いたくはないか?」
実に唐突すぎる。罠か?
「カイ。テメェは“主”? それとも“副”?」
すると、カイはなぜか苦笑した。
「俺は“主”で三幹部の一人。まあ、“主”側の情報はあまり漏洩していないから、無所属の君が知らないのも無理ないだろうな」
「幹部さんが直々に現れるって事は、俺に拒否権が無い。そう考えて良いんだな?」
俺は足を少し引いて戦闘態勢を整えようとしようとしたのだが、カイはそれに対して、両手を挙げたのだった。
「悪いが戦う気はない。直々に来たのは、妹が攫われた理由などを教えるためだ」
「舞が攫われた理由? 悪質なロリコンのストーカーが惚れたからだろ?」
カイにとってその答えは斜め上だったのか、少し戸惑った表情をしていた。
「…………いや違う。お前の妹は鳳凰と人間の《ハーフ》だったからだ」
「…………………」
いや。こっちはこっちで、ついてこられない。
「舞がそうなら、俺だって鳳凰の《ハーフ》ってことだ。はっきり言うがそのような力、俺は今まで使った事がないし、発現したことがない。デタラメに言うなよ」
「親による遺伝は必ずしも子に受け継ぐわけではないってことだからな。一応、確かめるか」
「ぐっかっ……」
カイは瞬間的に俺の腹部を殴打した。
「テメェ……。喧嘩する気あるじゃねえか」
カイは手鏡を俺に向けてかざす。
そこに映し出されていたのは俺の顔だが、いつもと違っていた。
違う点は顔から全体に何らかの紫色の刺青みたいなのが彫られているところだ。
よく見ると顔だけではなく、首筋の下の方まで延びていて、手にも似たようなものが現れていた。
これが、カイの能力か?
「この模様……。まさか……」
メグは動揺して声さえも震えていた。
その反応はこれが何か知っているという反応。
「これは、人外が純粋な人間になれる様に陰陽師が施した封印術の術式だ。人外によって色や形が異なるが、この術式によると君は紛れもなく鳳凰の《ハーフ》だ」
俺が、鳳凰の《ハーフ》……。
考えもしなかった。俺自身が人間ではないって事を。
それに、この術式が陰陽師のものだとしたら、メグが知っているのも頷ける。
「君はどうする? 封印を解くか? それとも、このままにしておくか」
「俺自身が人外だったことは驚いているが、それよりも舞についての事が知りてぇ。今無事なのか。そして、どうして舞ではなく、俺を攫ったのかを」
そう。俺も舞と同じ鳳凰のハーフなら、俺でも良かったはずだ。どうして、俺を狙わなかったのか。どうして、俺だけ生き延びたのか…………。
「我々が送り込んだスパイを信じるのなら、彼女は生きている。そして、ストーカーがするような卑猥なことはしていないそうだ」
舞が生きているのは嬉しいが、さっきのストーカー発言は少し忘れてほしいなと思う。
「君の妹を攫った理由は彼女が純粋な“鸞”の種類だったからだろう」
「らん?」
花の“蘭”の事だろうか?
「“鸞”は鳳凰の種類の事だ。他にも“朱雀”、“鵷”といった具合な。中でも“鸞”は一番不死性が高い種類だ」
不死性が高い種類……。まさか……。
「攫ったのは《財団》の組織か?」
カイは首を縦に振る。
《財団》の投資組織に不老不死について研究しているところがあると聞いた事がある。そいつ等が舞を攫ったのか。ぶっ殺してやりてぇ。
「だが、まだ分からねえ。どうして、俺を攫わなかったのか。舞が、“鸞”なら、俺も“鸞”の筈だ」
「いや、君は“鸞”ではない。術式の型と色からして“鸑鷟”だ。どの種類になるかは産まれるまでは分からない」
一緒ではないのか……。俺が攫われなかった理由が分かった。だが……。
「親のどちらかが鳳凰なら、不死の能力でどっちかは死なないはずだ。だが、俺の親は両方とも死んでしまった。一体どういうことだ」
カイさんは溜息をつく。
「察しろよ。君の親は人間になりたいから近所に住んでいる神崎家に頼んで、君と同じ封印術を受けたのさ。だから、不死の能力は使えなかった」
「神崎だと…………」
その瞬間。その一家の娘に殺意が沸いてきた。
「ああ。そして、《財団》に情報提供したのは、そこにいる彼女の親だろう。妹さんが“鸞”だと知っているのは両親と、その術式を施した人物だけだろうからな。それに、彼女の親はお互いに違う流派の陰陽一家で、両家共々毛嫌いされていたらしい。自分達を少しでも親戚に認められたいがために君の妹を売ったのだろう……」
それを聞き終える頃。自然と神崎恵に全身を振り向いていた。
彼女は瞳に涙を浮かべながらゆっくりと、首を横に何度も振る。
「知らない……。私は……知らない。私の両親が……そんなこと……そんなことするわけがない……。そうよ………。全て出鱈目……。羊を説得するための嘘よ……」
泣きながら否定する彼女が本当なのか、嘘なのか判断できない。
でも、彼女は妹を売るような人ではないと信じたい。
だから、憎むなら彼女の両親だ。
そう言い聞かせていると、メグは一枚の札を上空に放り投げ、両の手に三枚ずつお札を持った。
「《式神》よ。我の元へ降臨せよ」
各々の札から、《式神》が出現された。
右の三つから、蒼色の鱗が特徴的な龍が人型になったような姿をした生物が現れ、剣、槍、斧とそれぞれ違う武器を手にしていた。
左の三つからは、姿形が異なる蒼い龍が現れた。一つは大蛇のように細長く、一つは蜥蜴のように四肢を持ち、一つは西洋の龍のように二足で背に翼が生えていた。
「《結界》を張った後に、両家の三種類の青龍か……。見たところ陰種と陽種が出ていないのは君が修行不足で呼びだせないのか。それとも、質よりも量を選んだってことか――――」
槍を持った《式神》が、カイの首を狙って武器を振るう。しかし、後退してかわされる。それを見計らって、背後に回りこんでいた斧を持った《式神》が武器を振り下ろして攻撃するが、カイは横に移動して回避。そして、そいつの腹部を殴り飛ばす。
飛ばされた斧を所持していた《式神》は蜥蜴型の《式神》にぶつかりそろって爆発した。
カイは目の前にいる《式神》に左足で横蹴りをするが、ジャンプしてかわされると、その後ろにいた剣を持った《式神》によって、脚を切り離された。
《式神》はそのまま剣をカイに向けて振るい、カイは口から痰のようなものを、その《式神》に向けて放つ。その痰は《式神》の顔に命中し、一瞬にして消し飛んだ。
「ぐぉぉぉぉ」
と、唸り声を上げるのは西洋型の《式神》。
首が、不気味に動く一本の鳥の足のようなものによって締められ、引きずられながらカイとの距離を縮めていた。
カイの腕がその《式神》に触れる距離まで達すると、そいつの腹部に触れた途端。《式神》は黒々とした色を出しながら炎が燃え上がり、あっという間に黒焦げになって倒れた。
そして、《式神》を引っ張っていたものはカイの失った脚に接すると、紅い炎を上げながら、カイの脚は元通りになった。
「残りは天種のみ」
すると、大蛇型の《式神》は四匹に分裂し、カイを囲うように配置すると、四方から竜巻を発生させ、それらはカイに向かって移動する。
カイは、右手を地に置き、自身を囲うように火柱を発生させた。
火柱が竜巻に触れると、火は燃え広がり辺り一面が火で燃え上がる。
大蛇型の《式神》にも引火したらしく、苦しみながら身体をジタバタしていた。
カイは火柱の中から現れると、辺りを見回しながら歩いていた。
「最期の一匹はどこに行った?」
「ここだ!」
《式神》はカイの真下にある地面から飛び出し、槍でカイの身体を縦方向に真二つにした。そして、とてつもない速さで何度もカイを槍で突き刺す。
「オラオラオラ。お前のウィークポイントに当たるまで、何度でも刺してやるよ」
《式神》が攻撃をしている最中に、彼の背後に炎が集まりだした。
しかし、それに気付かない《式神》。
炎はやがて人型になり、《式神》の両脇を背後から締め付けた。
「な…………」
炎はゆっくりと消えると、それを纏っていたのはカイだった。
「どうなっている」
《式神》はもがくが、振りほどけないでいる。
「お前が攻撃していたのは幻影だ」
「ふっ……。完敗だ。全く、死んでいてよかったぜ」
その言葉を最期に《式神》はオレンジ色の炎を上げて黒ずみになって消滅した。
《式神》を全て倒したカイは、右手をかざす。
すると、周囲の炎が全てカイに集まり、それら全て吸収してしまった。
見渡しが良くなった《結界》内。
視界にメグが入ると、彼女の制服は所々焼けていて、肌が少々黒ずんでおり、息が荒かった。
「気が済んだか? 神崎恵」
カイはゆっくりと、メグとの距離を縮める。
「ハァ……ハァ……母さんと父さんが……ハァ……そんなことする筈がない。嘘よ……嘘に決まってるでしょうがあああ」
カイの頬に向けてビンタをするが、カイは腕を掴んで止める。
「俺だって信じたくはない。昔《生存契約》をした一家が俺等を売るという行為に及んだ事をな」
「《生存契約》ですって……」
俺には何のことが全く分からないが、メグは驚いた表情をしていた。
「ああ。まだ、《財団》やら《RP》とか無かった時代だ。君の曾祖父にあたる総司にな。君の祖母が結婚と同時に分家になって今に至るみたいだが、名前ぐらい聞いた事はあるだろ?」
メグは首を横に振る。
「分家でも、宗家の現当主から十代前の名前は覚える風習があったはずだが、時代の流れで途絶えたのか。それとも、君の一家が凄さましく、嫌われているのか。どちらかだろうがな」
カイは空いている手でメグの頭を触り、両目を閉じる。
「本当に何も知らないようだ。姫野家の風習は知らないが、神崎家の風習や慣わしがお粗末だな……。それに両家からの虐めに差別……。総司が生きていたらさぞや悲しむだろう」
カイの発言から察するに、彼はメグの記憶を読み取っているらしい。
俺は今までメグの家の事はあまり知らなかったが、彼女が嫌われているとは思ってもなかった。
カイは目を開け、掴んでいたメグの手を放した。
「総司のよしみだ。これ以上君に危害を与えないようにする。そして、今見た事を口外しない」
そう言った後、カイは俺の方に振り向いた。
「梧桐羊瓶。こっちに来な」
抵抗する理由がないので、言われた通りにする。
「単刀直入に聞くが、この娘を許せるか?」
「ああ。復讐する程憎いのはメグの両親」
「そう。なら、二人に質問だ。《RP》に入らないか?」
《RP》の勧誘か……。
メグの両親の管轄は《財団》で、《RP》と敵対しあっている仲。
どうせ、《RP》に入らないと、舞を救出に同伴できないとか言い出すのだろう。
「もちろん。その誘いを断っても、梧桐舞の救出は同行できる。どうする?」
心の中を読んだかのような発言だ。
「私は仮入隊ということで、その一件が終わるまでに判断します。《RP》は私にとって、両親たちを裏切ってまで入る魅力があるかどうかを」
「いいのか?」
「ええ。両家は私の事をよく思っていないし、少なからず信用していた両親は私の友人に対して酷い事をしたのが許せない。仮に、このまま生きていたって、大きな失態を私に責任転嫁させて破門され、最悪の場合は命を落とす羽目になってもおかしくはない。どうせ死ぬなら、自分が正しいと思った道で死にたい」
メグは自身の将来性を見据えて決断を下したようだ。
「俺もメグと同じく仮入隊って扱いでいいです。舞を救出した後、舞と相談します。たった一人の家族なので」
「良かろう」
カイは口角を少し上げながら言った。
「一ついいでしょうか?」
メグは挙手して発言する。
「何だ?」
「私達の他にもう一人仲間に入れていただきたい人がいるのですが、駄目でしょうか?」
「梧桐舞と関わりがある者ならな。他に質問は?」
「俺にも、さっきみたいな事ができるのでしょうか?」
もし、できるのなら、綿の能力よりも強力な力を得る事ができる。
メグ以外の憎き神崎家と《財団》に復讐できる。
「俺の種は“朱雀”。鳳凰の種類で一番攻撃性が高く、不死性と治癒性も並外れているため、戦闘において一番活躍できる種だ。さっきのような戦い方は“朱雀”ならではと言っても良い。まあ、君の“鸑鷟”も悪くはない」
「そうですか……」
「そんなに落ち込むな。“朱雀”は自身を極限に高める事で、突然変異でなることができる」
「ということは、俺にもなれるのか……」
「ああ。《ハーフ》とか関係なくな」
「っしゃゃ」
嬉しくて、思わず声に出てしまった。
「ついでに言うが、その過程で“朱雀”に成った者は老体になると“鸞”の雛になり、記憶を維持したまま一生を再び送る事ができる。俗に言う転生って言うやつだ。そして、また“朱雀”になれば“鸞”になれる。運が良ければ何回だってやりなおせる」
スゲェ。
これが鳳凰の“朱雀”の力。
親はなぜ鳳凰を辞めて人間という種族になったのかが理解できなかった。
「カイさんはもしかして、何度か“朱雀”になったのですか?」
「いや。俺はこれが始めてだ」
「そうですか。鳳凰の寿命ってどれくらいでしょうか?」
「個人差があるが、大体七百~八白年の間だ。まあ、人間と《ハーフ》の君は百歳前後だ。世界の平均寿命より少し高い程度だ」
《ハーフ》でなければ、俺は何年も生きていけたのに残念だ。長く生きるには“朱雀”になって、何度も転生を繰り返すしかない。
「まあ、お前は長生きしたいみたいだが、三百年も生きると死にたがる奴が出てくる。《ハーフ》で良かったな」
永遠の命は人類のほとんどが手にしたいものだというのに、三百年も生きたら死にたがるだと……。ふざけるのにも大概にしろよ。
「カイさんは、《ハーフ》ではないのに、なんで人の姿をしているのでしょうか?」
メグに言われるまでその事に気が付かなかった。
彼はさっきの闘いで幻影を作り出していたからその延長線上だろうか?
「《擬態》だ。己の姿を人間に似せて目立たなくしているのさ。そうでもしないと《裏》以外の人に見られたら面倒だからな」
俺の予想はかすりもせずに外れた。
「で、舞を救出するのはいつでしょうか?」
「明日の夜だ。ここにいないもう一人にも教えてやりな」
そう言いながら、カイはズボンのポケットから懐中時計を取り出して時間を見る。
「では。そろそろ失礼させて貰う。明日は梧桐羊瓶の家に七時集合だ。では、《結界》を解いてくれ」
「は、はい」
メグは慌てて《結界》を解除し、カイは去っていった。
どこかの廃墟の薄明るい一室。
面積の広い壁には《震夜汰夷》と記された黒い旗が飾られている。
辺りには若い男女の死体が積んであった。
「良いのかよ。梧桐を倒さなくて?」
短髪で細目の男が問う。
「ああ。奴の仲間である神崎恵は、日本屈指の陰陽師一家である神崎の娘。しかも、同様の陰陽師一家である姫野の混血。山形情冶の素性はしらないが、マツの《オーラ》を無力化した。そんな奴らが仇討ちしに来たら、越智は勝てるのか?」
窪田はテーブルにある瓶を手に取り、ワイングラスに注いで口に付ける。
「知らねぇよそんなこと。俺は喧嘩が好きでしているが、勝敗には拘ってねぇんだよ」
越智はテーブルに足を乗せ、窪田を睨む。
「好きにしろ。俺は越智を仲間とも思ってないからな。別に裏切っても構わない。俺もそういう人だからな」
「言われなくても分かっている。こうやって、つるんでいるのは長くて高校卒業まで。短くて今日。だろ?」
それを聞いた窪田はニヤリと笑う。
「ああ。で、あのバカはどうする? 俺は無視するが――――」
「明日にでも殺す。舐めた事をしたからな。じゃあな」
越智はドアを開けたまま去っていった。
窪田は近くにあった窓を開けて、夜空を眺める。
「今日は新月……。どうりで、いつもよりイライラするわけか……」
途端。大きな爆発音がこの部屋にまで響き、越智が去った扉から爆煙が入り込む。
「この《オーラ》と爆発音……。向こうからやってくるとはな」
足音が段々と大きくなり、その人物は遺体と化している越智を投げ捨てて、この部屋に入り込んだ。
「派手に殺っているようだな」
カイは遺体の山に座り込む。
「ああ。貴方の行ったとおり、人間のカス共を殺しまくっている。趣旨が全く分からねぇから、メダル集めのついでとしてやっている」
「趣旨は、《オーラ》の使用者がこれ以上増えないようにすることだ。不良や族共と関わって《心の闇》が蓄積して暴走し、《財団》の奴等が止めたついでにスカウトされるだろうからな」
窪田は落ちてあった、割れていないビール瓶を拾い、カイに向かって投げつけた。
それはカイには当たらなかったが、後ろの壁に当たって粉々に飛び散った。
「嘘付くなよ。お前らは《財団》にいる《RP》のスパイや、《忍》、《RP》の“副”などを使って、《オーラ》を覚醒させた一般人がいるだろう? 《財団》にスカウトされている奴もいる」
それを聞いたカイは高らかに笑い出した。
「ああその通りだ。そもそも、お前らのような弱い種族は《RP》にはいらねえ」
「だったら、なぜ、姉貴を貴方の特殊部隊に入れた」
「約束だったから。その約束が成立するとは思はなかったからつい承諾してしまったのさ。ああ、伝え忘れていたが、お前の姉。この前死んだよ。捨て駒としては優秀だった」
窪田は目付きが鋭くなると、飛び掛ってカイを左手で殴るが、手で止められてしまう。
「雑魚は一生雑魚狩りをして貰いたかったが、それも今日で終わりのようだ」
受け止められた窪田の左手は引火した。
窪田はもう片方の手で銀色のメダルを飲み込むと、空いている腕で左手を千切った。
「フッ。お前の能力を駆使しても俺には勝てない」
「だろうな。だが、俺は狼人間の男として戦って散る」
左腕の切り口から新しい腕が生えた。
「無駄死にか。雑魚らしい死に様だな」
途端。天井が崩れ落ち、埃が舞い上がる。
二人は咳き込む。
「誰だ?」
カイは何者かの気配を察知し、その人物に問いかけた。
「オレは山形情冶。窪田新一を助けに来た」
舞う埃の量が次第に減っていき、彼の姿が見えてくると、彼は《オーラ》を纏った本を持っていた。
「ハァァ? お前に助けられる覚えはねえ。消えろ」
窪田は叫ぶように言う。
「嫌だね。君が死んだら、羊は仇を取れなくなる。だから助ける」
窪田はイライラした表情で頭を掻く。
「どいつもこいつも。俺の味方面しやがって……。一体何様のつもりか知らねえが、好きにしろ」
「そのつもりだ」
すると、カイはゆっくりと彼らに向かって歩き出した。
「君の名前は聞いた事がないが、残念ながらここで終わる命だ。隠れていればよかったものの」
カイは右腕を前に突き出そうとした。
「逃げるぞ」
山形はそう言って、窪田の腕を掴んで窓から飛び降ると、カイから遠ざけるように走り出す。
「逃げるつもりで来たなら放しやがれ」
窪田は空いている手で、山形の手を放そうとする。
「俺の能力で、ある一定の範囲内はある条件を満たさないと、能力、人外の性質や特徴といった人並外れた事を発揮できなくした。だから、さっきの攻撃は何も起こらない」
すると、窪田の手が止まった。
「その能力。盗りたくなった」
窪田は微笑する。
「そう。だったら、そうするかい?」
「そうしたいが、どうやら追ってきているようだな」
彼等の距離から、薄っすらとカイが見えるところまで迫っていた。
「計算済みさ」
山形は細い裏道を幾度も曲がる。すると、彼等の目の前にモデルのように綺麗な体型をした女性の《忍》が立っていた。
「見つかりたくなければ、一切喋るな」
山形はボソッと呟く。
《忍》は山形に手を差し出すと、彼はそれを掴んで走るのを止めた。
「なn――――――」
(喋るな、若造。追っ手に見つかっても良いのか? 喋りたければ心の中で喋れ)
窪田が喋りかけると、平均よりもやや高めの男声が彼等の心に響き渡る。
(メレの透明能力が及ぶ範囲内にいる人物なら、僕のテレパシー能力で思うことで、互いに会話が出来る。そういうことだから、大人しくしていてね)
(一体何がどうなっている? 電柱や壁しか見えない)
(さっき、レンが言っていたけど、私の透明能力でそうなっているの。分かった? ボウヤ)
メレは色っぽい声で語りかける。
(ボウヤ言うな。で、何で《忍》なんか雇っている?)
(万が一に備えてだ。ついでに言っておくが、あの男が始末した越智という男。あれは《忍》の《変わり身》の一種だ。本物は別の《忍》に保護して貰っている筈さ)
(……越智が生きているのか……)
(ああ)
(あいつがジッとしているとは思えないがな。それで、なぜ俺等にそこまでする?)
(言っただろ? 友達が仇を取れないって)
(本当にそれだけか…………?)
(ああ。不服か?)
(人が良すぎる……。それで、いつまでこのままでいる気だ?)
(カイって言う男が去るまでだな。奴は暇人か?)
(暇人ではないが、俺らの事をかなり警戒しているのなら、部下を配置してでも俺等を探すだろう)
(分かった。彼が能力の範囲外に出たら、その時から一時間待機。出なかったら、今から四時間待機する)
(おいおい。四時間は長すぎ。する事がなくて暇死にしてしまう)
(メレ。範囲内なら、寝ても透明化は維持できるんだろう?)
(ええ。起きていようが寝ていようが死んでいようが、私が許可したものは一定時間透明になれる)
(だそうだ。時間になったら起こしてやるよ。だから、ゆっくり寝ていろ)
(言われなくても。そのつもりだ)
それからの四時間。
彼等は、レンのテレパシー能力を使用することなくこの場に留まったのであった。




